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狩籠師  作者: 篠崎砂美
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第参章 真珠唄 壱拾参

「さて、これでやっと狩籠師本来の仕事ができる」

 凜華は、(おか)に揚げられた魂珠貝に呪符を貼りつけて言った。

「我、求むるは眷属(けんぞく)(つど)い。場においては、()。一なるをもって、求心となす!」

 凜華が九字を切ると、海に異変が起こった。大きな波が、砂浜の方へ押し寄せてきたのだ。

「みんな、海から離れろ!」

 村人たちが、慌てて避難する。

 波は白く泡立ち、その波頭(なみがしら)の下に、白い巨大な岩のような物がひしめき合っているのが見えた。

 それは、数多くの魂珠貝の姿であった。

「我、求むるは軽やかなる飛翔(ひしょう)。寄せくる物にあっては、()。浮遊をもって、災いを避けん!」

 凜華は、呪符を持って霊紋を描いた。

 その身体がふわりと十尺ほど持ちあがって宙に浮かびあがる。直後に、大波と共に魂珠貝の群れが砂浜に流れ着いた。

 凜華の足下で、ぶつかり合いながら魂珠貝が打ち揚げられる。

 波が引き、魂珠貝だけが残されたのを確認すると、凜華はふわりと地面に降り立った。

 (おか)に揚げられた魂珠貝は、貝殻の隙間から舌状の足を出してもがいていた。意に反して陸に引き寄せられたのに気づき、砂に潜るか海に帰ろうとしているのだ。

「我、求むるは不動の鎖。迅疾(じんしつ)にあっては、(ばく)掣肘(せいちゅう)をもって、羈束(きそく)となす!」

 凜華は呪符の束を取り出すと、それを空にむかって投げあげた。

 舞い散る呪符が、魂珠貝の一つ一つに貼りついてその動きを止めた。

「いったい、これは……」

「何をなさるつもりなんで」

 恐る恐る戻ってきた村人たちが、砂浜を埋め尽くすほどの魂珠貝に目を丸くした。

「妖魅は滅する」

「なんですって」

 凜華の答えに、村人たちがさらに驚いた。

「やめてくだされ。この貝の中には、わしらの親族の魂が入っているんですじゃ」

「みんな、俺たちを海の危険から守ろうとして、死んでまでもこの世に残ってくれた仲間たちだ。決して化け物なんかじゃない」

 村人たちが、凜華にすがりついて頼んだ。

「妖魅は妖魅だ。お前たちも見ただろう。これらの魂珠貝が、海賊たちを(ほふ)る様子を」

「だが、あれはわしらのために……」

 なおも助命を嘆願しつつも、漁師たちも先ほどの出来事を忘れることはできなかった。自分たちの守り神と思っていた妖魅の、その妖魅としての本来の恐ろしさが目に焼きついて離れない。

「それが過保護であったとは思わぬのか。この中に宿る魂がお前たちの大切な家族であるのならば、その者たちを死してなお使役(しえき)するのは正道(せいどう)(もと)るのではないか。彼らが安心して成仏できるよう、強くなるのがお前たちの道であろう。それに、このような存在は歪みを呼ぶ。その証拠に、魂珠貝を求めて海賊たちがきたではないか。魂珠貝ある限り、また別の欲深き者たちがやってくるぞ」

 凜華に言われて、村人たちは返す言葉がなかった。

 いかに死んだ者たちが自分たちのことを思ってくれるからといって、その成仏を阻んでいいというものではないだろう。それでは、村人たちは自分たちのことしか考えていないことになる。

「生者は、死者を祀ることを忘れてはいけないのだ。なに、安心するがいい。滅するのは妖魅としての化け物貝だけで、幽霊たちはすべて成仏させる」

「お願いいたします」

 村人たちが凜華に(こうべ)を下げた。

「あい分かった」

 凜華は、幽明の太刀を構えた。

「我、求むるは(ろく)なる闇。活殺(かっさつ)にあっては、(めつ)。幽明をもって、因果(いんが)()つ!」

 言霊を唱え、動きのとれない魂珠貝を、次々に幽明の太刀で斬りつけていった。強固なはずの貝殻がまるで砂の固まりででもあるかのように、幽明の太刀の刃がすっと切り込んでいく。その直後に、魂珠貝は灰となって崩れ、後には巨大な真珠である魂珠だけが残されるのであった。

