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ゆかりの島  作者: でこぽん
9/12

9.大きなうねり

 職員室でゆかりは神山校長先生から意外な報告を受けた。ゆかりたちの計画が島の青年部にも知れ渡り、青年部から一緒にやりたいとの申し出があったとのことだった。

「ほ、本当ですか?」

「ああ、本当だとも」

 神山校長先生がにこやかにうなずいた。

 この知らせは、ゆかりにとって、まさに渡りに舟だった。ゆかりとしては、こちらからお願いしようとしていたところだった。それが向こうから申し出てくれた。ゆかりは、この機を逃したくなかった。

「青年部の代表の方とお話したいのですが、名前と住所を教えてもらえませんか」

「さっき、この電話にかかってきたので、ここで折り返しの電話をするといいよ。名前は確か、緒方といっていたな」

「ありがとうございます」

 ゆかりはさっそく電話を借り、折り返しのボタンを押した。何回か通話音が鳴った後、受話器をとる音がした。

「私は青林中学の瀬戸口と言います」

 そういうと、

「ゆかりちゃんね、私、緒方明美よ」

 確か夜桜祭の準備で二、三度会ったことがある。青年部の書記をしていた人である。魚市場で働いており、年齢は二十歳で、おしゃれな眼鏡をかけてモブの髪型をしている綺麗な人だった。

 ゆかりは思い出した。

「今年度から私が青年部の代表になったのよ。だから、ゆかりちゃんたちの次の活動を神山先生から知らされて、是非とも一緒にやりたいと思ってね。一緒にやっても良い?」

「是非ともお願いします。私たちも、青年部の人たちと一緒にやりたいと思っていました。私たちは来年高校へ進学します。だから、私たちの思いを受け継いでくれる人たちを探していました。それが青年部の人たちです」

