〈1〉
商店街のほど近くにある空き地で、説教をしていた。
相手は不良五人。地べたに正座させられた彼らは、頬や腕に先ほどの激闘(五秒)の名残を抱え静かにうなだれていた。
「ったく、本当お前らな。常識ないのかよ。人様の迷惑とか考えないのか?」
「……そ、その、歩いてたら、天下の『人間イージス艦』川城拓海くんが、無防備に突っ立ってたもんだから……」
「これはチャンスだと思っちまいまして……」
「だからって不意打ちで、しかも鉄パイプ使用ってもう意味分かんねぇよ。お前らこれで勝ったとして嬉しいのか?」
「それは、まあ、はい」
「不良のレジェンドになれるのなら」
嬉しいのかよ。
……事の発端は数分前。俺が下校途中に商店街にある本屋にて、週刊連載の漫画雑誌を立ち読みしていた時まで遡る。
その姿があまりに無警戒で、あまりに無防備に見えたらしく、この不良たちはなりふり構わず、持っていた鉄パイプで殴りかかってきた。その結果鉄パイプはへし折れた。
愕然とする奴らに、俺は「ちょっと読み終わるまで待ってろ」と待ったをかけた。
で、十分くらいしてから、素直に待っていた不良たちを引き連れ空き地まで移動し、ちゃちゃっとケンカした後、というのが今の状況だ。
「そもそも、商店街でいきなり仕掛けて来るってのが意味分かんねぇんだよ。なに? なんで? 隣におばあちゃんいたじゃん。後ろには下校中の小学生もいたよな? 気づかなかった? まったく、お前らみたいなのがいるから不良の評判が下がるんだよ」
「は、あ?」
「もっと俺みたいに、良識ある不良としてまっすぐ生きるんだな。常識を身に付けろ」
「それ、もう不良じゃないんじゃ……」
「あぁん?」
「なんでもないッス!」
ビクゥッ、と体を震わせる不良A。それ以上言ってたら、俺の右手が火を噴くところだった。アイアンクロー的な意味で。
「ともあれ、良識に悖る行為は慎むように。不良たるもの、良識を持て、だ。分かったな? そしたら今日はもう帰って良し。もう勝ち目のない勝負になんか手を出すなよ?」
本当はもう少し説教していたかったが、さっきから子供が遊びたそうにこっちを見ている。そんなに広い空き地でもないし、高校生はそろそろ退散すべきだろう。
言うと、不良たちは今まで俯いてたのが嘘のように顔を輝かせ、軽やかな足取りで立ち上がった。そのままいい笑顔で、
「はいっ!」
「あざしたー!」
「お疲れしたー!」
「覚えてやがれ!」
「次は殺す!」
「最後の二人、ちょっとこっち来い」
噛ませ犬っぽいセリフをぶち込んだ二人の不良は、俺の制止に足を止めた。それからしゃがみ込み、両手をついて腰を上げ……。
「おいこら待て!」
呆然と見送る三人のお仲間は完全スルー。クラウチングスタートで走り出した奴らは必死の形相だ。
けどまあ逃がさんけど。
地面を蹴って追跡の構え、三秒で追いついた俺はそいつらの首根っこを捕まえて、再び空き地まで戻ってきた。
戻ってくる頃には、お仲間の不良も逃げ去ってる。子供には刺激が強すぎたのか、遊びたそうにしてた子もどこかへ行っていた。悪いことしたなぁ……。俺じゃなく、この不良たちが。
「で、お前ら何か言うことがあるんじゃねぇのか? ん?」
「ごめんなさい! すみません! 俺らが悪かったです!」
「もうしません! ごめんなさい! だから解放して!」
足をじたばたさせながら、頭蓋骨を締め付ける俺のアイアンクローから逃れようと必死になる不良二人。しかし、
