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狩籠師  作者: 篠崎砂美
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第肆章 御魂鏡 漆

御挨拶(ごあいさつ)が遅れましたが、私の名は蘇芳と申します。(ゆえ)あって、この地を守る狩籠師です。あなたも、御同業とお見受けいたしますが?」

 居住まいを正すと、蘇芳が青陵の方をむいてあらためて訊ねた。

「はい、私も狩籠師をいたしております。名は、青陵清花丸(せいりょうさやかまる)と申します」

 青陵は、深々とお辞儀(じぎ)した。

「いえ、そんなに(かしこ)まらなくても。傷を治していただいたお礼もまだだというのに」

 蘇芳が、慌てて青陵の頭をあげさせた。そして、あらためて礼を述べた。

「さて、狩籠師であるということは、ここになんのためにおいでになったのですか。どこかの村人に頼まれたのでしょうか。それとも、何かの妖魅を追いかけておられでしょうか」

 怪訝そうに、蘇芳が青陵に訊ねた。

 確かに、普通の人間ならばこのような場所にはやってこないし、狩籠師であるならば何かの目的をもってやってきたはずだと考える。

「はい、お訊ねしたいことがあります。私は、さる太刀を探しております。先日、(ふもと)の村で、一振りの太刀を持った狩籠師がこの山へ入ったと聞いて、もしやと思いここへ参りました。その狩籠師は女子(おなご)であったとか」

「それが私ではないのかということでしたか。申し訳ありません。私は今まで太刀などを持ったことはありません」

 蘇芳が、きっぱりと否定した。

 この時代、いや、昔も今も、女性が太刀を持つなどということは普通ありえないことであった。それに、太刀自体が大振りで扱いにくいせいもあって、現在は打ち刀の方が主流である。

「そうですか。では、その狩籠師とは……」

 がっかりして、青陵はうつむいた。せっかくの手がかりだと思ったのだが、また見当違いだったようだ。

「俺、そいつのこと知ってるよ」

「本当ですか」

 思いもかけない鈍の言葉に、青陵は驚いて振り返った。

「俺が知ってるのは、凜華という狩籠師だ。ここにきて翕然主をやっつけた人だけど、女なのにずいぶん大きな刀を持ってた」

「それで、その方は今どこにおられるのですか」

「もうずいぶん前に、ここを出ていったよ。翕然主を倒したから、もうここにいる必要はないからって言ってた。蘇芳様がここに戻ってくるずっと前の話だ」

「そうですか」

 青陵は落胆した。結局、その凜華という狩籠師と蘇芳を取り違えていたことになるらしい。

「残念でしたね」

 慰めるように蘇芳が言った。

「いえ、しかたないことです」

 大丈夫ですと、青陵は蘇芳たちに微笑んで見せた。

「それで、その方がどこへむかったか聞いておられますか」

「いや、どこにいくとも言っていなかった。たぶんあてなんかないんじゃないのかな」

 (かぶり)を振ると、鈍がそう答えた。

「そうですね。私たち狩籠師は、最終的な目的地があって旅しているわけではありませんから。この乱れた世の中を霊的に(しず)めるために、それぞれ各地を行脚(あんぎゃ)しているわけですから」

「あの刀って、何か特別なのかい。そりゃ、凄い刀だったけど」

 鈍が、青陵に訊ねた。翕然主と戦ったとき、凜華は幽明の太刀で敵に(とど)めを刺していたのを思い出したからだ。

「たぶん、何かの力を宿した物であるか、それとも、何かの名を秘めた物なのではないでしょうか。申し訳ありません。私も詳しくは知らないのです。ただ、あるお方に、私のすべきことはあの太刀を手にすれば分かるとお教えいただいたものですから」

「すべきこと?」

 蘇芳が聞き返した。

「はい。お恥ずかしい話ですが、私は自分の出自(しゅつじ)を覚えておりません。ですから、それを教えてくれるであろう、その太刀を探しているのです」

 青陵のもっとも古い記憶は、川辺で青黛上人に助けてもらったときのものだ。身一つで、その水辺に倒れていたという。

 その後、上人は青陵に護符の使い方や退魔の術を教えてもっとも若き狩籠師とした。それらを習得するのに、青陵はほとんど時間がかかっていない。覚えると言うよりも、思い出したと言う方が正しいと思えるくらいだった。

