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ゆかりの島  作者: でこぽん
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1.青林島

 日本には、6,852もの島がある。その中でも長崎県には971の島があり、都道府県別では全国一の数である。これらの島々は、今、深刻な問題を抱えている。その問題とは、人口の減少である。離島の人口減少は、本土の人口減少よりも著しい。

 長崎市の西にある青林島でも年々過疎化が進んでいる。広さ10平方キロメートルほどの島には、かつて千人を超えた人が住んでいた。だが、今では五百人ほどしか住んでいない。しかも、島に住む住民の五割は60歳以上の老人が占めており、七歳未満の子供は20人しかいない。小学生は一年生から六年生まで合わせて22人であり、二つのクラスで学んでいる。中学生も、中学一年生から中学三年生まで合わせて7人であり、一つのクラスで学んでいる。中学生は7人すべてが中学二年生であり、一年生と三年生はいない。

 青林島での島民の住居は、港の近くに八割の家があり、残り二割は、島のあちこちに点在している。島にある数少ない商店は、港の近くにある雑貨屋の牧野商店と、その隣にある八百屋の山中商店の二件だけだった。

 もちろん島には病院や消防署は無い。病院へ行くためには、船で一時間かけて本土の病院へ行かねばならない。具合が悪くなったときに出航する船があれば良いが、船の出航は朝七時、午後一時、午後七時の三回のみだ。それらの時間を過ぎた後で具合が悪くなった場合は、当日であれば最高六時間近く船を待つ必要があるし、夜に具合が悪くなった場合には。翌朝の船を待たねばならない。


「あっ、お父さんの船が漁から戻って来た。おかえりなさい、お父さん」

 瀬戸口ゆかりは、学校の近くにある丘の上で、沖合いから戻って来る船に大きく手を振った。もちろん船からはゆかりの姿は識別できない。だが、ゆかりは、お父さんが漁から無事に戻って来たのが嬉しくて仕方がない。溢れんばかりの笑顔を見せて、長い間、手を振り続けた。

 瀬戸口ゆかりは、青林島に住む中学二年生の少女である。体育が得意で、考えるよりも体を動かすのが好きだった。髪はショートヘアーで、手足が長い。スカートをはいていないときはジャニーズ系の美少年に間違われそうなほど顔立ちが良い。普通の人ならば誰でも、顔立ちが良い少女は美少女という。確かにゆかりは美しい。だが、それ以上に、ゆかりの場合は活発だ。大人しくしていたためしがなく、思い立ったらすぐに行動する。しかも、ショートヘアーの笑顔が眩しいため、幼い頃は、よく男の子に間違われていた。

 今日も、ゆかりは体育の時間に、全生徒の憧れの的になった。何と、走り幅跳びで5メートル90センチも跳んだのである。これは全国大会の優勝レベルの記録だった。『跳ぶ』というよりも、まさに『飛んでいる』ように見える。走り幅跳びにもかかわらず、ほかの生徒の胸の高さまでつま先が上がっている。他の生徒の記録は3メートルから4メートルの標準的な記録だ。だから、ゆかりだけが他の生徒よりもうんと手前に踏み切り板を設置している。しかも、跳んだ後の笑顔が眩しく、これほどの記録を出してもケロッとしており、決して自慢しない性格も彼女の魅力だった。

 今は中学生なので、この島の学校へ通えるが、高校生になると、ゆかりは本土のアパートに住み、高校へ通うことになる。そして、高校を卒業すると、就職するか大学に進学するかのどちらかだが、いずれの場合も島の若者の大部分が本土に住む方を選ぶ。もちろん島には大学は無いし、就職先も漁業と農業以外はほとんど無い。

 この島は、過疎化への道を、着実に進んでいた。おそらく、あと二十年もすると、島には子供たちがいなくなるだろう。そうなると、残された老人だけがこの島に住むことになる。

――それは嫌。私はこの島が好きなの。太陽がまぶしく美しい海に囲まれているこの島が大好きなのよ。父や母、親しい友達がいるこの島に、ずっと住みたい。

 ゆかりは、そう望んでいた。だが、現実は厳しい。あと一年半もすると、ゆかりは進学で、この島から離れなければならない。

 ゆかりの父親は漁師を生業としている。そして、この島の漁師は、全員が大きな悩みを抱えていた。

 収入源となる漁獲量が年々減少している。異常気象の影響で魚自体が少なくなっている。それに加え、外国漁船の密漁による漁場荒らしのせいで、昔からある漁場には多くの魚がいなくなってしまった。そして、ついに、去年の漁獲量は最盛期の五分の一にまで落ち込んだ。

 それに追い打ちをかけるように、船を動かす燃料費が高騰している。魚の売値の大部分は、船の燃料費や網など漁業道具の修繕費へと変わってしまう。手元に残るのは、ほんのわずかなお金だけだった。

 ゆかりの父親の漁船は20馬力の小型船で、しかも20年前につくられた古い型のものだった。エンジンの調子が悪く、そろそろ新しい船に買い替える必要がある。だが、購入費の頭金すら貯蓄が無い。このままでは、やがて船は動かなくなり、漁業を断念するしかない。

