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魔術師組合の雑用係  作者: 天川降雪
第六章
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デイモンはクリスピンの指示に

 デイモンはクリスピンの指示に従い、ゴックの屋敷へと取って返した。クリスピンが先に見せた不審な様子が気になったものの、とりあえずいまはローゼンヴァッフェのことだ。ゴックから荷馬車を借りて、荷台に縛りあげたローゼンヴァッフェを載せると、デイモンはラクスフェルド市街の大聖堂へ急いだ。

 市街の中心にあるロザリーフ大聖堂では、数人の僧侶がデイモンを出迎えた。案内されたのは大聖堂ではなく、それに付帯する石造りの小屋だった。地下に貴族専用の墓所があり、この小屋は遺体を一時的に保管する安置所のようだ。内では複数の石の寝台が整然と並んでいる。僧侶たちは寝台のひとつに薔薇水を撒くと、そこへ縄で縛って動けないようにしてあるローゼンヴァッフェを横たえた。

 しばらく待たされた。焦れたデイモンが安置所の外へ様子を見にゆこうとしたとき、出入口のそばにいた僧侶のひとりが彼に肯いて見せた。するとまもなく、修道帽をかぶり紫紺の法衣を身にまとったモロー枢機卿が、その場に姿を現した。

 モローの後ろには助祭がひとり、そしてクリスピンがつづいている。デイモンの近くまでくると、モローはふたりを見比べて、

「ほほう、これはどうしたことだ。おまえたちが同じ場所にいるとはな」

 さもたのしげに言う。小柄で柔和な顔つきのモローはいかにも好好爺といった風貌だ。しかしデイモンは、モローの心のなかに仁徳などといったものが微塵も存在しないと知っている。今回、クリスピンに援助を求めたのもそのためだった。いったい彼はモローにどんな条件をつけてここへ連れ出したのか。金銭か、それとも政治的なやり取りでもあったにちがいない。

「それで、このあと決闘か? なんなら、わしが立会人になってやるぞ」

 モローの笑えない冗談にデイモンは辟易した。

「話は聞いたんだろう。はやくしてくれ」

「なんじゃい、つまらんやつめ」

 無愛想なデイモンにモローは興ざめした。それから枢機卿は助祭に目をやり、石の寝台に横たわるローゼンヴァッフェを顎でしゃくった。助祭がローゼンヴァッフェの頭にかぶせてある麻袋を外す。すると、いままでおとなしかったローゼンヴァッフェが、じたばたと暴れだした。モローは歯を剥いて威嚇してくるそれへ、興味深そうに顔を近づける。

「おお、これはまさしくヨアヒム・ローゼンヴァッフェのゾンビじゃなあ。フハハ、こやつめ下手を打ちよってからに」

 そしてモローはデイモンたちに向き直ると、

「言っておくが、これは荒療治となるぞ。失敗してもわしを恨むな」

「いったい、どうやるんだ?」

 クリスピンが訊いた。

「なに原理は単純だ。まず、こやつをゾンビとして一回殺す。そうしてから、人間として生き返らせる。それだけだ」

「ゾンビを殺すのなら頭を潰さねばならんぞ。そんなことをして、元どおりに生き返るのか」

 と心配げにデイモン。モローは助祭が携えていた盆から小ぶりなナイフを取りあげて、デイモンとクリスピンに見せた。

「このナイフは祝福されておる。突けばゾンビなどイチコロだ。──さて、どっちがやる? わしは刃物を扱えんのでな」

 デイモンが無言のままモローからナイフを奪い取った。彼はそれを片手で器用にくるりと回し、逆手に持ち替える。そしてヨアヒムの胸にその先端をあてると、

「許せよ、ヨアヒム」

 肋骨の隙間、心臓のあたりに深く刺し込み、手首を返してえぐってから、引き抜いた。途端、異臭が安置所に充満し、その場にいた全員がたまらず顔をしかめる。デイモンが持つナイフの刃には、どろどろした緑の液体がべっとりとへばりついていた。

