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狩籠師  作者: 篠崎砂美
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第肆章 御魂鏡 壱拾伍

「追いかけましょう」

 御魂鏡の中の蘇芳にむかって、青陵は言った。

『ええ、逃げた先は分かっています』

 蘇芳が答える。

「待ってください。俺も連れていってください」

 建物の中から飛び出してきた鈍が、青陵たちに懇願(こんがん)した。その言動は、今までのぶっきらぼうな子供のものから、一つ芯の通った覇気のあるものに変わっていた。

「危険です。あなたは村の人たちを守ってここにいてください」

 青陵は、鈍に残るように言った。

「いいえ、連れていってください。俺は、蘇芳様のそばで見届けたいんです。俺には、それしかできないから。蘇芳様のすべてを見届けたいんです」

 (がん)として、鈍は引かなかった。

『青陵殿……』

 優しい声で、蘇芳が青陵に呼びかけた。

「しかたありません。この呪符を渡しておきますので、危なくなったら呪符を解放して身を守ってください。使い方は分かりますね」

 青陵は、鈍に呪符を渡して言った。

「はい、蘇芳様にお教えいただきましたから」

 覇気のある声で、鈍が答えた。

「では参りましょう、本宮(もとみや)へ!」

 青陵は村長に建物の外に出ないように言い残すと、鈍と共に山奥の本宮へとむかった。

 逃げだした肆眸子は、間違いなく本宮の境内に戻るはずだ。まだそこに澱んでいる穢れを吸い込んで、力を補充するつもりだろう。それに、そこにいれば青陵たちがやってくるとふんでいるに違いない。村の一之宮とは違って、穢れの残る本宮の境内の方が有利なはずだからだ。

 予想どおり、青陵たちは妖魅たちの邪魔もなく、無事に本宮に辿り着いた。あたかも、罠に誘い込まれたかのような円滑さだ。

「肆眸子は隠れていますね」

 確信をもって青陵は言った。

 社の方へむかって、慎重に境内を進んでいく。

 突然、霧が立ちこめてきた。緑青(ろくしょう)に似た、毒々しさを秘めた霧だ。

 息苦しさに、鈍が咳き込んだ。かろうじて呪符を持った手で、顔の近くの霧だけを払いのける。

「離れないで」

 青陵は、鈍に言った。

 だが、すでに霧は青陵の頭近くまで立ち籠めてきている。

「こんなまやかしなど。我、望……」

 青陵は、術で霧を払おうとした。

 そのとき、霧の中で青白い影が素早く動いた。

 身構えようとした青陵の手から、大幣が叩き落とされる。

「くっ」

 青陵は、左手で御魂鏡を守るように押さえた。大幣を持っていた右手は、今の一瞬で痛めたのか、だらりと下げたままでいる。

『無駄だ。この地の穢れが、俺に心地よい力を注いでくれる。先ほどのようにはいかんぞ。さて、少しずつなぶり殺そうか。それとも、鏡ごとその心臓や喉を食い千切ろうか……』

 霧の中のどこかで、肆眸子が笑った。

「そのようなことが、できるでしょうか?」

 落ち着き払って、青陵は言った。

『なんだと!』

 肆眸子が叫ぶ。

 生意気な子供を食い殺そうとしたのだが、足がまったく動かなかったのだ。

「蘇芳殿、浄化を!」

 御魂鏡を掲げて、青陵は叫んだ。

 霧の中に光が差す。その光は、見る間に霧を吹き飛ばしていった。

『これは……』

 霧がなくなり、姿が(あら)わになった肆眸子が、自分の足下、いや、境内すべてを見回して絶句した。

 青陵の大幣の紙垂が、広い境内を埋め尽くすほどに蜷局(とぐろ)を巻いてのびていた。紙垂の先端を、青陵の右手の指先が絡め持っている。

 肆眸子は、境内を埋め尽くした紙垂に足を取られて動けなくなっていたのだ。

 青陵がわざと大幣を落として、紙垂を大地に這わせるのを見抜けなかった肆眸子の失策だった。

『肆眸子よ、いいえ、かつて領主を名乗っていた悲しき人よ。あなたがこの世の恨みを忘れられないというのであれば、この世を離れてしばし考えましょう。きっと、答えは見つかるはずです』

 御魂鏡の中で、蘇芳が言った。

『嫌だ。俺はまた死んではおらぬ。まだ、この地の人を支配することができる。俺はまだ……』

 最後まであらがおうとする肆眸子の姿が、御魂鏡に映し出された。妖魅の世界が閉じる。肆眸子が、御魂鏡の中に吸い込まれて消えた。

『時間をかけて、この救われぬ魂も、いつかは成仏することができるでしょう』

「ええ。これで、この山をとりまく怨念は鎮まったでしょう」

 青陵は、蘇芳に同意した。懸念(けねん)の一つは、これでなんとかなるのだろう。

「それじゃ、これでお山は元のように戻るんですね、蘇芳様」

 喜んだ鈍が、確かめるように御魂鏡の中の蘇芳の姿をのぞき込んで聞き返した。

「それには、まだしばらくの時間がかかるでしょう。この山に広がった穢れの大半はここに集められたとはいえ、まだあちこちに残っているでしょうから』

 蘇芳が、そう答えた。

『ですから、私をここの社に納めてください。時をかけて、すべての穢れを私が吸い取って浄化しましょう』

「でも、山にまだいる妖魅はどうするんです」

『それは、私の使いがなんとかしてくれるでしょう』

 蘇芳に促されて、青陵が首塚の墓石に渡されていた注連縄に御魂鏡をむけた。

 鏡の光を受けた注連縄が、石から外れてぽとりと落ちる。それは、白い蛇となって動きだした。

 鎌首をあげて青陵たちを一瞥(いちべつ)すると、白蛇は境内の外へと姿を消していった。

『鏡の中で浄化された妖魅の玉が生まれ変わった姿です。無害な妖魅以外は、あの者たちが駆りたててくれるはずです』

 蘇芳が説明した。

 浄化された妖魅たちは、注連縄などを依代として、御神体となった御魂鏡の使い魔として山を護ってくれるだろう。

『けれども、私には助け手が必要です』

 あらたまって蘇芳が言った。

「ええ。村人たちと、この山の(ぬし)となった御神体の御魂鏡との間を繋ぐ、正しき心をもった人が必要ですね」

 青陵は、まだよく分からないでいる鈍の方を見て言った。

「蘇芳様をお願いいたします。若き神主様(かんぬしさま)

 青陵にそう呼ばれて、鈍は驚きで目を見張った。

「俺……、いや、私がですか」

『ええ』

「そうですよ」

 戸惑う鈍に、蘇芳と青陵は確かにうなずいた。

「はい。謹んで拝命いたします」

 鈍は、その責任から逃げださなかった。

「本宮は、ちゃんと造りなおさないとだめですね」

 あちこち崩れかけている社を見て、鈍が言った。

「期待いたします」

「青陵様は、もう手伝ってはくれないのですか」

 他人事のように言う青陵に、鈍が落胆したように言った。

『青陵殿には、青陵殿のやるべきことがあります。ここは、青陵殿を縛る地ではありませんから。もう誰もこの地には縛られたりしないのです。そうですよね、青陵殿』

 蘇芳が、鈍を(たしな)めた。

「ええ。お言葉に甘えて、私は私のやるべきことをいたします。お達者で、蘇芳殿、鈍殿」

 青陵は、鈍の首に御魂鏡をかけると、深々と一礼した。


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