 そして、上人に「己と(つい)である太刀を探せ」と言われて、一人で旅に出たのだった。

「そうであるならば、すぐに後を追いかけた方がよいのではありませんか。早ければ早いほど、その足取りもつかめましょう」

 蘇芳が青陵に勧めた。時間が経てば、その狩籠師を見たという人々の記憶も薄くなってしまうに違いない。

「ありがとうございます。ですが、あなたを見捨てていくわけにもまいりません」

 青陵は、きっぱりと言った。

「どういう意味でしょう」

 蘇芳が、幾分、(おもて)を厳しくする。

「かつてこの地には、翕然主という妖魅がいたと聞きます。そして、先ほどのような、妖狼もおります。失礼ですが、あなたお一人では彼らをすべて祓うのは難しいのではありませんか」

 青陵は、蘇芳の身に着けている鏡や数珠を見ながら言った。

 これらは、単なる装飾具ではありえない。それぞれが力をもった護符であり、蘇芳の足りない力を補っていると見るべきだろう。

 すなわち、蘇芳がもともともっている力では足りないのだ。

 それに、彼女の身体の傷のこともあった。

 今日のような妖魅との戦いで、蘇芳は日々傷を負っているのだろう。

 それを見捨てておくわけにはいかなかった。

「お気持ちはありがたいけれど、心配は御無用です。ここは私の力だけでなんとかすることができます。あなたはあなたの道をお進みください」

 物言いは丁寧であったが、蘇芳は暗にここから去れと青陵に命じていた。

「なぜですか。そんなに傷つき疲れているというのに」

「そうだよ、蘇芳様。青陵様に手伝ってもらおうよ。そうすれば、肆眸子の奴だって、すぐに倒せるかもしれないじゃないか」

 たまりかねて、鈍が口をはさんだ、

 どうやら、彼も、同じ思いをいだいていたらしい。

「鈍は、黙っておいでなさい」

 蘇芳は、ぴしゃりと言って鈍を黙らせた。

「このお山の浄化は、私の仕事です。青陵殿は、どうかお引き取りください。お願いいたします」

 (かたく)なに蘇芳が言った。

 青陵は、困惑を隠せなかった。蘇芳の言い(よう)からは、名誉欲のようなものは感じられない。ならば、なぜ一人だけで退魔を行うと言うのだろうか。

「私は、蘇芳殿の邪魔をするつもりはありません。けれども、あなたを見捨ててもいけません。一緒に、この山の妖魅を退治しようではありませんか」

 青陵は、なおも蘇芳を説得しようとした。

「蘇芳様、そうしようよ。翕然主のことなら、もういいじゃないか。あれはもう退治されちゃったんだ。俺は、蘇芳様の身体のことが心配だ」

 鈍も、青陵に同意した。

「これは、私の(あがな)いなのです。だからこそ、私がこの地を浄化しなければなりません」

「どうしてなんです。なぜ、蘇芳様は俺たちのためにそこまでしてくれるんですか」

 鈍が、蘇芳に詰め寄った。

 はっきり言ってしまえば、ここは、余所者である蘇芳が命を賭けてまで守る場所ではない。

 そう、凜華の言っていたように、こんな土地など捨ててしまえばそれですむ話だった。

 けれども、村人たちは先祖に対する畏敬(いけい)からこの地を去ろうとはしなかった。

 それは、この土地にかけられた先祖の呪が、村人たちを縛っていたのかもしれない。

 あるいは、蘇芳もまた、その呪にかかってしまったのだろうか。

他人(ひと)のため……。そう、私のしていることは、他人のためのように見えるのですね。でも、そうではありません。いい機会ですから、鈍にもちゃんと話しましょう。もし何かが起きても、あなたが語り伝えてくれるように」

 蘇芳が、青陵と鈍の顔をしっかりと見据えてから話し始めた。


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