 ゆかりは、心の内を明かした。

「ありがとう」

 緒方明美はゆかりに感謝した。緒方明美も青林島のために役立つ何かをしたいと考えていた。それは青年部の思いであり、島を愛する者たちの共通の思いだった。

「私の方こそ感謝しています。ありがとうございます」

 そう返事すると、ゆかりは続けて、

「さっそくですが、今日、午後四時半に村役場の村長室まで来ていただけないでしょうか。私たちは、そこで蛍祭りについて話し合う予定です。お待ちしています」

「わかったわ。四時半ね。もう一人、青年部から連れて来るけど良い?」

「大丈夫だと思います」

「それじゃあ、そのときに宜しく」

 そう言って緒方明美は電話を切った。

 これでゆかりたち中学生だけでなく、小学生と青年部の力も結集することになった。

――仁美、私はあなたが青林島に来るのを待っているわ。

 ゆかりは希望に胸を膨らませた。

「神山先生、電話をもう一度お借りしても良いでしょうか」

「かまわないよ」

「ありがとうございます」

 そういうと、ゆかりはさっそく村役場に電話した。

「村木さん、瀬戸口です。昨日は失礼しました」

 ゆかりは昨日のことを詫びた。

「いいよ。それで出直して来るための準備具合はどう?」

 村木は小さなことは気にしない性格である。

「昨日あれから学校へ戻り、みんなと検討した結果、村役場の予算内でできる案を作りました」

「それは凄いね。さすがはゆかりちゃん」

「それで、今日四時半から時間をとっていただけないでしょうか。その案を説明させてください。お願いします。

 村木は田中村長に時間の確認をすると、「大丈夫だよ」と、答えた。

「ありがとうございます」

 ゆかりは村木に、そして田中村長に感謝した。

「それから、この会議に青年部の緒方さんともう一人の方も参加されます。宜しくお願いします」

「へー、凄いね。青年部も参加するのだね。いいよ」

 確認が終わると、ゆかりは電話を切った。


 放課後、ゆかりと高島ゆり子は村役場へ行った。村役場は古びた建物である。二階を歩くと床がきしむ。

 村長室のドアをノックすると、「どうぞー」と、昨日と同じ声がした。

「失礼します。出直してきました」

 大きな声で挨拶をし、ゆかりたちは部屋に入った。

 昨日は『出直してきます』と言い、今日は『出直してきました』と言ったので、田中村長が思わず吹き出した。

 部屋には既に、青年部の緒方明美がいた。細長いメガネが似合う大人びた雰囲気の女性だった。そしてもう一人、澄んだ大きな瞳の青年がいた。

「紹介するわ。青年部の副代表の小島明くんよ」

「こんにちわ、小島です」

 さわやかな笑顔だった。真白な八重歯がキラリと光っていた。長髪で美形なので、ジャニーズのメンバーのようだった。

 ゆかりと高島ゆり子は、思わず緊張しながら自己紹介をした。

「知っているよ。二人とも、夜桜祭の打ち上げのときは、すごく目立っていたから」

 小島明にそう言われると、二人とも、ますます顔が赤くなってしまった。

「あの日のことは忘れてください。あれは、あやまちです」

 思わず、高島ゆり子が言い訳した。

「でも、楽しかったよ」

 小島が笑った。八重歯が眩しい。

「ところで、用件を聞こうかな」

 田中村長が説明を促した。

「はい、村役場から補助していただく予算内で蛍祭りができるように、私たちで検討しました。その結果がこれです」

 ゆかりは全体図を広げた。全体図には桜並木通りから大沼までの道路図と、水力発電機の設置場所、バッテリーと外灯の設置場所が記載されている。そして、それぞれの外灯の箇所には明るさを数値で記載していた。

「高島さん、詳細を説明して」

「わかりましたわ」

 そう言って高島ゆり子が全体図の説明をした。高島の説明は、実に分かりやすい。みんなは驚嘆のため息をつき、高島の説明を聞いていた。

 説明が終わると、

「いやー、実にわかりやすかった。そして、この全体図、これが実に素晴らしい」

「それは中川君が作りました」ゆかりが答えると、

「わずか半日で?」村木が尋ねた。

「はい。彼は島一番の秀才です」

 高島ゆり子が自慢気にこたえた。

「これで、予算内で外灯が設置できるわけだね」

 村木が確認すると、

「はい。でも、ここからが大切な話です」

「大切な話とは?」

 田中村長が尋ねると、ゆかりが役割分担案と書かれた紙を広げて、説明を始めた。

「まず、水力発電機と外灯の設置にあたっては、青林中学と青年部、それに島の有志とで行う予定です。これは青年部代表の緒方さんの了承を得ています」

 ゆかりが説明すると、緒方明美がうなずいた。

 ゆかりは説明を続けた。

「そして、蛍祭りに備えて、蛍の飼育を小学生二十三名と一緒に行う予定です。もちろん青林小学校の森田校長先生の了承もいただきました。小学生の代表は山中佐知子さん。指導係は青林中学の山中誠君です。

 そして村役場の方には、大沼の周りの整備をお願いしたいのです。観光客が蛍を鑑賞する際に、誤って沼に落ちないように手すりをつけていただくとか、蛍光塗料で歩道の線を引いていただくとか、何らかの対策をお願いしたいのです」

 ゆかりが説明を終わると、田中村長と村木助役が驚きの表情を見せた。

「昨日、出直してきますと言った後に、これだけのことを成し遂げるなんて、しかも、小学生と青年部とを見方につけて挑んでくるなんて、たいしたものだ。二人とも恐れ入ったよ」

