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狩籠師  作者: 篠崎砂美
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第参章 真珠唄 壱拾

「よし、一番銛は俺だ!」

「いや、俺だ」

 船がゆれようが妖魅が出ようがまったく動じない凜華の姿に安心したのか、海賊たちが船縁(ふなべり)に集まった。

 一斉に投げられた銛のほとんどは魂珠貝の殻に弾かれたが、何本かは見事に突き刺さった。

「よし引け」

 銛についた縄を帆柱に結びつけ、海賊たちが叫んだ。だが、魂珠貝が暴れて、弾んだ縄が海賊たちの手を離れる。

「くそ、もっと弱らせないと」

「てめえらも、舟でとり囲んで逃げられないようにしねえか」

「おい、狩籠師、早くなんとかしろ」

 旗色が悪いと感じた海賊たちが、遠巻きにしようとしている漁師たちや、未だに動かない凜華にむかって怒号を浴びせた。

「あい分かった。法力(ほうりき)で妖魅の動きを止めるので、銛を構えていろ」

「お、おう」

 凜華に言われて、海賊たちが集まる。

「我、求むるは不動の鎖。迅疾(じんしつ)にあっては、(ばく)掣肘(せいちゅう)をもって、羈束(きそく)となす。解符!」

 指先で印を結んで、凜華が言霊を発した。その瞬間、海賊たちの背中に貼りつけてあった呪符の力が解放される。

「な、なんだ、いったい」

 突然身体の自由を奪われた海賊たちが、甲板に倒れ込んで(うめ)いた。両腕がぴったりと脇腹にくっついて、指先しか動かすことができなくなっている。

「漁師衆よ、もう大丈夫だ。海賊たちはすべて絡め捕った」

 凜華は、大声で言った。

 予想もしなかった凜華の言葉に、海賊船に乗っていた漁師たちも、漁り船の漁師たちも、唖然とした顔になる。

 海賊たちとはいえば、状況を理解した者は、顔を真っ赤にして烈火のごとく怒り狂っていた。

(だま)したな、この(あま)!」

「さあ。私は、海賊を退治しないとは一言も言ってはいないが」

 悪態をつく海賊たちに、あっさりと凜華は言ってのけた。

「なんだと、早く俺たちを自由にしやがれ。さもないと……」

「さもないと、どうするのだ」

 海賊の一人に足をかけ、凜華は聞き返してみせた。

「お頭が、黙っちゃいねえぜ」

「ははははは、それはいい。なんと言うか聞いてみたいものだ」

 高笑する凜華に、さすがに海賊たちが絶句する。だが、それは漁師たちも同じであった。

「あんた、こんなことをしてどうするつもりだね」

 恐る恐る、漁師の一人が凜華に訊ねた。

「これから村へ戻る。そして、海賊共を一掃する」

「そんな無茶な。村には人質がいるんだぞ」

 凜華の言葉に、漁師たちが目を丸くして驚いた。

「心配ない。すでに村にも術を(ほどこ)しておいた。だが、時をおけばそれも危うくなる」

 凜華は、心なし漁師たちを急かした。あまり遅くなって、鶸が呪符を解放してしまっては時機が悪い。

「海賊たちはどうするんだい。船倉(せんそう)に押し込めておくのか」

「海に捨ててしまえ」

 情け容赦なく、凜華は言った。

「ええっ」

 漁師たちが、驚いて腰を引く。

 残酷なようであるが、本気で村を助けるつもりがあるのならば、海賊たちは皆殺しにしなくてはならない。一人でも逃せば、またあの村に報復にくる可能性があるからだ。

 和解でなければ、片方を守るためには片方に容赦は禁物だ。たとえ、今後不可侵を言い交わしたとしても、海賊たちがそれを守る保証はまったくないのだから。

 やっていることは大差ないが、死の恐怖で人を従わせようとする青茅たちとは明らかに一線を画していた。

「どうした、手伝ってはくれないのか。やれやれ、手間のかかる」

 凜華は溜め息をつくと、呪符を取り出した。

風掌(ふうしょう)飛揚(ひよう)放擲(ほうてき)

 凜華は、呪符と共に印を切ってその手を海賊たちにむけた。

 一つめの言霊で風が起こり、二つめの言霊で見えない手でつままれたかのように海賊たちの身体が宙に浮かびあがる。そして、三つめの言霊で宙に投げあげられた海賊たちが海に放り込まれた。

 術で身体の自由を奪われているのだから、悲鳴を最後まで響かせることもなく海賊たちは全員海の中に沈んでく。

『これはどういうことだ。あの者たちは、何をしたのだ』

 銛に突き刺され、今や船に曳航(えいこう)される形となった魂珠貝の上に人の姿が浮かびあがった。

 それを見て、自力でこのようなこともできるのかと凜華は感心した。同時に、本当に人の魂魄を繋ぎ止めている妖魅だと再確認する。

「あ奴らは海賊だ。以前、そなたたちとも戦ったことがあったと思うが。あ奴らは、この漁師たちの村を襲って、多くの人を(あや)めた。因果応報(いんがおうほう)とは思っても、情けをかけるつもりはない」

