第1幕 商人カロンと女騎士
ウェネア王国の西にある首都ウェネニアを、ウェネア人は完全な都ーウルプス・ペルフェクと呼ぶ。港湾都市でもあるウェネニアには西方諸国で入手可能なあらゆる商品が集まり、あらゆる人種と職業が見られるからだ。
そうした繁栄を謳歌する都市に陸路で入る場合は東の城門で通行許可を経なければならない。高くそびえる城壁の前には通行許可を待つ長い人の列があった。列を構成するのは背嚢を背負ったり、荷馬車を引いたりしている商人がほとんどである。馬を引いた傭兵がちらほらと混ざっているが、彼らの目的も商人と同じだ。この豊かな都で金を稼ぐことである。
そんな列の中に一人の若い商人が居た。中肉中背の平凡な青年である。彼の外貌で眼を引く点があるとすれば、それは大きな口ぐらいなものだった。垂れぎみの目に反するように上がった口角と幅広な唇は、親しみ易い表情を常に形成している。
彼の名はカロンといい、ウェネア王国の東方の国・ユピトリア皇国出身の商人であった。商人カロンは大事そうに大きな背嚢を抱え、行儀よく列に並んでいる。
少しばかり列が進んだ頃、カロンの後方からどよめきの声が聞こえた。首を捻って後方を伺ったカロンはハシバミ色の眼を動かし、直ぐに騒ぎの原因を発見する。
長蛇の列の右方を白馬に乗った女騎士がゆっくりとすすんでくる。女の豪奢な金髪は颯爽と風になびき、磨きこまれた鎧が銅色に煌めいていた。
騎士の姿を一瞥して即、カロンはどよめきの原因を把握した。女の身体は露出箇所の多い、甲冑でしか、覆われていなかった。甲冑と言っても面積の小さなプレートアーマーである。ブレストプレートからは豊かな胸が半分露出し、くびれた露わなウェストには物々しいソードホルダーが巻き付いている。チェインメールスカートに至っては白い太ももの付け根まで見えそうなギリギリ感であった。女騎士の白い皮膚は清潔で汚れも無く、甲冑の状態からも戦闘中で衣類を失ったという可能性はなさそうである。
異様すぎる風体だが、何よりも異様なのは恥じらいの一片もない女の澄んだ眼だった。この半裸の装備が騎士として最高の礼服であるかのような誇り高い眼だ。微塵の迷いも後悔も反省の色もない。
滅多なことには動揺しないカロンだが、ここまで堂々と半裸を見せつける女には衝撃を覚えていた。
(この女騎士はきっと、戦闘に疲れて病んで、ストレスの適切な発散方法を見いだせず、半裸を見せつけて回るようになってしまったんだ)
傭兵の騎士が担わされる戦闘はとりわけ過酷であり、精神を病む者もいるという。カロンはそんな話も思い出しながら、真横を通り過ぎていく女騎士の姿をまじまじと観察する。
赤がね色の鎧と揃いの色のバスターソードがホルダーに収まっている。その剣の握り手に滑り止めの輪が重なってはめ込まれている。少しくすんだ握り手の意匠を見たときカロンは違和感を覚えた。
(蛇の鱗を模した意匠だ。流れの傭兵にしては凝った得物を使っている)
カロンは魔導金属加工の盛んなユピトリア皇国出身の商人である。魔導騎士が使用する鎧に関する知識は豊富であった。カロンは珍奇な商品を発見したときの様に心が騒いだ。ハシバミ色の眼を半眼にし、遠ざかる女騎士の鎧を注意深く見つめた。
(あのチェインメイルの細かさからして、ユピトリアのラスキーノ・ギルド製の鎧だ)
カロンの好奇心は急速に高まる。カロンの故郷のユピトリア皇国では、えり抜きの騎士は皇国騎士団に所属し、ラスキーノ・ギルド製の銀甲冑を与えられる。その甲冑に酷似した鎧を身につけている女騎士が、通行許可の列に並ばずに城壁を通ろうとしている。
(何か特別な使命があってユピトリア皇国からやってきた騎士なのか?)
女騎士に興味を引かれつつも、カロンは目的地である両替商に向けて歩みを早めた。