「それじゃあ、村で蛍祭りを開催していただけますか?」

「こんなに君たちが青林島のために頑張っている。私は村長として君たちを応援する。七月の最後の土日に村をあげて蛍祭りをとりおこなうぞ」

 田中村長はきっぱりと断言した。村木助役も、村長の決断に異存はなかった。

 これで仁美を呼べる。

 ゆかりがそう思ったとき、突然、小島明が意見を述べた。

「私も蛍祭りを開催することに異存はありません。ただ、二つ気になる点があります。それを明かにして下さい」

「気になる点とは何?」

 緒方明美が尋ねると、

「まず一つは、蛍祭りを行うにあたって、島民だけで行うのか、それとも観光客を期待するのか。これを明らかにしたい。それにより、準備すべきものが違いますので」

「もちろん、観光客を期待するよ。観光客が島に来れば、島民が潤う」

 村木が即答した。

「観光客を期待するのならば、目玉が蛍祭りだけでは不足しています、午後の船で島に来た観光客は、蛍祭りが始まる時間まで何をして待てば良いのでしょうか?」

「あっ」

 ゆかりは気づいた。小島の指摘は、まさに青葉観光の酒井が指摘した内容と同じだった。

 青林山の展望台だと、すでに夜桜祭に来た観光客は体験している。別の観光地が必要だった。

 何か美しい観光地は他にはないか。ゆかりは考えた。

 そのときゆかりは、先日、牧野が言ったことを思い出した。

『天の川に蛍の群れ、そして昼間は海水浴』

「そうよ。昼は海水浴をしてもらいましょう。島の北側にある『北の白浜』は美しい海水浴場だわ。景色も良いので、きっと観光客も気に入るはずよ」

 ゆかりは思ったことをそのまま提案した。相変わらず細かいことなど何も考えていない。

「でも、ゆかりちゃん、北の白浜は水道も電気も通っていない場所だよ。島の人たちならばともかく、シャワーも脱衣所も売店もない場所で、観光客が泳ぐかな?」

 村木助役の指摘は、まさにそのとおりだった。それは、ゆかりもすぐに気づいた。

 確かに、島の北側は水も電気も通っていない。だから人が住めない。そのため、自然のままの美しい砂浜がある。

「そうですわね。海水浴は無理のようですわ」

 高島ゆり子もうなずいた。

 ところが、小島はゆかりの案に肯定的だ。

「いや、大丈夫。北の白浜に海の家をつくりましょう。そうすれば、シャワーも脱衣所も売店もできて、観光客を呼び込めます」

「でも、水も電気も通ってない場所で、どうやって…」

 田中村長が尋ねると

「あの海岸は村の土地でしたね」

「そうじゃが」

「網元の高島源二さん、つまり高島ゆり子さんのお父さんに、村との共同経営を持ちかけましょう。そうすれば費用の半額は、網元が負担してくれます」

「でも、水と電気は?」

「君たち中学生がここまで頑張ったので、ここは僕たち青年部に任せてください。ただし、水力発電機やLED電灯のノウハウは教えてもらいたいですね」

 小島は自信たっぷりである。さらに続けて、

「もし、よろしければ、これから網元の家に行き、共同経営を打診しませんか?」

「えっ、でも観光客を呼び込むために海水浴場をつくるかどうかも決めていないし…」

 村木が答えると

「海水浴場をつくれるかどうかを判断するために、網元に会うのです。断られたら別の案を考えるし、網元が乗り気ならば海水浴場をつくる。行動しないと何も始まりませんよ」

 小島の説明を聞き、ゆかりは共感をもった。

――そうだわ。行動しなければ、何も変わらない。海水浴場以外の案でも、何らかのリスクがあるはずよ。リスクがなくて効果的な案があるならば、とっくに誰かが実行している。

「私も、小島さんの考え方が良いと思います。網元、高島さんのお父さんに会いましょう。海水浴場以外をやるにしても、お金がかかるはずです。なんのリスクもなく効果的な案があれば、すでに誰かが実践しています。楽して決まるものなど、何もありません」

