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狩籠師  作者: 篠崎砂美
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第肆章 御魂鏡 捌


***


「そうですか。その戦以来(いくさいらい)、この地に妖魅が跋扈(ばっこ)するようになったと言われるのですね」

 蘇芳は、目の前に座った男の話を一通り聞いてから確認のために聞き返した。わざわざ山奥の村から狩籠師を探しに町に出てきたという禰宜だ。

 運よくと言おうか、妖魅の情報を集めようと退魔行の話を面白おかしく人々に聞かせていた蘇芳の観客の中に、この禰宜は混じっていたのだった。

「はい。最後の戦いはこの山の奥にある本宮で行われました。そこで、領主様と家臣の方々は全員討ち死にし、その首級は社の前に晒されました。そのときに、領主様を(かくま)っていた神主様も殺されてしまったのです。私たちは敵が引き揚げた後に、やっと領主様たちの首を土に埋めることができました。そこを首塚として供養したのですが、私たちの祈りでは成仏していただけなかったようなのです」

「何か(たた)りでもあったのでしょうか」

 蘇芳は、興味深そうに禰宜に訊ねた。

「直接取り殺された者はおりませんが、その後私たち禰宜が本宮に(おもむ)くと、必ず首塚の周囲におびただしい数の動物の死骸(しがい)があったのです。大変苦労しながら、それらの動物を埋葬して供養し続けましたが、あるときからばったりとそれがなくなりました」

「あなたたちの供養で、祟りが治まったのですか」

 それならそれで終わりではないかと、蘇芳は思った。

「いいえ、その逆です。死骸がなくなったのは、死ぬ者がいなくなったからではなく、死骸を喰らう者たちが集まったからなのです。首塚が、いつからか妖魅を呼び寄せるようになっていたのです」

「それで、狩籠師である私に、その首塚を祓い清めてほしいと言うのですね」

 蘇芳は、おおかたの事情を納得した。

「はい。そのとおりです。私たち禰宜が全員お社に集まって、話し合いの末に狩籠師様をお呼びしようということに決まったのです。どうか、お願いいたします。亡き領主様たちの霊を鎮めてはくださりませんか」

 禰宜が、蘇芳に深々と頭を下げた。

 妖魅が集まるのであれば、蘇芳にとってもいい修行になると言えた。

 もとより、上人の教えに従い、天下に安寧(あんねい)をもたらすために弟子である狩籠師は全国に散っていったのだ。

「分かりました。あなたと共にいくとしましょう」

「本当ですか。ありがとうございます」

 禰宜が再び床に額をこすりつけんばかりに頭を下げて感謝し続け、蘇芳はそれをあげさせるのに苦労した。

 一之宮があるという村で歓迎された後、蘇芳は首塚のあるという本宮にむかった。

 その道は険しく、初めての蘇芳は難儀したが、それでもなんとか無事辿り着くことができた。

「よくもまあ、このような場所に社を建てたものですね。さて、肝心の首塚というのはどれのことでしょうか」

 一息ついて落ち着いた後、蘇芳は案内してくれた禰宜たちに訊ねた。

「はい、こちらでございます」

 境内の外れの方へと、禰宜たちが蘇芳を案内していった。

「ここに……、やや、これはどうしたことだ!」

 先を歩いていた禰宜たちがざわめいた。

「どうしたのですか」

「これを御覧ください。首塚が……」

 禰宜たちの指し示す方には、幾つかの石が乱雑に転がっていた。おそらくは、首塚の墓石であろう。何物かによって引き倒され、その下が綺麗に掘られている。

 地面の穴は七つあった。禰宜たちの話と照らし合わせると、すべての首が掘り出されてしまったらしい。

 いったい何者の仕業(しわざ)か。いや、それは予想がつく。けれども、問題はその理由だ。

「ついこの前見たときはちゃんとしていたのに」

「おい、これはなんだ……」

 首塚の穴を調べた禰宜たちが絶句した。

 その穴の中には、人間の頭の代わりに、(おびただ)しい量の動物たちの骨が入っていたからだ。

「妖魅の仕業には間違いないでしょうけれど、いったいいつからこのような……」

 昨日今日集めたとは思えない骨の量に、蘇芳たちは首をかしげた。

 もし首塚が暴かれたのがもっと前であるのならば、それが分からないように墓石を元に戻しておいたことになる。あるいは、まやかしの術で禰宜たちには分からないようにしていたかだ。