「よしよし。あとは任せるがよい」

 モローはゾンビのローゼンヴァッフェが事切れたのを確認してから、すぐに蘇生へと入った。彼によれば、使用するのは信仰呪文のうちでも特に高位な真の蘇生だという。助祭の盆から触媒となる大粒のダイヤモンドと、聖水に漬けたチビリポックリ草を取りあげたモローは、それらを両手で揉みながら呪文を唱えはじめる。

「ほ~れ、還ってこ~い」

 人間性が歪んでいるとはいえ、モローのハイプリーストとしての能力は確かである。デイモンもクリスピンも、彼が死者を蘇らせるという高位な信仰呪文をわけなく扱う手際には、舌を巻くほかない。エーテルを励起させた清浄な魔力に包まれ、ローゼンヴァッフェの身体が輝きはじめた。胸の傷がみるみる塞がってゆく。そしてまもなくもせず、ローゼンヴァッフェは唐突に息を吹き返した。ぱっと目を開けたかと思うと、彼はおぼれていた人間が陸へ揚げられたときのように、大きな呼吸を何度もくり返した。やがて、ローゼンヴァッフェは丸く見開いた目で、自分を囲み覗き込んでいる面々を順に見つめた。

「ノア、リアム……それに、モローもおる……」

「どうやら、うまくいったようだな」

 クリスピンが細く長い息を吐いた。

 デイモンがローゼンヴァッフェを縛ってある縄をナイフで切ってやった。すると、その彼の片腕をローゼンヴァッフェが摑んだ。

「なあノアよ、クロエは? クロエはどこじゃ?」

 ローゼンヴァッフェと目を見交わしたデイモンは、言葉に詰まった。彼はすがるようなローゼンヴァッフェの手をほどくと、そっと相手の胸へ置いてやる。

「ヨアヒム、しっかりしろ。あいつはもういない……」

「ふむ。記憶の混濁か。まあ、そのうち正気にもどるだろう」

 とモロー。

 ローゼンヴァッフェは大事をとり、しばらくモローのところで養生させることとなった。しかしデイモンは、それについてクリスピンとモローがなにかを企てていると見当をつけていた。おそらくは黒いローブの死霊術師に関係することなのだろう。砦でそのことを話したときのクリスピンは、あきらかに動揺していた。加えて、ローゼンヴァッフェがゾンビとなった理由もいまだ不明である。ラクスフェルドでなにかが起こりつつある。古びたとはいえ、錆びついてはいないデイモンの勘が、そう告げていた。

 だがなんにせよ、デイモンには関係のないことだった。どんなに危険な陰謀も、薄汚い政争も、いまの彼には関係がない。自分はもうそういった世界から遠く離れたのだ──デイモンは自らに言い聞かせると、きな臭い考えをすべて頭から追い散らした。

 デイモンがクリスピンと連れだって安置所の外に出ると、もう日が暮れていた。

「礼を言うぞ。おまえのおかげで助かった」

 デイモンの示した謝意に、クリスピンはふんと鼻を鳴らしただけだ。そして彼はデイモンに、

「ヨアヒムのことだが、あいつはあぶなっかしい。おまえがちゃんと面倒をみてやれ」

「ああ、わかってる」

「あと、二度と騎士団の砦には近づくな。いまは見逃す。だが、つぎにわたしの前に姿を見せたら、命はないと思え」

 それが別れの言葉だった。

 デイモンは大聖堂の庭でしばらく佇立したまま、長い影を踏んで去るクリスピンの後ろ姿を眺めた。こうなるとわかっていたが、それでもやはり気分は重く沈んだ。やがて、自分もクリスピンとは逆のほうへ歩きはじめる。

 いつからだったか、ふたりが背中合わせになったのは。思い出せない。遠い昔だ。もうやり直すことのできないほど、遠い昔。


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