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狩籠師  作者: 篠崎砂美
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魂珠貝 壱拾参

「あの光は、なんだ」

 網元が、岩場をとり囲んだ魂珠貝の光をさして青陵に問いただした。

「あれは、舟幽霊たちであったもの。あなたたちを守ろうとして、異なる妖魅に変化した者たちです」

 青陵は、ことのあらましを説明した。

『俺たちも、その魂珠貝というものにしてくれ』

 岩場にいた舟幽霊たちが、青陵に願い出た。

 青陵は、静かに(かぶり)を振った。

「成仏してはいただけないでしょうか」

『それはできない』

『俺たちが海を、漁師たちを守らなければ、みんなは村を離れてしまう』

 舟幽霊たちが答えた。

「お前たちは、わしらを仲間にしようとしていたのではないのか」

 戸惑いながら、網元が訊ねた。

『なぜ、あんた方を仲間にする必要がある。なぜなら、漁師は皆最初から仲間ではないか』

 その言葉に、生きている漁師たちははっとした。

「なら、もう充分だ。わしらは、村を捨てはしない。お前たちが悪い妖魅を退治してくれたんだ。どうしてここを離れようか。だから、成仏してくれ。それが、わしらの願いだ」

『まだ、終わってはいない』

 海から声がして、青陵や網元たちはそちらを振り返った。

 海上に、幾つもの魂珠貝が浮かんでいる。口を開けたその中から漏れ出る光の中に、舟幽霊であった漁師たちの姿が朧に浮かんでいた。

「おとう!」

 その中に父親の姿を見つけて、鶸が驚いて叫んだ。

『常夜鰐はまだ残っている。わしらは、あ奴らを全滅させなければ、安心はできない』

「そんな。さっき、あんたが全部やっつけたんじゃなかったのかい」

 父親の言葉に、鶸が青陵に聞き返した。

「分かりません。いえ、おそらくは彼らの言うとおりなのでしょう。けれど、残った常夜鰐は、もう数匹だけだと思います」

「だったら、狩籠師のあんたにやっつけてもらえばいい。もう、充分なんだよ、おとう……」

 人外(じんがい)となってまで自分たちを見守ってくれていた父親たちを思って、鶸が泣きながら言った。

『それは無理だろう。完全に常夜鰐がいなくなったと分かるには、長い日々が必要だ。その間、その狩籠師にずっと海の中にいてくれと頼めるはずもない。それに、その方は村の漁師じゃない』

 さとすように、鶸の父親が言った。

 青陵としては、すべての常夜鰐を滅するつもりではいた。妖魅の氣を探れば、隠れている常夜鰐を見つけだすことは不可能ではない。時間をかければ、必ずすべての常夜鰐を倒すことができるだろう。

 けれども、誰がその終わりを見極めることはできるのだろうか。

 青陵は、少し簡単に考えすぎていたのかもしれない。現実は、ふらりと現れて、妖魅を退治して去っていけばいいというものではない。場所を清めようとすれば、狩籠師自身もその場所に捕らわれてしまうのだ。

 だが、青陵は何かに捕らわれるわけにはいかなかった。

「どうにかならないの」

 鶸が、青陵にすがった。

「本人たちに成仏する意志がないのでは、無理やり黄泉(よみ)送りにするしかありません。けれど、今は魂珠貝として生きているため、一度倒さなくてはならないでしょう。さすがにそれは……」

 青陵は、困却(こんきゃく)した。

 舟幽霊であった魂珠貝をただ滅するのは、殺戮とどこが違うというのか。それに、彼らの言うとおり、残る常夜鰐から漁師たちを守るには、魂珠貝となった彼らの力が必要であった。

 だからといって、死せる魂である彼らを、無理やりいつまでも現世に繋ぎ止めておくことがいいことであるわけがなかった。

「だったら、なぜ、おとうたちをこんな姿にしたのよ」

 責める鶸をなだめたのは、彼女の祖父と父親だった。

「お前のおとうたちは、自分の意志でこれを望んだのだ。それをも、(いな)んでもよいのか」

 網元が、孫を(いさ)めた。

「でも……」

 鶸が、祖父の胸に顔を埋めた。

「狩籠師殿、舟幽霊たちの願いを聞いてはいただけないか。わしからも頼む」

 網元が、青陵に深々と頭を下げた。

「よいか、皆の者、これからは魂珠貝には先達(せんだつ)として礼を尽くせ。その警告には耳と目をかたむけろ。そして、いつか安らかな(とむら)いを捧げよう」

 網元が漁師たちに言い渡した。彼らは複雑な面持(おもも)ちの様子ではあったが、その言葉に従った。

『すまぬ、親父。俺たちは、今少しの間、我が儘を通させてもらう』

 魂珠貝となった鶸の父親が、網元の言葉に応えた。

 青陵は、残る舟幽霊たちをも化け貝に封じて魂珠貝としていった。幸いにして、化け貝の数は舟幽霊たちよりも多かった。

 それが良いことであるのか、青陵は未だに言い切るだけの自信はなかった。

 ただ、これは漁師たちが望んだことであった。

 生者と死者、その両者を繋ぐ思いだけは否定してはならない気がした。いつかは、それらも一つとなって、両者が共に安らぐときがくるのだろう。

 夜が明ける。

 (きら)めく金波銀波の中、魂珠貝となった舟幽霊たちは海の中に姿を消した。

 そして、残った舟で村へとむかった青陵たちを、海中からの光がずっと守ってくれていた。これでは、常夜鰐は手を出せないだろう。

 無事に村まで辿り着いた青陵は、鶸たちに別れを告げた。

 青陵にも目的がある。それを果たすまでは、一つ処にとどまるわけにはいかなかった。

 最初に海を見た高台で、青陵は振り返った。

 海が見える。そこには、幾つかの舟が浮かんでいた。

 きっと、漁師たちには、一つの話が伝え残るのだろう。

 海の光を恐れるな。それは、先祖が見守ってくれている光なのだと。


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