〈7〉
最初の村を出てから一日。早くも問題が発生していた。
「だから言ったじゃないですか! 貰えるものは貰っとけばいいのにって!」
「バッカヤロウお前、不作はお前の責任なんだし、そんな図々しくできるはずねぇだろ」
「野郎じゃないです乙女です! 誰の責任とかどうでもいいんですよ! だって私が良ければオールオーケーですからね!」
「クズか!」
不作を解決しただけでなく、盗賊まで捕らえた俺たちが村で英雄扱いされたのは言うに及ばず。
歓喜に包まれた村人たちや村長は、この旅行の路銀の全額負担や、数日分の食料など、様々な便宜を図ろうとしてくれたのだが。
「あ、いや、別にいらん。そこらへんは自分でなんとかするわ。とりあえず天界に行くための門がどこにあるのかだけ教えてくれれば」
という、俺の素晴らしい言葉によって気持ちだけ受け取ることに。
……その結果、
「もう嫌です! お腹が減りました! お酒を飲みながらタイとかカニとか食べて、暖かい布団でぐっすり寝たいです!」
……一応、それでは気が済まないと迫られたため、弁当くらいは受け取っていたのだが、それで持つのなんて半日かそこら。
村を出てから約一日。
当初の俺の予定では、途中にある(と思われる)川で釣りをするはずだった。
まさか川すらないとは思わなかったが。
「ていうか、この中の誰も釣り道具持ってねーだろ……」
「……計画性をどこかに落としてきたのかしら。いいのよ? 拾ってきて。さようなら」
「はっ、お前らなめんな。確かに釣り道具も釣り経験もないが、この世には掴み取りという方法がある!」
「それ釣りじゃねーな」
ごもっともで。
ともあれ、村を出てからこっち、ずっと平原が続いている。
草を刈っただけで整地もされていない、ハイジに出てきそうな粗末な道をただ行群するだけだ。
町も村も見えず、川もない。早い話、まったく食料調達ができていない。
もう昼時。俺もそろそろ空腹が限界に達してきている。いい加減何かを口に入れたいところだ。
「けど、食えそうなもんなんて見当たらないんだから仕方ない。それで我慢できねぇんなら、そこらへんの草か、なんか狩ってきて食うしかない」
「狩り?」
俺の何気ない一言にルルンが反応した。
食い気味で振り返った女神の瞳は爛々と輝いている。
「いいじゃねーか、にーちゃん。一狩り行こうぜ! そうと決まればすぐに準備だ!」
「ちょ、おい? 別に決まってねぇ……っていうかテンションたかっ。頭でも打ったのか? 狩りより病院行こうぜ。自分で大丈夫だと持ってても頭の怪我ってのは怖いんだぞ」
「打ってねーし! にーちゃん、忘れたのか? あたしが何の女神なのか!」
「ロリの女神か?」
「誰がロリだ!」
でもお前、小学生高学年くらいにしか見えないじゃん。
しかも小学生高学年の身長が高い方じゃなくて、どっちかって言うと低い方じゃん。
見ようによっては中学年にも見えるし、バスもきっと五十円で乗れる。
「だからお前が狩猟の女神だって言っても、誰も信じないと思うんだよな」
「覚えてるじゃねーか!」
「はっ。良識のある不良なめんな。だいたい俺はバカじゃねぇし」
「……お、おう」
ルルンは微妙な反応だが、あんなに鮮烈な登場に自己紹介が合わされば簡単に忘れるわけがない。
つまり、ルルンは狩猟の女神だから俺の狩りの話に食いついた、と。
「ん?」
狩猟の女神なら、狩りについては詳しいんじゃないだろうか。というか詳しくなくて女神が務まるわけがない。
「なあ、ルルン。今から狩りするって言ったら……」
「行くっ!」
セリフを最後まで聞かずに即答だった。
ぎょっとしたのは脇で聞いてた二人の女神の方で、
「ちょっと、タクミさん。私は嫌ですよ? 女神という高貴な存在である私が、狩りだなんて低俗な行いに加担するなんて!」
「……私も、反対ね。森でも山でも、入るのは気が進まないもの。汚いし。虫がいるし」
