6.想(セフィリア視点)
私の主様は変わっている。
とある事情で瀕死だった私を買って治した。
治して、しまった。
本来そんなことはあり得ない。
ユキ様の使う回復魔法は異常としか言えないのだ。
聖女様の持つ最上級の回復魔法だったとしても四肢の欠損を満足に治すことはできない。
もし治せたとしてもほんの少し再生するだけで完全とはいかない。骨折であったり身体的な損傷、深刻な病を治すのが限界だったはず。
それですら神に選ばれた存在だと囃し立てるほどなのだ。
そして、失明し、腕が欠損していた私の未来は死だけだった。もはや誰にも助けられない。自分でもどうしようもなかった。
だからこそ、私は捨てられた。絶大な力を持っていた私だったが、仲間はずっと私を恐れていたらしい。
最後に言われた言葉はなんだったか。よく思い出せない。
結局奴隷店に拾われてしまったが、どうでもよかった。自分の人生はそれまでだったのだ。
だけど、全てを諦めて少しした後、誰かが私を背負って歩き始めた。
何も見えないし聞こえないので、誰かは分からないけど、どうせろくなことにならないのは容易に想像できた。
ただ、傷ついた私を背負う誰かはとても丁寧に歩いてくれた。
これ以上傷つけないように、痛みを抑えられるように。そう、気遣っているようだった。
そんなのあり得ないと考えてから自分の今の状態を思い出して、げんなりした。
でも、着せられた衣服は安心する匂いがした。
朝起きると、主様の顔が目の前にあった。
そして、昨日のことを思い出す。
目の前にいる私の主様が、回復魔法を使った時のことを。
それは、今までの苦痛を全部反転させたようなひと時だった。
主様の優しい手つきが私に触れるたびに、波打つ快楽が私を襲った。
何より驚いたのは腕と目の再生だった。
本来あり得ないはずなのに、もう一度目が見える。腕が使える。
気づいたら涙が止まらなかった。
幸いなのは目を覚ましたのが朝早くだったので、主様は熟睡していた。いや、異常なくらい深く眠っていた。
可愛い。主様は絶世の美少年だった。さらさらとした金髪に長い睫毛。すべすべな柔肌はとても健康的で、寝ている様は天使のようだった。国の中で、いや大陸で一番の美少年なのは間違いない。神に選ばれたかのような容姿だ。
にぎにぎと、私の左の手で主様の右手を触る。
そうするごとに至福の気持ちに包まれた。
私に比べても小さな手のひらはこの上なく柔らかかった。
✴︎
主様の名前はユキ様というらしい。これから何度も呼ぶけれど、名前を呼ぶたびに顔が赤くなる。無表情でいたけどバレてないか不安でもある。
本当に、ユキ様は変わっていた。
私の強さを鑑定スキルで見たらしい。
回復魔法と鑑定魔法を扱える時点で、国のお抱え間違いなしだ。それなのに、かなりの貧乏性に見えた。実際、鍵付きの部屋を私に自慢してきた。
何より、私がエルフだと気づいたはず。どれくらいの鑑定スキルを持っているか分からないが、ステータスが見えるなら気づかないわけがない。
ずっと隠してきたことだ。当時の仲間も知らない。
そう、本当に誰も知らない事。
私は亜人だ。人もどきの存在。エルフという、人間以下の存在。
はるか昔から人族から忌避され、魔族から駆逐されてきた。
容姿は揃っていても、長く尖った耳で周りに気づかれると、すぐさま石が飛んでくる。
が、私はハーフエルフだった。人とエルフの子供。そのため耳は人間と相違なく、魔力が異常に高い。さらに見た目は人間と変わらないからステータスを見られる以外で種族が露見することはまずなかった。ただ、本当は喜ばしいことだった特徴であったハーフエルフの私は、実際にはエルフに差別され、人間にはいつも恐れられて化物と罵られた。
最悪の人生だった。
何よりユキ様にすら差別されると思うと、胸が痛んだ。
「落ち着こう。セフィに危害は加えない、というか加えられない。見て分かるだろ、俺激弱。どうあがいたって無理だから」
至って普通に、差別もなく、寧ろ興味津々で話しかけてきた。
何で?私はハーフエルフなのに。あなたの奴隷なのに。
どうして優しく接してくれるのか。見たこともない食事をくれたのか。
優しく笑いかけてくれたのか。
果てない疑問を持ったけれど、黙っておいた。今はただ、このひと時を味わいたかった。