「ダメだな。反省の色が薄い」
「「ぎゃああぁぁぁああッ!?」」
空き地に、男たちの野太い悲鳴が響き渡る。
そんな時だった。
「――うっわぁ。野蛮ですねこの人。ないわー。本当にないですねー。あの占い絶対間違いだと思うんですけど」
唐突だけど聞いてくれ。
……なんかいた。
ああいや。なんかいたことには変わりないけど、もっと詳細に言おう。
俺の頭上斜め四十五度あたり。地面から一メートル半の空中に立つようにいるのは金髪が美しい美少女だ。
碧眼で睥睨したその少女は、白い、ゆったりとした羽衣を身にまとっている。体のラインは分かりにくい服だが、それでもスタイルの良さはうかがえる。
そこから出てきたのだろうか。少女のさらに頭上には空間の裂けめ(そうとしか形容できない)があり、現実の定義を突発的に考える程度には意味の分かんない光景だった。
そんな彼女は面倒臭そうに嘆息すると、
「ちょっとそこの人。カワシロタクミさんでいいんですよね?」
「は?」
「は? じゃないですよ。豊穣の女神たるエリアルさんが質問してるんですから、すぐに答えないと不敬ってものでしょう。それとも意味が通じてらっしゃらない? ニホンゴ、ダイジョウブ、デスカ?」
「お前ちょっとぶん殴るから降りて来い」
この煽りスキル高い奴には、世の中には煽っちゃいけない奴もいるんだってことを体に覚え込ませてやる。現実の定義? 知らん。俺が見てるのが現実だ。
その少女――エリアル? は、そんな俺の態度が気に食わなかったらしく鼻を鳴らし、
「は――? 何言ってるんですかあなたは。神様を殴るなんてそんなアホなことを言って。無理に決まってるでしょう。私は降りる気はありませんし、そもそも人間が神様に力で勝てるわけが……」
「よし分かった。てめえそこを動くんじゃねぇぞ。俺が力づくで叩き下ろしてやる」
「わけが……。え? いやいや、だから無理だって言ってるでしょう。……ていうか叩き下ろす!? 引きずり下ろすとかじゃなくて!?」
「そうだ。良識のある不良なめんな」
「何言ってるか分からないんですけど!?」
最初は、「何言ってるんだこいつ」という顔だったエリアルも、俺が不良二人から手を離すと本気らしいと理解したようだ。
不良たちは解放されるや否や走り去っていったが、もうどうでもいい。俺、こいつ、殴る。
「ちょっ、人間の穢れた手でこの私の清い体に触れないでください! ばっちいじゃないですか!」
「……そういや最後にトイレ行ったとき、俺って手洗ったっけ」
「いやぁぁぁぁぁああッ!」
悲鳴を上げるエリアル。
おまわりさんが来る可能性を危惧して一瞬焦るが、商店街が近くにあるのに周囲に変化はない。
「あ、人払いの結界張ってるの忘れてた……! 解除、解除……。これって解除はどうすればっ!?」
「捕まえた」
「――――!!!!」
声にならない声を上げて、エリアルは足首を持った俺の手を必死に振り払おうとする。
けどその細い手で、どうにかできるとでも……いたっ。痛い。ちょっ。
「なんか鉄パイプで殴られた時よりも痛いんだけど!? お前人間かよ!?」
「それはこっちのセリフなんですけど! なんでちょっと赤くなるだけで済んでるんですか! 普通の人だったら手首がねじ切れててもおかしくないのに!」
「こえぇよ!」
ていうかそんな攻撃を安易にすんじゃねぇ!
