10.海の家
村役場を出ると、ゆかりは、歩きながら中川卓也に電話をかけた。
「中川くん、すまないけど、これから私と高島さんが学校に戻るので、みんなに残ってもらうよう頼んでほしい。みんなに相談があるの。あと十分で着くわ。お願い」
電話を終えると、ゆかりと高島は駆け出した。ゆかりはマラソンが得意なので平気だが、高島ゆり子はつらそうだ。呼吸が荒くセイゼイいっている。
「高島さんのカバン、私が持つわ」
「お願いします」
ゆかりは高島ゆり子のカバンを受けとると、さらにスピードアップした。信じられない速さである。もちろん自分のカバンも持っており、両手は二つのカバンで塞がっている。それでも手ぶらの高島ゆり子よりも明かに速かった。
二人して学校に戻ったとき、高島ゆり子は疲労困憊だった。
教室に行くと、みんなが残っていた。それだけでゆかりは嬉しかった。
「待っていてくれてありがとう」
深々と頭を下げた後、さっそくゆかりは村役場での経緯を話した。蛍祭りだけでは観光客に魅力が不足していること。北の白浜を海水浴場として観光客に知らせること。ただし北の白浜は水も電気も通っていないこと。海の家を村と高島さんのお父さんとで共同経営する予定であること。しかし、海の家をつくるための予算が村役場には五十万円しかないこと。
これらを簡潔に説明した。
「五十万円で海の家が建つわけない。仮に網元が同じ額をだしたとしても、百万円だよ。普通、家を建てるのには一千万円はかかる。しかも、水や電気をひくためには、さらに費用がかかる」
中川の見解は小島と同じだった。
「北の白浜の近くには川がないので、水力発電機は使えないぞ」
剛田も不安をよぎらせている。
「そうよ。だから、電気は青年部の小島さんが風力発電機の設計図を今日中に描き上げる予定よ」
「設計図を書いても、それでできるとは限らないぜ」
今度は山中が心配している。彼はどんなに設計図で書いても実際には修正が必要なことを肌身で体験していた。
「わかっている。あなたたちが何度も何度も試行錯誤を繰り返して、ようやく完成させたのを私は知っている。あのときのあなたたちは、よく頑張ってくれたわ」
「それで、実際に誰が作るのか?」
「青年部の人につくってもらう。だけど、明日、あなたたちに小島さんのつくった設計図を見てもらい、材料の確認や、考慮不足しているところを見てもらいたいの。お願い」
「わかった。瀬戸口の頼みならば、俺はやる」
剛田が承諾した。
「しょうがないな。俺たちもやるよ」
山中と牧野が顔を見合わせて頷いた。
「もちろん僕も配線の関連を確認する」
中川も同意した。
「ゆかり、凪のときは風が無いので電気は起こせないわ。そのときにはどうするの?」
吉田秀美の指摘は的確である。彼女はときどき鋭い指摘をする。
「そうだわね。だから小島さんはソーラパネルも提案したのね。わかったわ。ソーラパネルを予備電源として購入する」
「これで電源は確保できた。だけどソーラパネルの費用は絶対に必要だな」
剛田は少しだけ安心した様子だ。
「でも、肝心の海の家の建設と水の確保が残っているわ」
吉田秀美は相変わらず心配顔だ。
「そうね。何かいい案がないかしら?」
すると、牧野が恥ずかし気に、
「瀬戸口、どう考えても百万円で海の家を建てるなんてできないと思う。だから、どこかの家を分解して、それを組み立てないか?」
「牧野、家を分解するといっても、いったいどこの家を分解するつもりだ?」
剛田が尋ねると、
「みんなも気づいていると思うけど、この島には空き家がたくさんある。島に住んでいたけど、本土に引っ越した人の家だよ。中にはまだ十分に使えそうな家がある。その家を分解しても、だれも文句を言わないと思うけど…」
「それは犯罪ですわ。持ち主が気付いたら訴えられますわよ」
