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魔術師組合の雑用係  作者: 天川降雪
第五章
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「う~~、遅刻遅刻」

「う~~、遅刻遅刻」

 両側に畑地の広がるあぜ道をペルは走っていた。その顔には汗が流れ、着ているローブの裾が、ばさばさとはためく。急な風にさらわれたとんがり帽子を、あやうく空中でキャッチしたものの、ペルはそれをかぶり直す間も惜しんで駆けた。

 城郭都市ラクスフェルドの郊外は見渡すかぎりの農耕地帯だ。その広大な土地へ、やや傾いた位置にまでさがった太陽が分け隔てない恵みを注いでいる。近頃は昼をすぎれば夏のような日差しだった。それに辟易して、もう明日からは夏用のローブに切り替えようなどと、疲労と暑さで朦朧となりかけたペルが考えているうち、前方に灌漑用の水路が見えてきた。用水路には小さな橋が架かっており、渡った先に青い屋根の一軒家がある。そこがペルの目的地だった。魔術師組合の本部である。

 魔術師組合へはいつも王立翰林院の授業が終わってからすぐ手伝いにきているのだが、今日は大幅に遅れてしまった。用水路の橋を渡り、組合本部の敷地を取り巻く垣根に沿って進むと、荷馬車が玄関に横付けされているのが見えた。その近くで木箱を抱え持っていたステラが、息を喘がせ走ってくるペルに気づく。

「あっ、ペルあんた!」

 木箱をどすんと荷台に降ろし、ステラが遅刻してきたペルを睨みつける。

「あはは、すいませ~ん……」

「遅いじゃない。なにやってたのよ」

「え? いやあ、ちょっと勉強のことで先生と相談を」

 とペル。実は授業のあと、同級生の気になる女の子であるレナと話し込み、ついつい時間を忘れたなどとは口が裂けても言えない。その咄嗟に思いついた言い訳をあやしまれる前に、ペルは話題を変えた。

「ところで、なんですかこの荷物?」

 荷馬車の荷台を覗き込み、ペルが訊ねた。荷台にはステラが運んだのだろう、食料や日用品の入った木箱がいくつか積んである。

「ローゼンヴァッフェさんのとこに届けるのよ。まだあるんだから、あんたも手伝ってよね」

 手についた汚れを払い落としながらステラが言う。

 ローゼンヴァッフェは魔術師組合に加入している老魔術師だった。彼は魔術師であり発明家であり、さらに錬金術師でもあるという碩学だ。以前はラクスフェルド市街に住んでいたのだが、静かな環境で研究に没頭したいとのことで、郊外へ引っ越してきたらしい。ペルも組合の御用聞きでローゼンヴァッフェの住まいを訪ねたことがある。現役のころは王城で宮仕えをしていたとかなんとか、本人からうさんくさい話を聞いたのを思い出した。辺鄙な場所にひとりで隠居している老人なため、今回のように生活必需品の調達を頼まれることがたまにあるのだった。

 組合本部の入口の横には、まだ木箱や大きな袋が置いてある。ペルとステラはそれらを手分けして荷馬車に積み込んだ。ほとんどが衣類や食料、それに細々とした日用品だったが、最後にペルが運んだ小さな木箱には、たくさんの魔術スクロールが入っていた。それは呪文の効果を封じ込めた魔術用具である。使えば魔術師でなくとも、さまざまな呪文の恩恵にあずかることができるのだ。どのような呪文のスクロールなのか気になったペルは、二〇巻ほどあるうちのひとつを手に取ってみた。木の軸に巻き付けた羊皮紙にはラベルが貼ってあり、凍結Ⅱの呪文とある。ならばこれは、通常の凍結Ⅰよりも広範囲に効果を及ぼす中級クラスの呪文だ。ほかのスクロールも全部同じものだった。

「凍結の呪文ばっかりだ。いったい、なにに使うんですかね?」

 ペルは魔術スクロールを木箱へもどし、荷台の空いた場所に置いた。

「さあね。これから夏だから、暑い盛りに家んなかでも冷やすんじゃないの」

「凍死しちゃいますよ、それ……」

 ペルはびっしりと霜に覆われた部屋の内で、凍りづけとなっているローゼンヴァッフェを想像してしまった。しかし、真顔のステラはふざけて言ったのではなさそうだ。

「冗談で言ってるんじゃないわよ。あの人、変わり者だしね。この前も底なし沼の調査をするから水中呼吸の呪文をかけてくれって、あたしに頼んできたんだから」

「へえ」

 凡人には天才の発想が理解できないということなのだろうか。調査の結果がどうだったのか、ローゼンヴァッフェに会ったらぜひ教えてもらおうとペルは思った。

 荷物の積み込みは終わった。ふたりは荷馬車に乗り込み、ローゼンヴァッフェの家へと急いだ。場所はこのあたりの農地の外れだ。いまからなら夕方までには帰ってこられるだろう。


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