第肆章 御魂鏡 肆
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翌日、二人は朝早く出発した。
村人たちも起きていて、食べ物や身の回りの小間物を背負子に入れて準備してくれていた。
「この子が、狩籠師だと言うのか」
鈍の話を聞いた村長が、半信半疑で聞き返した。
「ああ。ここまで辿り着いたことが、何よりの証しだろう」
「確かに。わしらは、蘇芳様が結界を張ったこの村から出ることはできんからな」
鈍に言われて、村長たちが納得したようにうなずいた。
「しかし、また狩籠師か」
「何人現れようと、どうせ変わりはせぬ」
「ああ。また逃げだすのがおちだ」
村人たちがさざめいた。
「あんたらは、まだそんなことを言ってるのか。蘇芳様は戻ってきてくれたんだぞ。それに、今だって、この村のために妖魅と戦っていてくれるっていうのに」
鈍が、怒って怒鳴り返した。
「だが、何も変わらんじゃないか」
「変わっているさ。俺たちは、まだこうして生きていられる」
大きく音をたてて、鈍が自分の胸を叩いた。
「確かに。戻ってきて妖魅を退治してくれていることには感謝している。だからこそ、お前に食べ物などを渡しているんだからな」
村長が、食料などを詰めた背負子を差し出して言った。
「いこう、青陵。遅くなると日が暮れる」
鈍が青陵を促した。これ以上村人たちとは話したくないというのが、ありありと見てとれる。
「蘇芳様のいる本宮は、道のない山奥にあるんだ。俺が案内するから、なるべくしっかりついてきてくれよ」
背負子を背負った鈍が、青陵に言った。
その場で村人たちに見送られて、青陵たちは出発した。
「みんな、蘇芳様のことを何も分かっちゃいないんだ。確かに、俺たちじゃ妖魅を追い払うことも難しいけれど、それでいいというわけはないじゃないか。蘇芳様が、日々どれだけ苦労しておられることか。それに対して、俺たちは感謝を忘れちゃいけないんだ」
歩きながら、鈍が青陵に聞こえるように愚痴をこぼした。
まだすべてのことを知ったわけではないので、青陵は聞き手に徹することにした。
「ここが結界の出口だ」
村外れで、鈍がいったん立ち止まった。
青陵は、周囲を見回してみた。
近くの地中に、何か強い力の源を感じる。おそらくは、そこに封印石か何かが埋め込んであるのだろう。
「本当は、なんの力もない人は素通りできるんだが、この方が結界に負担がかからないんだそうだ」
鈍が、呪符を取り出して言った。蘇芳にもらった物らしい。
「俺にぴったりとくっついて動いてくれ」
「分かりました」
鈍に言われて、青陵はそのとおりにした。いずれにしても、封印に阻まれる青陵としては、余計な力を使わなくてすむのならばありがたい。
「い、いくぞ」
なぜかちょっと顔を赤らめて、鈍が言った。
二人羽織よろしく鈍が青陵をだきかかえるようにする。ぴったりと寄り添いながら、青陵と鈍は進んでいった。
呪符を持った鈍の手が結界に触れる。障壁がゆらいだ。人一人が通れるほどの綻びが生まれる。そこを二人はすり抜けた。
「もういいぞ。離れろよ」
「はい」
鈍に言われて、青陵は彼から離れた。
ここからは、妖魅が跋扈する領域だ。二人とも、周囲に気を配りながら進んでいった。
鈍は蘇芳から護符を与えられているらしく、結界の外でもそれなりに自由に動けるようだった。
しばらくは順調に進めていたのだが、最後までそうとは限らないようであった。
「鈍さん、待ってください」
青陵は、邪氣を感じて、慌てて鈍を呼び止めた。
「近くに妖魅がいます。私の近くにいてください」
「本当か」
青陵の隣に立って、鈍が蘇芳からもらった呪符を手に持った。
「囲まれています。これは……妖狼ですね」
青陵の言葉と共に、妖魅たちが姿を現した。
その見た目は狼そのものであったが、体毛は青白い炎であり、白眼のない目は熾火のように真っ赤であった。
その群れの中に、四つ目の妖狼がいた。その目のうち、下の二つは赤く、上の二つは青い。
「肆眸子とその眷属か。現れたな」
鈍が、四つ目の妖狼を睨みつけて言った。
「あいつが、ここの親玉だ」
鈍が、青陵に囁いた。
『お前が、新たな狩籠師か』
肆眸子が、青陵たちのいく手に立ちはだかって言った。その周りに、手下の妖狼たちが広がって、青陵たちをとり囲もうとする。
「それがどうかしましたか」
青陵は、するりと腰の大幣を引き抜くと、大きく振り回した。
長くのびた紙垂が二人の周りをぐるりと一周し、妖魅たちが慌てて後ろに飛び退った。
『小癪な奴め。だが、贄としては申し分なさそうだ』
鈍を無視して、肆眸子が青陵に言った。軽く舌なめずりすると、霧のような瘴氣を含んだ緑色の息を吐く。
「ええ。祓うには、あなたたちはちょうどいい妖魅のようですね」
負けじと、青陵は言い返した。そのまま大幣を一振りして、近寄りすぎていた妖狼の一匹を紙垂で絡め捕る。
「封玉」
ころんと、青い玉になった妖狼が地面の上に転がった。紙垂を巧みに動かしてその玉を引っかけると、ポンと宙に飛ばす。青陵は、空いている左手でパシンと玉をつかみ取ると、素早く懐にしまった。
思わず逃げだそうとする妖狼たちを、肆眸子が唸り声をあげてその場に留まらせた。
『一斉に、噛み砕け!』
怒りに燃えた肆眸子が、手下たちに命令した。
「逃げるぞ、青陵殿!」
鈍が、叫んだ。