高島ゆり子の言い分はもっともだった。
「そうか…、やっぱりダメか…」
牧野は落胆した。
「まって、牧野君、持ち主が許可する家があるかもしれない。まだあきらめるのは早いわ。だって、空き家はたくさんあるのよ。島のために使うと説明すれば、快く許可する家だってあるかもしれない」
「そうだ。例えば、平地にしたがっている人がいるかもしれない。家を取り壊して平地にするにはお金がかかる。そんな人なら許可してくれるはずだよ」
中川もそれに気づいた。
「でも、分解した柱や屋根を北の白浜に運ぶにはどうする? あそこへ行く道は、車が通らないぞ」
今度は山中が指摘した。
「それは大丈夫ですわ。私の父に漁船を用意してもらいます。船で北の白浜まで運ぶのです。これならば問題ありませんわ」
高島ゆり子は父親が網元なので自信たっぷりだった。
さっきまで頭を悩ませていたことが、みんなに相談するとあっという間に解決した。ゆかりは思わず両手を口元に持っていき、感激に浸っていた。
「瀬戸口、これで海の家の建設はめどがついたな」
「そうだわ。これだと今まで一千万も二千万もかかると思われていた建設費が、百万円以内でできる」
ゆかりは目の前が明るくなった。
「後は水の確保だな。もう一度確認する。水はシャワーのためと料理や皿洗いなどのためだよな?」
剛田が確認した。
「ええ、そうよ。特にシャワーは大勢の観光客が使用するので、大量の水が必要よ」
ゆかりが答えると、
「瀬戸口、水はシャワー用とそれ以外とで分けて考えないか?」
山中が何か思いついたらしい。彼は話し続けた。
「例えば、着替えとシャワーは、青林島体育館の更衣室とシャワーを使えばいいじゃないか? ここから北の白浜まで、歩いて五分ほどだ。水着で歩いても俺たちならば気にならない距離だ」
「山中君、その考え、すごく良いわ。それならば、料理や皿洗いのための水だけを考えれば良いのね」
「それならば、夜桜祭のときのように、皿は使い捨てにすれば半分は減らないか?」
確かに夜桜祭のときは紙などの使い捨ての皿を用いていた。剛田はそれをみんなに思い出させた。
「そうだわ。紙の皿を使いましょう。そうすれば、あと考える必要があるのは料理のための水だけだわ」
「それだったら、港から船で運べばいい。毎日、朝と昼と夕方に3回運べば十分足りると思うが」
「水を運ぶためだけに船を使うのはもったいないような気がするけど」
「大丈夫ですわ。食材を運ぶついでに水も運べば問題ありませんわ。それに戻るときは使用済の皿などのごみも運んでもらいましょう。そうすれば燃料費も安くつきますわね」
高島ゆり子の意見は、まさに妙案だった。
「これですべて解決したようだな」
剛田の声が教室に大きく響いた。
まさしく、さっきまで悩んでいたことがすべて解決した。もちろん行動しなければ結果はわからないが、少なくともうまくいくめどが立った。
「それでは、今までのことをまとめますわよ」
高島ゆり子の声も弾んでいた。彼女も悩みが解決したのが、よほどうれしかったのだろう。次の内容を黒板に書いた。
①海の家は、空き家を解体し、船で北の白浜まで運び、組み立てる。そのために空き家で海の家に提供してもよいという人を見つける。
②シャワーや脱衣所は、学校の体育館にあるものを使用する。そのために校長先生の許可をとる。
③飲み水や料理用の水は食材と一緒に船で運ぶ。戻りの船にはゴミを持って行ってもらう。
④電源は風力発電機をつくる。予備としてソーラパネルも用意する。
「これでよろしいですわね」
「いいぞー」
剛田の声に、みんながうなずいた。
ゆかりは感激していた。ほんの一時間前は村役場で険悪なムードだった。解決のめどがつかなかった。だが、みんなに相談すると、ものの見事に解決策が見つかった。
