2.青林島活性化応援部
学活が終わった後、瀬戸口ゆかりはすぐさま中川卓也の席に向かった。ゆかりは中川と仲が良い。いつも本音で話すため口喧嘩が絶えないが、中川を心の底から信頼している。
「卓也、もちろん一緒にやってくれるわよね!」
「山田先生が言っていたやつだよね。もちろんさ。他の友達にも呼びかけよう。仲間は多ければ多いほど力になる」
卓也はゆかりと違い、いつも冷静に問題を見極めている。そして、部活動をつくった後のことも考えていた。
するとゆかりは、すぐさま大声で、
「みんな~、この島を明るくするための部をつくろうと思うの。みんなも参加してくれない?」と、クラスのみんなに呼びかけた。職員室まで響きそうな大きな声だった。
ゆかりはいつも、思い立ったら直ちに行動する。今もそうだ。それがゆかりの長所でもあり短所でもある。ゆかりは参加希望者を募るのではなく、全員に参加してもらおうとした。島のための活動である。全員が賛成してくれるはずであり、反対するはずがない。ゆかりはそう思っていた。
突然のゆかりの大声に、みんなが驚いた。
「協力はしたいけど、私は花壇の手入れをしているので、いつも活動ができるとは限らない。その部は毎日何時間ほど活動するの?」
吉田秀美は小学校と中学校の花壇の手入れを毎日している。彼女はおさげの髪形をした内気な女の子である。穏やかな性格で草花を育てるのが好きな少女だった。
ゆかりは何もまだ考えていないので、うまく答えることができない。
「それは…そのぅ…」と、しどろもどろだった。
「みんなはそれぞれの事情があると思うので、できる範囲でいい。決して無理なお願いはしない。約束する。だから、可能な範囲で協力してほしい」
ゆかりが答えられないと見るや、直ちに中川卓也が返答した。中川は頭脳が優秀だ。彼の説明は、いつもわかり易い。中川は、ゆかりと真逆の長所を持っていた。
「それならば私は協力するわ」
吉田秀美は、卓也の説明に安心したようだ。
「俺も協力するけどさ、部の名前は何なのかな?」
山中誠は部の名前に興味があるようだ。彼は港の近くにある八百屋の息子である。放課後や学校が休みの日はいつも店の手伝いをしている。丸刈りの頭で分厚い唇が特徴だった。
「それじゃあ、まず、部活動の名前を決めましょう」
すると、いつの間にかみんなが椅子に着席した。どうやら、クラス全員が参加するようだ。クラス全員といっても7人しかいないが、それでも全員である。
「部の名前は、山田先生が言っていた『青林島を元気にする会』ではどうだ?」
率先して牧野修が提案した。牧野の家は青林島で唯一の商店を経営している。彼も山中と同じく、放課後や休日はいつも店の手伝いをしなければならない。だから牧野は会議を早く終わらせたかった。彼が真っ先に提案したのも、会議を早く終わらせるためだった。牧野も丸刈りの頭だった。
「それだと、山田先生がつけた名前だからダメ。私たちが主役なのよ。私たちで考えた名前をつけなきゃ」
「それじゃあ、瀬戸口はどんな名前が良いのか?」
今度は剛田猛が尋ねた。剛田猛はクラスで一番体力がある元気な男子だ。強面の顔をしており、喧嘩ならば誰にも負けないが、彼が喧嘩している姿をゆかりは見たこと無い。意外と優しい性格をしている。
「それは…、『元気部』なんてのはどう?」
ゆかりが両手の人差し指を合わせて、もじもじ答えると、「却下、安直すぎる」と、山中が間髪入れずに反対した。
「名前というのは一生ついてくるものだから、いい加減に決めたら損するぞ」
牧野も、ゆかりの案には反対らしい。さっきまで早く終わらせたいと思っていた牧野だが、いい加減な名前だけは嫌なようである。
他の者も、山中や牧野と同じ考えらしい。ゆかりのつけた名前はいい加減だと感じていた。
しばらくして、
