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狩籠師  作者: 篠崎砂美
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第参章 真珠唄 壱拾壱

「なんだか、外が騒がしいね」

 鶸の隣にいた娘が、小声で囁いた。

「しっ、黙って」

 外の様子が聞こえないと、鶸がその娘を静かにさせた。さすがに、一緒にいた女たちが縄は解いてくれている。

「おい、一人だけ見張りに残して、後の奴は浜に急げ!」

 小屋の外で、見張りの男たちにむかって叫ぶ声が聞こえる。

「どうしたってんだ」

「狩籠師が裏切りやがった。叩っ殺せと、お頭の命令だ」

「そりゃ、もったいない。死なない程度に痛めつけて、俺たちの物にしようぜ」

「おもしれえ。のったぜ」

 事態を把握(はあく)していない海賊たちが、呑気(のんき)な会話を交わしている。

「みんな奧に下がって」

 今がそのときと悟り、鶸が凜華から渡された呪符を取り出した。

「解符!」

 鶸が、呪符を手に叫んだ。とたん、手の中の呪符が、大きくふくれあがった。反動で、鶸が後ろに飛ばされる。

 女たちの悲鳴があがった。

 尻餅をついた鶸が顔をあげると、目の前に牛頭人身の怪物が立っていた。その頭部には、巨大な二本の角が大きく前方に曲がりながらそそり立っている。全身は赤銅色(しゃくどういろ)で、触れれば火傷しそうな熱を帯びていた。

 両手を振り上げて、式神が人ならざる咆哮をあげた。鶸たちがたまらず耳を塞ぐ。

「なんだ!」

 外の男たちが驚いて、小屋の戸を開けかけた。そこへ、式神が頭から突っ込んでいく。

 戸口と言うよりも、壁ごと破壊して、式神が外に立っていた男たちをその角で弾き飛ばした。勢い余って、そのままむかいの家の中に突っ込んでいく。

 ちょうどそのとき、黒鳶がやってきた。

「おい、急いで人質たちを……。なんだこれは」

 めちゃくちゃに破壊された家の壁から鶸たちが出てくるのを見て、黒鳶が困惑した。いったい何があったというのだ。

 黒鳶が答えを出すよりも早く、破壊されたもう一軒の家から式神がのそりとその巨体を現した。

「化け物だ!」

 黒鳶がそれを見て、慌てて(きびす)を返して逃げだした。

「先に逃げて。もし奴らがきたら、これを持って解符って叫ぶの。そうしたら、またあれが現れて、奴らをやっつけてくれるから」

 持っていた呪符を全部女たちに渡すと、鶸が式神が押し潰した男の処へ駆け寄った。

 男たちの持っていた刀を奪おうとしたのだが、すべて(ひしゃ)げていて役にたちそうもなかった。それでも、唯一使えそうだった小刀(しょうとう)をつかみ取ると、鶸が式神に追われる黒鳶の後を追いかけた。

「た、助けてくれ!」

 必死に逃げる黒鳶を追う式神であったが、その身体が次第に赤銅色から黒ずんだ色に変わり始めた。

 やがて動きが鈍くなると、燃え尽きてしまったかのように黒くなり、そのまま崩れて土になってしまった。

 この式神は、あまり長くはもたないらしい。だからこそ、凜華は複数の呪符を鶸に渡していたのだ。だが、鶸はそれをすべて他人に渡してしまっていた。

「へっ、へへ。壊れちまいやがった。なんでえ、口ほどにもねえぜ。なあ、鶸よ」

 腰をぬかさんばかりだった黒鳶が、追いかけてくる鶸を見つけると勝ち誇って言った。

「口ほどにもないのは、あんただよ。この裏切り者め」

 小刀を構えて鶸が言った。

「こんな村、裏切ったって数にも入らないぜ。おめえも、黙って俺たちに頭を下げればよかったんだよ」

「黙れ黙れ黙れ。そうすれば、おじじのようにはしなかったとでも言うつもりか」

「ああ、そうだ。それに、網元は、お頭が()れって言ったんだ。俺のせいじゃねえ」

 黒鳶が、責任を転嫁しようとする。

「このお。おじじの仇だ!」

 もはや問答無用と、鶸が黒鳶に切りかかっていった。

「危ねえ。てめえ」

 慌てて鶸の攻撃を避けた黒鳶が、腰の刀を抜こうとした。だがうまく抜けない。鞘ごと帯から引き抜くと、それで鶸を殴って(ひる)ませた。その隙になんとか鞘を取っ払って切っ先を鶸の方にむける。

