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狩籠師  作者: 篠崎砂美
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第肆章 御魂鏡 参

 結界を張れるとはいえ、一応何かの寄る()がほしい。

 足早に進んでいくと、突然式神の炎が消えた。直後に、何かの力によって押し戻される。

「また結界?」

 青陵は、立ち止まって周囲を探った。

 今度の結界は、最初の物とは違ってしっかりとしている。

「拒まれるとは」

 ちょっと考えてから、青陵は結界の先に進むことにした。

 この結界も、かなりの広さがありそうだ。これをすべて打ち消すのは大事(おおごと)だし、これを張った者と敵対する恐れがあった。

「我、求むるは認許(にんきょ)の証し。障壁にあっては、(かい)斟酌(しんしゃく)をもって、拝趨(はいすう)となす」

 青陵は、大幣を振り上げた。紙垂がくるくると渦を巻き、青陵の身体の周りを回った。

 そのまま、ゆっくりと進んでいく。

 紙垂の渦と触れ、結界が(ほころ)んだ。

 そのわずかな綻びを、青陵は静かにすり抜けた。

 青陵が通り抜けると、紙垂の渦が結界の表面をゆらして綻びを(つくろ)ってしまった。

「ここはまた、何かの領域なのだろうか」

 再びがらりと変わった氣の配置に、青陵は戸惑った。

 ここには妖魅の気配はない。

 どうやら、この結界の中には、妖魅を嫌う者がいると考えてよさそうだった。

「我、求むるは伴いし明かり。闇夜にあっては、明。火球をもちて、(しるべ)となす」

 再び炎の式神を作りだすと、青陵は道を進んでいった。

 この結界の中でなら安心して野宿できそうだが、結界に護られている何かがあるのであれば、そのそばか、あるいはなるべく離れていた方が安全だと思えた。

 少なくとも、妖魅に襲われる危険は考えなくてもいいので、安心して夜道をいくことができる。もっとも、野盗など、人間に襲われる可能性も残ってはいるのだが。

 さすがに歩き疲れてきたころ、村らしき場所に辿り着いた。幾つもの簡素な家々が見える。

 廃村ではないようで、軒先に茸を吊して干してあったり、真新しい土のついた農具がおいてあったりする。

 青陵は、足音を忍ばせて一軒の家に近づいてみた。

 人の気配はするが、さてどうしたものか。

 意を決すると、青陵は声をかけてみることにした。

「もうし。誰かいらっしゃいませんか。旅の者なのですが、一夜の宿をお借りできませんでしょうか。もうし」

 しばらくは(いら)えがなかった。

 あきらめて青陵が他の家にいこうとしたとき、やっと動きがあった。

「お前、誰だ」

 戸口の御簾(みす)の後ろに立った人影が、青陵を問いただした。声音からすると、まだ少年のようだ。

「旅人です。この山に霊験灼(れいけんあらた)かな場所があると聞きおよび、やって参りました。けれども、道に迷い、日も暮れてしまい……」

「旅人だって……。まあ、いいや、入んなよ」

 少年が、御簾を開いて青陵を招き入れた。

「ありがとうございます」

 青陵はお礼を言うと、遠慮なく家の中へと入っていった。

「久々に戻ったんで、たいした物もないから、適当にくつろいでくれ」

 火鉢に炭をくべると、少年が長芋を載せて焼き始めた。

「俺は、この村の禰宜で、(にび)ってんだ」

 芋をひっくり返しながら少年が名乗った。

 しかし、この若さで禰宜を名乗るというのはどういうことだろうか。だいたいにして、簡素な単衣(ひとえ)を着ているだけで、袴すら穿いていない。どう贔屓目に見ても、とても神職(しんしょく)には見えなかった。

「禰宜である……とおっしゃいますか」

「そのとおり。なんだよ、見えないって言うんだろう。でも、俺は間違いなくこの村唯一の神職なんだ。他に誰もいないから禰宜を名乗ることにしてる」

 それは自称でしかないのではないかという言葉を、青陵はなんとかして呑み込んだ。

「で、お前、本当は何をしにきたんだ」

 焼けた芋を手渡しながら、鈍が青陵を問いただした。

「ありがとうございます。あちちち……。ええと、私は、先に言ったようにお参りを……」

 熱い芋をお手玉して冷ましながら青陵は言った。

「嘘を言うな。ここしばらく、そんな奴はきたことがない。せいぜいが、あの狩籠師だけだ。だいたい、お前みたいな子供が、たった一人で無事にこの村に辿り着くわけがない。絶対、途中で妖魅に襲われるはずだ。それともなんだ、その格好からして、お前も狩籠師だって言うんじゃないだろうな」