一応競り合ってはいたが、俺の方が優勢。というかそんな力のあるやつ相手に、不良とケンカする時の手加減は必要ない。こっちも容赦せず、
「そいや」
「きゃぁへぷっ!?」
思いっきり、掴んだ足をちぎる勢いで引っ張ると、エリアルは抵抗虚しくあっさりと地面に激突した。
そう、激突した。受け身も取れずに、遠心力で頭からがっつりと。
「……。……悪い、やりすぎたかもしれん。大丈夫か?」
「痛い……痛いし、うへぇ……。口の中に砂が……砂がぁ……」
地面を陥没させといてその程度のダメージで済むのか。タフだな。
土まみれとなったエリアル。ぺっぺと砂を吐き出しながら、明らかな憤怒を込めた表情で俺を睨みつけてきた彼女は、
「本っ当に! どういうことですか!私、豊穣の女神ですよ!? そりゃ、確かにこっちの世界のではないですけど……でも女神ですよ!? もっと敬って崇め奉ってちやほやするのが礼儀ってものでしょう! 分かったらほら! 早く! 甘いお菓子をげふっ」
「……あら? 何か踏んだかしら? でも足元には何もないことだし、問題はどこにもないわね」
「……」
落ち着いて聞いてほしい。
……なんか降ってきた。
いや、なんか降ってきたのはその通りなんだけど、もうちょっと詳細に言おう。
エリアルが美少女だというならば、こっちは美女だ。
青い髪を腰まで伸ばし、その先端あたりをゆったりを結んでいる。
髪と同じ色をした瞳の彼女は、エリアルのと趣の似た……しかし微妙にデザインの違う薄紫の羽衣をまとっていて。その中の胸のあたりが、「え、それ本当に体のラインが出ない服?」っていう主張の仕方をしている。
どこからどう見ても、ただただ洗練された美しさだけが漂う妙齢の女性。そしてその足の下には……エリアルがいた。
「ちょっと、サリアルさん。何もいなくはないでしょう。ちゃんと私がいますよ。可愛いエリアルさんが。分かったらさっさと下りてくださむぐっ」
「……空耳かしら? 何かバカが発するような声が聞こえた気がしたのだけれど。貴方もそう思うでしょう?」
「……。いや、どいてやれよ」
ただ踏んづけるだけならまだしも、さっきからこいつはエリアルの頭をぐりぐりとしている。
女性とはいえ、人ひとり分の体重が乗っかったら相当きついと思うんだけど……。
と思ってたらサリアル? がバランスを崩した。エリアルが体をねじって無理やりに這い出してきたのだ。
そして起き上がっると、ファイティングポーズをとってサリアルに対峙する。
「もー起こりました! なんですか、足蹴にして! 美の女神だか何だか知りませんけど、好き勝手した罪は大きいですよ!」
「……そうね、確かに私は大きいものね。僻んでるのかしら?」
「胸の大きさの話じゃないです! そもそも私だって別に小さくないですから! 小さいのはルルンさんでしょう!」
「――ちょっと!? 今聞き捨てならないことが聞こえたんだけど!」
なんだかカオスな会話の中に、また一つ知らない声が入った。
その声は頭上から。というかサリアルが下りて来たあたりから聞こえてくる。
顔を上げて確かめると、先ほど確かめた空間の裂けめ。そこから一人の少女が顔をのぞかせていた。
少女というか、中学……小学校高学年くらいの女の子だ。
ショートボブの黒髪に赤い目。この子も二人と同じように、赤を基調とした羽衣を身にまとっている。いるのだが、不思議と体のラインは全然わからなかった。
おかしいな。エリアルとサリアルの時は分かったのに、この子――ルルンはポンチョを着てるようにしか見えない。
「おい、にーちゃん。今なんか失礼なこと考えてねーか?」
「考えてない考えてない。俺、考えるより先に手が出るタイプだし」
「ドヤ顔で言ってるけど、それって全然誇るところじゃねーからな!?」
ごもっとも。
なんだか妙に接しやすいなあと思いつつ降りてくるのを待ってみるが、ルルンは一向に降りてこない。
「な、なんか、思ってたよりだいぶ高いんだけど……。二メートルちょっとあるだろこれ。ここから飛び降りるの……?」
「いやいやルルンさん。何してるんですか。別に高くないですよ」
「……自分が小さいから、高く見えるだけね。これだから子供は」
「子供じゃねーし! ふんだ! いいよ、飛び降りてやらぁ!」
子供だ……。
煽られてキレたルルンが、口車に乗せられたままに行動を起こす。
身を乗り出して空中にダイブ。重力に従って回転しながら地面へ一直線――。
「へぷっ!?」
「「「……」」」
足から着地できなかったルルンが、地面に全身を打ち付けて変な声を出した。
「う、うえぇ……。口の中が……。口の中が気持ち悪い。じゃりじゃりする」
「いや、浮きましょうよ」
エリアルの冷静な声が、土まみれになったルルンに投げかけられていた。