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狩籠師  作者: 篠崎砂美
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翕然主 捌


本性(ほんしょう)を現したか」

 鞭のように(しな)りながら上から叩きつけてくる翕然主を、凜華は素早い身のこなしで()わした。

 だが、翕然主の力は凄まじく、大地を(えぐ)るにとどまらずに地中の石もろともに大量の土砂を周囲に弾き飛ばした。

『遅いぞ、相棒』

 幽明の太刀の刀身が纏う燐光(りんこう)が広がった。飛んできた土砂が光に触れて塵と化す。

「たかが、泥を飛ばされただけだろうが」

 余計な手出しをするなと、凜華は本心とは裏腹に叫んだ。

炎扇(えんせん)!」

 凜華は、呪符を一枚取り出して横薙(よこな)ぎに振った。崩れゆく呪符が、炎となって扇状に広がる。

 大地を抉り横たわった翕然主の上に、炎が覆い被さった。表面を焼かれた翕然主が、起きあがって炎を振り払おうとする。

 その瞬間を待っていた凜華は、タンと地面を蹴って前に飛び出した。

 一瞬にして間合いを詰め、巨大な大蛇(おろち)にも似た翕然主の胴とおぼしきところを横薙ぎに斬り裂く。

「ん!?」

 予想もしなかった手応えの軽さに、凜華はわずかに目を細めた。両断するかと思えた一撃であったが、翕然主は生き物とはまったく異なる動きで避けたのだ。

 まとまった触手の半分を切られた翕然主が、支えを失った大木が折れるようにして倒れ込んだ。地響きと共に地面に激突した瞬間に、切り離された触手が飛び散って大地の上で(うごめ)く。

「炎扇!」

 素早く触手を焼き払うと、凜華は翕然主の本体とおぼしき触手の集合体にむかった。

「我、求むるは(ろく)なる闇。活殺(かっさつ)にあっては、(めつ)。幽明をもって、因果(いんが)()つ!」

 凜華の述べる言霊と共に、幽明の太刀の刀身が周囲の光を呑み込むかのように黒く染まっていった。

 その刀身を、凜華は翕然主に突き立てた。

 幽明の太刀が突き刺さった部分から、翕然主の身体が色彩を失っていく。

 もがこうとした翕然主の巨体がぼろぼろと崩れ、周囲に砂のような灰が飛び散った。

『これは、違う……』

 幽明の太刀が唸った。

「やはり、枝葉末節(しようまっせつ)だったか」

 凜華は油断なく周囲を見回したが、幽明の太刀に妖氣を喰われて灰となった物以外は、翕然主の触手は影も形も消えていた。切り落としたはずの触手も、溶けて消えたか這って逃げたか、すでに跡形もない。

 残されたものは、凜華との戦いの痕跡だけであった。

「本体が現れないのでは(らち)が明かないか。だが、寄せ餌もなくなってしまったとあっては、さて、どうしたものか……」

 凜華は、幽明の太刀を鞘に収めた。

 いくら触手を滅したところで、本体を倒さねばどうにもならない。

 これでは、いいかげんあきらめて立ち去りたくもなるが、簡単にそうするわけにもいかない。なにしろ、獲物としては上物なのだ。

 どうしたものかと振り返った凜華は、自分に注がれていた視線にあらためて気づいて少し驚いた。いつの間にやら、結界の端に村人たちが集まっていたのだ。どうやら騒ぎに気づいて、ずっと凜華と翕然主との戦いを見ていたらしい。

「もう大丈夫だ。大蝦蟇は死に、翕然主もどこかへ逃げていった」

 村人たちを安心させるために、凜華はあえてそう説明してみせた。ついでだと、結界を修復する姿も、わざと印象づけるようにして見せつける。

 これで、少しは凜華の実力を認めてくれるのであれば、誰か味方ができるかもしれない。

「さて、誰か……」

 いざ、翕然主の住み処を訊ねようとした凜華ではあったが、村人たちに混じっていた村長(むらおさ)がそれを(さえぎ)った。

「皆の衆。翕然主は引いた。狩籠師がまねいた危機は去ったのだ。さあ、家に戻れ。そして、静かにしておれ」

 すべての責任をなすりつけられて、凜華はむっとした。

 だが、あながち、村長の言うことも嘘ではない。もともと、大蝦蟇やこの村を餌にして、翕然主をおびきだそうとしていたのは事実なのだから。

「待て。まだ話は……」

 なんとか村人たちを引き止めようとした凜華であったが、彼らは聞く耳をもたなかった。

 村長に()かされて、村人たちが(いそ)いで凜華の前から去っていく。

「たとえ今は追い払えたとしても、翕然主を倒すことは、どだい無理な話なのだ」

 村長が、凜華を振り返って告げた。

「やれやれ、ここでは信用というものが、簡単には得難(えがた)いものらしい」

 多少、翕然主をこんな処においた狩籠師を恨みたくもなる。そういえば、先ほど聞いた名前は、どこかで耳にしたような気もする。さてはて……。

 それにしても、村人たちの猜疑心(さいぎしん)の深さは、土着(どちゃく)のものなのだろうか。

「さてどうしたものか」

 寝屋(ねや)の結界の中に戻った凜華は、夕餉をとって落ち着くと、あらためて相棒に問いかけた。

『好きにすればいいじゃないか。俺はお前につきあうぞ』

 幽明の太刀は、飄々(ひょうひょう)と答えた。

 凜華の力を目のあたりにしたのだ、とりあえずは口先だけでも村人たちを脅すことはできるだろう。あるいは、手間ばかりかかる敵にはさっさと見切りをつけるかだ。

「またそうやって、私にまかせきりにする。これだから……」

 愚痴(ぐち)りかけて、凜華は戸口に立つ者の気配に気づいて言葉を切った。

 目を()らせば、御簾の裂け目からあの男の子の顔が垣間見(かいまみ)える。

 結界の中から外は丸見えだが、彼からは凜華の声も姿も分からないはずだ。だが、まるで外から凜華の姿が見えているかのように、男の子がじっと御簾の隙間からこちらを凝視していた。

 たった一人で何か意気込んでいるようにも見えるが、どうしたというのだろうか。

「あの子か。私に何か聞きたそうだったが」

『ちょうどいい。中に入れて話を聞くか、ちょっと締めあげてやれ』

 無責任に幽明の太刀が助言する。

「まあ、それもよかろうさ」

 むこうから話をしにきたのであれば、それはそれで好都合だ。

 凜華は呪符を取り出すと、それにふうっと優しく息を吹きかけた。

解門(かいもん)

 御簾にむかって霊紋を描く。

「入ってこい。お前一人なら構わぬぞ」

 結界に開けられた戸口を通して、凜華の声が男の子の耳に届いた。

 ちょっと驚いて一歩下がった男の子ではあったが、意を決して御簾をくぐって中へと入ってきた。


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