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狩籠師  作者: 篠崎砂美
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第肆章 御魂鏡 壱拾肆

 青陵は、魂移しの儀の支度を急いだ。蘇芳には、もうほとんど時間が残されてはいない。穢れが身体の表面にも表れ始め、腕が土気色に変わってしまっている。

 あらかた準備が整ったとき、村人の一人が息せき切って青陵の許へとやってきた。

「四つ目の狼が、村境をうろついております」

「構いません。どのみち、まだ結界の中に入ることはできないのですから、放っておきなさい。仮に村に入り込んできたとしても、この一之宮の中へは絶対に入れませんので、むやみに騒がないようにみんなにお伝えください」

 怯える村人に、青陵はそう言い渡した。

 すでに、この一之宮だけには青陵の結界が張ってある。村境の結界が消滅しても、この建物の中にいれば安全だ。

 青陵は板の間に聖紋を描くと、その周囲に供物を配置した。その中央に、蘇芳を横たえる。その胸の上には、御神鏡が載せられていた。

 青陵は祝詞をあげ、周囲を清めた。

 鈍を始めとする村人たちが少し離れた処に(かしこ)まって座り、気持ちを一つにしてその推移を見守った。

 機が満ちると、青陵はすっくと立ちあがって大幣を左右に振った。

「我、求むるは魂移(たまうつ)しの儀。依代(よりしろ)にあっては、(こん)。正しき思いをもって、神体(しんたい)となす」

 紙垂の(こす)れ合う音が響く中、蘇芳の身体が淡い光につつまれ始めた。

 全身をつつんだその光が、ゆっくりと胸のあたりに集まっていく。光が小さくなるにつれ、その輝きは強くなっていった。やがて、御神鏡の処に、すべての光が集まって目映(まばゆ)い輝きを放った。

「封!」

 大幣を強く振って青陵は叫んだ。するするとのびた紙垂が、蘇芳の上の方でゆらめく水面の光のような文様を描いてゆれる。

 その動きに合わせて、光が御神鏡の中へと吸い込まれていった。

 室内を照らしていた光が消える。それまで上下していた蘇芳の胸の動きが止まった。

「蘇芳様……」

 鈍たちが、嗚咽(おえつ)を漏らす。

 それを待っていたかのように、蘇芳の全身が漆黒に染まっていった。

「我、求むるは悪しきの調伏。妖魅にあっては、封。縛鎖をもって、玉となす!」

 青陵は、言霊を紡いだ。

 蘇芳の上を舞っていた紙垂が下に降りて、彼女の遺体をつつみ込んだ。

「封玉!」

 青陵の言葉と共に、(むくろ)が漆黒の玉に変わった。

 蘇芳の清らかな魂が抜けて、その身体は穢れのみで満たされていたのだ。それだからこそ、青陵は、蘇芳の身体であった物を玉に変えることができた。

 青陵は前に進むと、床に残った御神鏡と玉を拾い上げた。

『その玉を、私の中へ沈めてくださいませ。この身である鏡の中で、ゆっくりと浄化していきましょう』

 御神鏡から蘇芳の声が響いた。その鏡面には、蘇芳の姿が浮かびあがっている。

「蘇芳様!」

 自分たちの目で見た物にあらためて驚いて、村人たちが叫んだ。

『ありがとうございます。皆様の思いが、私に力を与えてくれました。このような姿になってしまいましたが、私はこの地を護っていきましょう』

 青陵が掲げ持った御神鏡の中から、蘇芳が村人たちに語りかけた。

「では、この地の穢れをすべてお預けいたします」

 そう言うと、青陵はまず蘇芳の身体であった玉を鏡面に近づけた。それは水面(みなも)に沈むように、そのまま御神鏡の中へと吸い込まれていった。鏡の中で、両手を受け皿にして蘇芳がそれを受け取る。

 魂が、肉体をその内につつみ込んだのだ。もはや、肆眸子がどうあがこうとも、蘇芳の肉体に集められていた穢れの力を自分のものとすることは難しいだろう。

 続けて、青陵は今まで玉に変えてきた妖魅たちを鏡の中の蘇芳に手渡した。これらもまた、蘇芳によって時間をかけて浄化されていくだろう。

「皆さん、この御魂鏡(みたまかがみ)が、これからこの山を護ってくださるでしょう。ちゃんと社にお祀りして、皆さんの同じ思いを蘇芳殿に届けてください。お願いいたします」

 青陵の言葉に、村人たちは一斉に頭を下げて約束した。

『こんな処で何をしている!』

 突如、建物の外から耳障りな声が響いた。

 肆眸子が、ほとんど消えた結界を越えて村の中へと入ってきたのだ。

『恐れることはありません』

 動揺する村人たちに、御魂鏡の中から蘇芳が言った。

『青陵殿、いざ肆眸子との決着をつけましょう』

 蘇芳が、青陵を(うなが)した。

「分かっております。けりをつけましょう」

 青陵は、御魂鏡を首にかけた。

『これは……、おかしなことをしたものだな、蘇芳よ』

 建物の外に出てきた青陵とその首から提げられた御魂鏡に映る蘇芳を見て、肆眸子が少し戸惑いながら言った。

『肆眸子よ、もうあなたの思い通りには何一つなりません。この世への怨念をすべて捨て去り、罪を悔いて成仏いたしなさい』

『戯れ言を。そんな小さな鏡にもてる力のすべてを移したというのか。ならば好都合。その鏡ごと一呑みにして、我が力の一端としてくれよう』

 蘇芳の言葉に、肆眸子が鋭い牙の間から緑の息を漏らしながら言った。

「そうはいかない」

 呪符と大幣をそれぞれの手に持ちながら、青陵は言った。

『者共よ、こいつを噛み裂け!』

 肆眸子が叫んだ。遠吠えと共に、妖狼の一団が現れる。

 だが、度重なる青陵たちとの戦いで、ずいぶんと数が減ってしまっているようだ。

「華炎!」

 青陵は、火の式神たちで妖狼たちを追いたてた。分断された妖狼が、誘い込まれるようにして一匹ずつ青陵に襲いかかってきた。

『封魔昇華の(ことわり)に従い、我が身にうつれ』

 御魂鏡の中で、蘇芳が言った。

 青陵に飛びかかろうとしていた狼の姿が御魂鏡に映る。輝きが妖狼を照らし、その身体が光球となって御魂鏡に吸い込まれた。

「我、求むるは悪しきの調伏。妖魅にあっては、封。縛鎖をもって、玉となす!」

 大幣で妖魅を捕らえて封じた玉を、青陵は次々に御魂鏡の中に投げ入れていった。

『おのれ!』

 怒りに燃えた肆眸子が突進してくる。

「轟然!」

 青陵は、衝撃波を放った。

 身体の炎を少し吹き飛ばしながら、肆眸子が横に跳躍してそれを避ける。

 御魂鏡に反射した日光が、肆眸子の足下を照らした。

『うぐるうぅぅぅ……』

 見えない力で足をすくわれるような感覚に、肆眸子がよろめいた。少し前に穢れを集めさせた境内ほどの力の(みなぎり)りが感じられない。

「華炎よ!」

 青陵に呼ばれて、宙を舞っていた火の式神たちが一斉に肆眸子にむかう。

 爪と牙でその幾体かを粉砕した肆眸子が、慌てて頭を下げて横飛びに逃げた。わずかに遅れて、青陵の紙垂がヒュンと大気を切り裂いてその場所を通り過ぎる。

 この場所にいること自体が不利だと悟った肆眸子は、踵を返して逃げだした。


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