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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

戦姫

作者: Emanon

【登場人物】

イリノリア=ヴィゼ=システドール

愛称はイリア

戦姫

ルワード王国第一王女


ジル=ヴィゼ=ツェンドル

代々王家の騎士を務める家

王家とは遠縁にあたる

第一王女近衛兵団団長


シン

ニヴァタリア共和国の刺客


ルヘン

幼い頃に暗殺者をさせられていた少年。イリアに拾われる




戦争開始から2年、ニヴァタリアの皇帝が病に伏し、現状休戦となっていた。

第一皇女ながら戦に出向く戦姫イリアはある日、城下へ降りると黒髪の美しい青年と出会う。彼の名はシン。第一皇女の近衛兵団入団試験を受けに来たという彼とな不思議とウマが合うい、出会った時に男の実力を見たイリアはシンが近衛兵団に入れることを確信する。

しかし、シンはニヴァタリア共和国からイリアを暗殺するため送り込まれた刺客であった。

近衛兵団に入団したシンは彼女を暗殺する機会を伺うが中々隙はなく、女性でありながら誰よりも強く、時には残酷に、ただ戦争を終わらせたいという一心から剣を振るう彼女に絆される。

実は、シンが暗殺者であることを知りつつ、イリアもまた戦争を終わらせるために自分を殺そうとするシンに魅せられる。

2人は自然と惹かれ合い、想いを交えるようになるが、再び戦争が始まった。

世代交代したニヴァタリアの皇帝は前皇帝ほど強くはないが、シンにイリアを暗殺する命を下した。

シンは命令をうけ、夜にイリアの寝所に侵入するが、愛する人を殺せるはずもなくイリアに想いを告げて自分を殺させた。





ジルが彼女のいるテントに入った時、血の匂いと彼女の異様な殺気に思わず剣に手をかけていた。



「イリノリア様…これは」


「ニヴァタリア共和国はこちらに暗殺者を送り込んできた。条約により、こちらも規定を守る必要はなくなったわ。出陣の用意をしなさい。日の出とともに、この戦争を終わらせます」


