第参章 真珠唄 捌
「なんか、死にかけの魚みてえにぱくぱくしてるが、ほんとに静かになりやがったな」
初めて狩籠師の術らしきものを見た海賊が、物珍しそうに鶸の顔をのぞき込んだ。
鶸が首を巡らせて何か言い返したようだが、相変わらず声は出ない。
「あまりうるさいので、術で少し黙らせた。聞いても答えそうにないから、これから直接知っていることを読みとることにする。精神を集中するので、少し離れて静かにしていてくれ。そうしないと、お前にも術がかかるかもしれないからな」
「ああ、分かったよ」
凜華に脅かされて、男はそそくさと凜華から離れた。
「さてと」
勿体をつけると、凜華は再び鶸の額に指を押しあてた。
--安心しろ。これで私たちの会話は他人には聞こえない。
--いったい何を考えているのさ。あたいは、あんたなんか信用しちゃいないんだからね。
とりあえずこの会話に慣れた鶸が、無言のまま凜華を睨みつけた。
--これはまた嫌われたものだな。
苦笑する凜華を見て、何を話しているのかと後ろの男がやきもきして身体を動かしてのぞき込もうと無駄なことをする。
--あのときは、ああするしか方法がなかったからな。あのままお前を逃がしても追っ手がかかるだろうし。何よりも、お前だけが助かってそれでよかったのか。
--あたいは、助けを呼びにいくつもりだったんだ。一人だけ助かろうなんて思っちゃいないよ。
--浅はかだな。いったい誰に助けを求めようと言うのだ。海賊が村を襲ったから助けてくださいと言ったとしても、地方の豪族たちが簡単に動くものか。
--じゃあ、他にいい方法があるって言うの。
--私が助けてやろう。
思いもかけない言葉に、鶸が瞬間きょとんとした。直後に、冗談ならもっとましなことを言えと凜華を睨みつける。
--あんたなんか信用できるかい。それに、あんたが狩籠師だからと言って、たった一人でこれだけの海賊を相手になんかできっこないじゃないか。
--たったこれだけの数の海賊を相手にか。私にとっては赤子の手を捻るようなものだ。
凜華は、海賊にそれと分からぬように不敵に笑った。
その微笑みに、鶸がとてつもない威圧感を感じて身を縮こませる。
--まず聞きたいことがある。正直に話せ。魂珠貝は、どのあたりにいるのだ。
--聞いてどうするのさ。
--私は、話せと命じている。
--分かったよ。
凜華に見据えられて、鶸が話し始めた。
旅の狩籠師が、沖の岩場近くに出る舟幽霊の魂を貝に封じ込めて、魂珠貝を生みだしたのだという。それは海で死んだ漁師たちが舟幽霊となり、かつての仲間であった漁師たちを海の妖魅や難所から守りたいと願ったかららしい。狩籠師は、その思いを酌んで願いを叶えたのだ。
--では、その岩場近くに魂珠貝はいるのだな。
凜華の言葉に、鶸がうなずいた。
やっかいなものを造る狩籠師がいるとは思いつつも、凜華は狩籠師については深く追求しなかった。狩籠師という者は、どうしても妖魅と関わりを持ってしまうものだ。特に旅の狩籠師は、妖魅を探して移動しているとさえ言える。凜華の師匠筋にあたる人物も、妖魅を封印する旅をしているはずだ。
それに、今はあまり長々と会話していては変に怪しまれてしまうだろう。
--分かった。明日、私は村の男たちを率いてそこへむかう。海賊たちもなるべく多く連れていくつもりだ。そこでことを起こす。報せがいけば、海賊たちは慌てることだろう。その間に、この呪符を使って海賊たちの気を引け。
そう言うと、凜華は先ほど言霊を込めた呪符の束を鶸の懐に差し入れた。
--これを掲げて解符と叫べば、妖魅の姿をした式神が現れる。それは、海賊たちに襲いかかるだろう。その隙に、この村から逃げだせ。後は、私が海賊たちを倒してやる。
--それを信じろと言うの。
--ああ、そうだ。
凜華に言われて、鶸が悩む。
--いいわ。疑ってもなんにもならないけど、信じれば何かが変わる。それが悪い方に変わっても構わない。だって、今より悪いことなんてそうそうないもの。
--いい心がけだ。では、普通に話せるように術を解くぞ。
「解呪」
凜華は、鶸の額に指先で印を描いて言った。
「場所は分かった。明日、そこへむかう。青茅殿には、なるべく多くの人手を集めるよう伝えおいてくれ。せっかく妖魅を倒しても、それを運ぶ人手がなくてはなんにもならないからな。私は、もう休むとしよう」
「おう、分かった」
凜華の言葉を承知すると、男は先に立って外へと出た。
「ちょっと待ってよ、本当に魂珠貝を殺すつもりなの。それはだめよ。絶対にだめだよ」
「妖魅は祓う。たとえ、漁師の魂魄を宿したものであろうと。いや、それだからこそ、すべて成仏させる」
淡々と、凜華は言ってのけた。
「でも、それじゃみんなの思いはどうなるのさ」
凜華の態度が海賊に対する演技なのか本心なのか分からず、鶸はなおも食い下がろうとした。けれども、凜華はそれには応えず、そのままそこを去っていった。