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狩籠師  作者: 篠崎砂美
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第参章 真珠唄(しんじゅうた) 壱

「狩籠師である私に見てほしいという物はどれなんだ」

 胡散臭(うさんくさ)そうに室内を軽く見回してから、凜華は小卓をはさんだむかい側にいる商人に訊ねた。

 骨董屋(こっとうや)を名乗っていると言えば聞こえはいいが、その実は怪しい物品を好事家(こうずか)に流している奸商(かんしょう)だ。

 倉庫とも店ともつかない室内に所狭しと積みあげられた物品は、一つ一つが(いわ)くつきの品物に決まっている。まあ、そのほとんどは詐欺(さぎ)まがいの贋作(がんさく)であるからよいのだが、(まれ)物神(ものがみ)や呪われた品物などが混じっているところが始末に悪い。

 おそらくは、店自体が、在庫としている物の妖氣で、新たな妖魅を引き寄せてしまっているのだろう。

 つくづく因果なものだ。

「まあまあ、そんな怖い顔をしてくれなはるな。べっぴんさんが台無しや」

 いかにも人あたりの良さそうな商人が、馴れ馴れしく凜華に言った。

「仕事でないのであれば、私は帰るぞ」

 そうそう気は長くないと言いたげに、凜華は軽く商人を睨みつけた。

「ほな、さっそく商談といきまひょ。ちょっと、これを見てほしいんやけど……」

 商人は傍らにおいていた風呂敷づつみをつかむと、ごとんと小卓の上においた。

 見るからには、子供の手鞠(てまり)ほどの丸い玉のようだ。まさか、本当に鞠が入っているわけではあるまい。

 だが、風呂敷につつまれたそれからは、妖氣が溢れ出していた。

 とはいえ、それほど(よこしま)な氣というわけではなさそうだ。それを言ってしまえば、目の前にいる商人の方がよほど邪な存在かもしれない。

「これなんですがねえ……」

 商人が、ゆるゆるとつつみを開いた。とたん、光がほとばしる。同時に、傍らにおいた幽明の太刀の鞘につけられた鳴らずの鈴が、微かにちりりと音をたてた。

 一瞬細めた目を見開くと、それは光沢のあるやや赤みを帯びた白色の(たま)であった。

「真珠? いや、それにしては大きいな」

「さすがにお目が高い。これは、特上物の真珠でおます」

 小首をかしげる凜華を、商人が()めちぎった。

「どこが特上だ。見るからに妖氣が漂っているではないか」

 いいかげんなことを言うなと、凜華は商人を()めつけた。

「さすが、わてがお頼みしたお方や。やはり何か感じられますかいな。いやあ、わても変な気はしましたんですけど、見てのとおりの鈍物(どんぶつ)でございまして。とんと正体が分かりませんのや。それで、あなた様は、これをなんと見られます?」

 飄々(ひょうひょう)と商人が言った。そらとぼけながら、どこの出身とも分からぬ口調で話し続ける。うっかり気を許したら、すかさず足下をすくうような人種だ。

「どれどれ」

 凜華はあらためて目の前の真珠だと言われた物を子細(しさい)に見てみた。

 その見た目は美しく、不思議な光さえ放っている。だが、これはどう見ても自然の産物とは思えなかった。

 真珠であるならば、それは物であるはずだ。けれども、この巨大な真珠からは、生命の波動のようなものが感じられる。いや、魂の感じに近いと言った方がいいだろうか。物神の一種かとも思ったが、それとも違う。強いて言えば、何かが取り憑いているような感じだ。

「それで、狩籠師である私にわざわざ相談してきたということは、この物に(まつ)わる何かの怪異があったということかな」

 すぐには答えを語らず、凜華は商人にさらに訊ねた。

「おやおや、商売上手でおますな。じらしても、見立て料は変わりまへんが……」

「一緒にするな」

 さすがに、凜華は苦笑した。商人が、それをさらりと受け流す。

「おっしゃるとおりでおます。さるお客様にこれを売ったのですが、夜な夜な出るとか……」

 両手を胸のあたりでだらんとさせて、商人が言った。本人はちょっとおどけてみせたのであろうが、凜華の方はぴくりとも表情を変えなかった。

「なんでも、夜な夜な勝手に台座から転がって動き回るわ、不気味な声をあげて(すす)り泣いたりもすると言うんですわ。それで、お客様がすっかり怖がっちゃいましてな。まあ、そういうのが好きなお客様だったらよかったんですけど。そんなこんなで、先方から返されてしまったというわけなんですわ。まあ、返品はしょうがないとしても、このままここにおいといて、(たた)られても困るっちゅうわけでして。何よりも、また売っても先方でお化けが出たのでは、また返されてしまいますよって」

