〈5〉
「おおっ! 素晴らしい! これが女神様の力……!」
村長の家はどこかと第一村人に案内させ、嫌がるエリアルを無理やり引きずって行った。その後、パワーを持って仕事をさせた結果、村長が感極まって放った言葉である。
農業なんかは完全な素人である俺の目から見ても、パッサパサに痩せた土がみるみるうちにしっとりとした肥えた土になったのが理解できた。
しかも本人の言葉を信じるのであれば、種を蒔けば十日ほどで実を付けるらしい。
当のエリアルは、面倒臭そうに土に触れてただけだったんだけど……どういう原理なのだろうか。
「ふっ、これが豊穣の女神たる私エリアルの力。その名も……豊穣!」
まんまじゃねぇか。
よく分からんが、さっき言っていた神が持つ権能だということだろう。
エリアルのは、その名の通り、異常なレベルで土を肥えさせる能力なのだろう。そうでもなきゃ、植物ではありえないレベルの成長速度を発揮するはずがない。
なんだよ、十日で収穫可能って。
が、現代っ子であるところの俺の常識は、この場では少しずれているらしい。
「ありがとうございます、女神エリアル様! なんとお礼を申し上げたらいいか……。手ずから、豊穣の力を振るっていただくなど、この小さな村においては考えたこともありませんでした」
ずいぶんと頭のさわやかな村長が、不思議能力についての疑問は一切抱かず、何度も腰を追ってエリアルに感謝の言葉を述べている。
集まった村人もほとんど似たような反応で、中にはひざまずく人もいた。
……けどごめんなさい。原因もそいつなんです。
エリアルはエリアルで感謝されるのもまんざらではないらしく、ゆったりとした装束の上からでも分かる豊かな胸を張ってドヤ顔だった。
「ちっ……」
横で、ルルンが舌打ちをしているのが聞こえたが、気づかなかったことにしよう。
「……ふ、勝ったわ」
そのさらに横で、サリアルが優越感に浸ってるのも無視する方向で。
それより今は調子に乗ってるバカ女神だ。
「何もない寂しい村ですが、お礼に全力でおもてなしをさせていただきます。今夜は女神さまをもてなす宴にしたく存じます。……不作続きで、大した備蓄もないので、寂しいものにはなってしまいますが、なにとぞ今夜だけでもお時間をいただけないでしょうか」
「宴? いいですね! いいじゃないですか! 私この村気に入りました。今夜だけとは言わず、なんなら二、三泊しちゃいましょうかね!」
「な、なんと……! それはそれは光栄の至り。恐れ多いことです! 失礼ですが、都合はよろしいのですか?」
「えーっと、あの書類を片づけてー、あの村の様子見てー、そういえば神事異動がどうとかって話もあったような……。けどまあ、全部どうでもいいです。泊まります」
「泊まるな」
どうやらこの女神には村長が一瞬だけ、「しまった」と渋面を作ったのが目に入らなかったらしい。
そりゃ、食糧難のところにこんなのが何泊かするとなれば迷惑だろう。
後ろからエリアルの頭を小突いた俺に、村長が目をむくのはとりあえずスルー。
問題が解決したとでもいうような空気になっているが、まだ一つ案件は残っている。
「村長、食糧問題が解決しても、まだ盗賊が残ってるだろ」
村長がさらに目を見開き、女神が硬直した。
――乗り掛かった舟だし、この際全部どうにかしてしまおう。それがケジメというものだ。
盗賊の件については直接関係があるわけではないが、不作で村の危機を後押ししてしまっていた以上、あとは知らんぷり、では通らない。
そう主張する俺によって、嫌だ嫌だと反抗する女神たちは盗賊退治へと借り出された。
聞けば、盗賊は二、三日以内にまた来ると宣言したらしい。
だったら待ち伏せして叩けばいいじゃんと思ったが、そうもいかないようだ。
どうやらこの異世界、日本の警察のような組織はあるにはあるが、こんな辺鄙な村の事情にまで踏み込むほど発達してもいないとのこと。
まあ、だから盗賊がいるんだろうが。
そういうわけで、俺たちは深夜に盗賊が襲来してくる可能性も考えて、交代で見張りをすることにした。
隠れているのは村の隅の方にあるボロ屋で、六畳ほどの空間に四人が入る形だ。
狭いし、隙間風は寒いし、綺麗とは言えないし……。実際俺もあまり長居したくはない場所だったが。
「――だから夜襲ってバカか!? いや、殺意を覚えてもいいけど、実行に移すなよ!」
「バカ!? 今バカって言いました!? 言いましたよね!? あーっもう、頭に来ました! タクミさんは完全に私を怒らせました! 後悔しても知りませんからね!」
「させてみろよ! 真正面からじゃ敵わないからって絡め手ばかり使う臆病者がぁ!」
「ぶっ殺します!」
草木も眠る丑三つ時。
幽霊もドン引きな勢いで騒ぎまくる俺とエリアル。
他の女神二人は、ウトウトしながら面倒臭そうに隅っこで体育座りをしている。
だから開けられた空間は、絶賛ケンカ中の俺たちに明け渡されているわけで。
「女神式格闘術――奥義ッ!」
ファイティングポーズをとったエリアルが、そんな中二な文言を口走りながらカッと目を見開く。
俺はいつも通り、こいつを埋めるなりして黙らせようとして――。
「――去勢拳ッ!」
「危ねぇっ!?」
躊躇なく蹴り出された右足が、情けも容赦もなく股間に向かうのを見て全力で飛び退いた。
格闘術とかいってるけど、今の完全に反則じゃん! 倫理もモラルも無視した、相手を無力化することだけに特化した反則技じゃん!