「っはい!」



床に倒れる黒髪の青年、それが何を意味するのか、その場を見ていないジルはわからない。

ただ素直に、彼が暗殺者であり、彼女が始末したのだ。彼女は惑わされてなどいなかった。そう心に言い聞かせ兵士達に伝令をかけに行った。


再び静かになった部屋。

生き絶えた青年の冷たくなっていく体に触れたイリアは込み上げてくるものを心を殺して押し込めた。

そうしなければ、戦えない。

今ここで、冷静さを欠いては彼の死が無駄になる。


彼は、死んだのだ。


誰よりもイリアを理解し、愛そうとしてくれた彼、彼女と同じ志を持ち、彼女と自国の間で板挟みとなり彼女のために、志のために、命を落とした。


息を吐いて、彼女は立ち上がる。無益な争いを終わらせるために、国のために、そして、彼のために。


集められた兵は作戦を聞き、これが最後の戦いだと知り、イリアを先頭に陣を組む。

3つに分けられた陣は、日の出前に敵陣を囲み、日の出とともにルワード王国軍は用意のしていない裸のニヴァタリア共和国軍に攻め入った。


人数の多いニヴァタリア軍も突然のことに慌てふためき、数時間後には追い込まれせめて皇帝だけでもと皇帝を逃がそうと画策するも、その逃亡ルートにはイリアが待ち構える。

この期に及んで命乞いをする皇帝に、イリアは躊躇なく剣を振るい、皇帝の首を刎ねた。


こうして、何も生まない、無益な争いは終結を迎える。


皇帝の首を持って戦火の中心に向かったイリアを見て、両軍息を飲んだ。

全体として白い彼女はいったいどれだけ敵を屠ったのか、騎士服、外套、髪、肌、至る所が朱に染まり、太陽が彼女の赤を照らし騎乗する姿は異様。

異様なまでに美しく気高いその剣鬼を、後世、本物の死神と語る者もいたという。


戦争は終わった。


その終わり方に、残虐であると非難もあったが、戦争を終わりにするための犠牲だと各国の首脳は捉える。

なにより、残虐を指示した第一皇女は最後に敵の弓兵に射抜かれ、矢の毒に侵され死んだと言うのだから、何も言うまい。


ニヴァタリアは一時的にルワードの属領となったが、10年の保障条約の元、一度国政を見直し新たな、争いを行わない国に変わる予定だ。


ルワード王国は、戦争の勝利にお祭り騒ぎとなるはずが、その犠牲に国の象徴でもあった第一皇女が死んだことによりあまり堂々と喜ぶこともできない、むしろ、彼女の死を悼む空気が満ちることとなった。





ーーーーーー

ーーー




「本当に行かれるのですか」


「えぇ。わざわざ手配させてごめんなさいね、ジル」


「…この国に愛想が尽きたのですか」



真面目な顔で、見当違いなことを言い出したジルに、イリアは吹き出した。



「何言ってるの。私はこの国を愛しているわ。ただ、私みたいな戦うしか能のない人間が王になるより、お兄様のような文官が国を治めた方がこの先いいのよ。もう争うことはないのだから。私はいらないでしょう?」



なんでもないように告げるイリアだが、それでも今まで戦ってきた彼女が報われない、とジルは奥歯を強く噛む。


あの終戦前夜、彼女はジルに2つの命令を下した。1つは兵を集め出陣の準備をすること。そして、もう1つはイリノリア=ヴィゼ=システドールという人物を戦の中で殺すこと。


皇帝の首をとり、ニヴァタリア軍を降伏させ帰路につこうとした直後、ニヴァタリア兵の1人が拘束を抜け出しイリノリアを毒矢で打つ。そして彼女は死に至る。そういうシナリオだった。


実際に塗ってあったのは仮死の毒であり、矢を射ったのは指示を受けたルワード兵。このことを知ってるのはジル、指示を受けたルワード兵、死の診断を出したバール医師、そして、国王陛下。


彼女の体は王家の別邸に秘密裏に移されて、そこで1ヶ月ほど療養し今日、ここを発つ。



「ですが、」


「私がいるだけで、また戦う気なのかと勘ぐられる。それ程に、私は人を殺しすぎた。自分の身はわきまえてるつもりよ。」


「私を、連れて行っては貰えないのですか」


「近衛兵団を捨てるのね」



静かな言葉に、ジルは口を噤んだ。あなたの騎士だ、などと言えるわけもない。彼女は決してそれを求めないし、自分自身騎士であることを止めることなどできない。所詮自分はあの男の代わりにもなれない、ただの、騎士でしかない。

国のために何をすべきかを考え、最善の行動をする男。それが、ジル=ヴィゼ=ツェンドルという男だ。そういう男だから、団長を任せたというのに、珍しく言い淀むジルの姿に、イリアはまた笑う。


彼女のこんな柔らかい笑みなどいつぶりだろうか。ふと、ジルは考える。



「ふふ、そんなに怖い顔をしないで。ルワードをあなたに託すわ。別れも長くなるとキリがないし行くわね」


「…イリノリア様、いえ、イリア」



彼女が成人を迎えてから決して呼ぶことのなかった愛称、ジルはただの少女になった彼女をそう呼ぶ。あの黒髪の青年と同じように、愛し気に。



「お気をつけて」



見本のような騎士の礼。イリアはそれを見て少しだけ困ったように笑った。


主人と騎士、それ以上でもそれ以下でもない。2人の間にはただそれだけだが、確かに強い信頼関係があった。彼も彼女もその線を越えることはなく、互いに何より信頼し、後にも先にもイリノリア=ヴィゼ=システドールの“騎士”はジル=ヴィゼ=ツェンドルただ1人。



