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狩籠師  作者: 篠崎砂美
5/54

翕然主 伍


***


 時は昔。

 (いま)だこの地方を()べる者も定まらず、郎党(ろうとう)をかかえる豪族たちが、日々小競り合いを繰り返していたころの話だ。

 そのころ、この山は霊場(れいじょう)とされていた。

 神の御使(みつか)いである白い蛇が、お参りする人々の(けが)れを呑み込んでくれるという、ささやかな土着信仰の場所だったのだ。そのため、地元の武士たちも、聖域に滅多に足を踏み入れることはしなかった。

 それが破られたのは、戦いが地元の主導権争いにとどまらず、近隣の武将がこの地に攻め込んでくるようになったときのことであった。

 幾度かの戦いの後に地元の領主は敗れ、生きのびた者たちはこの山に逃げ込んできた。霊場が自分たちを守ってくれると信じ、敵も霊場を荒らすようなことはしないと考えたのだ。

 けれども、外から攻め込んできた軍勢は、地元の風習など知るよしもなかった。容赦(ようしゃ)なく山に踏み込み、落ちのびた兵たちを狩りたてた。

 その結果、地元の武士たちのほとんどが()たれ、領主共々その首級(しゅきゅう)がこの地に(さら)された。

 こうして、霊場は穢されてしまったのだ。

 それ以降、この地で死んだ者たちの無念と怨念(おんねん)が、周囲の妖魅を呼び寄せるようになってしまった。

 山は一変した。

 人外(じんがい)の者たちが群れる、この世ではない場所となってしまったのだ。

 点在する村々は人間の略奪からは(まぬが)れたものの、妖魅たちの脅威からは逃れられなかった。

 一つ処に集まりすぎた妖魅は、木々を枯らし、動物をむさぼり食い、あまつさえ妖魅同士の共食いまでも始めたのだ。もちろん、妖魅たちの獲物として、人間も例外ではなかった。

 この地に渦巻く怨念が、妖魅たちを狂わせてしまったのだろうか。妖魅たちは自分以外のすべてを敵とした。

 村人たちは選択を迫られた。この地と村を捨ててどこかに移り住むか。それとも、妖魅の跋扈(ばっこ)するこの地にとどまるか。

 もともとはこの地が聖地であることを伝え守ることを(むね)としていた村人たちは、できる限り後者を選んだ。

 それに、幾つもの村が一度に移転できるような場所はなかったのだ。新たに開墾(かいこん)する場所も、彼らすべてを受け入れてくれる余裕のある村も。まして、この地に攻め込んできた武士たちのように、どこか他の村を奪い取る力もなかった。

 八方塞(はっぽうふさ)がりの中、村を抜けて逃げだす者も現れ始めた。同時に、妖魅に襲われて滅ぼされる村も。

 姿を消した白蛇の力を借りることもできず、さりとて常人(じょうにん)の力ではこの地に集まってくる妖魅たちに対抗することもできない。そんな絶望的な状況の中、以前村を逃げだした男が戻ってきた。一人の狩籠師を連れて……。

 蘇芳(すおう)

 女狩籠師は、そう名乗った。

 村人たちが初めて見る狩籠師は、美麗(びれい)で力強く自信に満ちていた。師匠である上人(しょうにん)(めい)を受けて、諸国を旅して退魔行(たいまこう)を続けているのだと言う。

 その力は凄まじく、妖魅たちは狩籠師の敵ではなかった。

 山に集まってきた妖魅はことごとく滅せられていったが、いかんせんきりがなかった。

 倒しても倒しても妖魅は吸い寄せられるかのごとくこの地に集まってくるのだ。そして、狂う。

 いつしか、さしもの狩籠師も疲れ果てた。それでも、妖魅たちは減らなかった。

 狩籠師も決断を迫られた。この地に残って戦い続けるか、村人たちを連れてこの地を逃げだすか。

 だが、村人たちはこの地を離れ(がた)かった。それゆえ、狩籠師にこの地に残って妖魅を退治してくれるよう願った。

 それは狩籠師の都合とは相容れなくなっていった。()の者は、広く退魔を行うのが目的であり、この山だけを守るためにやってきたのではなかったからだ。

 そうしている間にも、妖魅に喰われる者は増え、、村は一つまた一つと消えていった。

 生き残った人々を一つの村に集めると、狩籠師は強力な結界を張って村への妖魅の侵入を防いだ。だが、その結界の外は、無数の妖魅の跋扈(ばっこ)する世界だ。

 そこで、狩籠師は山に強力な使い魔を放った。その名を、翕然主(きゅうぜんぬし)という。

 その姿は常人の目には見えなかったが、疲れることも知らずに妖魅たちを倒していったという。

 すると、狩籠師はこの地の妖魅を倒す務めを翕然主にまかせ、村人が引き止めるのも聞かずにこの地を去っていった。

 翕然主がこの地に()み着いてからというもの、妖魅たちは次々に翕然主によって滅ぼされていった。

 当初は喜んだ村人たちではあったが、やがてそれは恐怖へと変わった。

 山に妖魅たちが集まってくる速さよりも、翕然主が妖魅を倒す速さの方が(まさ)り始めたのだ。

 獲物がいなくなった翕然主は狂い始めた。あるいは、穢れてしまったこの地の怨念が、翕然主をも(むしば)んでいったのかもしれない。

 結局、無数の妖魅がたった一匹の翕然主におき換わっただけで、事態は元に戻ってしまったのだ。

 最初は動物たちが狙われ、やがて人も襲われるようになった。

 さすがに村を護る結界の中へは入ってこないものの、山から逃げだそうと結界の外へ出た者はひとたまりもなかった。

 はたして、狩籠師がおいていった翕然主とは、いったいなんであったのだろうか。



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