これは、ゆかりひとりの力では、とうていなしえないことだった。ゆかりは素晴らしい仲間に感謝した。
二日後、またしてもゆかりと高島ゆり子は村役場に行った。村長室で話すのは三回目だ。
部屋には田中村長と村木助役、そして青年部の緒方明美、小島明がいる。一昨日と同じ顔ぶれだった。
「予算内でできる案をまとめてきました」
ゆかりは説明を始めた。そして所々を高島ゆり子が補った。
説明が終わった後、みんなが唾を飲みこんだ。
「すごい。たしかに、これだと予算内でできそうじゃ」
村長が驚嘆のため息をついた。
「この案には解体用の空き家が前提です。村役場の方や青年部の皆さんも解体を認めてくれる空き家の持ち主を探して下さい。お願いします」
ゆかりが促すと、
「よし、村役場の職員総出で空き家の持ち主を探してみよう」
「私たち青年部も探してみるわ」
「ええ、是非ともお願いします」
解体を認めてくれる空き家を見つけること。それがこの案の大前提だった。
そして次は電源の説明になった。
「電源の風力発電機の説明を小島さんお願いします」
ゆかりのかけ声とともに小島が風力発電機の設計図を広げた。
「これは私の設計図をもとに、昨日、青林中学のみんなに検討してもらい、欠点をおぎなったものです。これを青年部が製作します。もちろん青林中学の方へも協力してもらいます。
小島は一昨日とは違い、丁寧な説明をした。彼はあれから反省した。そして、ゆかりの決してあきらめない姿を見て、学んだ。
ゆかりは頭がよいわけではない。だが、彼女は人の卓越した案を引き出す力がある。昨日、設計図を青林中学のみんなに説明した際、小島はそれを肌身で感じた。
小島だと一笑するような意見でも、ゆかりは否定しない。相手の意見を真剣に聞き、その真意を探ろうと努力する。
小島は村長たちに説明しながら、昨日のことを思い出していた。
昨日、ゆかりの頼みで小島は青林中学に行き、風力発電機の設計図を説明した。
小島にすれば、青林島の神童と噂のある中川に設計図を説明し、彼の意見を聞きたかった。ただそれだけだった。
中川以外の者の意見は取るに足らないと見くびっていた。特に山中や牧野は小島の説明のあいだ、鼻くそをほじくっていたり、あくびをしたりして、とても理解しているとは思えない表情だった。それに強面の剛田は終始怒った顔をしており、小島の説明を聞いているのかどうかもわからない。吉田秀美も似たようなものだった。彼女は常におっとりした表情で小島の顔だけを見つめていた。
――きっと彼女は俺の顔をみつめているだけだろう。
小島はそう感じていた。
小島の説明が終わり、「何か質問はありますか?」と尋ねると、誰もがもじもじしていた。
「どうしたの? みんな質問はないの?」
ゆかりがみんなに意見をうながすと、
「瀬戸口、お前がもう一度、小島さんの説明したことを、お前の口で説明してくれ」
山中が奇妙なことを言った。
「どうして?」
「…瀬戸口にだと俺は何でもズケズケ言える。でも…、小島さんには言いずらい」
山中がたどたどしくこたえた。
「俺も山中と同じだ。瀬戸口、お前が説明してくれ」
牧野も同じことを言う。
「ゆかり、私からもお願い。あなたがもう一度説明してほしい」
吉田秀美もゆかりに説明を求めた。
この状況を見て、『こいつらアホだ』と小島は思った。理解できなかったのでもう一度説明を聞きたいだけだと小島は解釈した。そして小島は中川の顔を見たが、中川は何も質問しようとしない。
――こいつらと一緒にいるのは時間の無駄だ。
小島はそう感じた。
だが、みんなに促されて、小島が先ほど説明したことを、ゆかりが説明し始めた。小島の説明は流ちょうだったが、ゆかりの説明はたどたどしい。しかもゆかり自身が理解していない部分もある。