「そうですわね。『青林島活性化応援部』略して『AKO』なんてのは、どうでしょうか?」
上品な話し方をしたのは高島ゆり子だった。彼女は、手足がすらりと伸びており、ツインテールの長い髪をしている。二重瞼で長いまつ毛をしており、切れ長の目が美しい。青林島で美人コンテストがあったら間違いなく彼女は一位か二位になるだろう。だから彼女は男子生徒に人気がある。ちなみに瀬戸口ゆかりも男子生徒に人気があるが、それは同性に近い親近感の人気であり、高島ゆり子の人気は、明らかに異性を対象とした人気だった。
「それ、すごくいいよ。センスがいい」
すかさず山中が賛成する。山中は美人に服従する性格だ。
「瀬戸口が提案した名前よりも十倍良い」
牧野も絶賛した。牧野も美人には弱い。牧野も山中と同じく、ゆかりには何でもずけずけ言えるようだ。
他の生徒たちも賛同している。女性である吉田秀美も、ゆかりの案よりも高島ゆり子の案が気に入ったようだ。
「それでは『青林島活性化応援部』略して『AKO』で決定します」
中川卓也が取りまとめた。
「高島さん、良い名前だと思う。急に思いつくなんて、すごいわ」
自分の案が否定されたにもかかわらず、ゆかりも喜んでいる。高島ゆり子が真剣に考えてくれたことが、ゆかりは嬉しかった。
「じつは、学活の時間からずっと考えていましたの」
高島ゆり子は顔を赤らめて恥ずかしげな表情をする。彼女も青林島を元気にしたいと考えていた。彼女の家は青林島の漁民を束ねる網元をしている。島一番の資産家の娘である。それだけに、青林村の将来を早くから考えていたのだった。
「それじゃあ、次に部長を決めよう」
いつの間にか山中が会議を仕切っている。
するとあいづちをうつように牧野が、
「瀬戸口、お前が言いだしっぺだから、お前が部長だ。みんなも、それでいいだろう?」と、みんなに確認する。もちろん、他のみんなも異存ない。
「牧野君、私はそそっかしいから、部長はもっと優秀な人が…」
ゆかりは頭脳優秀な中川に部長になってもらいたかった。だが、すかさず牧野が手で制して、続けて説明した。
「大丈夫。副部長には、そそっかしい部長の補佐役として、中川卓也になってもらう。それに、部長は頭で考えて行動するよりも、心で感じて行動する方がいい。そのほうがみんなもわかりやすい」
牧野の意見は、日頃の彼の行動には似合わないような、まともな内容だった。みんなもそう思う。
「牧野、お前、たまにはいいこと言うじゃないか。俺は嬉しいぞ」
山中が後ろから牧野の首を抱きしめて喜んでいる。山中と牧野とは家が隣なので仲が良い。
「それじゃあ、部長は瀬戸口、副部長は中川で異存はないか?」
今度は剛田がみんなに確認した。
「異議なし」
みんなも納得した。これで部長と副部長が決まった。
「それじゃあ、職員室に行って申請書を書いて来るね。部員には全員の名前を書くわよ」
ゆかりは直ちに職員室に向かった。
青林中学校は校舎が狭い。教室の隣が工作室であり、その隣が職員室である。だからすぐにゆかりは職員室に着いた。
職員室といっても、この島に中学校の教師は二人しかいない。山田先生と校長先生である神山先生の二人だけだった。
「山田先生、部をつくるので申請書をください」
職員室の扉を開けるや否や、ゆかりが山田先生に頼んだ。
「瀬戸口、相変わらずお前は素早いな」
山田先生はプリンターから申請書をとると、ゆかりに渡した。
「山田先生も素早いですね。まるで、私が来ることがわかっていたみたい」
「そろそろ来る頃かなぁ、なんて思っていたよ。それよりも、みんなの協力は得られたのか?」
「はい、クラス全員が協力してくれることになりました。中川君やみんなのおかげです」
ゆかりが受け取った申請書に必要事項を記入した。