 それにしても、妖魅はなぜ首を持っていったのだろう。いや、首自体が妖魅と化した可能性もある。

「とにかく、ここは……」

 首塚のお祓いをすませようとした蘇芳であったが、そのとき、禰宜たちの悲鳴が響き渡った。

 妖狼たちの群れが、突然襲いかかってきたのだ。

 急いで蘇芳は妖狼たちと戦ったが、禰宜たちの一人が妖狼に連れ去られてしまった。その後の彼の運命は、考えるだにおぞましい。

 蘇芳たちは、急いで村に戻ることにした。

 その日を境に、妖魅たちの動きが活発になった。

 まとまった数の妖魅たちが、山の中に点在する村々を襲いだしたのだった。

 蘇芳は一之宮のある村を結界で護ると、禰宜たちの案内でそれらの村を回って妖魅たちを退治して回った。

 だが、妖魅たちの襲撃は減るどころか、だんだんと大規模になっていった。中には、蘇芳たちが駆けつける前に、村が全滅しているといったこともあったのだ。

 やがて、人が減って村として機能しなくなった場所が増え、人々は一之宮のある村に自然と集まるようになっていった。そこであれば、蘇芳の張った結界が妖魅から護ってくれたし、何よりも蘇芳自身が住んでいたからだ。

 もちろん、この地に住むことは蘇芳の本意ではなかった。狩籠師としては、早くこの地を浄化して、次の地に移りたかったのだ。そうでなければ、狩籠師としての名を上げることは難しかったからだ。狩籠師の名が上がらなければ、師匠である上人にその存在を認めてもらうのは難しい。

 無為(むい)に日々は過ぎていき、疲弊した村人たちの中には蘇芳を疑う者たちも出始めた。

 いっこうに妖魅の数は減らなかったからだ。それに、一之宮のある村以外に結界を張ってくれないことも、人々の疑念をまねいていた。

 人々の無知を責めるわけにはいかないが、広大な土地を結界で護るにはそれなりの依代(よりしろ)がいる。蘇芳は、一之宮そのものを依代として、村に結界を張っていた。けれども、他の村にはそれに代わる物がなかった。

 妖魅に滅ぼされた村の者が増えていくにつれて、蘇芳への不信は増大していった。

 妖魅たちの方も、今は蘇芳自身を狙ってくるようになっていた。特に、妖狼たちはしつこく蘇芳をつけ狙ってくる。その被害は、蘇芳の周囲の人々にも及んだ。

 すなわち、妖魅を集めているのは蘇芳自身ではないのかという疑念に人々は(とら)われていったのだ。そんなことはないことは彼らも分かっていたのだろうが、そう考えた方が簡単であった。ときとして、人々は安易な考えに囚われ(やす)いものだ。

 このままでは村人同士の齟齬(そご)が生まれかねず、何よりも自分の身の安全が図れずに、蘇芳は村を離れることにした。

 新しく山中にある本宮の社に居を構えた蘇芳は、禰宜たちにささえられながら、そこから日々の退魔を行った。

 けれども、一人で無数の妖魅と戦うにはどうしても限界があった。

 そもそも、なぜこの山には妖魅が集まるのだろうか。

 禰宜たちの話では、数代前の領主の跡目争いから、この地に怨念が残り増大したのではないかということであった。本来ならそのすべてを知っていそうな神主が亡くなっているので、真相は推測するしかない。

 この社自体も、大昔は隠れ家として使われたのであろうが、その後神社になったのは、この地の怨念を鎮めようとした者の働きなのかもしれない。

 けれども、再びここを敵からの隠れ家にしようとして失敗し、この地を穢してしまった先の領主によって、怨念が再び増大して妖魅を呼び寄せているのかもしれなかった。

 蘇芳は首塚を中心としてお祓いを続けたが、肝心の首がまだ見つからないために、それを完遂することは未だできてはいなかった。

 それにしても、この山には(ぬし)はいないのであろうか。主さえいれば、よその土地の妖魅をそうそう簡単に領域に入れはしないはずなのだが。

 仮に主自体が悪しき存在であれば、それが妖魅を呼び寄せている可能性もある。その場合は、その者を倒して新しい主をおけば、事態は好転するはずであった。

 退魔の日々に嫌気を感じながらも、蘇芳は黙々と妖魅を退治し続けた。

 村人たちからはすでに感謝されず、彼女をささえてくれていた禰宜たちも、一人また一人と妖魅に襲われ、今や誰も残ってはいなかった。

 それでも、村人たちは蘇芳に心のどこかで依存していた。

 疎みながらも期待する。

 あまりにも矛盾している。

「しかたのないことなのかしら」

 ふと、蘇芳は自嘲(じちょう)した。


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