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狩籠師  作者: 篠崎砂美
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第参章 真珠唄 玖

 翌朝、凜華が目覚めると、浜では魂珠貝を狩る準備が着々と進められていた。

「いいか。ちゃんと化け物退治に力を貸すんだぞ。そうすれば、女子供は無事に帰してやる。こんな村にもう用はなくなるからな。だが、一人でも逃げだしたりすれば、人質は皆殺しだ。せいぜい臆病者が出ないように、隣同士でよく見張っとけよ」

 耳障りな大声で、海賊たちが漁師たちを()きたてていった。どのみち、用がすんだら働き手だけを残して、男は殺して女は売り払うつもりだろう。

「支度は順調なようだな」

 網や(もり)を海賊船に運ぶ(さま)を横目で見て、凜華は青茅に言った。出港するのは、大きめの海賊船が一隻と、(いさ)り舟が五艘ほどのようだ。

 凜華が思っていたよりも、船に乗る海賊は少ない。力仕事は漁師たちに押しつけて、ほとんどの海賊は村で遊んで待っているつもりらしい。

 どのみち、この一回ですべての魂珠貝を狩りだせるとは思っていないのだろう。今回は、凜華の手並みの確認とでも考えているようだった。

「頑張ってお宝を採ってきてもらわねえとな」

 今のところ順調にことが運んでいるので、青茅は機嫌がいいようだ。

「手下を集めてもらえるか。なにせ相手は妖魅だ。護符を渡しておきたい」

 凜華は、海賊用に昨夜(ゆうべ)作っておいた呪符の束を取り出して言った。

「おお、それはありがてえな。出発する全員か」

「漁師共はいいだろう。護符といっても無尽蔵にあるものじゃない。捨て駒にまで貴重な護符を使うのはもったいないではないか。そうだろう」

「違いねえ」

 楽しそうに笑うと、青茅は手下たちに集まるように命令した。凜華の感覚が、次第に自分に似てきたとでも錯覚したのだろう。勝手に、いい相棒だと思ってでもいるようだ。

 海賊たちが集まると、凜華は彼らの背中に順に呪符を貼りつけていった。

「もし、魂珠貝が私の手を逃れてお前たちに襲いかかろうとしても、この護符がお前たちを護ってくれるだろう。努々(ゆめゆめ)疑うなかれ。もし疑えば、御利益(ごりやく)がなくなるからな」

 一人一人に注意しながら、凜華は一緒に船に乗る海賊たちに護符を貼り終えた。

「頭領。浜に残る者たちにも、護符を貼りつけようと思うのだが」

「いや、化け物もここまではやってはこねえだろうし。そいつは、貴重なもんなんだろう。俺たちはいらねえや」

 いらぬ気を利かせて、青茅が凜華の申し出を断った。それとも、無意識に何かを感じたのかもしれない。

「そうか。お前たちの分ぐらいならなんとかあるのだが」

 凜華は残念そうに言ってみせた。

「それに、あまりそういうのを肌身につけるのは好きになれなくてな。気触(かぶ)れでもしたらやっかいだ」

 気のいい冗談でも言ったつもりなのか、青茅が大声で笑い声をあげた。

「それでは、しかたないな」

 凜華は、ここはあっさりと引き下がることにした。無理に勧めて疑われたのでは元も子もない。当初の目的は、充分に果たしている。

「では、参ろうか」

 すっかり準備を整えると、凜華は海賊と漁師たちを率いて出発した。彼女の乗る海賊船を中心とした小船団だ。

「ほら、しっかり()がねえか」

 海賊たちが、漁師たちを責めたてる。

 そうは言われても、無理やり船を漕がされているのでは士気も上がるはずもない。それどころか、一人異なる居住まいの凜華を、漁師たちは敵意と恐れをもって見ていた。彼らは海賊たちとは明らかに違い、狩籠師の力を熟知しているかのようだ。おそらくは、魂珠貝に舟幽霊を封印したという狩籠師の力を()のあたりに見ているからだろう。そうではない海賊たちに、やや油断があるのは、凜華にとっては好都合と言えた。

 しかし、海賊たちに逆らった者が真っ先に殺されたとはいえ、凜華は漁師たちの従順さが好きになれなかった。鶸ほどの気概がある者はもう残ってはいないのだろうか。

「潮が変わったぞ!」

「乗り換えろ!」

 漁師たちが、声をかけ合って船を進めていく。

 ゆっくりではあるが、船団は着実に岩場へと近づいていった。

 凜華は船の舳先近くに凛々しく立って、前方を見据えた。海を睨んでいるようにみせて、漁師たちの様子に気を配っている。

「光はないな」

「ああ、もう妖魅はいないようだ」

「これも魂珠貝のおかげだというのに」

「しっ」

 いつの間にか声が大きくなり始めていたことに気づいた漁師たちが、慌てて声を潜めた。

「岩場が見えてきたぞ」

 見張りに立っていた海賊が叫んだ。

 前方の海原(うなばら)に、ぽつんと黒い紙魚(しみ)のような物が見える。広さとしては、十尋(じゅうひろ)四方程度か。

「船を、まっすぐ岩場にむけろ」

「冗談じゃない。まっすぐいったら、岩場にぶつかる潮に乗っちまう」

 凜華の命令に、漁師たちが大声で反論した。

「それでいい」

 凜華は、命令を撤回しなかった。

 魂珠貝が船の難破(なんぱ)を防ぐ性質をもっているのならば、それを利用して(おび)きだせばいいのだ。

 まずは、相手の姿を見なければ始まらない。

「魂珠貝が現れたら、すぐに潮から外れればいい。何も、船を岩場にぶつけるまでしなくてもよいのだからな」

「そういうことですかい。おい、てめえら、さっさと言われたとおりにしやがれ!」

 (もり)を手にした海賊たちが、漁師たちを脅した。魂珠貝と戦ったことのある海賊たちは、すでに臨戦態勢に入っている。

 そのまま、船団は速い速度で岩場にむかっていった。

「冗談じゃねえ。これ以上この潮に乗っかってたら、岩にぶつかっちまう」

 我慢しきれなくなった漁師たちが、舟を潮の流れから出そうとする。そこへ、海賊の一人が銛を投げた。舟の近くで水飛沫があがり、漁師が悲鳴をあげて舟底に尻餅をついて倒れる。

「言うことを聞かねえ奴は、化け物の餌だ」

 銛に縛りつけた縄を手繰り寄せながら、海賊が言った。

「そんなこと言っても……」

 漁師たちが、泣き言を言いながらも舟を進める。その慌てる様子は、海賊たちの不安をもかきたて始めた。

「本当に大丈夫なんだろうな」

「さあ、どうかな」

 からかうように、凜華は言った。冗談になっていないと、海賊たちが色めきたつ。

 そのとき、船が大きくゆれた。

 海が輝いている。

 ちりんと、凜華の腰で鳴らずの鈴が鳴った。

「現れたな」

 魂珠貝が、船のゆく手を塞いで、潮の流れの外へと追い出そうとしていた。

「進路を変えろ。魂珠貝を狩るぞ!」

 凜華の命令に、船団が慌てて潮の流れから出る。


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