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狩籠師  作者: 篠崎砂美
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第肆章 御魂鏡 壱拾壱

 青陵は、蘇芳と交代で祝詞(のりと)をあげることにした。

 周りをとり囲んでいる妖魅を突破できる確信が得られるまでは、ここで地道に退魔の(ぎょう)を行うしかない。

 結局、青陵と鈍は、蘇芳と共に本宮でしばらく暮らすことになってしまった。幸いにして、鈍が持ってきたばかりの食料があるので、すぐに飢え死にするということはない。

「私は、これだけで充分です」

 青陵は、鈍が作ってくれる食事の大半を遠慮してみせた。

「そんなに少なくては、身体が参ってはしまいませんか」

「いいえ。もともと食が細いものですから。それに、自分にだけ利く秘法もありますので」

 心配する蘇芳たちに、青陵はそう答えた。とてもちゃんとした答えになっているとは思えないが、実際一番元気なのが青陵であるので、蘇芳たちは何も言えなかった。

 そう、度重なる妖魅たちの襲撃で、蘇芳たちはすっかり疲れてしまっていた。

 肆眸子が、青陵たちの疲弊を狙って波状攻撃をかけているのは明らかだ。

 それでも、青陵が加わったせいで、一気に山の浄化が進んでいった。

 蘇芳はこの本宮を中心にして、ここから浄化の範囲を広げようとしていたのだが、青陵は逆にこの本宮に不浄なるものを集めて、山の周囲から邪氣をなくしていこうと提案したのだった。

 もともとは、この本宮に巣くっていた領主たちの亡霊の怨念が邪氣の根源だ。それが、翕然主のせいで山全体に広がってしまったともいえる。これだけ広大な山をすべて浄化するのは大変だ。だが、境内に邪氣をすべて納めてしまえば、そこだけを清めればいいことになる。それならば、見落とすこともなく、すべての邪氣を一度に祓うことも可能だろう。

「けれども、それは妖魅たちの力を集めてしまうことにもなるのではありませんか」

 さすがに、蘇芳が懸念を示した。

「ええ、そのとおりです。けれども、うまくいけば一気に妖魅たちを祓うことができます。やってみる価値はあると思うのですが」

 賭と言うには、その必要性が希薄なように蘇芳は思っているようだった。時間をかけて、それこそ一生をかけてこの山を浄化するつもりだったのだから。

 けれども、その時間が、肆眸子のせいでなくなっているのを青陵は感じていた。

 明らかに、肆眸子は本宮を包囲して、蘇芳たちが弱るのを待っている。実際、いずれ食糧は尽きてしまうだろう。

 まさか、妖魅を食べるわけにもいかない。

 それにしても、妖魅たちの目的はどこにあるのだろうか。ただ単に敵である狩籠師を倒すだけとは思えない。

「蘇芳様」

「鈍ですか」

 もう休もうとしていた蘇芳が、鈍の声で身体を起こした。

「あっ、お疲れでしたか」

「いいえ、平気です。それよりも、鈍の方が疲れているのではなくて。すみませんね、ずっとこんな場所に閉じこめてしまって」

 鈍を安心させるために嘘をつきながらも、蘇芳が彼のことを気遣(きづか)って言った。

「何かあったのですか」

「はい、青陵様が……」

 鈍の話を聞いて、蘇芳が社の外へ出た。

 境内に響き渡る青陵の声が聞こえる。

「青陵殿、何をしておられるのです」

 驚いて声をかけた蘇芳に、護摩壇にいた青陵は、祝詞(のりと)を中断して振り返った。境内では、式神の乗った篝火が周囲を照らしている。

「申し訳ありません。少しでもと思いまして。ちゃんとした依代さうあれば、もっと効果があるのですが……」

 残念そうに青陵は言った。これだけの穢れを一つに(まと)めるには、何かの依代があった方が確実であった。けれども、ここを出ることができなければ、そのような物を持ち込むことはできない。

