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〈6〉

「あなたたちのせいで、私は今晩、寒くて狭くて汚いところで寝ることになったんです! その報いを受けてもらいますからね!?」


 追いついたときには、豊穣の女神が村の入り口付近で盗賊にケンカを売っていた。

 あそこで寝泊まりすることになったのは、村長や村人相手に俺が遠慮したからなのだが……エリアルの頭の中では妙な方程式を通して、そのまま盗賊への憎悪に変換されているらしかった。


 もちろん、全く身に覚えのないことでキレられても、盗賊はたまったものではない。

 いきなり目の前に立ちはだかった頭のおかしい女を前にして、男たちはざわついている。

 ――盗賊の数は、遠目に見た通り二十人。二人一組で、片方が松明を持っている形だ。

 全員が、綺麗とは言えない格好をした男で、腰にはお約束とばかりに西洋風の剣が提げられていた。


 その男の中のうち、一人が前に出た。


「おう、なんだお前。いきなり出て来て」


「む、口の利き方がなってませんね。敬語は基本ですよ。それではリピートアフタミー。申し訳ありません死んでお詫びします。はいどうぞ!」


「イラッ」


 エリアルの煽りスキルが開幕から全開。前に出ていた盗賊が青筋を立てるのが松明に照らされて分かった。


 そいつは腰の剣を引き抜くと、


「死ねやこらぁぁぁあッ!」


「――去勢拳ッ!」


「のごぉっ……!?」


 さっきのやつが炸裂していた。

 何のためらいもなく振り切られたエリアルの右足が、盗賊の金的をクリーンヒット。

 変な声を上げた盗賊は剣を取り落とすと瞬間的に内股になり、股間を手で押さえるとゆっくりゆっくり膝をついて倒れた。


 右に左に身体をひねって痛みに耐えている。

 仲間が、瞬きのうちに仕留められた様子を目にし、盗賊たちは動くことができない。

 目の前で起こった光景が理解できないのか、誰もが、地面をのたうち回る犠牲者に視線を集中している。

 そんな中、エリアルはドヤ顔で言った。


「フッ。私に勝とうだなんて、百年はやあいたぁっ!?」


「バカか」


 ドヤ顔するとこじゃねぇから。

 後ろから頭をはたかれ、抗議の視線を向けてくるエリアルは無視。

 俺は倒れ伏した盗賊の顔をのぞき込むと、


「なあ、あんた。大丈夫か?」


「ふるふる(無言で首を振る)」


「……」


 大丈夫ではいらっしゃらないらしい。

 あいつ、全力で蹴ったな、これ……。素の一撃が鉄パイプよりも重いんだから、精一杯手加減してやれよ。


「強く生きろよ」


「ふるふる(ムリムリ)」


 おう、そうか……。なんかごめんな?

 とりあえず身もだえる盗賊にはエールを送り、俺は立ち上がり呆然と立ち尽くす男たちに目をやった。

 うーむ、こいつらは悪党だけど、さすがに問答無用でボコボコにするのはなぁ。俺が攻撃されたわけでもないし。


 よし。


「なあ、あんたら。ここは大人しく立ち去るって約束するなら、見逃してやらねぇこともないけど、どうする?」


「「「……は?」」」


「ちょっ、タクミさん、何言ってるんですか。一人残らず首チョンパしましょうよ。」


「お前は黙っとけ」


 しばしのタイムラグの後、俺の言葉を理解した盗賊たちが愕然とした。

 それは、少しの時間をおいて怒りへと昇華される。

 前へ進み出たのは、盗賊たちの中でもひときわ大きい体を持つ、頭領と見られる男だった。


「なあ、にいちゃん。お前、状況分かって言ってんのか? 見逃してくださいって言うのはそっちの方だろ」


「あん?」


「食料と、金目の物を渡してくれんなら命までは取らねぇ。……今度来る時までに準備しとけって、ここの村長に言っといたはずなんだがなぁ」


「いや、深夜に来られたら準備も何もないだろ。常識ねぇのか」


「お、おう……?」


 頭領が眉をしかめて反応に困ってる。

 盗賊などしてる身に、常識を求められたのが意外だったのだろうが、そんなこと知らん。

 こちとら良識のある不良で有名な川城拓海さんだ。不良にだって良識があるんだから、盗賊にもあっていいだろ。


 それに、


「あまり強い言葉を使うなよ。弱く見えるぞってな。……もう一人そこに転がってる状況で脅されても、説得力がなさすぎてやばい」


「ぐ……」


 股間を蹴り上げられて身もだえしてる最初の脱落者を指差す。

 まだ痛みは遠ざからないのか、左右に揺れる動作は収まらない。

 その向こうで、エリアルがドヤ顔してるのがむかついたが、今はスルーしといてやろう。


「そういうわけだから、ちゃちゃっと帰りなさい。おまわりさんは何も見なかったことにしといてあげるから」


「おまわり……? ハッ、そういうわけにいくかよ。こっちだって生活がかかってんだ。容赦なんてしてやれねぇぞ。ほれ、謝るなら今のうちだ。そうすりゃ痛い目には遭わせないでやる」


