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願いの罪  作者: 鳥島飛鳥
3/5

銀色の時計の真実

 白髪交じりの初老の男が1件のボロアパートの前に立っている。

 男は痩せ細っていて、お世辞にも健康的とは言えない顔色だ。

 一言で言えば枯れた老人。

 だが――眼だけは死んでいない。

 眼光は鋭く、強い憎悪の感情を宿している。

「……」

 男は数日前まで全てを手に入れていた。

 おおよそ。凡人が望むものは全部。

 金も地位も権力もなにもかも。

 それらは男が65年間生きて来て、必死に手に入れたものだ。

 だが一夜にして全てを失った。

 家族も地位も金も何もかも。

 原因はわからない。

 この世の理では説明できない事象によって、全てを失った。としかわからない。

 そんなこと誰も信じない。

 そう。男の人生は既に詰んでいるのだ。

 何かが原因で全てを失った。その何かは突拍子が無さすぎる為に取り返す事もできない。

 そして――やり直すには男は年を取り過ぎている。

「……」

 ――だが、復讐する事はできる。

 幸い自分を陥れた人間には目星がついている。

 その人間には死よりもつらい現実を与える。

 男の生きる目的はもうそれしかなかった。


  ◇◇◇


 死にかけて数時間後、徹は自分の家まで戻ってきていた

 徹はあの後、時計の力を使い、周りに散乱していた血痕を消した。

 そのままにしておくと、面倒なことにしかならないと考えたからだ。

 時計は徹の願いをあっさり叶え、数字を「4」から「3」に変えた。

「……さて。これからどうするか……」

 もう。時間は深夜4時を回っている。

「……すー……すー」

 今はベッドに寝かしてある少女。

 未だに目覚める気配はなく、眠り続けている。

(……見た目は奇抜だけど……本当にただのガキにしか見えないよな……)

 この少女が数時間前に自分の腹をえぐったとは信じられない。

 あれは――明らかに人間を超えた力だ。

 徹の持つ時計と同じで非日常の産物。

 当然徹は少女をその場に捨てていく、事も考えた。

 自分を殺しかけた少女だ。一緒に居て気分がいい筈もない。

 というか気分は最悪で……今にも吐きそうだ。

 だが、感情を無視して少女をここまで連れて来た理由は情報を得る為だ。

「んん? うう……ここは」

「! め、目覚めたが」

 徹は小さい声に反応する。

 少女は寝ぼけた目を徹に向け、大きくあくびをする。

「ふぁー……お兄さん……ここはどこでしょうか……」

 少女の声は段々小さくなる。ほっとけばまた寝そうだ。

 本当にこの少女が自分を殺しかけたのかと、疑いたくなる。

「……俺の家だ」

「そうですか……むにゃ……むにゃ……事情聞きたいですか?」

「! ああ……」

 少女は相変わらず寝ぼけている。

 だが、少女は徹が一番欲しい言葉を放つ。

(……どうやら。願いはいい感じに利いているみたいだな。なら無駄にビビる必要もない)

 少女の言動は未亜と酷似している様に思える。徹がして欲しいことを自分で考えて、勝手に世話を焼く。

 徹にとって都合のいい存在。

「……私は宇宙人です」

「……」

 言葉が出ない。

 当たり前だ。子供が子供らしい事を言ったのだ。微笑ましい気持ちにすらなってくる。

 だが、否定もできない……。

(俺はもう……体験してしまっているからな)

「……ああ。納得しよう」

「……ありがとうございます……」

 少女はごしごしと目をこするが、なかなか眠気は収まらないようだ。

 本当に見た目は可愛らしい。

「この時計はお前の持ち物か?」

「ええ。その時計は……本来『変革者』に与えられるもので……私が落としてしまって……」

「変革者?」

「……世界で一番の善人です……過去にもこの時計は変革者の手に渡り、奇跡を起こしてきました」

「……なるほどな~」

(……歴史上の奇跡みたいな出来事はこの時計を用いられたわけか)

