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願いの罪  作者: 鳥島飛鳥
2/5

蒼の少女

 未亜と飲んだ数日後。

 徹は久しぶりに家を出た。

 近くのコンビニに行く為に人通りのない、暗い道を歩く。

(はぁぁ~。ちょっと寝すぎたかな)

 徹はニートらしく夜9時まで寝ていたので、家を出る頃には時計は一回りしていた。

 基本家から出たがらない徹が外出しているのは、単純に食べる物がないからだ。

 普段なら未亜が甲斐甲斐しく手料理や差し入れを持ってきてくれるが、あいにく海外出張中だ。

 だが、それだけなら金はほぼ無限にあるので、徹自ら出る必要はまったくない。

 もしくは時計を使い、願い叶をえるのもいいだろう。

 しかし、一応時計は危険な物だという認識はあるので、そんなどうでもいいことに使うのは躊躇われる。

(……まっ。偶には気分転換に外で食うのもいいだろう)

 ポケットに手を突っ込むと銀の冷たい手触りが伝わってくる。

 そうしていると心が落ちく。

「……それに明日には未亜が帰ってくるし、その時になんか買ってきてもらえばいいか」

 今の生活は当然気に入っている。

 いい女に金、地位を手に入れ、夢を全て叶えたと言っても差し支えないだろう。

 だが、それと同時にさみしさも感じていた。

 徹は現状に満足してしまっている。

 それはこれ以上叶える願いがないということだ。

 金は無限にあるというのに、いまだにボロアパートに住んでいるのが証拠だ。

 もう、これ以上望むことがないからだ。

「……俺ってこんな欲のない人間だったか?」

 今まで時計の力で己の欲望を叶えてきた人間の言葉としてはおかしい。

 徹は決して善人ではない。

 未亜やほかの人間の人生を狂わせても、罪悪感を感じていない。

 だが、人間から外には落ちれない人間だ。

 時計の力で世界を自分色に変えたいとも、征服したいと思わない。

 ようは自分を世界の中心にする勇気がないのだ。

「ふっ。それじゃあ、この時計を手に入れた意味がないか……もっと、もっとこれを悪用するべきだ」


「なるほど……確かにそれがあれば貴方の望む世界が手に入ります……」


 徹の独り言に誰かが答える。

 その声は後ろから聞こえ、幼い声、幼い少女の声だ。

 声質は驚くぐらい透き通っていて、まるで感情がないみたいだ。

「ん? 何だ? お前……」

 徹が振り向くと5メートル程後方に幼い少女が立っている。

 歳は10歳前後。

 綺麗な青色の髪に紅い瞳。シックな黒色のドレスを着た幻想的な少女だ。

「お前は……」

 徹の頭から嫌な予感が離れない。

 少女は幻想的だ……それはもう怖いぐらいに……非日常だ。

 徹は知っている。そんな非日常な物を1つだけ……。

 そう。時計だ。

 時計と少女は――似ている。

 この世の常識など簡単にぶち破る非常識なこの時計と――。

「申し訳ありませんが……それは回収させて頂きます」

「えっ……?」

 少女が駆ける。

 それは徹、人間の反応速度でとらえるのは不可能な速さ。

 徹には少女が消えた様にしか見えない。

 それぐらい圧倒的な肉体の違い。

 一瞬だ。一瞬、徹は目蓋を閉じただけだ。

 そんなコンマ数秒の間に――。


「――ぐあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 徹の腹に大きな風穴があいていた。

「……失敗しました。時計を取り損ねました」

 少女は血まみれの自分の手を見て呟く。

 その顔には相変わらず感情はない。無表情。

「あああああああああああああああああ」

(は、腹にぃぃ穴がああああああああ)

 だが、徹に少女の言動を気にしている余裕なんてものはない。

 痛みは感じない。当たり前だ。一瞬で体の数パーセントが吹き飛ばされたのだ。

 痛覚なんてものが追いつくはずもない。

 徹はあと数秒で死ぬ。助かる筈もない重症。

「ぐああっはあああああ」

(し、死ぬぅ! 死ぬぅ!)

 徹の頭を巡るのはどうしよもないくらいの『死への恐怖』。

 死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。

 それだけが徹の頭を埋め尽くす。

 それは――十分に叶えたい願いだった。


 そう。時計が徹の願いを叶えるのには十分な――。


 時計の青色の数字が変わる。『38』から『30』へと――。

「……傷を治癒しましたか」

「……えっ?」

 一気にクリアになる思考。

 徹は自分の体を見下ろすと風穴が消えている。大量の血だけがべっとりと付着している衣服。

「おええええええ!!!」

 初めに徹が感じたのは酷い吐き気だ。思わず吐しゃ物を自分の血の水たまりにぶち曲げる、

(うああああ。い、生きてるぅ。生きてる)

 自分が生きている事への喜び。

だが――それは一瞬で恐怖に代わる。

「ひっ……!!!」

「……次はありません。頭を潰せば願う事もできないでしょう……一回で当たればいいのですが……」

 もうダメだ。

 ――徹にはどうしようもできない。

 一瞬で全てが終わる。どうしようもなく一瞬で全てが――。

 少女は再び駆ける。さっきと同じように徹には反応すらできない速度。

 死ぬ。それ以外考えられない。

 徹は本能的に諦めてしまう……。

 ――ドサッ。

「……えっ?」

「……うう」

 死を覚悟していた為か、すぐには状況が理解できない。

 突如少女の体が地面に倒れたのだ。

 地面に倒れる姿は年相応で、今まで無表情で徹を殺しにかかって来た人間だと思うと、非常に不気味だ。

「……失敗です。転んでしまいました」

 無表情な顔を少しだけ歪ませて、ゆっくりと立ち上がる少女。

 その仕草がほんの少しだけ、徹に冷静さを取り戻させる。

(そ、そ、そうだ! 時計! と、時計でこの状況を!)

 慌てて思考を巡らせる徹。

 生き残る為の本能は正直で様々な答えが徹の頭に浮かぶ。

(こ、こ、こいつを殺す!)

 徹は時計願う。

 自分の最大の脅威である少女を殺してくれと。

 だが、時計は反応しない。徹の願いを叶えない。

(ど、どうしてだ! こ、こ、こんな時に! は、早くしないと!)

 理由はわからない。見当もつかない。

 いくら願っても徹の願いが叶うことはない。

(な、ならどうする? ど、どどうする!!!)

「……失敗です――次は確実に殺します」

(……そうだ――)

 少女が立ち上がる。

 数秒後には自分が死ぬということが簡単にわかる状況。

 死の瞬間、徹の脳裏に願いが明確になる。

 同じにすればいい。過去に叶えた願いと同じ願いをすればいい。

 それなら確実に叶う。

「お、お前を『未亜と同じ状態』に!!」

「!」

 時計が輝きだす。

 幻想的な青色の光。それはやがて少女に頭に直撃する。

 時計の数字が『30』から『4』に変わる。

「……失敗です」

 ドサッ。

 少女の体が再び倒れる。

「……すー……すー」

 すやすやと可愛らしい寝息を立てている。

 こうしてみると本当に可愛らしい少女。

「うっ……ああ」

 ドサッ。

 今度は徹が地面に膝を付く。足に力が抜けやがて座り込む。

「お、俺……助かったのか?」

 今起こった一分にも満たない出来事が濃密過ぎて、思考が回らない。

 ただただ茫然とする事しか徹にはできなかった。


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