「名称は『青林島活性化応援部』か。良い名前だな」
山田先生はゆかりが記載している申請書を覗き見している。
「略してAKOです。高島さんが名前をつけてくれました」
「どうりで。瀬戸口にしてはセンスが良すぎると思ったよ」
ゆかりは図星を指されたので、思わず頬を膨らませた。
「山田先生も、みんなと同じことを言うのですね。さっき、クラスのみんなからも、似たようなことを言われました」
ゆかりの頬を膨らませた顔は可愛い。思わず、もっとからかいたくなる。クラスの男たちがゆかりをからかうのは、おそらくゆかりの頬を膨らませた可愛い顔を見たいためだろう。だが、山田先生はそれ以上ゆかりを茶化することは無かった。
「瀬戸口、めげることは無い。お前にはお前の良さがある。お前の行動のおかげで、クラスのみんなが団結して青林島を元気にしようと動き出した。これはお前の長所だ。誇っていいぞ」
「山田先生…」
ゆかりは先生の言葉が嬉しかった。ゆかりは純粋だ。悪く言えば単純でもある。さっきまで頬を膨らませたりめげたりしていたが、今は、山田先生の励ましで元気になった。ゆかりの黒い大きな瞳がキラキラと輝いていた。
申請書を書きあげると、すぐに山田先生に渡した。山田先生はそれを確認すると、顧問に自分の名前を記載し、神山校長先生に手渡した。
「神山先生、部活動の申請です。よろしくお願いします」
山田先生とゆかりの声が見事なほどシンクロしていたため、神山校長先生が思わず笑った。そして申請書を受け取り、ひととおり内容を確認した。
「青林島活性化応援部ですか。良い名前ですね。瀬戸口さん、部長として頑張ってください。期待していますよ」
神山先生もゆかりを応援した。
「瀬戸口、さっそく学活でいった『青林川に流れる水で水力発電をして外灯を設置する方法』だが、それを明日の放課後に説明しよう。三十分ほどだから、明日みんなを集めてくれ」
「わかりました。必ず集めます」
ゆかりの返事は元気良い。その元気の良さはゆかりの心を表していた。
――これで島が明るくなるわ。
ゆかりはそう思い、明日が来るのを楽しみにしていた。
青林島を元気な島にする。それはゆかりの望みだった。そのための小さな一歩が、今、動き出した。
あまりにも小さな一歩であることは、ゆかり自身もわかっている。だが、どんなに長い道のりでも、最初の一歩が無ければ始まらない。ゆかりはそのことも心得ていた。
次の日の放課後、教室には青林中学の全生徒7人が残っていた。そして山田先生と神山校長先生がやって来た。
「みんなの意気込みは良くわかった。青林島活性化応援部の最初の活動として、青林川に流れる水で水力発電をして外灯を設置する方法を説明する」
山田先生が黒板に絵を描きながら話し始めた。
山田先生の話は、青林島を流れる青林川の十箇所に簡易型の水力発電機とLEDの外灯を設置する説明だった。
一般に、川の水力を利用する方法として、水車がある。これは紀元前2世紀ごろから小アジアで発明された。西暦610年には、高句麗から来日した僧が日本で初めての水車を作成し、以後、日本では第二次世界大戦のときまで幅広く使用されてきた。
山田先生の説明は、落差10センチほどの場所に玩具のような水車を設置し、それで発電するやり方だった。材料は、プラスチックの板と支柱用の細い鉄、コイルをつくるためのエナメル線、絶縁体でできた細い筒、磁石、土台を構成するための太い針金、LEDライト、電源コード、ソケット、コンデンサー、ダイオード、ストローだった。
本当にこれだけの材料で外灯が灯るかどうか疑わしかったが、理論上はこれでできそうだ。
そして神山校長先生からは、今年度の部活動費として二万円が支給されるとの報告があった。