「気が合いますね、サリアルさん」
「……そうね。甚だ不本意だけれど、意見は一致したわね。……タクミ、これで二対二よ。多数決なら引き分けだけれど、こっちは女神が二人。どちらに軍配が上がるかは考えるまでもないわね」
「そうだな。俺がこっちにいるから、狩り決定だな」
「「!?」」
愕然とする女神二人。それに対して、ルルンはなぜか勝ち誇った表情だ。
けど、このまま何もせずにいたら腹が減るばかりなのは確定事項なので、行動を起こすのは当然だ。
「それが嫌なら、お前らは何も食わなくていい。いいか。働かざるもの食うべからずだ。働かないで食う飯は美味いかもしんないけど、そもそも俺は働かねぇ奴に飯は食わさねぇ。分かったら行くぞ」
俺の発言に、ルルンは大仰に頷いている。
狩猟の女神だけあって、狩りは好きなようだ。女神には珍しく、俺の意見に全面賛成している。
だが、エリアルとサリアルはまったく逆の反応をする。
「私はちょっとそこらへんで休んでますので、戻ってきたら起こしてください」
「……私も、エリアルと一緒するわ。お休みなさ……」
「いや来いよ。お前らから目を離したら、いつ天界に帰っちゃうか分かんねぇだろ。ほれ、カモン」
「「……」」
女神二人の目が死んだ。
「おーしっ、久々にあたしも本気を出すぞー!」
そんな中、ルルンだけが上機嫌だった。
* * *
とはいっても、街道に都合よく動物が出現してくれるはずもない。
しばらく、狩りができそうな場所を探し回った俺たちは、変にやる気を出したルルンの先導があって少し遠くに見えた森に入ることになった。
「――よし、行くぞ!」
薄い胸を張って号令をかけるルルンはいったいどこに隠し持っていたのか完全武装だ。
背中には弓矢を担ぎ、脛当てや指押し手のようなものも装備。被った兜は明らかにサイズがあっておらず、少し動くたびずり落ちてくる。
それをしつこく直しながら、ルルンは再び面々を見渡し、
「行くぞ!」
「誰かのおさがりなのか?」
「今関係なくねー!?」
俺のセリフに反応した挙動でまた兜がズレた。
両手で頭を挟み込むようにして直しながら、狩猟の女神はキッと睨み、
「これはあたしが手ずから作った甲冑だ!」
「オーダーメイドかよ。そのわりには欠片もサイズがあってねぇけど」
「子供の頃、作るときにこれから成長すると思って大きめにしたの! あんまし変わんなかったけど……」
「……」
悲しい話を聞いてしまった。
俺が反応に困っていると、空気を読まない女神は大笑い。
「なんですかルルンさん! いったい何歳から成長してないんですか! 五歳ですか? 未だ五歳児の体型ですか!」
「……寸胴。幼児。そして成長の見込みなし……。クスッ」
「ぶっ殺す!」
キレたルルンが背負ってた弓に矢をつがえて引き絞った。
あ、やべえと笑顔を引きつらせるエリアルたちだが、俺はそれよりも気になったことがあった。
「ていうか、お前ら不死身らしいけど今何歳なんだよ」
「さて、さっさと狩りに行こうぜー」
「そうですね、日が暮れちゃいますし」
「……私たちは年齢の話になると耳が聞こえなくなるのよ」
「……おい」
全力で煙に巻かれた。
――森の中に入った俺たちは、ルルンを先頭にして行群していた。
「こういうのはまず獣道を見つけるところから始めるんだ。ここらへんで多いのは猪だから、そこそこ肉は美味いぞー」
ドヤ顔で、狩りの説明をするルルン。
死んだ表情でダラダラと後を着いてくるエリアルとサリアルには気づいていないようである。
「獣道は、猪がよく通る道ってことだから、そこを辿っていけば獲物は簡単に見つかる。あとは仕留めやすいところまでおびき寄せて、この弓で一撃、だ」
「はあん。詳しんだな」