 まだまだ割り切ることができずに、なんとも言えない気持ちで、村人たちが凜華のすることをただ見つめた。

「すべての魂珠を一つ処に集めてはくれないか」

 魂珠貝をすべて灰にすると、凜華は村人たちに頼んだ。

 灰の積みあがった砂浜の上に、ぽつんぽつんと魂珠の姿が見える。

 村人たちは促されて、自分の縁者であったかもしれない魂珠を一つ一つ拾い上げ始めた。

 魂珠が一つ処に集められる。

「我、求むるは内なる姿。白日(はくじつ)にあっては、(うつつ)(ただ)すをもって、得体(えたい)となす!」

 魂珠の山に呪符を投げると、凜華は魂珠から舟幽霊たちを呼び出した。

『なんということを』

『なんということを』

『これでは、我らは何もできぬ』

『元に戻してくれ』

『我らがなさなければ、親が、子供が、友が……』

 魂珠に宿っていた舟幽霊たちが姿を現し、悲しみの声をあげた。

 舟幽霊たちの姿を見て、村人たちが肉親の名を口にしつつも、その変わり果てた姿に涙した。

「無用!」

 その場の空気を清爽(せいそう)とするかのように、凜華の声が鋭く響いた。

「生者にあっては、死者よりも強く(たくま)しきあり。両者の境にあっては、見守ることこそ(ことわり)なり。なれば、生者は死者を祀り、その意を満たそう」

『我らは、不要な存在なのか……』

「否、不要ではなく、必要であってはならぬのだ。生者にとって、死者とはかくあるべきもの。よって成仏すべし」

 凜華の言葉に、舟幽霊たちはそれ以上言葉を発しなかった。凜華は、それを承諾(しょうだく)ととった。

「我、求むるは安らかなる眠り。死者にあっては、(きょ)死生有命(しせいゆうめい)をもって不帰(ふき)となす!」

 凜華は、魂珠と舟幽霊たちの間の空間を幽明の太刀で切った。

 舟幽霊たちの姿がかすみ、そして消えていく。

 大きく長く息を吐くと、凜華は幽明の太刀を鞘に収めた。

「彼らを祀ってやるといいだろう。もはや直接の関わりはもたぬが、お前たちが忘れぬ限り、加護はあるかもしれぬ」

 凜華は、そう村人たちに言った。


***


 打ち寄せる波が、何かにあたって砕ける音で鶸は目を覚ました。

 海に浮かぶ板の上に、鶸は横たわっていた。

 確か、黒鳶に刺され、その後舟が砕け散って海に投げ出されたはずだ。運よく、砕けた舟の破片に乗ることができて助かったのだろうか。

 いや、あのとき魂珠貝が見えた。もしかすると、彼女の父親たちが助けてくれたのかもしれない。

 全身の感覚がないが、少なくとも苦しくはない。

 気を失っている間に海の上を漂流して、岩場の近くに流れ着いたようだ。

 引き寄せられるようにして、鶸を乗せた板が岩場に辿り着く。

 鶸はなんとか手をのばすと、岩をつかむことに成功した。板から海に転げ落ちるようにして身を起こすと、比較的楽に岩場に這い上がる。

 波が打ち寄せる場所を避けて岩場の中央に進むと、鶸は腰を下ろして膝をかかえた。

 助かったのはいいが、誰かがきてくれない限り、ここに取り残されたきりだ。泳いで村に戻るのは無理な話だし、運よく魚でもつかみ取れない限り食べ物だってありはしない。

 とはいえ、海賊たちがあのまま退治されれば、きっと漁は再開される。そうすれば、誰かがここにくるだろう。きっとそうに違いない。

 鶸は膝の間に顔を埋めながら、わずかな希望を心にいだいた。濡れそぼった髪が(こぼ)れてくる。その黒髪からは、乾くことなく海の水が滴り落ちていた。

 ああ、おとうのようだと、唐突に鶸は思った。

 胸のあたりをまさぐってみる。いつの間にか服はなくなっていた。露わになった胸に、刺し傷はなかった。それは、鶸が望んだからかもしれない。

『そうか、私も舟幽霊になっちゃったんだ』

 鶸はつぶやいた。その声は、風の音に似ていた。

 日々は過ぎ、その数も分からなくなったころ。鶸は、一人、岩場の上にいた。

 在ることを、そして見守ることを彼女が望んだからだ。

 それは、魂珠貝となった漁師たちのように、村に残した人への未練からではない。彼女の家族は、もう村には残っていなかったのだから。

 けれども、鶸は村を愛していた。だから、もう少し、見守っていたかった。自分の気がすむまで、まだもう少しだけ……。

 舟が近づくと、鶸は唄を唄った。その声は、人には風の音にしか聞こえないかもしれない。けれども、何かしらの注意は促せるだろう。自分の声が聞こえる場所は危ない場所なのだと。


 海の早瀬は運びくる

 魚の幸、海の幸

 海の恵みは我が宝

 寄せては返し、また贈る


 海の早瀬は運び去る

 人の幸、その御魂(みたま)

 砕き岩に舟を呼ぶ

 引いては返し、また奪う


 忘れちゃいけない海のこと

 忘れちゃいけない人のこと

 沖の明かりが囁くよ

 海の言葉で囁くよ……


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