 ゆかりは物おじせずに、言い放った。

「そうじゃのう。確かに、楽して決まるものなど、何もない。よし、今から会いに行こう。共同経営を持ちかけよう」

 村長も覚悟を決めた。

「いま、家に行っても父は居りませんわ」

 高島ゆり子の知らせが重く響いた。

「今日は夜の九時過ぎにならないと、父は家には帰って来ません」

「そうか。それじゃあ明日だな」

「明日また網元がいなければ、ずるずると時間だけが経過します。この企画は善きにしろ悪きにしろ、今日中にかたをつけた方が賢明です」

 確かに小島の意見はもっともだった。

「わかりました。今は家には居りませんが、父はこの島におります。今から父にここへ来てもらいます」

 そう言うと、高島ゆり子は電話をかけた。しばらく通話音が鳴った後、網元が電話にでた。

「ゆり子です。突然で悪いですが、村役場の村長室に来てください。私は村長室にいます。

お父様にどうしても大切な相談がありますの。

島の未来がかかったことですわ。お父様にとっても、良い話だと思います」

「……」

 電話越しの網元の声は高島以外には良く聞こえない。

「はい、村長さんや村木さんたちがいます。もちろん、瀬戸口さんも一緒ですわ」

「……」

 それからしばらくして、高島ゆり子は電話を切った。

「父は十五分後にここに来ます」

「ありがとう、高島さん」

 ゆかりと小島が同時に言った。

「十五分ですか。それでは、その間に、もうひとつの気がかりな点を話します」

 確か小島は、最初に気がかりな点が二つあると言った。そのことを、ゆかりは思い出した。

「蛍の飼育ですが、小学生が飼育するのは問題ありません。だが、今から三ヶ月後の蛍祭りまでの間に、いったい何をする予定なのでしょうか」

「『何を』って、蛍の飼育です」

 ゆかりは、小島の質問の意図を考えることなく答えた。

 小島がため息を出した。

「いま、蛍は幼虫として川の中にいます。まもなくサナギになろうとしている蛍を、どうやって飼育するつもりでしょうか」

「あっ」

 ゆかりは肝心なことを見落としていた。

 蛍の寿命は一年。夏に卵ができ、約40日後に卵から幼虫になり川へ入る。そこで冬を過ごしたあと、桜が散った頃に川から這い出て土に潜りサナギとなる。それから約二ヶ月後に成虫となる。蛍の成虫は水しか飲まない。交尾して卵を生むと、寿命が尽きてしまう。

 小島は蛍の一生を、ゆかりたちにわかりやすく説明した。

「もちろん、今からでもやることはあります。でも、それは蛍の飼育ではないはずです。川にいる幼虫を捕まえることはできないし、やってはいけません。だから、今からやることは他のこと。例えば…、」

 そう言った後、小島は続けて、

「川のゴミを拾うとか、飼育のための用具を買いそろえたり、飼育箱をつくるとか、カワニナをそだてるとか…、」

「カワニナってなんですか?」小島が説明している途中で、ゆかりが尋ねた。

「カワニナは川に生息する小さな巻き貝です。カワニナは蛍の幼虫の主要な食料です。蛍の幼虫はカワニナやタニシなどを食べて育ちます」

「だからカワニナを育てるのですね」

「はい」

「小島さん。ありがとうございます。蛍祭りまでに、小学生のやるべきことを考えてきます」

 ゆかりは蛍の飼育が思ったよりも大変なことがわかった。

 そうこうするうちに、ドアをノックする音が聞こえた。

「どうぞ」

 村木が答えると、厳格そうな初老の男性が現れた。青林島の網元、高島源二だった。

「お忙しい中、来ていただき、ありがとうございます」

 田中村長と村木助役が立ち上がり、お辞儀をした。ゆかりたちも、一緒に挨拶した。

 高島ゆり子は椅子を用意した。

「お父様、ここに座ってください」

「うむ」

 源二は全員に軽く会釈をし、席にすわった。

「さて、説明を聞こう」

 源二が促すと、村木が緊張した面持ちで説明を始めた。

 七月に蛍祭りを開催すること。大沼まで外灯を設置すること。ただし、それだけでは観光客を呼び込むのに魅力を感じないので、北の白浜に海の家を建てる予定であること。その海の家を村と網元の共同経営とし、建設費用の半分を網元に負担していたたきたいこと。

 村木は、わかりやすく丁寧に説明した。

 源二は村木の説明を聞き終えると、

「この企画の発案者は誰だ」

 静かだが重みのある声だった。

「瀬戸口ゆかりさんです」

 すかさず、小島が答えた。

 すると源二がゆかりの顔を見て「フッ」と思わず小さく笑い、

「また君か。だが、あそこには水も電気も通ってないぞ。どうするつもりだ」

 その質問にゆかりは答えられない。小島がすかさず、

「海の家の屋根にソーラパネルと風力発電機を設置する予定です。電気はこれで賄えます。そして水は、近くの入り江に浄水設備を建設する予定です。これで海水を真水に変えます」