他にも拳なのに蹴りじゃんとか、奥義なのに誰でも出来そうじゃんとか、いろいろな言葉が浮かんだが、とりあえずこう叫んだ。
「やっぱバカだろお前!?」
「何言ってるんですか! バカだったらこんなに効率のいい攻撃しませんから。パンチとかキックとか、その威力を高めたところで意味ないですよ。だって蹴り上げればそれで終わりですから!」
「発想がやべぇしアホなんだよ!」
「また言いましたね!? そんなこと言ってるタクミさんのほうがバカじゃないですか! 基本殴ればどうにかなるって思ってるんでしょう?」
「……え、そうだろ?」
「この人の方がよっぽどやばいです!」
うがー、とエリアルが頭を抱えた。
何を言ってるんだかこの女神は。人を高所から落としたり、夜中に斧で襲い掛かったり、何かあれば暴力でどうにかしようとしてるのはお前も同じだろうに。
釈然としないが、話が進まないから突っ込まないでおいてやろう。
そもそもケンカ中なので、会話に内容があるかも怪しいところだけど。
そうやって、近くに民家がないのをいいことに騒ぎまくってた時だ。
「にーちゃん、にーちゃん」
ルルンの声がして、俺はいったんケンカを中止して振り返った。
「隙ありです!」
「ねぇよ」
それを好機と見て、斧を片手に襲い掛かってきたエリアルの腕を極めて、暗い中小柄な体を探した。
「どこだ?」
「木目の中になんていねーよ。いらないボケ挟むなって。こっちだこっち。外」
エリアルとの言い争いに夢中で気づかなかったが、ルルンとサリアルはいつの間にかボロ屋の外に出ていたらしい。
呼ばれるままに、エリアルを拘束したまま空の下に出、ルルンが指さす方角に目を向けた。
無数の松明が、ゆらゆら揺らめきながらこっちに向かってるのが確認できた。
「あれ、盗賊じゃねーかなと思って」
「……貴方たちがうるさいから避難したら、ついさっき見えるようになったのよ。感謝なさい」
「おう、助かった」
「……もっと自分のプライドと頭を下げるという行為を天秤にかけて苦悩してるような表情で」
「なんだその要求」
「……その後、男泣きしてくれると私もとてもはかどるわ」
「オーダー細けぇな!?」
当然のことながらそんなことにつき合っている暇はない。
両手を目の上にかざして遠方を眺める。
松明の数はざっと二十。少人数ゆえか、その進行速度も早い。
早いところ移動して、討伐のために出迎えなければ。と、
「あん?」
エリアルが消えていた。
前方には人間ではありえない速度で走り去ってゆく影。
バカな。この俺の拘束から、それと察せさせずに離脱するなんて……。
あ、遠くを見るときに手、放しちゃってた。
ドジふんじゃった。
「おいお前ら、行くぞ!」
「やっぱり、あたしもつき合わされんのか……」
「……私、今日はもう寝たいのだけれど。そっちで勝手にやっててくれないかしら」
「うっせ行くぞ!」
俺の号令に、渋々従う女神たち。
けど今はそんなことを気にしている場合ではない。ゲートであいつが逃げる前に捕まえないと!
俺は全速力で走り出した。