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狩籠師  作者: 篠崎砂美
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翕然主 拾

「それで、翕然主の棲み()は、いったいどこなのだ」

「たぶん、お(やしろ)のある本宮(もとみや)だ。俺が案内する」

 凜華の問いに、(にび)がそう答えた。

「いや、場所を教えてもらえば、案内してもらうまでもない。それに、戦いになったら、お前を守っている暇はないかもしれぬ」

 正直に凜華は言った。実際、多くの触手を持つ翕然主が相手では、何の力もない鈍を守るのは大きな負担だった。できれば、そういう事態は避けたい。

「たぶん、俺でないと道は見つからないと思う。だいたい、お前……、あなただって、今日まで見つけられなかったんだろう」

「凜華で構わぬ」

 まだ凜華をどう扱っていいのか迷っていると見える鈍に、凜華は少し苦笑しながら言った。

 それとは別に、確かに鈍の言うことにも一理ある。口で伝えてもらうにしろ、地図を書いてもらうにしろ、明確な道や目印があるのであれば、ここまで苦労するはずがない。今までの日々で、その本宮も見つけだせていたはずだ。

「もともと、本宮は隠された場所にあったんだ。だから、ちゃんとした道はなくて、参道は迷い道になってる。昔からこの村にある一之宮(いちのみや)から、必要があれば(はふり)が参拝する人を案内していたんだけど、その道順は秘密になってたんだ」

「やれ、やっかいなことだ」

 凜華は溜め息をついた。

 なぜ隠す必要がある。領主が隠れたというのも、追い詰められて逃げ込んだのではなく、身を隠すために最初からそこを目指したのだろうか。

「鈍は、その歳で祝をしていたと言うのか?」

 どう見ても、神主や禰宜(ねぎ)の下で働く神官の祝としては、鈍は若すぎる。

「いいや。いずれはそうなったかもしれないけど」

 鈍が、曖昧(あいまい)(かぶり)を振った。

「神主様が亡くなってから、俺は何度か父についていって、道はしっかり覚えさせられたから」

 ここで疑ったとしても、何の意味もなかった。すべての者を敵としてしまうこの山で、鈍は凜華を信用してくれたのだ。たとえ、それが彼の目的のための信頼であったとしても、それには(こた)えなくてはならない。そうでなければ、この山を(おお)っている呪縛からは逃れられないだろう。

 そう、この山には怨念に満ちた敵意が渦巻いている。それがあらゆる者を敵対させ、その争いのために妖魅を呼び寄せているのだろう。村人たちは結界のおかげで殺し合うようなことはしていないが、それでも自分以外の者に対する敵意に侵されてしまっている。

