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魔術師組合の雑用係  作者: 天川降雪
第八章
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最初に異変に気づいたのは、

 最初に異変に気づいたのは、旧市街に住んでいるうちでも最下層の人々だった。その日、悪徳と絶望の吹き溜まりであるスラムで暮らす彼らには、考えうるかぎりで最悪の朝が訪れた。

 汚らしいスラムの路地では死体などめずらしくもない。行き倒れ、この世に見切りをつけた悲観主義者、あるいは誰かがほしがるものを持っていたせいで目をつけられた不運な被害者。死体となる理由は様々だ。しかし、そういった死体は放置されたあげく、腹を空かせた野良犬や蛆虫のほかに誰の興味も引くことはなかった。腐りかけ土に還ろうとするそれが、動き出すまでは。

 はじまりは前日の夜更けだ。その者はスリで生計を立てていた中年の男で、安酒を喰らって家に帰る途中、道端で雨に打たれる死体を見つけた。いやな雨だった。誰も外に出ようとしないから、商売ができない。加えてそれに濡れると妙な匂いが身体に染みつくのだ。二日間つづいた雨のあいだ、男はずっと酒場で飲んだくれるしかなかった。おかげでだいぶ懐が寂しくなったこともあり、彼は暗い帰り道で蹴躓いた行き倒れから、なにか役に立つものを得ようと考えたのだった。夜目を頼りに、相手を足先でつついて死んでいるのを確認した。おそらく飢え死にした物乞いだろうが、オリオン銅貨くらいは持っているかもしれない。そう期待してポケットや服の内側を物色する最中に、噛みつかれた。激痛で一気に酔いが醒めた。頸元からひと口分の肉を食いちぎられた男は仰天し、死体だと思っていたものを突き飛ばして、すぐにそれから離れた。しかし数歩もゆかず彼は地面に頽れる。破れた動脈から大量に失血していた。深くえぐられた傷口を両手で押さえるものの、指のあいだから生温かい血が止めどもなく流れ出ていった。死は何人へも平等に訪れる。それでもただひとつの方法を除いて、死に方は選べない。やがて、堕落に満ちたひとりの人生が、スラムの裏路地でひっそりと幕を閉じた。

 男の死が皮切りとなり、スラム内の数カ所で似たような連鎖がはじまった。暁のころには、数十体のゾンビが路地をさまよっていた。それに対して真っ先に行動を起こしたのは盗賊組合である。彼らは恐慌を来したスラムの住民を避難させ、ゾンビを封じ込めようと奔走した。皆よくやったが、まさかゾンビが感染性を持っていることなど知らなかった。ほどなくこれが、自分たちの手に負えない事態であるのを悟った組合幹部のラウルは、ラクスフェルドの新市街へ救援を求めに走った。市壁の太陰門に馬で乗りつけた彼は、ただちに開門してオーリア王国軍を出動させるよう門衛に請うた。が、詰所にいた門衛は四角四面に規則を遵守する堅物で、日の出まで門は開けられないと頑なに言い張る。それが状況を悪化させることとなった。まるで埒が明かないのにあきらめ、旧市街へ引き返したラウルはそこで愕然とした。もどってみればゾンビの被害はさらに拡大し、変わり果てた彼の同胞の姿もあった。混迷し、悲鳴が入り交じるなか、ラウルはゾンビどもを引き連れた黒いローブの男が、オンウェル神殿へ向かうのを目撃した。

 そして夜が明けた。ようやくオーリア軍が旧市街へと姿を見せた。そのときには騒動もほぼ沈静していた。彼らは到着するや負傷者の処置に取りかかり、スラムの住人のうち怪我人を厳重に隔離しはじめた。実によい手際だった。まるで、この惨劇が起こるのを予測していたように。聞けばラクスフェルド周辺の墓地でもゾンビが発生しているらしい。それでラウルは気づいた。やつらはこうなることを知っていたのだ。そのうえで旧市街は後回しにされたのだと。

 ゾンビに傷つけられ、疲弊しきった大勢の無辜な人々。自分と同じく旧市街で暮らす皆を眺めて立ち尽くすラウルは、怒りに身体を震わせた。彼はオーリア軍の兵士に指を突きつけると激しく詰め寄った。

「おまえらのせいだぞ! これは、おまえらがやったんだ!」


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