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狩籠師  作者: 篠崎砂美
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第参章 真珠唄 漆

「おい、野郎共、この家を空けろ。今からここは、狩籠師の(あね)さんがお使いになる」

 案内してくれた男が、頭領の隣の家から海賊たちを追い出した。

「誰かそばにいさせますんで、何かあったら遠慮なく言ってくだせえ」

「ああ、助かる」

 そう答えると、凜華は一人で家の中へと入っていった。

 戸口をくぐると、すぐに振り返って呪符を戸に貼りつける。

「我、求むるは安寧(あんねい)の域。仮寓(かぐう)にあっては、(さい)(とばり)をもちて、耳目(じもく)を封ず!」

 結界を張り終えると、凜華は疲れたようにのびをした。

『御苦労様。少し休むか』

「ああ、そうしたいな」

 やっと言葉を発せられるようになった幽明の太刀に、凜華は(むつ)まじく言った。

「あの男、思ったよりも底が浅いな」

 ごろりと床に寝そべって凜華は言った。

『しかたないだろう。所詮は田舎海賊だ』

 つまらなそうに、幽明の太刀が同意する。

 青茅の言うとおり、いずれ水軍となる者たちであるならば、今は多少問題があったとしても味方につけておくだけの価値がある。いずれは、凜華とその相棒にとって必要となるだろう。

 けれども、それは、本当にそれだけの価値があればの話だ。

 先ほどの会話からは、青茅が凜華を利用するだけ利用して裏切ろうとしているのは明らかだった。あまりにも素直に分け前を半々にすると言うなど、普通はありえないだろう。そして、それほどに人のいい海賊などというものが存在するわけもない。

 それどころか、自分に従わなかった手下や村の人間を、容赦なく殺したと自慢するような男だ。用のなくなった凜華を殺すことなどなんとも思わないだろう。敵を殲滅する場合は、必要があるからだ。しかも、妖魅ではなく人間相手に、自分の気分一つで、まして、楽しんでするものではない。

「私は、あの男は好かない」

 幽明の太刀の提案に、凜華はぼそりとつぶやくように言った。

『なら迷うことはないな』

「そうね」

 かたかたとゆれて笑う幽明の太刀を、凜華は指先でちょんとつついた。

 くすりと笑ってから、凜華はやわらいだ(おもて)(きび)しさを取り戻した。

「支度はしておこう」

 凜華はまとまった数の呪符を取り出すと、床の上にならべていった。

「我、命じるは力の凍結。宣呪(せんじゅ)。我、求むるは助くる力。招請(しょうせい)にあっては、異形(いぎょう)。我が意をもって、狩人(かりうど)となす。封呪(ふうじゅ)!」

 凜華の言霊によって、呪符の文様(もんよう)が変化した。定着した言霊が、呪符を特定の力を発動させる物に変えたのだ。

 明日に備えて、幾種類かの呪符を作っておく。

「では、いこうか、相棒」

 できあがった呪符を集めて(ふところ)にしまうと、凜華は幽明の太刀を取りあげて言った。

『ああ、共に』

 凜華の腰に収まった幽明の太刀が答えた。

解門(かいもん)

 結界を解くと、凜華は家の外へと出た。

「おでかけかい」

 戸口近くに立っていた男が、すぐさま声をかけてきた。青茅に見張りを命じられたのだろう。

 凜華は、その男に言って村人たちが閉じこめられている家に案内してもらった。

「この中でさあ」

 村の奥まったところにある家を指して、海賊が言った。そのまま凜華と共に中に入ろうとする。道案内は終わったというのに、まだ見張り続けるつもりらしい。

「御苦労。少しそこで待っていてくれ」

 戸口に戻るよう海賊に言うと、凜華は人質たちの中に入っていった。

「魂珠貝のことについて教えてもらいたい」

「ふん、誰があんたなんかに」

 また何かされるのではと怯える女たちの中で、鶸だけが果敢に言い返した。

 見たところ女だけしかいない。男たちはまた別の場所に監禁されているのだろう。ここにいるのは、人質の一部ということか。

「威勢がいいことだな」

 凜華は苦笑してみせた。また逃げられないようにと、鶸だけが縛られている。

「なによ、あたいをこいつらに売りやがって。あんた、それでも狩籠師なの」

「うるせえな。ちゃんと聞かれたことに答えねえか」

 凜華を案内してきた男が中に入ってくると、鶸の横面(よこつら)を叩いて黙らせようとした。

「痛い、痛い、痛い!」

 大げさに叫んで、倒れた鶸が床の上を転がって暴れる。

「こら、乱暴なことはしない約束だ。これでは、聞ける話も聞けないだろう」

「そうは言うがな、これじゃ今でも同じだろう。こういう奴は、一度叩いて黙らせるに限る」

 また殴ろうと、男が鶸に手をのばす。凜華はすっと手をのばして、男の手を(さえぎ)った。絡めた手首をくるりと返すと、あっけなく男の手が逆さまに(ひね)りあげられる。

「いてててて……」

 悲鳴をあげて男は手を引っ込めた。

「何しやが……いてててて」

 怒ってつかみかかってくる男の手を、凜華は同じようにして逸らし、捻り、押し返した。

「静かにしていろ」

 片手であしらわれて、さすがに男が黙って下がった。

「へへへ、いいきみだ」

 なんとか身を起こした鶸が、勝ち誇ったように言った。

「お前も、少し静かにした方がいいな」

 そう言うと、凜華は呪符を鶸の額に貼りつけた。

「我、求むるは静かなる会話。静寂にあっては伝播(でんぱ)存意(ぞんい)をもって、言の葉となす!」

 凜華は、人差し指を鶸の額にあてた。呪符が鶸の額に染み込むようにして消滅する。

 --私の話が聞こえるか。

 --何を言うんだよ。ちゃんと聞こえてるよ。

 答えてから、鶸が自分の声が出ていないことに気づいて愕然とした。それどころか、先ほどの質問も、凜華は口を開いて声を発したものではなかった。直接頭の中で声が響いて、会話が成り立っていたのだ。


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