 ここに居続ければ、凜華も戦い続けることを余儀なくされるのだろう。それは一種の悪しき(しゅ)だ。

 その根源は分からないが、翕然主はそれに近い存在なのではないだろうか。

 鈍が凜華を信用してくれたのも、彼の敵意がほとんど翕然主にむけられているせいなのかもしれない。それもまた呪縛だ。

 凜華は、だんだん腹がたってきた。

 いや、この数日怒っていないと言えば嘘になるのだが。いいかげん、この堂々巡りにも思える呪縛を断ち切って、すべてを白紙に戻したくてしようがなかった。

 人は、大儀や道理以外の思惑を押しつけられるものではない。他人に隷属(れいぞく)したりせず、自らの意志と責任で、己の道を決めればいい。

「では、参ろうか」

 凜華は、力強く鈍を(うなが)したが。

「いや、ちょっと待て。念のためだ」

 小屋を出かけた凜華は、思いなおして、突然鈍の服を脱がした。

「なんだよ、いきなり」

「念のためだと言っただろう」

 嫌がる鈍に有無をも言わせず、身体のあちこちに呪符を貼りつけていく。

「これで多少の護りになるだろう。さあいくぞ」

「うん」

 凜華の強引さにちょっと複雑な顔をしながら、鈍が歩きだした。

 結界を開いて村の外に出るが、翕然主の目立った動きは感じられなかった。

 妖氣は相変わらず乱れているが、すぐ近くに集まってきているということはない。

 おそらく、昨日喰らった大蝦蟇で、しばらくは満足しているのだろう。

「こっちだ」

 山頂へむかう道をしばらく進んだ処で、鈍が道を外れた。

「参道は、本当はないんだ。道がないので、自分で道を開いていくということになっていたから」

 下生えをかき分けながら、鈍が木々の間を進んでいく。なまじ道があるからこそ、それに囚われていた凜華では、確かに辿り着くことはできなかっただろう。

 この行程そのものが、苦行に相当するものなのであろうが、今の凜華にとっては傍迷惑(はためいわく)なだけであった。

「それにしても、本当にこの道しかないのか」

 傾斜のきつい斜面の足場を確かめつつ進みながら、凜華は少し悪態をついた。

「うん。道なき道こそが正しき道なんだって」

 鈍が答えるが、たぶん受け売りであろう。

 もともとは、この山自体が修行のための霊場(れいじょう)だったのかもしれない。あるいは、世俗から隔絶されなければならない何かがあったということだ。

「あれを越えれば、すぐだよ」

 日も傾きかけたころ、鈍がゆく手を(ふさ)ぐようにして現れた岩を指し示した。近づくと、岩の表面には朽ちた注連縄(しめなわ)らしい物がこびりついていた。

 その岩を乗り越えると、急に視界が開けた。

 山の斜面に造られた棚のような土地に、幾つかの建物らしき物が見える。凜華たちは、そこへむかって進んでいった。

「ここが本宮だ。蘇芳様は、ここで翕然主を呼び出したんだ」

 建物の前に立って、鈍が説明した。

 かつてはそれなりに立派な(やしろ)だったのだろうが、今では半分以上崩れかけた廃墟だ。

 焼け落ちた屋根や壁などには、いくらか修復の跡があった。だが、それも途中で放棄されたようで、酷く不完全だた。

 翕然主か他の妖魅に襲われたのかとも思ったが、調べてみるとそうでもないようだ。これらは、人がつけた傷だ。最初にこの山の結界の中に入ったときと同じように、廃墟に残った壁や柱には、突き刺さった(やじり)や刀傷など、戦の痕跡が多く見受けられた。

 おそらくは、村長の言っていた(いくさ)の最後の地がここだったのだろう。この特殊な地形は、最後に籠城(ろうじょう)するのに最適だ。そうであるならば、この惨状も納得がいく。

 周囲に翕然主が(ひそ)んでいないかと調べてみるが、それらしき姿はなかった。妖氣を確定することができないので、おそらくは地中にでも(もぐ)っているのだろう。それを示唆(しさ)するかのように、社から少し離れた処に、大地の裂け目とも言うべき窪地(くぼち)があった。長年で風化(ふうか)してできた山の地形ではなさそうだ。

「それにしても……」

 ここは妖氣が濃く(よど)み渦巻いていると、凜華は軽く眉を(ひそ)めた。

 その混沌とした妖氣の中でも、ひときわ暗澹(あんたん)とした一画(いっかく)がある。

「あれは、なんだ」

 整然とならんだ(いく)つかの石を見つけて、凜華は鈍に訊ねた。

「あれは、首塚だって父が言っていた」

「首塚?」

 なんでそんな物があるのかと、凜華は小首をかしげた。

 だが、ここで戦いがあったのならば、さほど不思議ではないのかもしれない。村長が、武士たちの首は晒されたと言っていたではないか。

 七つならんだ石は、不揃いだが墓石と言えなくもない。特別何かの文言(もんごん)が刻まれているようには見えないが、周囲には注連縄らしき物が腐って落ちていた。これも、相当の間放置されていたらしい。


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