「…さようなら」



別れの言葉はジルに向けて言ったようで、その瞳はもっとずっと奥を見つめていた。

騎乗する姿もきっとこれで最後、随分とさっぱりした彼女の髪は新鮮で、やはり美しい。


栗毛の馬に乗り、彼女はゆっくりと国境へ向かっていく。

もう一頭連れられた葦毛の馬にはいくつか荷物がかけられ、その中には鮮烈に彼女の中に自分を刻んで消えた黒髪の美しい青年の骨を乗せて。


一度も振り返ることなく、去っていった。


ジルは彼女の姿が見えなくなるまで見送り、見えなくなった後、もう一度騎士の礼を取る。

彼なりのけじめ、これからのジルは本当の意味で国に仕えることとなる。そして、ジルもまた振り返らず王都へ馬を走らせた。



「団長!お戻りでしたか!」


「ああ。…?なんだ、騒がしいな」



戻った兵団の敷地は何やら騒騒しい。問題でもあったかと問えば驚き答えが返ってきた。



「それがっ、ルヘンのやつが消えたんです!」



渡された紙にはただ一言、別れの挨拶が書かれていた。



「ふっ、はははっ!」



その日、顔を手で抑えて大笑いする近衛兵団長の姿に、兵士たちは驚愕し、ゾッとして1週間ほどとてつもなくまじめに訓練に取り組んだという。

ルヘンの行方を探す指示は出さず、「アレは国に使える騎士じゃないからな」団長のその言葉の真意を理解したのはとある1人の兵士だけ。


こうして長い戦争は終わり、たくさんの犠牲の上に、ルワードはそれからも平和を掲げる大国として名を挙げていったのだった。



ーーーーーーー

ーーーーー



後ろから馬の蹄の音がする。


イリアは馬を止めて振り返ると、そこには予想通り、天使のような容姿をした少年の姿があった。

その姿を見て笑うイリアとは対照的に、ルヘンはイリアを見つけると少し怒ったような顔をしている。


彼女の刃である少年は、彼女が死んだと聞いた時すぐにそれが嘘だと思い調べ始めて、イリアが生きていることを知る。ただ、彼女のために事実を自分の中にとどめて今日まで待っていた。

自分を置いて1人で消えようとするイリアに苛立ちながら、今日まで。



「僕を捨てるつもり?」


「いいえ。ルヘンは来ると思っていたもの」



怒って聞いたというのに、そんなことを飄々と言われると何も言えなくなる。

怒ったところでルヘンがイリアをどうこうすることはないし、結局ルヘンがイリアの側にいたいとなれば、怒ってもいられない。

怒りよりも、すんなり受け入れるイリアに喜びを感じる。


ルヘンにはイリアしかいない。ルヘンというのはそういう風に育てられ、彼女に拾われた、彼女だけの刃なのだから。



「あ、私のことはレノと呼んでね、イリアは死んだのだし」


「わかった。」


「目的地は決まってるけど長旅だから寄り道しながらゆっくり行きましょう?あんまり目立ったことはできないけど、しがらみも何にもないから遊び放題だわ」



そういうレノの顔が晴れ晴れとしているのを見てルヘンも自然と笑顔になる。



「シンに聞いたこと、覚えてる限り巡ってやるんだから」


「僕もシンに珍しい薬とか、お菓子とかの話聞いたよ」


ルヘンがシンに聞いた話を思い出して口にするとレノは聞いたことないそれ、と少し苛立たしく告げる。


そうして2人は、今はいない彼の話をして、彼の記憶を巡る旅に出る。


彼女らの行方を知る者は誰もいない




ーーーーーーー

ーーーーー



森の奥、人気のない場所に墓石が1つ置かれている。


鬱蒼と気が生い茂る深い森、その場所だけが拓けて太陽の光が美しく差し込み、墓の周りは色とりどりの野花が群生し、白い墓石を小さく飾っている。


そこに、銀色の髪を纏め、白衣を着た女性が現れた。その手には、彼女の瞳のような赤い薔薇の花束。


彼女は墓の前に跪くと長い間目を瞑り、墓の主との思い出に想いを馳せる。


そして最後に目を開くと、その瞳から一筋の雫が落ちる



「…ーーー私もよ、シン“ ”」



あの時返せなかった言葉をこぼすと、それに応えるように春の柔らかい風が頬を撫でた。




自分の想像するイメージを言語化するのって本当に難しい。

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