 本来なら信じられない事も、実際に時計を使っていたので信じられた。

「この時計は人間にしか使えない。だから、選ばれた善人に渡し……世界をいい方向に誘って貰う……それが我々の目的です」

「ふーん。奇特な宇宙人もいるもんだな」

(世界一の善人ねぇ。俺じゃない事は確かだな)

「この時計はお前らには使えないのか?」

「ええ……私たちに感情はありません。感情が無ければ使えませんから……」

 少女はそこで嬉しそうに微笑む。

 その顔は感情が無いように見えない。

「……そうか。俺の願いがお前に感情を与えたのか」

「その通りです……これはとても不思議な気分ですね……気に入りました」

「……」

 徹はこれまでの情報を頭の中でまとめる。

 本来時計は変革者という人間に渡される筈だったが、徹が拾ってしまった。

 その時計を回収する為に少女が徹を殺しに来た。

「……それで取り返しに来たんだろ?」

 一歩間違えたら、死に直結する質問だ。

 だが、時計の効果が少女に与えられている内は何とかなるという自信が徹にはある。

「いえ……しばらくは自由に使ってください……その時計は持ち主が死んで、10年は待たないと新しい持ち主に譲渡できませんし……」

 ここで少女が言葉を切る。

 言いづらそうに、徹から視線を逸らす。

「……どうせお兄さんはこれ以上願いを叶えられません」

 少女の顔に哀しみが浮かぶ。

 ……徹は嫌な予感を覚える。

 考えなかったわけではない。この時計が己に与えるリスクについて。

 時計の数字は現在『3』。

「……宇宙人である私に感情を与えたのは大きな願いでした……お兄さんの残りの寿命を食いつぶす程に」

「……そうか。この裏面に記されているのは……」


「貴方の――寿命です」


 口が渇く。じわじわと絶望がにじり寄って来る。

 残りの数字『3』がどのくらいの期間を指すかはわからないが、元々の数字が100だったことから、長くない事は確かだ。

 ……これはわかっていたことだ。奇跡はただで得られるほど安くない。

(……どうせ。遅いか早いかの問題か……)

 徹はまた考えることを放棄することにした。

 どうでもいい。クズはクズらしく適当に生きる。それが徹の出した答えだ。

「……驚きました……人間はこういう時には絶望するものではないんですか?」

「……考えるがめんどうなだけだ」

「ん? どこに行くんですか?」

「はぁ? 遊びに行くに決まってんだろ? 俺は今が楽しけりゃそれでいい」

 幸い金は腐るほどある。

 人間が楽しいと感じることなんて、金でいくらでも生み出せる。

 女を抱くのもいいし。

 高級懐石を食うのもいい。

 なんなら、どこかのテーマパークを貸し切って遊ぶのもいい。

(うーん。でも未亜は今海外だからな……ひとりで遊ぶのもな……時計はこれ以上使えないし)

 そこで、少女に視線が止まる。

「おい。お前もついてこい」

「え? ……私ですか?」

「ああ。そうだよ。遊びに行くぞ」

「……」

 少女はジッと俺のことを見つめる。

 無表情に近いがほんの少しだけ、戸惑いの感情が読み取れる。

 実際のところ徹にはもう少女への恐怖心はない。

 というのも、自分の生きられる時間が少ないのに、そんな『細かいこと』を気にしても仕方がないという考えだ。

「へーお前もそんな顔するんだな」

「……人間は自分を殺しかけた、宇宙人と遊ぶ習性があるんですか……?」

「いーや。俺が異常なだけだろ。金で雇った奴と遊ぶよりはいいだろ?」

「……貴方がそう言うなら構いませんが……」

「ならとっといくぞ。えーと、お前名前は?」

「名前ですか……ありません」

「まあ、だろうな……なら、アオにしよう」

 髪の毛が綺麗な青い髪だからという安易な理由だ。

 それ以上の意味はない。

 そもそも徹からしたら、不便だからという理由以外ないのだから。

「アオ……ですか。アオ……アオ」

 だが、少女は初めて持った自分の名前を繰り返す。

 その姿が人間っぽくて妙に好感が持てた。

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