二万円があればLEDランプが10個購入できるが、他のものは購入できない。これだと青林川の十箇所に外灯を設置することはできない。
「山田先生、この予算だと、十箇所に外灯を設置できません」
ゆかりは頬をふくらませて抗議した。
「私は材料を廃品として調達できたら材料費はかからないと言ったはずだが…。材料を何とかするのは、部長である瀬戸口、お前の仕事だよ」
山田先生は、さも当然のように落ち着いている。山田先生がゆかりの膨らませた右頬を人差し指でつついた。
「瀬戸口、山田先生に抗議するのは、筋違いだよ。まずは実際に水力発電機を一基つくって、外灯を灯そう。僕に考えがある。それが実現できたならば、きっと残り9個所も外灯が灯るはずだ」
中川卓也は頬を膨らませているゆかりの左頬を人差し指でつついた。
確かに山田先生に抗議するのは筋違いだった。山田先生が助言してくれなければ、部活動費の二万円すら入手できなかったはずである。
ゆかりは、そう思い直し、
「山田先生、ごめんなさい。とりあえず水力発電機を一基つくってみます。それで残りをどうするかは、私たちで考えます」
ゆかりはぺこりと頭を下げた。
「とりあえず、無料で調達できそうな材料を洗い出さないか?」
山中誠が提案した。
「そうだな。そうすれば購入金額が少なくて済む」
山中にあいづちをうつように、牧野が同意した。
「プラスチックの板ならば、確か家の倉庫に置いてあったと思う。これは俺に任せてくれ」
さっそく剛田猛が無償の材料を見つけた。
「山田先生、支柱用の細い鉄は壊れた傘の骨組みを用いてもいいの?」
どうやら吉田秀美彼女の家には壊れた傘があるようだ。
「丸ければ構わないよ」
「それならば、私が用意します」
吉田秀美は、自分にでもできることがあったのが嬉しいようだ。
「エナメル線ならば、私の家にありますので大丈夫ですわよ」
高島ゆり子がそういうと、
「山田先生、絶縁体でできた細い筒は、プラスチックの筒でもいいのですか?」
今度は中川卓也が質問した。
「ああ、磁石が入る程度の大きさであればプラスチックで十分だ」
「それじゃあ、絶縁体でできた細い筒と電源コードは僕に任せてくれ。家に沢山あるからとって来るよ」と、中川がいい、
「それじゃあ、私はストローを持ってくるわ」と、ゆかりがいった。
「山田先生、土台を構成するための太い針金って、針金でないとダメですか?」
山中は土台に興味があるようだ。
「別に何でもいいよ。川の中に固定することさえできれば何でもいい」
「それじゃあ、俺と牧野で水力発電機の土台をつくるから、任せてくれ」
山中がいつの間にか土台づくりの担当者となった。牧野も山中と一緒ならばと同意する。
結局、購入するのはLEDライトとソケット、コンデンサー、ダイオードだけになった。
これならば、まとめ買いをすると、二万円以内でけっこうな量が買えるかもしれない。
ゆかりがそう考えていると、
「瀬戸口、今回購入するのは1基分だけだよ。まずは1基つくり、実際に外灯を灯せるかどうか確かめる。何か問題があれば、それを改良する。いきなり大量に買って予算が無くなったら、問題があった場合に改良ができないからね」
まるでゆかりの心の内を見透かしたように、中川が忠告する。
ゆかりは思わず赤面した。
「面白い部ですね。部長と副部長が何もしなくとも、みんなが話を進めてくれますね。しかも、みんなが話し合い、自分にできることを自発的に行動している」
神山校長先生が楽しそうに語り、そして、
「これならば、きっとうまく行きますね」と、神山先生は安心している。
「はい、かならずうまく行きます。だって生徒たちは、この島を愛していますので」
山田先生があいづちをうった。二人とも生徒のことを思った優しい先生だった。
今日は各自の担当を決めて終了した。購入品以外は明日、各自の家から持ちよってくることになった。
