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魔術師組合の雑用係  作者: 天川降雪
第八章
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「どうやら終わったようだな」

「どうやら終わったようだな」

 マグシウスが言った。

「なにがだね?」

 ゴックは卓にある皿から茶請けの焼き菓子をひとつつまんで、口に放り込んだ。

「感じないのか、エーテルの流れを」

「わしは魔術師見習で挫けたからな。おまえとはちがうよ」

 中双糖をまぶした甘い焼き菓子を噛み砕きながら、ゴックはもごもごと言った。それは彼の細君の手作りで、美味だった。しかし年齢を重ねるにつれゴックの体型がふくよかになってきてからは、特別な客でもこなければ作ってくれない。

 いまゴックの屋敷内には大勢の農奴たちが犇めいていた。皆、ゾンビ騒動を知って地主の屋敷に避難してきたのだ。その周囲はデイモンを頭とする自警団が守りを固めているため、ほかの場所よりもいくらか安全だった。

 屋敷の台所にはゴックとマグシウス、そしてどこかの家の幼い兄妹がいた。ふたりの子供は広い台所内をうろついて、たくさんの鍋や調理用具を物珍しそうに眺めている。

 壁際に置かれた丸卓の横に座っているゴックは、口広なティーカップから静かに紅い茶をすすり、喉を潤した。

「よかったのかね、手を貸さなくても」

「いや、わたしの出る幕ではない。これは、この世界に住む人間たちの問題だからな」

「ならば、なぜここへきたんだ」

「いけないのか? わたしもいちおう、人の親だ。気にはなるさ」

 ひどく人間味のあるマグシウスの言葉にゴックは含み笑いをした。そうしてあらためて、小さな丸卓の反対側に座った男に目をやる。魔術の始祖、最後の魔法使い、不死者マグシウス──呼び名は数あれど、こう見ると彼もひとりの人間だった。

 とはいえ、マグシウスはゴックとちがう時間の流れを生きている。椅子に腰掛け、羊飼いのような杖を自分の肩に立てかけた古い友人は、知り合った当時とまるで変わりがなかった。あれからもう三〇年以上は過ぎたというのに。

 ゴックはまぶしいものでも見たかのように目を細めた。

「おまえは変わらんな。あのときのままだ」

「そっちはずいぶんと貫禄がついた。男爵とはおそれいったよ」

「嫌味はよせ。腹の肉がだぶついてきたのは気にしてるんだぞ」

「嫌味ではない。時が流れ、人も変わる。男爵の地位を得たきみの援助でミロワ・オーダーは成り立っているんだ。ネビュラーゼもよろしくと言っていた。その点については感謝している」

「かまわんよ。いまのオーリアは富国になった。その貴族がどれほどカネを持て余しておるのか、知らんわけではなかろう」

 ゴックの使用人が勝手に台所へ入り込んだ兄妹を見つけ、めん棒を振り回し追い散らした。ふたりの逃げてゆく後ろ姿を見てマグシウスが笑う。その彼へゴックが訊いた。

「おまえほどの魔術師なら、貴族に仕えたこともあるんだろう?」

「そうだな……いちばん長く仕えたのは、ハイリスのレダーマイヤ王朝だったな」

「ハイリス? はて、聞いたことがないな」

「海の向こうの古い国だ。もうこの世には残っていない」

「どのくらい前の?」

「ざっと四〇〇年ほどだ」

 こともなげに言うマグシウス。ゴックは声もなく目を丸くした。

 丸卓に頬杖をついた不死の魔術師は、台所の小窓から外をぼんやりと眺めた。

「思い出だけが積もってゆくんだ。両手からあふれてしまうほどに……」

「それのなにが不満だ。死から逃れられるだけでも、わたしはうらやましいがね」

「居場所がないと思ってな」

「居場所?」

「帰る場所というべきか。背負い込んだ荷物をおろして、くつろげるような場所。そういったものがわたしにはない」

「ふむ。だからおまえは旅をつづけているのか」

 不死者の心など、定命のゴックには察するにあまるものがあった。

「しかし、不死者というのは自分で世界を作ることができると聞いたぞ。居場所がなければ、作ればいいだろうに」

「たしかにな。似たような野望を抱き、すべてを擲って不死者となった者もいる」

「おまえはなんのために?」

「わたしは魔法の秘密を解き明かしたかった」

「やり遂げたのか?」

「いいや、まだだ」

「だが大魔術師マグシウスにかなう者など、もはやこの世にはおるまい。その力で世界のすべてを手に入れればいいだろう。そうすれば、どこもかしこもおまえの居場所になる。わしならそうする」

「やめておくがいい。世界を手に入れるなどといった傲岸不遜は、総じて身を滅ぼすものだ。人はどうやっても神にはなれんよ」

 マグシウスは自分の口から出た言葉ながら、それがむなしい繰り言のように思えた。まるで子供に言って聞かせる脅し文句だ。

「そういうものかね。もしやおまえ、まだ不死者としては半人前なんじゃないか?」

 とぼけた顔でゴックが言った。かさ高で無遠慮な受け答えのようだったが、マグシウスは彼の言葉に友人としての心遣いを感じた。

 どうやら話しすぎた。やおら、マグシウスは椅子から腰をあげた。

「ゆくのか?」

 とゴック。

「ああ」

「外まで送ろう」

 玄関から表に出ると、真昼の日差しがまぶしい。ゴックの屋敷では、敷地のいたるところで大勢の農奴とその家族が不安そうに身を寄せ合っていた。あたりは埃っぽく、彼らの汗の匂いがした。戸惑い疲れて眠る者。噂に翻弄され、さめざめと泣く者。取っ組み合いの喧嘩をする者。なにも知らず走り回る子供たち。そんな人々のあいだを縫い、ふたりは正面口まで歩いた。

「ではな、マグシウス」

「ああ。会えてよかった。また旅先で便りでも書こう」

「それで、どこへゆくんだ」

「わからない」

「なにをするつもりだ」

「それもわからない。ただ──」

 マグシウスはゴックの屋敷前からのびる、まっすぐな道の向こうへ目をやった。

「わたしはもう少し、この世界で人間たちを眺めていたい」

 言い残して去る友人の背中を、ゴックは長く見つめていた。その彼にデイモンが寄り添い、声をかけた。

「あの御仁は?」

「古い友人だ」

「ほう。佇まいからして、ひとかどの人物に見えたが」

「ああ。重い宿命を背負って生きる男だ。だが、わしらと変わらん。ただの人間だよ」


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