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願いの罪  作者: 鳥島飛鳥
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願いの叶う時計

 金曜日の夜の繁華街は大勢の人々でにぎわっている。

 酔っぱらって歩くサラリーマン。

 愛を語らうカップル。

 威勢のいい居酒屋の客引き。

 そんな人々の中で一際目立つ少女がひとり。

「……ない。ない。ない」

 少女はしきりに何かを探していた。

 歳は10歳前後だろうか。まだ幼さが残り、身長も120センチ前後。

 黒色のシックなドレスを着ていて、青色の髪に紅い瞳という目立つ容姿の少女だ。

「ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない」

 だが、不思議な事に少女を気にする人間はいない。

 通行人はまるで少女が見えていない様に通り過ぎる。

 本来なら真っ先に補導されるはずなのに。

「どうしよう。どうしよう。どうしよう」

 少女は機械的に呟く。

 言葉の内容とは逆に、その声や瞳にはまるで生気がない。顔も無表情。慌てている様子もない

 少女はひたすら何かを探して、何時間も、何時間も、街の中をさまよう。

 まるでその姿は噂や怪談に登場する幽霊の様だった。


   ◇◇◇


 築30年のワンルームボロアパートの一室。

 男の一人暮らしらしく、溜まったゴミと埃。

 建物の古さも相まって、お世辞にも綺麗とは言えない。

 そんな中で男がひとり。

 浅間徹あさま とおるは数日前に拾った『懐中時計』を興味深く眺めていた。

 時計は古く、年代物で銀色の外面でフタには天使の装飾が施されている。

 チックタックと時を刻む。

 その時計で最も目に付くのが、裏面に刻まれている数字『39』という光の文字だ。

 文字は薄い青色に発光している。

「……これさえあれば。クズな俺も……」

 徹は自分をクズだと思っている。

 日々を怠惰に過ごし、24になっても夢も何もなく、ずっと家に引きこもっている。

 なのに大学にも通わず、親が金だけを払っている状態だ。

 いわえるクソニートだ。

 自分はクズだ……自覚はある。

 だが、それを周りに言われると、酷く荒れる。

 結局プライドだけは一人前なのだ。

 周りに劣等感を抱き、自分の世界に閉じこもる。

 徹にできるのはそれだけだ……今までは。

「くくくっ」

 自分の運の良さに雄叫びを上げたくなる。

 今までのクソつまらない人生を考えても、お釣りがくる位の代物。

 それが今目の前にある時計。

「願いが叶う時計か……」

 そう。この時計の効果は願いが叶う。

 冗談でも比喩でもない。

 文字通り願いが叶う。

 それはこの世の理さえ無視をする。

 人間ができる限界さえ簡単に超えて見せ、徹に実益を与える。

 ピンポーン。

「ん? ああ……」

 家のチャイムが鳴り、体を起こして玄関まで向かう。

 相手はなんとなく想像はできる。

 この時計がもたらした奇跡の一つだ。

 ガチャ。

「徹君。こんばんは。ご飯買ってきたから一緒にどうかな~っと思って」

「ああ」

 目の前で優しく微笑む、高級スーツを着こなした20代前半の美人。

 名前は桐栄きりえ 未亜みあ

 日本でも有数の大企業、『豊田製薬』に勤め、若いながら部長まで上り詰めたエリートだ。

 当然未亜の年齢でそこまで行くのはかなり稀だろう。

「今日はデパートで美味しそうなキッシュが売ってて。ふふっ。期待していいよ?」

 魅力的な笑みを浮かべる未亜。

 徹はこの笑顔で今まで何人の男を虜にしてきたんだろう? と考える。

 とてもじゃないが、未亜はこんなボロアパートに来る人間には見えない。

「まあ、あがれよ」

「うん。お邪魔します」

 高学歴、高収入、さらには容姿端麗なエリートと、大学不登校中ダメ人間の徹が、接点がある筈がない。

 数日前の徹なら「妄想乙www」とか笑い飛ばして、馬鹿にしただろう。

(こうも……簡単にいくとはな)

 心の中でほくそ笑む。

 そう。未亜がここに居る理由は先日拾った懐中時計の効果だ。

 徹が手に入れた海中時計は――。


 人の心でさえ変える。


 その効果は今の未亜を見れば明らかだ。

「ねぇねぇ。今日泊まっていい?」

「ん? ああ。好きにしろよ」

「ふふっ。ありがとう」

 徹の腕に抱き付く未亜。

 真面目そうな顔に似合わない、スタイルのいい身体の感触が腕に伝わってくる。

(簡単だ……人の心を手に入れるのなんて簡単だ)

 徹は願っただけだ。時計を拾った当日に街で見つけた未亜が自分のものになる様にと……。

 すると、時計は一瞬青色の光を放ち、時計の後ろに描いてある青い光の文字が『100』から『89』に変わった。

 それだけで済めば奇妙な現象ぐらいのものだろう。

 ――しかし、時計は確かな結果をもたらした。

「あ~。部屋は片づけなきゃダメでしょ?」

「……めんどうくさい。お前片付けてくれよ」

「もうっ。仕方ないな~。明日から海外に出張だから、次の休みの日に片付けてあげるよ」

「約束な」

「ふふっ。りょーかい」

 本来未亜は潔癖症なぐらい綺麗好きで、自分にも厳しいが他人にも厳しい。

 間違っても今の様なだらしない徹の言葉に従うような女性ではない。

 時計は未亜の性格さえも捻じ曲げている。

(くくく。時計の力は恐ろしいぐらい万能だ……)

 徹はこの時計のお蔭で全てを得たに等しい。

 時計が変えられるのは人の心だけではないからだ。

 ある日徹は金を願った。

 次の日。国家予算並みの金が徹の口座に振り込まれていた。

 ある日徹は地位を願った。

 大企業『上島工務店』の会長の名義が徹になっていた。

 ある日徹はアイドルと寝たくなった。

 次の日、人気絶頂のアイドルが身体を差し出してきた。

 時計は徹の願いを叶え続けた。それが無条件なのかはどうかはわからない。

「……」

 いや……時計の裏面に記されている光の数字が願いを叶える度に減っているのは、恐らくリスクだ。

 いくら徹でもそのぐらいは理解できる。

 これだけの奇跡を起こしている時計だ。リスクもそうとうな物だという事は容易に想像がつく。

「ほらほら。立ってないで座りなよ。今日は美味しいワインもあるんだから」

「……おう」

(……まっ。どうでもいいけどな)

 わからないことを考えても時間の無駄だ。

 今は美味い飯に酒があり、いい女がいる。

 それ以外何を望むことがあるのか。

 徹はクズらしく考えることを放棄して従順な未亜との時間を楽しむことにした


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