 未来に全く希望が見えない島。それが青林島だった。いや、青林島だけでは無い。近隣の離島の大部分も、同じ悩みを抱えていた。そして、この問題は、全国の離島に住む漁師が抱えている悩みでもあった。

 この島には港付近から島の中央へ向かう道がある。この道を島民は『桜並木通り』と呼んでいる。二百メートルほどの桜並木があり、車がようやく一台通れるほどの道幅である。

 桜並木の真ん中には、樹齢四百年以上の見事なしだれ桜がある。この桜の木は県指定特別天然記念物だった。桜が満開の時期になると、あたかも龍が天空から降臨したように見えるため、青林島の島民は『降龍桜』と呼んでいる。だが、どんな美しい桜の木でも、離島にあるがために有名では無い。毎年あざやかに咲き誇る桜も、わずかな島民しか鑑賞する者がいなかった。しかも、青林島は夜になると桜並木通りに明かりが灯らない。暗闇の中で咲き誇る夜桜は、誰の目にもふれることがなく、その美しさは誰も認識していなかった。


「この島に活気を取り戻すには、どうしたら良いですか?」

 十一月初旬の学活の時間に、ゆかりは担任の山田先生に尋ねた。担任の山田先生は、突然の瀬戸口ゆかりの質問に驚いたが、しばらく考えると、

「瀬戸口は、どうしてこの島に活気が無いと感じたのか?」と、逆に質問した。

 逆に質問されたことでゆかりは戸惑った。しばし腕を組み、唇に人差し指を当てて考える。

「まず、この島は暗いです。夜になると港の周りだけしか灯が灯らない。島が暗いと住んでいる人の心も暗くなります。それにこの島には商店が二つだけです。コンビニも工場も無く、娯楽施設もありません。これだと、漁業や農業以外で働く人は、いずれ青林島を去ることになる…」

 ゆかりの意見は率直だ。島の者ならば誰もが感じることだった。だが、誰もがそれを口に出すことは無かった。口に出したところで、希望が見いだせないためである。

 山田先生は、また考えた後、

「そうか。瀬戸口の質問に完全に答えるのは難しいが、少しだけならば答えることができる」

 一息つくと、山田先生は続けた。

「島に娯楽施設や工場をつくるのは難しいが、島を明るくすることはできる。青林川に流れる水で水力発電をして外灯を設置する。そうすれば、島は夜でも明るくなるだろう」

「でも先生、水力発電や外灯の設置には高額な出費が必要ですよね?」

 クラス委員の中川卓也が尋ねた。中川もゆかりの質問に興味をもったようだ。中川卓也はクラス一の秀才だ。数学が得意で、彼はクラス委員でもある。彼は大人たちから『青林島の神童』と噂されている。

「そうだな。確かに購入すれば数百万円、場合によっては設置費込みで一千万円以上になるかもしれない。でも、全てが手作りならば、案外安くつく」

「先生、『安くつく』ってどのくらい?」

 山田先生の答えに、ゆかりが驚いた。

「私が示すものが全て廃品または支給品として調達できたらば、材料費はほとんどかからない。そして、その材料を元にみんながつくるのならば、人件費もゼロになる」

――これならば島を明るくできるかもしれない。それができたならば、島に活気が取り戻せるかもしれない。

 このときのゆかりは迷うことなどなかった。

「先生、それを実行しましょう。そうすれば、少なくとも夜でも島は明るくなる。島が明るくなると、人の心も明るくなると思います」

「僕もそう思います。今すぐにでも、それを実行しましょう」

 中川卓也も、ゆかりと同意見だった。他の生徒たちも、島を明るくするのに反対の理由などない。みんなも賛成してくれた。

 ゆかりたちの顔があまりにも高揚していたので、思わず山田先生が助け舟を出した。

「瀬戸口、中川、それを実行したいのであれば、まず、部活動を申請した方が良い。そうすれば、少しだが予算がつく。何か行動を起こすときは、いくぶんかでもお金があったほうが良いからな。それに学校に認められれば、おおっぴらに行動できる」

「部活動って?」

「名前は『青林島を元気にする会』でも何でも構わない。とにかく仲間を集めて申請することだ。学校に認められると、隣の工作室をお前たちの部室にあてがうことができる。そして、部室はお前たちの活動拠点になる」

 山田先生の説明は理にかなっていた。

 そのとき、ゆかりは青林島の未来を一瞬想像した。夜中でも外灯で道路が明るい島。そんな風景がゆかりの頭の中によぎった。

 それは、まだ夢だった。本当に実現可能かどうかもわからない夢だった。

 夢をかなえるために努力している人たちすべてが、必ず夢がかなうとは限らない。だが、夢をかなえるために努力している人でなければ、決して夢はかなえられない。ゆかりも中川もそれを知っていた。

 ゆかりはクラス委員の中川卓也の顔を見た。卓也も未来を見据えた目で、ゆかりにあいづちした。

 一人の少女の頭によぎったささやかな夢だった。だが、どんな大河の流れも、最上流の水源はささやかな水である。上流のささやかな水が長い月日をかけて多くの水源と絡み合い大河へとなる。一年以上経過して海へ流れ込む水もある。

 ゆかりは大河の水源になろうとしていた。

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