 凜華は、きっぱりと言い切った。

『そうか。我らも、それを聞いて得心(とくしん)した』

 魂珠貝の男が、海中に視線をむけた。

 海中が光で満たされた。魂珠貝が集まってきているのだろう。

 ゆらぎ動く光が、青白い色から薄紅(うすくれない)に変化した。

 血の色だ。

 魂珠貝たちは、海賊たちをおとなしく溺れ死なせはしなかったらしい。

「さあ、戻るぞ。急げ」

 凜華は、漁師たちに命じた。

「でも、俺たちが戻ったら、海賊たちと殺し合いになるのでは……」

「とても勝てないだよ」

 怖じ気づいたように漁師たちが言った。

「なら、そなたたちは、船と共に入り江にいればいい。海賊たちは、私が相手をしよう。それに、その一部始終は、この魂珠貝にも見届けてもらおう」

 凜華は、このまま魂珠貝を曳航していくように命じると、船団を村へとむかわせた。

 村では、屋根に上った見張りの者が、逸早(いちはや)く船団の帰りを見つけて、青茅に報告していた。

 船の後ろには、魂珠貝らしき物が牽かれている。

「おう、少なくとも一つは仕留めたらしいな」

 青茅が、嬉しそうに言った。

 村に残っていたほとんどの海賊たちが、様子を見ようと海岸に集まってきていた。

「集まっているな」

 海岸の海賊たちの人数と位置を確認しながら、凜華は言った。

『悪くない数だ。暴れるにはちょうどいい』

「ああ、そうだな」

 幽明の太刀の声に、凜華はうなずいた。

 突然聞こえてきた見えない男の声に、そばにいた漁師たちがぎょっとする。

「船は入り江の安全な場所に寄せておけ。何かあれば、逃げて構わぬ。ただし、絶対に外海には出ようとするな。いいな」

 漁師たちに言い含めると、凜華は呪符を取り出した。

「我、求むるは走破の道。水にあっては、(きょう)。波動をもって、水面(みなも)を渡る!」

 言霊と共に、凜華は舳先から海上へと飛び降りた。

 水面に触れた足先から水飛沫と波紋が広がる。

 そのまま、凜華は陸地と変わりないかのように水の上を走っていった。

「何をしているんだ……」

 海面に点々と白い水飛沫の足跡を残しながらこちらへむかってくる凜華を見て、意味をはかりかねた海賊たちが首をかしげた。

 その間に海を渡り終えた凜華は、砂浜の砂を踏みしめると同時に腰の幽明の太刀を抜き放った。

 風を切る音が人々の耳に届く。左胸から腋にかけて切り裂かれた海賊が、血飛沫をあげて砂浜に倒れていった。

「何をしやがる」

 海賊の中でも手練れの者たちが、一斉に腰の刀を抜いて身構えた。

 その一つを、凜華の太刀があっさりと空中に()ねあげた。腕が上がって無防備になった胴体を、致命の一撃が襲う。

「ひっ」

 飛んできた刀がすぐそばの砂浜に突き刺さり、黒鳶は尻餅をついてへたり込んだ。

「大変だ。そうだ、人質を使って……」

 慌てて立ちあがると、黒鳶が走りだした。

 その間にも、凜華は海賊たちの間を走り抜けて、容赦なく敵の命を奪っていく。

「追え!」

 海賊たちが、凜華に殺到しようとした。

 軸足を中心にして、凜華はくるりと身体を回転させる。長い黒髪が、螺旋を描いた。その渦から浮かびあがるかのようにのびてきた幽明の太刀が、背後から斬りかかろうとしていた海賊の刀を打ち砕いた。

「馬鹿な。なんて刀だ……」

 驚愕する海賊を、二の太刀が仕留める。

「何をしてやがる。相手はたった一人だ。一斉にやっちまえ!」

 青茅が、手下たちに怒鳴り散らした。

 銛を手にした海賊たちがそれを投げる。

『凜華!』

 幽明の太刀の声に反応して、凜華は後ろに飛び退(すさ)った。飛んできた銛が、凜華の足下の砂に突き刺さる。再び使えぬようにと、凜華は銛の柄を切り払った。

 その間に、海賊たちが凜華をとり囲む。

笑止(しょうし)

 それに何の意味があるのかと、凜華は唇の端に冷笑を浮かべた。

「やっちまえ!」

「おう」

 海賊たちが、八方から一斉に襲いかかってきた。

「炎扇!」

 左手に持った呪符で炎の弧を描き、右手の幽明の太刀から疾風(しっぷう)斬撃(ざんげき)を放つ。

 炎に焼かれ、(やいば)に刻まれ、海賊たちの輪が崩れた。いや、崩れる以前に、火中から飛び出す栗のように、凜華は別の獲物を求めて走りだしていた。

「貴様、よくもこの俺を(たばか)りやがって」

 青茅が叫んだ。

「それはお互い様ではないのか」

 凜華は、優雅な足取りでずいと青茅に近づいていった。

「お頭!」

 青茅を守ろうと、手下たちが二人の間に割り込んでくる。凜華は、無言でそれらの海賊たちを斬り捨てた。

「野郎共、奴を止めろ。殺せ、殺してしまえ!」

 手下にむかって叫びながら、青茅は村の奥の方へと走った。

「まだ少し早いか」

 そうつぶやくと、凜華は青茅を追い詰めるように進んでいった。

「そうだ。人質。俺たちには人質がいるんだぞ。奴らを殺されたくなかったら刀を捨てろ」

「それがどうした」

 青茅の言葉に、凜華は表情一つ変えずに言い放った。

 もとより、この村の者たちは、凜華の知古(ちこ)ではない。人質としての価値があるかなど、(はな)から疑わしいのだ。

 それでも、人の情として、隙の一つも作れるのではないだろうか。青茅としては、そう考える他にもう手がなかった。

「どこまで逃げるつもりだ、青茅」

 凜華は、ゆっくりと頃合いをはかりながら青茅を追い詰めていった。


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