表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狩籠師  作者: 篠崎砂美
3/54

翕然主 参

「運がいい。海老(えび)で鯛を釣るとは、まさにこのことだな。狩籠師の冥利(みょうり)に尽きるというものだ」

 凜華は、不敵にほくそ笑んだ。

 あの大蝦蟇は村一つを食い尽くした許すまじき妖魅だが、希有(けう)な妖魅とは言い(がた)い。幽明の太刀にとっては役者不足で、そこそこの滋養(じよう)にしかならないだろう。だが、あの大蝦蟇を簡単に凌駕(りょうが)する妖魅であれば、獲物として申し分ない。

 とにかく、このまま道を進んでいけば何らかの進展があるかもしれない。いきどまりでない限り、道とはどこかに通じているものだ。

 首尾よく目的の妖魅を見つけられればよし、そうでなくても、人里が見つけられれば何か手がかりがあるだろう。もっとも、そこがすでに廃墟(はいきょ)となっていなければの話だが。

 進むにつれて、道はよりはっきりとした物になっていった。明らかに、生き物が最近この道を踏みしめている。

 ちりん。

 再び、鳴らずの鈴が音をたてた。

 氣の乱れがある。今一つの結界だった。

護法陣(ごほうじん)か?」

 最初の結界とは違うものを感じて、凜華は小首をかしげた。

 何かをより完全に封じ込めるための二重結界ではない。むしろ、外界の脅威から何かを(まも)るためのもののようだ。ならば、中に結界を張った本人がいるかもしれない。

 手を差しのばしてそのまま結界を抜けようとする。だが、凜華の力に反応したのか、軽くゆく手を妨げられた。おそらく、何の力ももたない人間や動物であれば自由にいききできるのであろう。

「面倒をかけさせるものだ」

 凜華は、呪符を取り出した。

「我、求むるは正しき扉。歩む者にとっては、晴眼(せいがん)。正義をもちて、(あか)しとなす!」

 呪符を手に持つと、凜華はゆっくりと前に進んだ。

 見えない結界の障壁(しょうへき)に、指先がちりちりと触れる。

 そのままぐいと前に突き出すと、腕が結界を抜けた。

 よしと、()を進める。

 だが、腰の幽明の太刀が結界に触れたとたん、激しい反発にあった。

 (はじ)かれるようにして、凜華は後退(あとずさ)った。

 一瞬、むっとした顔になった凜華であったが、幽明の太刀に視線を落としてにやりと笑った。

「おぬし、どうやら嫌われているようだな」

『この俺を阻むなど、無粋(ぶすい)な結界だ』

 不満気に、幽明の太刀が凜華の腰で騒いだ。

「ならば、道を開くまで」

 凜華は、迷わず太刀をすらりと抜いた。

「完全に結界を壊してしまっては、後々まずかろうな。入り口だけを作る。力を抑えろ」

『ああ、おぬしもな』

 凜華は深く息を吐いて氣を静めると、幽明の太刀を正眼(せいがん)に構えた。

「我、求むるは(さえぎ)らざる道。障壁にあっては、(かい)(やいば)をもって、扉を刻まん!」

 滑るような足捌(あしさば)きで、凜華はすっと前に進んだ。切っ先が結界に突き刺さる。そのまま、重さに逆らわぬ太刀筋で切っ先を下げ、凜華は結界を縦一文字に切り裂いた。

 さらに進んで結界を抜ける。

「我、求むるは見えざる壁。障壁にあっては、(ふう)光糸(こうし)をもって、(ほころ)びを(つむ)がん!」

 素早く呪符を飛ばして、凜華は結界を修復した。

「さて、先に進むとするか」

 太刀を鞘に収めると、凜華は再び歩きだした。

 結界の外と中とでは、明らかに雰囲気が違っていた。

 今まで感じていた禍々(まがまが)しさはだいぶ薄れ、木々の緑にも生命力が増している。さすがに妖魅の(たぐい)は入り込んではおらず、鳥や小動物たちの姿が見かけられるようになった。あるいは、ここはある種の避難場所のような物なのかもしれない。

 しばらく道を進んだ(ところ)で、凜華はやっと求めていた物の姿を見つけた。

 そこに、人がいた。

 簡素で粗末な着物を着た、土にまみれた感じのする男だ。籠をかかえて木々の間から出てきたところを見ると、山菜か(きのこ)でも()ってきたのであろうか。

(もう)し、そこな者」

 凜華が声をかけると、その男はびっくりして振り返った。

「なんで……。ひっ」

 ありえない物でも見たような顔で息を呑むと、その男は一目散に逃げだしていった。

「手間をかけさせる」

 軽く舌打ちして、凜華はその後を追いかけた。転びそうな格好で慌てて走る男とは違い、凜華は確実に地を蹴ってなめらかに走る。

 追いかけっこにもならず、ほどなくして凜華は男に追いついた。

「待たぬか。私は聞きたいことがあるだけだ」

 男の肩をつかむと、ちょっと乱暴に凜華は(たず)ねた。それがいけなかったのか、男がへなへなと力なく座り込んでしまう。

「なんで、また戻ってきたんだ。なんで、また……」

「なんのことを言っている。私がここにくるのは初めてだが」

 どうやら、凜華は誰かと間違われたらしい。それも、この男にとってはあまり会いたくない相手のようだ。

「あんた……蘇芳(すおう)様じゃ」

 男は凜華の顔をまじまじと見つめた後、ぶるんと頭を(ふる)わせた。

「それは、誰のことだ。それに、この地は結界に護られているようだが、これは何ゆえのことなのか」

「そんなこと、おら、知らねえ。知らねえったら、知らねえ」

 まるで駄々をこねるように、男は(かぶり)を振り続けた。

 こう怖がられては、とりつく島もない。少しは人を信用してほしいものだ。

 その後も問いただしてはみるが、いっこうに要領を得なかった。

 気の長い方でない凜華が我慢できなくなったころ、やっと男が役にたちそうなことを口にした。

「村のことなら、村長(むらおさ)が詳しいだ。村長に聞いてくれ」

「ならば、そこに案内しろ」

 突き飛ばすようにして男を立たせると、凜華は村へと案内させた。

 それにしても、妖魅を恐れるのであれば分かるが、なぜ凜華を恐れるのであろうか。狩籠師に対しての畏怖(いふ)か、それとも、この大振りな幽明の太刀に恐れをいだいたのか。

 そも蘇芳とは何者なのだろう。凜華の()で立ちで間違えたのであれば、その者もまた狩籠師なのであろうか。だとすれば、結界の存在も不自然ではないのかもしれない。

 はて、その名に聞き覚えはと記憶を辿ってはみるが、今一つはっきりとは思い出せない。耳にしたことはありそうなのではあるが。

 それこそ相棒と意見を交わしたいところであった。だが、これ以上男を萎縮(いしゅく)させまいとしてか、幽明の太刀はおとなしくただの刀のふりをして黙り込んだままであった。

 びくびくしながら沈黙する男との楽しくない道ゆきがしばらく続いた後に、やっと目的地である村が見えてきた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