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初音の剣  作者: 秋月 忍
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決起の夜

 雷蔵の屋敷の座敷に、集まったのは、三十名ほど。

 決起するには少ない。だが人を集めているだけの時がない。時間をかければ、城側から手が回る可能性もある。

 襖をとりはらい、二部屋を使用していて広くなったとはいえ、人数が人数だけに、随分と窮屈である。夜が更けて外は随分と冷えてきたが、むしろ暑いくらいだ。

 行灯の光に照らし出された面々の顔は、緊張に満ちている。雷蔵を上座に、山里や、光念が並んでいた。清兵衛や茂助の姿もある。

 初音は何故か雷蔵の隣に席を用意され、居心地の悪さを感じていた。おそらくは「父の代理」ということなのだろうが、それにしたって、とは思う。

 ただ、命緋刀を手にしたのは、父の左門であり、それを救った清兵衛たちは、雷蔵ではなく、あくまで初音に仕えると豪語している以上、この扱いは当然なのかもしれない。実際、命緋刀があってこその、決起である。さらに清兵衛たちの情報網はかなり大きく、今回の企ての正否を左右するほどで、無視はできない。

「清兵衛、城に異変が起きたというのは本当か?」

 雷蔵が口を開いた。

「はい。星暗寺の方から、計都どのが呼び出されたと、聞いております。さらには、城下の薬問屋などに、発注が大量にかかったという噂が流れて参りました」

 清兵衛の言葉にざわめきが起こる。

「……本当に、お館さまが病に倒れられたのであれば、今度こそ、退位なさるのでは?」

「しかし、八歳の犬千代君で治められるのか?」

 集められた者に動揺を取り払うかのように、雷蔵は膝を手で叩く。すると場がしんと静まり返った。

「異を唱えるわけではございませんが」

 山里が手を挙げた。

「実は、お館さまが、明日、狩りに出かけられるという話を聞きました。これは、水橋家の人間に確認したこと。まず、間違いないかと」

「狩りに……」

 普通に考えれば、病に倒れている人間が、狩りに行くはずはない。

「星暗寺に行くとか?」

 言いながらも、初音は首を傾げる。

 渇きの病と封印が関係するのであれば、星暗寺に行くことで解決することもあるのかもしれない。ただ、あくまで仮定の話で、確証は何もない。ただ、狩りという名目なら、病という事実を隠して禁足地に出かけることができる。

「一つ、気になることがございます」

 光念が口を開いた。

「命緋刀、そのものに清濁はありませんが、封印する人間側には清濁はあるということ。星暗寺の口伝によれば、主たるものの手は、できるだけ『清浄』に保つべしとあります。もちろん、一国の当主となれば、完全に綺麗なままというのは、不可能。また、年に数回の『狩り』などを否定するものではありません」

 それはそうだ。国を治めるようになれば、法を犯すものは取り締まらねばならないし、他国に攻められれば戦もする。直接手を汚すことは少ないとはいえ、それを無いものにできるほど、世はきれいごとではない。

「ただ、そういった『穢れ』に触れる機会が多かった方ほど、渇きの病に早々に襲われた傾向はございました」

「お館さまの狩りは、昔より増えている。もともと、お好きではあったが最近では、かなりひんぱんになっていた」

 雷蔵が眉根を寄せた。

「ここからは、拙僧の想像でございます」

 光念は慎重に言葉を選んでいるようだった。

「命を持って、闇王を封印するための刀としか、私どもは考えておりませんでした。しかし、清濁関係なく刀に力が宿るとしたら、刀の力を介して闇王を開放することも可能なのではないかと」