「いいかげんにしやがれ。ぶっ殺すぞ」

 体勢をなおして襲いかかってきた鶸の左腕を、黒鳶が振り回した刀が浅く切り裂いた。同時に、鶸の小刀も、黒鳶の頬をわずかにかすめる。

 腕から鮮血が飛び散り、思わず鶸が顔を(しか)めた。

「俺は、お前のことが大嫌いだったんだ。それでも、女だからまだ使い道があると思ってたんだが、もういい。じじいのとこに送ってやる」

 頬に滲んだ血を腕で(こす)り取ってから黒鳶が殺意を露わにして言った。

 だが、鶸は恐れなかった。所詮は、男と女、刀と小刀という自分の有利を過信した黒鳶の空元気(からげんき)だ。だが、だからといって、鶸が有利な点がないのも事実だった。

「はん。あんたにそんなことができるものかい。あたいには、あの狩籠師にもらった御神札(おふだ)がまだあるんだからね。さっきの見張りみたいに、ぺちゃんこになるがいいさ」

 その言葉に、黒鳶の顔が真っ青になった。凜華の恐ろしさは、さっき()のあたりにしたばかりだ。狩籠師が渡した化け物相手では、(かな)うはずがない。

「うわわわわ」

 鶸が胸元に手を差し入れるのを見たとたん、黒鳶が一目散に逃げだした。慌てすぎて刀を取り落としてしまったが、拾う余裕もないほどだ。

「待て、逃がすものか」

 慌てて鶸が後を追う。

 浜まで逃げていった黒鳶が、水から引き揚げてあった舟を海へと押し出した。必死になったときの火事場の馬鹿力で、あっけなく海へと舟を出す。

 やっとのことで追いついた鶸が、水飛沫をあげながら浅瀬を走った。かろうじて舟の(へり)をつかんで、転げるようにして舟の中へ飛び込んだ。

「しつこい女だ」

 舟底に倒れている鶸に、黒鳶がのしかかった。

「うるさい。天罰を下してやるんだ」

 鶸が、両手で持った小刀を下から突き上げて、黒鳶の腹を刺そうとした。

「危ねえ」

 間一髪、黒鳶が鶸の手首を両手でつかんで難を逃れた。わずかに切っ先が身体に触れたが、血が滲む程度の傷ですんだ。

「お前なんかに、何ができるものか」

 黒鳶が、なんとか小刀を手放させようと、鶸の手首を力まかせに(ねじ)った。小さく(うな)りながら、そうはされまいと鶸も力を込める。

「あの村だって、俺には何もしてくれなかった。魂珠貝だってそうだ。海で光るだけでなくて、魚でも持ってくればよかったものを。せっかく売り払おうとした魂珠も、海松の野郎がへましやがって……。いらないんだよ、そんな奴らは。なんかしてくれるんなら、もっとちゃんとしてくれってんだ」

 黒鳶が渾身の力を込めて、鶸から小刀を奪いかけた。

 そのとき、波で舟がゆれた。

 力の均衡が崩れる。

 鶸の口から、小さな悲鳴があがった。その胸元が、噴き出した血に濡れる。

「あんたは……何も分かって……」

 のばそうとした手に力が入らない。瀕死のまま、鶸がぐったりと横たわった。

「そこでそうしてろ」

 弾みで鶸の胸に突き立ててしまった小刀を引き抜くと、黒鳶がそれを横に放り投げた。

 少しの間、肩で息をしていたが、突然思い出したように(かい)を手に取った。

 とにかくここを離れなければという思いで、黒鳶が一心に船を漕いだ。

 入り江の端の方に、今朝出発した船たちが身を寄せ合うようにして停泊しているのが見える。自分以外のすべてに猜疑心を持った黒鳶が、櫂を漕ぐ速度をあげた。

 まだ微かに息のある鶸を乗せたまま、舟は入り江の外に出た。

 黒鳶がほっと一息ついたとき、海面が真っ白になるほど激しく泡立った。

 次の瞬間、舟が宙に跳ね上げられて粉々になった。

 海に落ちていく黒鳶が最後に見た物は、海面を埋め尽くす魂珠貝の姿だった。


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