 本気で困った顔をして、商人が言った。このまま売れなくては丸損だという思いが、ひしひしと伝わってくる。

「つまり、この真珠に取り憑いている幽霊を祓ってほしいというわけなのだな」

「ぶっちゃけて言えば、そのとおりでございます。どうか、よろしゅうに」

 商人が頭を下げた。

 どう見ても胡散臭い男だが、妙に憎めないところもある。

「とにかく、その幽霊とやらを真珠から追い出してみよう。悪霊ならこの場で滅するし、そうでないなら成仏させればよかろう」

 凜華は、すっくと立ちあがった。

 取り出した呪符を、真珠に貼りつける。

「我、求むるは内なる姿。白日(はくじつ)にあっては、(うつつ)(ただ)すをもって、得体(えたい)となす!」

 真珠の放つ光が、激しく明滅した。これはいけないと感じた商人が、素早く真珠から身を離した。

「さあ、正体を現せ、お前は何者ぞ!」

 凜華は、真珠にむかって呼ばわった。

 光が明滅し、宙に形が作られていった。それが徐々に人の形となっていく。

「これはこれは。見せ物の方で、採算とれまへんやろか」

 少し身を引きながらも、商人が商魂たくましい台詞を口にする。

「お前は何者だ。さあ、答えよ」

 再度、凜華が問いただした。

「我、求むるは伝わりし声音(せいおん)。静寂にあっては、(きょう)宿意(しゅくい)をもって、()れとなす!」

 (いん)を結んで、幽霊のような人影に指を突きつける。

『戻し……て……くれ』

 聞きとりにくい言葉で、その者が言った。その姿は壮年の男で、ゆらりと真珠の上に浮いている。髪から衣服までがびっしょりと水に濡れており、(したた)り落ちる水が小卓の上から畳へと流れ落ちてしまっていた。見るからに、水死した幽霊という風体(ふうてい)だ。

「困りますなあ。畳がびしょびしょですがな」

 言葉ほどには困っていない様子で、商人が畳の上に広がっていく水に目をやった。

 幽霊や妖魅の(たぐい)をまのあたりにしてもそれほど動揺していないということは、やはり見た目で判断しにくい男だ。

「ならぬ。なぜなら、お前はもう死んでいるからだ」

 凜華は、きっぱりと幽霊に言い渡した。

『知っている……』

 幽霊が答えた。

「ならば、おとなしく成仏するのだな」

『それでは守れない』

 予想しなかった幽霊の言葉に、凜華たちは首をかしげた。

「何を守ると言うのだ。お前はもはや死んだ身。現世に残す未練は、どのような思いだとしても禍根(かこん)の元となる。それに、このような物に取り憑いていては、妖魅として狩ることになるが、それでもよいのか」

『俺たちは、それを選んだのだ。漁師たちを守るために。だが、奴らがやってきた。早く、俺を戻してくれ。早く……』

「何がやってきたと言うのだ」

 この幽霊が恐れるものとはなんなのだろう。

 大きいだけの真珠に取り憑いている幽霊が、あまり戦いの役にたつとは凜華には思えなかった。せいぜい、光を嫌う妖魅を追い払う程度ではないのだろうか。なのに、なぜ、この幽霊は、いったいどこに戻りたがっているというのだろうか。

「海賊……、ですかな」

 興味深げに幽霊とのやりとりを聞いていた商人が、ぽつりともらした。その言葉を聞いたとたん、幽霊が怨嗟(えんさ)の唸り声をあげる。凜華たちはその声にちょっと顔を(しか)めた。

「海賊?」

 凜華は商人に聞き返した。これもまた、すぐには繋がらない話だ。


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