12.エピローグ
夏休みがあっという間に終わり、秋になった。
ゆかりたちは高校受験のための準備に専念した。ゆかりは信じられないほど熱心に勉強をしている。
やがて、秋が過ぎ、冬が来ても、ゆかりの受験勉強はとどまることを知らない。いつの間にかゆかりは、苦手だった数学も全て解けるようになった。こんなに勉強するゆかりには目的があった。だが、その目的は誰も知らない。
高校受験も終わり、山中と牧野は商業高校へ行くことになった。そして高島ゆり子と中川卓也、瀬戸口ゆかりは普通高校へ行く。また、剛田猛は工業高校へ、吉田秀美は園芸高校へ行くことになった。
青林中学の卒業式のとき、田中村長や村木助役も来賓として出席した。そして村木助役から、島の人口が10人増えたとの報告があった。いずれも二月に生まれた子供とのことだった。島には病院が無いので本土の病院で出産したようである。
「二月に生まれたとなると、種を仕込んだのはちょうど夜桜祭の時期だな」
山中が小声でささやいた。
「祭りになるとみんな元気になるから…」
牧野があいづちを打つ。
山中の意見は、意外と核心をついていた。そして、ゆかりの提案で始まった夜桜祭に、こんな意外な効果があったことを、みんなは改めて知った。
島の人口が増えた。しかも赤ん坊が十人も生まれた。これはゆかりにとって予想外の嬉しいことだった。
――もう過疎の島とは呼ばせない。
ゆかりは心に秘めた思いを実践するのに、もう迷いはなかった。
卒業式の後、ゆかりは村役場に行き、村木と何やら話し込んだ。
ゆかりの固い決意を知り、村木は首を縦に振った。
「わかった。十一年間で準備できるだけ準備しておくよ」
「ありがとうございます」
ゆかりは深々と頭を下げた。
「そのかわり、ゆかりちゃんも頑張るんだよ。この案はゆかりちゃんが頑張らないと始まらないからね」
「はい、精いっぱい頑張ります」
このとき、ゆかりは青林島の将来を見据えていた。
やがて、桜が散る時期になると、ゆかりたちは本土の高校へ進学するために島を離れた。
いくつかの季節が過ぎていった。
夜桜祭や蛍祭りは、ゆかりたちが去った後もおこなわれた。
青林中学では山中の妹の佐知子を中心に青林島活性化応援部の活動が続いた。
ゆかりたちが島を離れて三年経ったとき、山中と牧野は商業高校を卒業し、島に戻ってきて家業を引き継いだ。吉田秀美は園芸高校を卒業し、村役場に就職が決まった。剛田猛は本土の建設会社へ就職した。
青林島は少しずつだが、人口が増えていた。毎年十人ほどの新生児が誕生している。
そしてさらに、いくつもの季節が過ぎていく。
牧野は商店の経営だけでなく、独り暮らしの年寄りのもとへ定期的に食料やら日用品を届けるサービスも開始した。そして山中は八百屋だけでなく蛍の養殖も始めた。小学生へ蛍の飼育を指導するかたわら、ネット販売で蛍を全国に届けるようになった。
季節は少しずつ変わり、時代は季節を追いかけるように変わっていく。
いつの間にか、桜並木通りには、花壇が整備された。その花壇には桜が散った後も島民の心を癒すように、チューリップやナデシコの花が植えられた。そして秋になればコスモスの花が咲きほこった。
花は人の心を癒してくれる。だから桜が散った後も、多くの島民が桜並木通りを散歩するようになった。桜並木通りの花壇の花は、いつの間にか島民の心の憩いとなっていた。
この花を育てたのは吉田秀美だった。彼女は村役場に花壇の設置を申請した後、一人でもくもくと花壇の手入れを毎日行っている。
――私はゆかりにはなれない。私にできることは草花を育てることだけ。だったら私は草花を育てることで青林島を明るくしたい。
それが吉田秀美の願いだった。内気な少女が島のことを思い、考えぬいた結果の行動だった。
山中、牧野、吉田らは懸命にゆかりのいない青林島を守った。
彼らの心は今でも青林島活性化応援部だった。自分達のできることを精一杯頑張り、島を元気づけていた。
それから更に季節が過ぎていった。
ゆかりたちが島を離れて七年経ったとき、
村木は青林島の村長になっていた。
青林中学では山田先生が校長先生になると同時に、大学を卒業した高島ゆり子が新任教師として青林島に戻ってきた。
青林島活性化応援部がまだ存続していることを知り、高島ゆり子は大いに感激した。そして彼女はすぐに青林島活性化応援部の顧問となり、生徒の指導と島の発展に尽くした。
季節は無常に過ぎてゆく。島の風景も少しずつ変わって来ていた。
それから二年経ち、剛田猛と中川卓也が島に戻ってきた。剛田は本土の会社で六年間仕事をし、建築技術を身につけていた。そして中川は大学を卒業した後、本土の電気事業会社で二年間働き、その技術を身につけていた。
剛田と中川は青林島で建設会社を設立した。剛田が建築を担当し、中川が電気事業を担当している。今は二人の会社だが、社員を徐々に増やす予定である。
青林島に初めて会社ができた。漁業以外でも働く場所ができた。それは、島の若者にとって喜ばしいことだった。島を離れなくとも仕事ができる。生活ができる。
剛田と中川がつくった会社は現時点では小さな一歩かも知れないが、青林島の素晴らしい未来を目指して進みだした。
いつの間にか、ゆかりが島を離れて十一年が経とうとしていた。
最近、剛田と中川は時間があれば港の近くにある空き家を手入れしている。どうやら村木村長の指示らしい。いつの間にか、その空き家は診療所としてリフォームされていた。
そしてリフォームされた診療所に看板が掲げられた。
看板が掲げられる日、剛田や中川はもちろんのこと、高島ゆり子や吉田秀美、それに山中や牧野も診療所に集まった。
看板には次のように書かれていた。
『青林村診療所 所長 瀬戸口ゆかり』
その日、フェリーボートで青林島に来た女性は、以前よりも少し髪が伸びていた。だが、昔と同じく明るい笑顔を見せた。それはまぎれも無く、瀬戸口ゆかりだった。
「ただいまー」
ゆかりは桟橋に出迎えた人たちに大きく手を振った。
「おかえりー」
桟橋に集まった多くの人たちがゆかりの帰島を歓迎した。
彼女は大学の医学部を卒業後、二年間の実務研修を経て、今日から青林島で医者として働き始める。
遥か昔、勉強が苦手だった少女は医者をめざし、懸命に努力した。それも全て青林島に診療所をつくるためだった。
もう青林島は過疎の島でもなく、無医村の島でもない。
青林島は希望に満ちた島になった。