「そのような無理はしないでください。それとも、あなたもこの地に縛られてしまったのですか」

「いえ、そのような……」

 そのとき、耳障りな笑い声とも唸り声ともつかないものが、青陵たちの耳に聞こえた。

『仲間割れか。これは面白い』

 肆眸子が、手下の妖狼の群れを率いて姿を現した。

 鈍が、慌てて社の中に半分身を隠す。迂闊に狩籠師のそばにいては、足手まといになってしまうからだ。

『その依代とやら、俺と我が家臣たちがなってやろう』

「どういうことだ」

 青陵は、肆眸子に聞き返した。

『俺をただの妖魅と思ったか。お前たちは、俺の(はかりごと)にまんまと乗せられたのだ』

 肆眸子は、勝ち誇ったように語り始めた。

 ()の者の狙いは、翕然主の復活だったのだ。それは、翕然主と一体になっていた首塚の亡霊たちの復活をも意味していると、肆眸子は考えているのだろう。

 そのために、肆眸子は蘇芳を追い詰めて再び翕然主を作らせようとしていたのだ。

 目的は違えど、肆眸子と青陵の方法は似通っていた。いったん山全体に拡散してしまった邪氣が再び集中し始めたため、肆眸子は頃合いと考えて姿を現したのだった。

「どうして、お前が翕然主の復活を願うのです。翕然主にとって、妖魅は餌でしかないというのに」

 蘇芳が困惑した。

『違うな。翕然主こそ、我らが新しい身体よ。以前の翕然主も、結局は我らが家臣たちが乗っ取ったのだからな』

「乗っ取ったですって」

 驚いて、蘇芳が叫んだ。

 だが、思いあたる(ふし)もある。

 翕然主は、蘇芳が生みだしたものだ。蘇芳自身が、村人たちの期待を受け止めきれなかったように、翕然主もまた亡霊たちの怨念を消化しきれなかったのだろう。

『そう。俺が、この妖狼の身体を乗っ取ったようにな。不用意に、俺の首塚を(あさ)ったが、この妖魅の運の尽きだ。この身体を得た俺は、狩籠師がこの地にやってきたのを聞いて、家臣たちの首を掘り起こして隠した。その後、俺は何をしにいったと思う?』

 面白そうに、肆眸子が問いを投げかけた。

『うまかったぞ、俺を殺した男の血と肉は』

 努めて人間臭く肆眸子が笑った。

『もっとも、思いの外手こずってしまってな。戻ってみれば、家臣たちは翕然主となり、そして、滅ぼされておった。げに、憎むべきは狩籠師なり』

「華炎!」

 青陵は、式神を飛ばして肆眸子の言葉を遮った。

 配下の妖狼たちは散り散りになって式神から逃げたが、肆眸子は正面から飛んできた式神をまっこうから噛み砕いた。

『心地よい。薄くなっていた自分が、元に戻ったようだ。この地に満ちる氣。ありがたいものだ』

「ならば、お前を封印すれば、それですべての怨念が断ち切れるのですね」

 長大な紙垂を宙に舞わせながら青陵は言った。

『それはどうかな』

 妖狼たちをじりじりと進ませながら、肆眸子が言った。

『人が人に対する思いが、恨み辛みとなって、我ら妖魅の魂の糧となる。それが尽きることがあるだろうか』

「そのようなものが、すべてであるものか」

 青陵は、肆眸子に言い返した。

『それが本質であろう。人は、他者を恨み、排そうとするものだ。蘇芳よ、お前も同じであっただろうが』

「人に対する思いが魂の糧となるのであれば、私は恨みを糧とはいたしません。今の私は、そのような者たちとは違います」

 蘇芳が、きっぱりと言った。

「そのとおりです」

 青陵は叫んだ。

「封玉!」

 青陵の紙垂に絡め捕られた妖狼が、玉となって大地に転がる。


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