「そうか。帰らないんなら仕方ない。かかってこい」


「よしよし、じゃあそこで大人しく……え?」


 頭領が途中まで言いかけた言葉を中断して首を傾げた。

 後ろの男たちも俺の言葉が信じられずにどよめく。


「いや、謝って大人しくしてれば痛い目に遭わずに済むって……」


「うん。だからかかってこいって」


「え?」


「え? じゃねぇよ。ほら。早く来い。この時間の外、けっこう寒いんだよ」


「……」


 手でちょいちょいと誘ってやるが、盗賊たちは動かない。え、本当にいいの? という空気が流れている。


「なんだよ。早くしろって。安心しろ、俺は金的蹴りとかしないから」


「く……この。後悔しても知らねぇぞ!」


 やけくそになった盗賊のうちの一人が、剣を抜いて斬りかかって来る。

 上段から、脳天をたたき割るような一撃――が俺にたどり着く前に、真正面から顔面にストレートをぶち込んでやった。


「ごぱっ……」


 やられ声を上げながら、吹っ飛んだ盗賊が五メートルほど先の地点に着地……しても止まらず、バウンドして再び空中へ。今度はさらに三メートルほど跳んだ。

 空中、着地、バウンド、空中、着地、バウンド、と。その流れを数回繰り返した盗賊は、ようやく宙飛ぶ勢いをなくして、さらに十メートルほどもんどりうって転がる。


 ようやく止まった頃には、その姿は夜空の下ではほとんど視認できない。


「……あれ、加減し損ねたか? もうちょっと手前で止めるつもりだったんだけど。後で回収すんの面倒だし」


「えげつないですね……」


「ホントに人間かよ、にーちゃん」


「……一撃で気絶させてしまったら苦しむ顔が見られないじゃない。バカなの?」


「人間だっつーの。親の頭がちょっと残念なくらいだよ。ただまあ、『人間イージス艦』とは呼ばれてた」


「なぜ船の名前……」


 おかしなこと言うサリアルはスルーし、元の世界での二つ名を披露。

 結果、命名者にダメージがいく事態になってしまったがそれはそれ。

 盗賊たちは、無残に吹っ飛ばされた仲間を見て動くことができない。それは大男たる頭領も同じことだった。


「ほら、さっさと次来いよ。回収が面倒だから、今度からはふっ飛ばさないでやるから」


 そんな彼らの恐怖を察し、良識のある不良であるところの俺は譲歩した意見を述べてやった。


 * * *


 やはり二十人も正座すると、その景色は圧巻と言うほかない。

 かつて、巨大な不良グループに襲われた時は五十人ほどいたので、これはその半分以下だが、それでもそうそう見られる光景ではない。


 小さな感慨を抱きながら、ケンカの後の一通りの説教を済ませる。

 最初の一人以降は手加減してやったので、今でも存外意識ははっきりしている。

 最初の一人と、エリアルに股間を潰された盗賊は、今もそこで寝ているが。

 武装を解除された盗賊たちは、大人しく俺の説教を聞いてくれた。


「いっそのこと、その人たち全員ぶっ殺しちゃいましょうか」


 そんな物騒なことを、豊穣の女神がのたまったのは、その説教が終わった時のことだ。


「……お前の頭の中、殺伐とし過ぎてね? なんでこう……物事を殺すか殺さないかで解決しようとするんだよ」


「タクミさんだって、とりあえず殴って解決するじゃないですか。同じです」


「同じじゃねぇよ!?」


 やっぱりこいつ頭おかしいだろ。

 しかも小首をかしげて断定するそのしぐさが、そこそこ以上に可愛いから逆に超怖い。狂気を感じる。


「とにかく、さすがに殺すのはなしだ。普通に村に引き渡せば、あとは村長がやるだろ。よく分かんないけど」


 この世界の警察的な組織に引き渡すとか。まあやりようはいくらでもあるはずだ。


「あと、そこ逃げようとしてんじゃねぇよ。見えてんぞ」


「ぐ……」


 そろりそろりと、俺の注意がそれた隙に正座した列から抜け出した影を呼び止めた。

 渋面で再び正座したそいつは、それでもまだ懲りていないのか、ちらりと俺の顔色を窺ってくる。


「反省の色が足りないな。もう一回説教だ」


「「「げ」」」


 ――俺のクドクドとした説教は、空が白み始めるまで続いた。

 後ろに控えていたものの、やることがなかった二人の女神に散々恨み節を吐かれたのは別の話である。


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