ゆかりは今日、部長らしいことを何一つしていない。しいて言うならば、『放課後みんなに残ってほしい』と告げただけだった。
「私は部長として役に立っていないのかなぁ」
学校からの帰り道でゆかりがつぶやくと、
「そんなことは無いよ。瀬戸口が部長を引き受けてくれたから、みんなが自発的に動いてくれたのだよ」
中川がゆかりを安心させた。
「そうだぞ。瀬戸口を見ていると危なそうだから、俺たちはついつい動いてしまう。これが完璧な中川だったら、俺たちは何もすることがなくなってしまう」
山中の説明は意外と核心をついていた。
「確かにそうだな」と、牧野や剛田が笑った。
吉田秀美や高島ゆりこも笑っている。どうやら彼女らも、山中と同じ気持ちのようである。
そして中川が、
「瀬戸口には、これからやってもらうことがたくさんある。心配しなくていいよ」と、ゆかりを安心(?)させた。どうやら中川には、ゆかりが予想できていない先のことが見えているようだ。将棋で例えるならば、三手先四手先のことまで中川は考えていた。
青林島活性化応援部の活動は、まだ始まったばかりだった。これから先、どんな困難が発生するのかを、誰もまだ知らなかった。
みんなで帰る帰り道。
海の見える丘、潮風が頬をくすぐる。
みんなとの雑談、たわいもない会話。
だが、それは心地よい時間であるとともに、とても大切な時間だった。
次の日から青林島活性化応援部、略してAKOの活動が本格化した。LEDとソケット、それにコンデンサーとダイオードは、中川が調査してくれたものをゆかりがネット販売で購入した。それ以外の部品は、それぞれ自宅から持ち寄って簡易型水力発電機の製作を始めた。
剛田猛は、プラスチックの板を切り、水車を作成している。吉田秀美は壊れた傘を分解して、山田先生と一緒に支柱用の細い鉄を選定した。そして先端部分にストローを付け、絶縁した後に磁石を貼り付けた
ゆかりはコイル巻きに挑戦した。ニクロム線を丁寧にプラスチックの細い筒にまきつける作業である。これは地味な作業の割には集中力がいる。繊細で無いゆかりには似合わない作業だった。
案の定、コイルの巻き方が不規則になった。
「瀬戸口、お前は意外と不器用だな」
中川卓也が、ゆかりの作業を見かねた。「僕がやり直すので、瀬戸口は僕が昨日頼んだ仕事をしてほしい」
中川がゆかりのコイル巻き作業を代わった。
ゆかりは昨日、中川卓也からある仕事を頼まれていた。それは村役場へ行き、水力発電機設置の費用を出してもらうよう交渉することだった。部活動の予算だけでは夜道全体を明るくすることはできない。だから村役場にも協力してもらう。これが、中川が考えた作戦だった。中川は、まずは道路課の課長を味方にするようにと、ゆかりに伝えた。
ゆかりは早速、村役場へ向かった。
村役場は青林中学から歩いて十五分のところにある。木造でできた古い作りの二階建ての建物だった。
そして、村役場の道路課の窓口に着くと、
「私は青林島活性化応援部の部長をしている瀬戸口ゆかりです。道路課の課長さんにお話があります」
と、いきなり面会を求めた。
驚いたのは道路課の担当職員だ。
「どういったご用件でしょうか?」と、用件を尋ねるが、ゆかりは
「用件は課長さんにお伝えします」と言い、担当職員を困らせた。
窓口のところでもめている様子を嗅ぎ付けた村木雅人は、見知った顔の少女が息巻いているのを見て驚いた。
「ありゃあ? 瀬戸口さんのところのゆかりちゃんじゃないか。どうしたの? こんなところで」
村木がゆかりに話しかけたが、ゆかりは村木の顔を覚えていない。
「え、ええと…、どちらさまでしたっけ?」
「えー、忘れたのかい。お父さんの友達の村木だよ」