「あれ? ここはどう説明するのだっけ?」
ゆかりがうまく説明できないと、中川や高島がわかり易く教えてくれた。いつもの青林島活性化応援部の雰囲気だった。
その状況に小島は、ここにいるのが馬鹿らしく感じた。
ゆかりのたどたどしい説明が終了したとき、「なぜ、風力発電機の足は一本なのか?」と、山中がゆかりに質問した。
世界の多くの風力発電機の足は一本だ。小島はおかしな質問をするやつだと思ったが、ゆかりは違った。
「山中くん、どこが気になったの?」
「第一、足が一本だと安定しないし、移動するときに大変だろ?」
風力発電機は一度設置したら移動しない。小島はますますバカらしくなった。
すると牧野が「設置した場所に風が来なかったらどうする?」と、ゆかりに尋ねた。牧野は山中の意図がわかっているようだ。
「小島さんの案は屋根の上だろう?その場所に風が来るかどうか、誰も確かめていない。設置した後で風が来なかったらどうする予定だ?」
今度は剛田がゆかりに尋ねた。
「それに台風のときは風車を風が来ない場所に移動させなければ危険よ」
今度は吉田秀美が心配した。
確かに市販の風力発電機だと台風のときは危険防止のため回転が止まるような仕組みになっている。しかし、小島の設計にはその機能はついていない。
ここにきて小島も、ようやく山中の意図がわかった。
「だから俺は四輪で移動できる土台があれはいいと思う。そうすれば風がある場所にすぐに移動できるし、台風のときは風が来ない場所に隠すこともできる」
山中があらためて質問の理由を説明した。
この意見には小島もおそれいった。おそらく、ゆかりがいなければ、山中の質問は小島に無視されただろう。そして設置後にさまざまな問題を発見することが予想された。
「わかった。土台を移動式にしよう」
小島は考え方を改めた。
「俺からも意見がある。垂直尾翼があったほうが、主軸がぶれにくいと思う。俺は水力発電機の製作で主軸がぶれるのを防ぐのにすごく苦労した。主軸がぶれると発電が不安定になるだけでなく、すぐに壊れてしまう。小島さんが何らかの方法で主軸がぶれない工夫をしているのならば話は別だが、この設計図を見る限り、その考慮が俺には読み取れない」
剛田の意見も水力発電機の製作で苦労しただけあり、しっかりとした裏付けがあった。
「わかった。垂直尾翼を付けよう。主軸がぶれないように工夫する」
小島は設計図の弱点を認めた。
「僕からも意見がある。屋内に配線する前にヒューズをつけた方がよいと思う。雷が落ちたとき、電線を伝わって屋内に流れたら火事になる場合もあるし、屋内の家電が故障するかもしれない」
中川の意見には、小島も同意するしかなかった。
昨日の説明会で、小島は自分の考え方を改めた。小島は最初、中川だけを認めていた。それ以外の者は取るに足らないやつらだと思っていた。だが、今はその考えを改めた。青林中学のみんなを凄いと感じている。
だから、村長室での小島の説明は丁寧だった。そして、どんな質問に対しても丁寧に答えるようになった。それは彼が成長した証だった。
村役場への説明も終わり、いよいよ、残すは網元への報告である。
高島ゆり子からは午後6時に網元の家に来るようにとの知らせがあった。
高島ゆり子の家は長年青林島の漁業組合の長を勤めている。それ以前は網元として、江戸時代から青林島の漁民を支配していた。
網元の家は幅広い塀で四方を囲んでいる。島一番の大きな建物だった。
古風で格調ある家づくり。
白い壁に黒い屋根。屋根の上の鬼瓦。そう、この家だけはこの島で別世界のような空間だった。
門にあるインターホンを鳴らすと、すぐに「どうぞお入り下さいませ」との返事があった。高島ゆり子の声である。
