第参章 真珠唄 弐
「店主、この真珠の出自はどこなのだ。隠さず言った方がいいのではないかな」
「まあ、いいでっしゃろ。これからの話は、口外無用でっせ」
凜華に問いただされて、商人がちょっと考えてから語り始めた。
「この真珠を持ち込んできたのは、海に顔の利く仲買の闇商人でして。なんでも、海賊が持ってきた略奪品の中にあったそうなんですが……」
海賊と取引のある闇商人とは、案の定危ない商売をしている。
「どうも、この真珠は略奪品というわけやおまへなんだようなんですわ。だいたい、こんなお宝があるなら、どこかしらで持ち主のことが話題になっているでしょうし。だいたい、どこかの武将に献上でもしない限り、わざわざ船で運んだりはしませんがな。それに、ほしければまたもってくると言ったとかで。まあ、これは仲買人の話ではというわけなんですがね。ということは、こんな化け物真珠が採れる場所があって、海賊たちはその場所を知っていると言うことになりますな。まあ、最初は、自然の海から獲ってきたのなら、最近は海賊もまっとうな商売をするようになったものだ程度の気持ちでいたわけなんですが……」
『あいつらが、まっとうなはずがない。早く追い払わなければ。俺を、海に戻してくれ。早く、早く』
幽霊が、商人の言葉に口をはさむようにして懇願してきた。
「このような巨大な真珠が、まともな物であるはずがないだろうに。おそらくは、もともと妖魅の類が孕んだ物であろう。それが分からないとは言わせぬが」
「はははは。まあ、そのへんはそういうことで」
凜華に言われて、商人が嘯いた。
「だいたいの経緯は分かったが、さて、どうしたものか……」
『俺を、村に連れていってくれ』
「場所は分かるのか」
凜華の問いに、幽霊は即答できなかった。まあ、海賊や闇商人の手によって運ばれてきたのだから、分からなくなっていても当然かもしれないが。
「だいたいの場所なら見当はつきますよって。ちょっと仲買人に頼めば、判明しますやろ。なにせ、奴はわてに借りを作ってますからなあ」
こんな不良品をつかませやがってという本音を、商人がありありと顔に浮かべながら言った。
「あい分かった。お前の思い、この凜華が受け継ごう。安心して成仏するがよい」
何をするかを内心で決定し、凜華は呪符を取り出して幽霊の方を見た。
『それは、できない。俺たちが、皆を守らなければならない……』
幽霊が激しく頭を振る。
「ならぬ。生者は、生者が正す。死者は、黙って見守るべきだ」
爪先を鞘の下に滑り込ませると、凜華は幽明の太刀をひょいと蹴り上げた。パシンと左手で受け止めると、流れるような動作で抜き放つ。
『おいおい』
たまらず、幽明の太刀が声をあげた。さすがに、この扱いは酷いと思ったのだろう。
「ほーう。抜けば玉散る氷の刃とは、まさにこのことですなあ。どうでっしゃろ、後で商談に乗りませんかな」
呑気なことを言う商人を、凜華は一睨みで黙らせた。
「因果を断ちて、黄泉へと下れ」
凜華は、幽明の太刀を構えてすっと前に進んだ。慌てたように、幽霊と共に真珠が転がって逃げる。
「捕まえろ!」
命令されて、商人が反射的に真珠をつかんだ。
『放せ』
幽霊が、自分の器である真珠を持った商人に迫った。
「ひええ」
「逃げるな。そこで止まれ!」
慌てて逃げようとする商人を、凜華は一喝した。びくりとして、商人が両手で真珠をかかえたまま振り返った。
そこへ、凜華は太刀を一閃させた。
「ひっ」
真珠が真っ二つになり、ついでに商人の着物の帯まで切れて前がはだける。
「あああ、なんということをー」
両手に分かれた真珠を見て、商人が情けない声をあげた。その声が消えないうちに、彼の手の中で真珠が崩れて砂になっていった。
『おおう』
器を失った幽霊が呻き声をあげた。新たな器を求めるかのように、商人の方に手をのばす。また悲鳴をあげて、商人が尻餅をついて後退った。
「我、求むるは安らかなる眠り。死者にあっては、去。死生有命をもって不帰となす!」
凜華は、幽明の太刀で幽霊の足下を横に薙いだ。
『村を頼む……』
そう言い残して、幽霊が消えていく。
「やれやれ……」
助かったと、商人がほっと息をついた。凜華の顔を見て、慌てて居住まいをなおすが、当の凜華はそんなことにはまったくの無頓着だ。
「やれやれ、せっかくの商品が……」
「売れないのであれば、商品にはならんだろう」
「ほうですけど、こちらとしては除霊だけをお願いしたかったんですがねえ。これじゃ、お礼程度しかお支払いできませんが、よろしいでっか」
「話が違うな。怪異をなんとかしてほしいという依頼であって、真珠を売れるようにしてくれというものではなかったはずだが」
「いえいえ、それなりのお礼はちゃんとさせていただきまっせ。また何かお頼みするかもしれませんし」
愛想のよい商売顔で、商人が言った。
「まあしかたない。では、この真珠の採れた村への道案内をおまけとしてつけてもらおうか」
幽明の太刀を鞘に収めながら、凜華は商人に言った。ここで商人を脅すよりは、後々役にたってもらった方が得策だろう。
「道案内というのは無理ですが、先にゆうときました仲買人なら紹介しまっせ。あれなら、出所を知ってますやろ。もち、路銀も御用意いたしますさかい。そうそう、紹介状に、ちょっと色もつけておきましょ」
「なんだか、至れり尽くせりだな。裏心がみえみえだぞ」
「構いませんとも。いつか気が変わったら、そのお腰の物をわてに譲ってくださればと思っただけですから。まあ、先行投資というところですな。ああ、もちろん確約じゃありませんので、お気にせず。気が変わったらの話ですさかい」
「ありえない話だというのに」
凜華は苦笑した。
「はい、もうそれは。でも、人間、いつ気が変わるかは誰にも分からぬものですから」
笑顔で言う商人であったが、その顔は微塵の抜け目もない顔であった。
商人から紹介状をもらい、凜華は真珠を手に入れた仲買人がいるという港町にむかうことにした。
その先に妖魅がいるのであれば、狩籠師としても、幽明の太刀を持つ者としても、確かめなければならなかった。