 小島の説明にみんなが驚いた。確かにその案だと水も電気も提供できる。だが、とてつもない費用がかかると思われた。

 案の定、源二が質問した。

「その費用はいくらを見越している」

 これには、田中村長も村木も答えることができない。すると、またしても小島が、

「設備費に二千万円、維持費に毎月十万円ほどかかります」と言ったため、みんなが更に驚いた。その中でも、村木の驚くさまが源二の目に明らかに不快感を持たせた。

 村木は恐れていた。村が半分を負担するとして、建設費に一千万円、維持費に毎月五万円は、とても村役場が出せる額ではない。

「小島くん、村には一千万円ものお金を出すゆとりは無い」

 村木が苦言を指すと、

「大丈夫です。借金すれば良いのです。二十年ローンにすれば、支払いは可能です」

 小島は臆することなく答えた。

「それはできん。長期の借金は、今の子供たちを苦しめることになる。島民の将来を苦しめることになる」

 田中村長の重い声が会議室に響いた。

「ゆり子、これはどういうことだ。話がまとまっていないじゃないか」

「すみません。お父様…」

 高島ゆり子が父に詫びた。

「不愉快だ。帰る」

 そう言って源二が立ち上がったとき、

「待ってください。今日は確かに意見がまとまっておらず、ご迷惑をおかけしました。でも三日あれば意見がまとまるので、そのときもう一度お会いしてもらえませんか」

 ゆかりが頭を下げて頼んだ。

「三日でまとまるか?」

「はい。まとめてみせます」

「そこでダメならば、次はないぞ。わかっているな」

「はい。わかっています」

 それでは三日後、瀬戸口ゆかりだけがわしの家に来るように。わしは瀬戸口ゆかりの話しか聞くつもりは無い」

 そう言い残して源二は出ていった。

 網元がでていくと、いきなり村木が怒りをあらわにした。

「小島くん、相談も無しに、いきなり金額を言われても困るよ」

 日頃の村木にみられない怒った顔だった。

「あなたたちだって網元と共同経営する話に合意したでしょうが。今更何いっているのですか」

 小島も喧嘩腰だ。

「金額が我々の想定額をはるかに越えている」

「それじゃあ想定額はいくらでしょうか?」

 小島が尋ねると、村木は答えることができない。助けを求めるように、田中村長の顔をチラリと見た。

「最大五十万円じゃ」

 田中村長が代りに答えた。

「五十万円で本当に海の家が建つと思っているのですか? しかも、水と電気をひかなければならないのですよ。できるわけがないでしょう」

 小島はあきれ顔だ。

「みんな、ケンかはやめて!」

 思わずゆかりが叫んだ。

「過ぎたことを悔やんでも、どうにもならないわ。事前に金額を確認しなかった私たち全員が悪い。小島さんも悪気があって言ったたわけでは無いわ。だからこの話は、これ以上言わないで」

「……」

 ゆかりのうったえに、みんなは黙ってしまった。

「みんなにお願いがあります」

 ゆかりは話し続けた。

「明日一日、猶予をください。私が仲間と相談します」

「でもどうやって…」村木が尋ねた。

「だから、それを相談するのです」

「無茶だ。できる訳はない」

 今度は小島がゆかりの案を否定した。

「小島君、夜桜祭が成功したのは奇跡だと誰もが思っている。もちろん、私もそう思う。でも、その奇跡を成し遂げたのは、瀬戸口ゆかりさんだ。それは君も認めるだろう」

「父は瀬戸口ゆかりさんだけに明後日来るようにいわれました。父はゆかりさんが起こす奇跡を信じているのです。もちろん私も信じていますわ」

「ゆかりちゃん、私はあなたのやり方を尊重する。でも、必要があればいつでも声をかけてね」

 緒方明美もゆかりを応援している。

「ありがとうございます。もちろん青年部の人たちには協力していただく予定です」

 そしてゆかりは小島に尋ねた。

「小島さん、風力発電機の設計図を描けますか?」

「もちろん描けるが」

「それでは、設計図にある部品さえ調達できれば、費用はかからないと思って良いでしょうか?」

「保守費はかかるけど、作るだけならば、備品さえあればかからない」

「それでは、今日中に風力発電機の設計図を描いてください。ラフな絵で構いません。必要な材料がわかれば、それでいいです。お願いします」

「…わかった」

「次に田中村長、海の家をつくるために50万円ならば出していただけると思って良いでしょうか」

「何とかしよう」

「そして村木さん、以前、お金以外ならば相談に乗ると言っていただきましたが、作業をする際に村の人を集めていただくことは可能でしょうか?」

「もちろん可能だよ」

「それでは、明後日、四時半に、ここで私たちがまとめた案を説明させてください」

「わかった」田中村長が答えた。

「わかったわ」緒方明美も答えた。


 もう後にはひけなかった。

――仁美を必ず島に呼ぶ。

 それだけがゆかりの願いだった。そのためならば、どんな苦労でもすると覚悟した。

――大丈夫、必ず何とかする。私には頼もしい友達がいるわ。きっと何とかなる。

 ゆかりは何度も何度も自分自身に言い聞かせた。


 紅い夕焼けが血のように冷たく感じた。

――明後日までの間に、なんとしてでもやり遂げねば。

 ゆかりは覚悟した。

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