村木という名前に、ようやくゆかりも顔を思い出した。昔、よく家に遊びに来ていたおじさんだった。ゆかりは、村木からお菓子をもらったことがあった。四角い顔で角刈りをしており、瞳が穏やかだった。
「ああ、村木さん、お久しぶりです。以前は大変お世話になりました」
ゆかりはぺこりと頭を下げた。
「ゆかりちゃん、今日はどんな用なの?」
「道路課の課長さんにお会いしたくて…」
「道路課の課長ならば俺だよ」
「ええーっ」ゆかりは驚いた。
「実は、私は青林中学で青林島活性化応援部の部長をしています。村木さんにお話ししたいことがあって来ました」
ゆかりは顔を真っ赤にして挨拶した。
「青林島活性化応援部って大した名前だね、その部長になっているのなら、役職は俺よりも上だね。まあ、こっちに来て。座りながら話そうよ」
村木は小会議室にゆかりを案内した。小会議室はテーブルと椅子、それに白板があるだけの狭い部屋だった。
会議室で、ゆかりは懸命に説明した。青林島の夜は外灯が港の中心街しか灯らないこと。中学校のみんなで道を明るくするために簡易型の水力発電機を製作していること。予算が無いため、十基分の部品が買えないこと。これらを、ゆかりは懸命に説明した。
それをじっと聞いていた村木は、
「わかった。予算が不足しているので、道路課で外灯を付ける予算を補助してほしいんだね」
「はい、ぜひお願いします」
ゆかりは道路課の課長に想いが伝わって嬉しかった。村木さんならば、必ず何とかしてくれるだろうと期待した。
「残念だが今のままだと、それはできないね」
村木が穏やかに告げた。
「えっ、どうしてですか?」
「ゆかりちゃんの説明を否定はしていないよ。今のままではだめだと言っているだけだよ。第一、申請書や計画書などの書類は、まだ書いていないよね?」
「はい。書いていません」
「ただの口上の説明だけでお金を出す人なんて、どこにもいないよ。ましてや村役場のお金は、村民から預かっている大切な税金だよ。それを使いたいのならば、それなりの書類を書いてくれないと、みんなは納得しないよ」
村木の説明は、凄く当たり前のことを述べているに過ぎない。だが、中学生のゆかりには、新鮮に聞こえた。こんなことは学校では習ったことが無い。でも、島で生きていくうえで大切なことである。
「わかりました。外灯をつけるための申請書と私たちの計画書、それに発電機の説明書を書いて出直してきます」
そして思い出したように、
「あ、それから、実際に私たちがつくっている発電機が川で稼働しているところを、村木さんも見ていただけないでしょうか? 書類だけでは無く、実物を見たほうが判断しやすいと思います」
そう言って、ゆかりは村役場を後にした。
「ゆかりちゃん頑張ってね!」
村木は優しそうな眼差しで、ゆかりを見送った。
学校へ戻ると、中川卓也だけがいた。
「他の人たちは?」
「もう帰ったよ。僕もそろそろ帰ろうとしていたところさ」
ゆかりは、村役場での出来事を卓也に説明した。もちろん、申請書や計画書、それに水力発電機の説明書などが必要なことも説明した。
「瀬戸口、すごいね。おかげでやることが見えてきたよ。明日から一緒に、それらの書類をつくろう」
「うん、中川君が一緒だと、できそうな気がする。私一人だとめげてしまいそう」
「二人で作るわけじゃないよ。みんなでつくるんだよ。大丈夫、みんなも協力してくれるさ」
その日、ゆかりと卓也は、一緒に帰った。
夕陽に照らされて真っ赤に染まった海が、とても綺麗に見えた。茜色の雲が美しくたなびいている。
ゆかりは、こんなに綺麗な夕陽は長い間見ていない気がした。
好きな人と一緒に見る光景はそれだけで美しく見える。しかも、心の大切な場所に記憶として残る。
――ああ、なんて美しい景色なの。この光景は一生忘れないわ。
ゆかりはまさに青春を謳歌していた。