「闇王を開放?」

 一同がざわめく。

「かなりバカげた考えではあるのですが、闇王の力が刀の主に逆流することもあるのではないでしょうか」

「……つまり、積極的に『穢れ』に触れれば、闇王の封印が簡単に解けるということか?」

「可能性はあります」

 雷蔵の問いに、光念は頷いた。

「ただ、それは雷蔵さまのおっしゃるように『刀が穢れて』いたと仮定してのこと。裏付ける証拠は、今のところ、禁足地で闇の眷属が現れたくらい……」

「積極的に穢れを望んだという様子は、あると思います」

 初音は大きく息を吸い込んだ。

「まず、他人を故意に傷つけ、人の血を舐めるというのは穢れとまで行かないにせよ、ふつうではありません。それに、狩りを必要以上に好むのも……」

 初音は雷蔵の方を見た。作造の話をするべきだろうか迷う。

 証拠はない。ただ、銃弾と人の悲鳴。そして、人がさらわれたという事実だけ。

「憶測で必要以上に、こちらに正義を引き寄せるつもりはない」

 雷蔵はそっと初音に首を振った。慎重、というより、雷蔵自身が未だ信じたくないと思っているのかもしれない。

「なんにせよ。狩場に行くなら、またとない機会だ」

 雷蔵は目を閉じた。

「清兵衛、命緋刀をここに」

 清兵衛が三方にのせ、持参した白鞘の懐刀を差しだした。

「初音どの、抜いてもらえないか?」

「はい」

 初音は美しい白鞘を手に取り、柄を握る。刀を抜くと、背筋がゾクリとした。

 以前より、刀身がさらに黒いように思う。まるで、光を吸収するかのようだ。

「……どうみる? 光念」

「随分と禍々しい……」

 光念は刀身を凝視した。

「刀には清濁がないと申し上げましたが、明らかに私の知っている刀とは別物のようです。強く穢れております」

 刀を握る初音は、じっとりと汗をかく。手からずっしりと感じる()。主以外の男性を嫌い、雷蔵は力が吸い取られると言った。そこまでの感覚は感じられないものの、誰かに見られているかのような圧力がある。その視線は、領主塩田玄治なのか、闇王なのかはわからない。ただ、見られていると思うだけで、血が凍るような恐ろしさを感じる。

「すまない。初音どの。しまってくれ」

 初音は刀身を鞘に戻す。カタカタと持つ手が震えているのが自分でも分かった。

「無理をさせてすまなかった」

 雷蔵の手が初音の肩に触れる。大きく温かな手だ。

 初音は大きく息を吸いこむ。鞘にしまってしまえば、視線は感じない。力も感じない。

 雷蔵の手から伝わってくる力が、初音の心を落ち着かせる。

「刀は俺が」

「いえ。私がお預かりします」

 初音は懐剣をその手に握り締めたまま、首を振る。

「この刀は、主以外の男性を嫌うのでありましょう? ならば、主が変わるその時まで、この刀は私がお預かりします」

「鞘から抜かねば、どうということはないのだ。初音どのに無理をさせるわけには」

「鞘から抜かねば良いのなら、それは私も同じこと」

 初音はにこりと微笑する。

「それならば、父でなく、()がおそばにいる意味があるというもの」

 雷蔵が儀式を執り行う、ぎりぎりまで、雷蔵に危険が及ぶようなことはさせられない、と思う。

「拙僧も、初音どのがお持ちになるのが良いと思います」

 光念が口をはさんだ。

「どういうことだ?」

 雷蔵の問いに、光念は静かに答える。

「場合によっては、通常の状態で刀の主に傷をつけることすら、困難になっているかもしれません。その場合は、命緋刀そのもので……」

 さすがにそれ以上を言葉にすることはためらわれるらしく、光念は言葉を濁した。

 つまり。闇王と玄治がつながっていた場合、通常の武器では、傷つけることはできないかもしれない。

 その場合は、命緋刀で、主の命を奪うしかない、ということだ。

 ならば。

 その役目は、女である初音にしかできぬ。

「しかし……」

「お願いにございます。初音は、雷蔵さまのお役に立ちたいのです」

「初音どの……」

 雷蔵は大きく息を吐いた。

「わかった。刀は、初音どのに任せる。光念は儀式の供物を用意せよ……他の者は、狩場の禁足地に向かう」

「御意」

 全員が、いっせいに平伏する。

「これより、俺は、領主の座を簒奪する修羅となる」

 雷蔵が高らかに宣言する。

 行灯の光が、ゆらりと揺らめいた。



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和語り企画
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