ゆかりは高島ゆり子の家に入るのは三年ぶりだった。あの頃と変わらない。この家には荘厳な雰囲気がある。
門を過ぎると大きな母屋がある。
塀の向こうは別世界。
ここは昔の武家屋敷。
「失礼します」
ゆかりは引き戸を開けた。
「いらっしゃいませ」
中には高島ゆり子がいた。和服で正座しながらお辞儀をしている。和服が似合う美しい姿だった。
昔は高島ゆり子の母親が来客のたびにこの役をやっていたが、今では彼女がその役をしている。そのいでたちは、いつもの高島ゆり子の姿とは違う。おそらく、来客のたびに、高島ゆり子はこうような姿になるのだろう。
「お邪魔します」
差し出されたスリッパを履き、ゆかりは恐縮して廊下を歩いた。
応接間に通された。中には既に網元がいた。
「こんばんわ。お邪魔します」
ゆかりが挨拶すると、網元は軽く会釈した。
高島ゆり子は網元の隣に座った。
「約束どおり、みんなの意見をまとめました」
「そうか。それじゃあ説明してもらおう」
その言葉を合図に、ゆかりは説明を始めた。
説明はゆかりたちが活動している青林島活性化応援部の目的から始まり、今度の蛍祭りの目的、行う行事、そのために準備する事柄、役割分担、作業スケジュール、それらを丁寧に説明した。
そして、前回問題となった海の家の費用の内訳を説明した。
「ここに示したとおり、海の家を共同出資していただけるのであれば、網元の費用は五十万円となります」
「村のみんなに空き家の解体と海の家の組み立てをさせるのか。面白い発想だな」
「網元にもお手伝いしていただきたい作業があります。解体した木材を、船で北の白浜まで運ぶ作業です」
「うむ」
網元は腕を組み、しばらく考えていたが、
「わかった。この案でならば問題ない。出資しよう」と、承諾した。
ゆかりは肩の荷が降りた気分だった。思わず安堵した。
「瀬戸口ゆかり、夕食の準備ができている。一緒に食事しよう」
網元は、既にゆかりの分の夕食を用意していた。
「こちらですわ」
高島ゆり子が別の部屋に案内した。
ここまでされて断るわけにはいかない。案内された部屋に入ると、豪華な夕食が用意されていた。まるでお正月とクリスマスとお盆とが一緒に来たような絢爛豪華さだった。
「遠慮なくいたたきたまえ」
その言葉を合図に、「いただきます」といって、ゆかりたちは食事を始めた。
高島ゆり子も安心したようで、先ほどと違い、表情が和らいでいる。
「高島さんの夕食は、いつもこんなに豪華なの?」
「そんなことありませんわ。どんなに重要なお客様が来られても、こんなにたくさん用意したことはございません」
「それじゃあ、どうして?」
「瀬戸口さん、父はあなたが大変気に入っているのですよ」
笑いながら高島ゆり子が小さな声でいった。すると網元が「ゴホッ」と恥ずかしそうに咳をした。
「瀬戸口ゆかり。ワシのところで働く気はないか?」
「お父様、瀬戸口さんはまだ中学生です。これから高校、大学と進学されますわ」
「そんなの行かなくても良い。今のままでも十分に働ける」
どうしても網元はゆかりをそばにおきたいようだ。
「せっかくですが、高校には行こうと思っています。その後のことは、まだわかりません。今はお気持ちたけを頂いておきます」
ゆかりにそう言われると、さすがの網元も、それ以上は言えなかった。
「そうだな。わかった。ただこれだけは言わせてくれ。この島にいる間、ワシはいつでも瀬戸口ゆかりの味方だ。困ったことがあれば何でも相談してほしい」
網元は顔を赤くしている。
「わかりました。ありがとうございます」
ゆかりは丁寧にお礼を述べた。
その日ゆかりは遅くまで網元の家でくつろいだ。
次の日の朝、教室にやってきたゆかりに山中が声をかけた。どうやら山中はゆかりを待っていたようだ。