「まあな! 父ちゃんと一緒に行ってたことばっかだし……。ていうか、あたし狩りの女神だぞ。あたしが恩恵を与えれば、そいつが放つ弓は百発百中になる。そんなとんでも存在なあたしが、狩りの一つもできないなんてことありえないだろ?」
「まあそうだ、な。……いやちょっと待て、今すごいこと聞こえた気がする。なに? 百発百中?」
それを、恩恵を与えるだけで付与できるというのは……なんかこう、チートすぎる気がする。
「おう。にーちゃんもできるようになるけど。ほれ、試しにあそこの木でも撃ってみな」
「……」
どこから取り出したのか、自分が持っているモノよりもだいぶ粗末な弓を渡してくる女神。
狩りの装備といい、どこに隠し持っていたんだ。
とりあえず言われた通りに、指さされた木に向かって弓を構えた。
「ていうか、俺って弓とか使ったことねぇんだけど。これであってるのか?」
「……いや、弓の掴み方といい、立ち方といい、間違いだらけだけど……。まあ別にいーよ。放ってみな」
「お、おう」
言い切らないうちに、俺の握力でミシミシ言ってた矢から手を離した。
素人の技術で勢いよく弾き出された矢は、まるで見当違いの方角へ進み――途中で突然軌道を変えて、ブーメランのように目的の木に突き刺さった。
「……なんだこのチート」
「これこそがあたしの権能だ、にーちゃん。褒めてくれてもいいんだぜ?」
「褒める……。褒める? いや、実際すげえけどさ。でも俺、やっぱり殴る方が好きだわ」
「殴る方が好きってなに!?」
……女神どもはだいたい内面が残念だが、それでも有する権能はどれもけた外れなものらしい。
理解したが、それはそれとして、この加護みたいなものは俺の性にあわない。主に遠距離攻撃なところが。
「だから、今くれた加護みたいなの取り消しといてくれ」
「……あたしの加護って、それはもう貴重なものなんだけどな……」
「いや、褒めてるって。素直に。今まではお前の事、落下するだけしか能がないロリだと思ってたけど」
「!?」
ルルンが愕然としてるが、実際これまでの旅行でルルンの印象に残っている行動と言えば、ゲートから飛び降り、浮遊せずに落下。そしてノーロープバンジーで気絶してクレーター作成だ。
ぶっちゃけ何ができるんだと思ってた手前、ちゃんと女神としての能力があるんだと知って感無量。
こんな奴がいるなら、食糧調達くらい簡単にできるだろう――。
「わっぷ!?」
……ルルンが蔦に足を取られてすっころんだ。
手もつかず、受け身も取れず、腹から落ちて顔面までくまなく殴打している。
「……おい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫。転んだだけだし、別に痛くねーしいぃぃっ!?」
「……」
起き上がるのに掴んだ枝がへし折れて、再び地面と熱い抱擁を交わすルルン。
普通に起き上がればいいものを、どうして枝なんかを頼りにしちゃったんだこいつは。
そして、狩りとは関係のないところで苦戦するルルンを見て、あざ笑う影が二つ。
「ルルンさん、そんなんでよく自分が一番美しいとか言えましたね」
「……フッ、無様ね。美しさとはまさに真逆だわ。いっそ死んだら?」
「おいお前らその辺にしといてやれよ。ルルン泣きそうだぞ」
「泣かねーよ!?」
でもちょっと目が赤い狩猟のなんとか。見るに見かねて助けの手を差し出してやる。
「サンキューな、にーちゃん」
起き上がり、体についた泥を落としたルルンが、存外素直に礼を言った。
一通り泥を落とし終えたルルンは、「さて」と仕切り直す声を上げると、うんちくを垂れ流すのを再開し、意気揚々と歩き始めた。
「そんで、さっきの話の続きだけど、獣道の他にも、たまにねぐらを見つける時があってなー。こう、草とかが一カ所だけ倒されてたり、敷き詰められてたりするところなんだけどおっぷっ!?」
数歩歩いたルルンが、また蔦に足を取られてひっくり返った。
こいつについて行って大丈夫なのかな……。