 どうやら、だいたいはお見通しらしい。

「ええ、私は狩籠師をしております。そうですね、青陵とお呼びください」

 青陵は、正直に答えた。

「参ったなあ、本当かい」

 芋を(かじ)りながら、鈍が言った。目星はつけていたものの、本当にそうだとは、鈍も確信をもっていたわけではないらしい。

 それにしても、鈍はやたら狩籠師について詳しそうだった。おそらくは、実際に狩籠師と会ったことがあるのだろう。だとすれば、その狩籠師とは誰なのだろうか。

「とりあえず食いなよ」

「はい、いただきます」

 鈍に勧められて、青陵はまだ手に持っていた長芋に囓りついた。

 上物とは言わないが、ほっこりしてなかなかにおいしい。

「妖魅でしたら、途中で狢を一匹退治して参りました」

「本当か。だって、お前、まだ子供だろう」

 決めつけられて、青陵はちょっと気を悪くした。鈍だって、まだまだ子供の年齢だ。それなのに禰宜を名乗るのはちょっといただけない。

「人を姿形で判断しないでいただきたい。私だって、ちゃんとした狩籠師です」

「悪かった。ちょっと驚いただけなんだ。すまない」

 青陵の言葉に、鈍が素直に謝った。

「なにしろ、この山は、本当はとても危ない処なんだ。昔の領主の怨念で、妖魅たちがどんどん集まってくる。かつては翕然主という者がいて、その妖魅たちをすべて喰らっていたんだが、この前、狩籠師に退治されてしまった。それで、今はまた妖魅が集まる山に逆戻りだ」

「そうでしたか。多少の妖魅であれば私が祓うこともできますが、土地自体が呪われているのであれば、禁忌の地として立ち入らないのが一番ですね」

 翕然主が山の主なのか使い魔なのかは分からないが、怨念の籠もる地でそのような者が長くとどまれば少なからず影響を受けてしまうだろう。それを退治した狩籠師がいたというならば、間違いなくここは危険な土地であるのだ。

「それは難しいと思う。俺もそうだが、村に残っている人たちは、ここに残りたいから残っているんだ。それに、いきたくても、他にいく処なんてないさ」

(ふもと)では、新しい領主様が、新しい村を作っているそうですよ。今なら、村ごと引っ越せると思うのですが」

 先に身を寄せていた村の村長の話を思い出して、青陵は鈍に言った。

「ここは、先祖代々住んでいた土地なんだ。それを捨てていくってことは、逃げるってことだろ。それが嫌だから、俺たちはここに残っている」

「だとしたら、大勢の狩籠師を集めて、土地そのもののお祓いをするしかないでしょう。でも、狩籠師のほとんどは各地を自由に旅しています。数を集めるのは難しいですね」

 青陵は暗に立ち去ることを勧めたが、鈍の心を動かすことはできなかった。

「それで、お前はなんでここにきたんだ。退魔の修行にきたんじゃないだろう」

 鈍が、青陵に言った。

「ある狩籠師を探しに参りました。(ふもと)の村で、この山にむかったと聞きましたものですから」

「狩籠師って言ったら、今この山にいるのは一人だけだ」

 ちょっと考えてから、慎重に鈍が言った。

「そうですか。できましたら、私をその方に引き合わせてはもらえないでしょうか」

 やはりと、青陵は身を乗り出して頼んだ。

「明日ならいいぜ。俺も、蘇芳様の処へ戻る予定だったからな」

「その方は、蘇芳様とおっしゃるのですね」

 やっと出てきた狩籠師の名前を、確かめるように青陵は繰り返した。

「でも、なんで、蘇芳様を探してるんだ」

「同じ狩籠師として、聞きたいことがありまして」

 また少し疑っているような鈍の態度に、青陵ははっきりとした目的を明かさなかった。太刀のことを話して、物を奪いにきたと思われたら案内してもらえなくなるかもしれない。

「そうだ、蘇芳様と同じ狩籠師として、お前に頼みたいことがあるんだ」

「なんでしょうか」

 急に居住まいを正した鈍に、青陵が怪訝そうに聞き返した。

「頼む。蘇芳様を助けてやってくれ」

「いったい、どうしたというのですか」

 突然、床に額をこすりつけんばかりに頭を下げられて、青陵は驚いてしまった。

「この山はたくさんの妖魅が集まってくるってことはさっき言ったろ。蘇芳様は、一人でそいつらと戦っているんだ。俺たちも手伝いたいけれど、何の力もない俺たちじゃ足手まといにしかならねえ。だから、せめて食べ物やら、身の回りのことを村人たちでできる限りお世話しているわけなんだが。でもな、ずっと戦いっぱなしじゃ、蘇芳様だっていつか倒れちまう。でも、お前なら、同じ狩籠師なんだから、俺たちよりずっと蘇芳様の力になれるだろう。なにしろ、ここにくるまでに妖魅を退治してきたって言うんだから。なあ、頼む」

「それは頼まれるまでもありません。私も、狩籠師なのですから」

 青陵は、鈍に顔をあげさせた。


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