「瀬戸口、一昨日の夕食のとき、父ちゃんや母ちゃんに空き家を村に提供してくれる人はいないか尋ねてみたんだ。すると、昨日妹が…」
「佐知子ちゃんね。佐知子ちゃんがどうしたの?」
「佐知子の友達に山下って人がいて、先月引っ越したんだけど、その山下さんの家を解体してもいいっていうんだ」
「山下さんの家って、たしか、山中君の家の2軒隣にあるわりと新しい家よね」
「うん。そうだよ。俺さ、てっきり佐知子が冗談を言っていると思ったけど、佐知子は『冗談じゃない。本当の話だ』というんだよ。しまいには怒りだしてさ。それで俺の父ちゃんに山下さんの引っ越し先に電話をかけて確認してもらったところ、本当に解体してもいいと言ってくれた」
「えっ」
まさに、驚きだった。
「山中君、ありがとう」
ゆかりは山中の両手を思いっきり握りしめた。
海の家を提供してくれる家が見つかった。
ゆかりは早速、校長室の電話を借りて村役場の村木に連絡した。
ゆかりの知らせに村木も喜んだ。後は村役場のほうで解体作業をすることになった。
蛍祭りに向けて、島は再び活気を取り戻した。
今度の実行委員は、およそニ百名だ。大人から赤ん坊まで合わせて五百人の島で、その半数近くが実行委員になっている。これはゆかりの功績も大きいが、網元である高島源二の影響も大きい。青林島の漁業を営むものは全て実行委員に参加している。
実行委員長は、夜桜祭と同じく村木助役だ。そして、副委員長は瀬戸口ゆかりである。中学生がこの役を務めるのは異例の抜擢だった。だが、反対を唱える者は誰もいなかった。島のみんなは蛍祭りの提案者がゆかりであることを知っていた。そして夜桜祭でのゆかりの働きを誰もが認めていた。
山中が見つけた空き家は村の大人たちが総出で解体した。朝早くから解体を始めて夕方には跡形もなくなっていた。
解体した瓦や木材等は漁業組合の船に積み込み、その日のうちに島の北の白浜に到着した。
翌日は解体した家の組み立て作業である。柱を組み立てて瓦を載せた。今日はここまでの作業だった。地面に足場が馴染むまで待つ必要がある。ましてやここは砂浜の端だ。他の場所よりも地面が柔らかい。一週間待った後に作業をすることになった。こんなことは家を建てた経験が無いゆかりにはわからない。
蛍祭りは着実に島のみんなの祭りへとなっていった。
風力発電機は島の青年部の人たちが製作した。もちろん山中たちが指摘した箇所は修正が施されている。だから見かけは不格好だった。だが、小島はもう見かけを気にしない。いかに見かけが美しい風力発電機でも、運用に耐えられないのでは意味がない。そのことを小島は島の中学生から教わった。
風力発電機の試運転時には、やはり調整が必要だった。初めての製作なので、設計図どおりにはいかない。調整のたびに、小島は設計図を書き直した。
そして海の家が建った日、風力発電機も海の家の近くに設置された。海の家に電気が通じたとき、小島は感慨のあまり涙ぐんだ。
彼が設計したものが初めて実用化したのだ。
「僕も島のために役立つことができた」
小島は周りのみんなに感謝した。彼は蛍祭りで大きな成長を遂げた。そしてこの経験は今後も彼の力になるだろう。
水力発電機と外灯は、青林中学と青年部、それに村の大人たちで製作した。
時間はかかったが、これで港から島の中央にある大沼まで懐中電灯無しで行けるようになった。
ゆかりの夢がまた一歩前進したのである。
蛍の飼育は山中兄妹が中心になり活動している。沼の清掃と飼育かごの作成、それとカワニナの飼育が七月までの主な活動だった。
山中はいつの間にか蛍に関する本を20冊近く読破していた。日頃の彼からは想像できないほどの熱心さだった。そして彼は小学生から慕われている。
山中も蛍祭りで、大きく成長した。
蛍祭りまであと二日となった。




