第九話「帰還」
両手に心地良い魔力を感じて目が覚めた。ユニコーンが心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。確かドラゴンを倒した後、意識を失ったんだよな。
手にはフィリアの炎によって出来た火傷の痕がある。ユニコーンの回復魔法のお陰で痛みは感じないが、手の平には痛々しい傷が残ってしまった。
俺の様な駆け出しの冒険者が、ドラゴンを相手にして生き延びているだけ運が良い。消える事のない手の傷を見るだけで心が痛むが、命があるだけ運が良かったと思うしかない。
「やっと目が覚めたのね」
「イリス……エルフリーデ」
「私の加護が無かったら今頃灰になっていたわね」
「守護の加護か。助かったよ、エルフリーデ」
「どういたしまして」
青く透き通る目で俺を見つめている。フィリアも美しいがエルフリーデもまた美しい。
「フィリアはどこに居るんだい?」
「泣きながら森の中に入って行ったわ。『ユリウスに怪我を負わせてしまった』と言いながら、ドラゴンを倒した後、この場から離れた」
廃城の付近には、ハーフェンから駆けつけた衛兵達が生き残った冒険者の手当をしている。俺はユニコーンに飛び乗り、フィリアの行方を探す事にした。ユニコーンは歩きながら俺にリジェネレーションを掛けてくれている。エルフリーデが居なければ俺はフィリアの炎で焼死していたか……。
しかし、フィリアがファイアストームを使わなければ、今頃俺達は死んでいただろう。魔法は完璧に制御出来ていなかった。だが、廃村で使用したファイアストームよりは遥かに威力が低かった。フィリアは魔法を制御する感覚を覚えつつあるのだろう。
暫く進むとユニコーンが立ち止まった。彼が見つめる先には地面に座り込んだフィリアが居た。俺はユニコーンから飛び降り、フィリアに駆け寄った。
「フィリア。怪我はないかい?」
「……ええ。だけどユリウスに怪我をさせてしまった……私は精霊失格ね」
「そんな事は無いさ。フィリアが居なければ、俺はドラゴンのブレスを受けて死んでいただろう」
「……」
彼女は涙を流しながら俺の体に抱きついた。俺はフィリアが泣き止むまで、暫く彼女を抱きしめていた。
「大丈夫。俺達は勝ったんだ。フィリアの力でハーフェンを守ったんだ」
「……」
「フィリアが居たから勝てたんだよ。ありがとう」
フィリアは自分の魔法で俺を傷つけた事が悲しかったのか、終始無言で俺の胸に顔を埋めていた。魔法はこれから時間を掛けて学べば良いんだ。一度や二度の失敗はある。失敗をしなければ成功の方法も分からない。フィリアはこれから冒険者として、自分の力でハーフェンを守りながら生きていく。
早い段階で小さな失敗を経験出来た事は、むしろ喜ばしい事だ。俺自身もフィリアの炎に耐えられる力を身に着けなければならない。彼女の炎に耐えるには、俺自身も火属性の魔法を学ぶ必要がある。
「さぁ、俺達の宿に戻ろうか」
「そうね」
フィリアの小さな手を握りながら、俺達はユニコーンを連れてゆっくりと廃城に戻った。イリスとエルフリーデに別れを告げてからハーフェンに戻ろう。廃城に戻ると、精霊に指示をして魔石屋を襲撃した犯人、マティアス・フォレストが拘束されていた。これから彼はハーフェンの地下牢に投獄されるのだとか。
共犯の疑いがあるイリスは、ハーフェンで衛兵の取り調べを受ける事になり、エルフリーデはイリスの疑いが晴れるまでハーフェンに留まるのだとか。
「ユリウス。私もあなたのパーティーに入れてくれる? 一人でこの城で待つのは退屈だし……契約者の近くに居たいから」
「そうだね……どうする? フィリア」
「私は精霊の仲間が出来るなら嬉しいわ。どうする? ユニコーン?」
「……」
フィリアはユニコーンに質問をすると、彼は嬉しそうに首を縦に振った。やはり言葉が理解出来るのだろう。俺達のパーティーに心強い仲間が増えた。今日は宴でも開こうか。その前に、冒険者ギルドにドラゴン討伐を報告しなければならない。
俺達は三人でユニコーンに乗り、ハーフェンに向かって出発した。移動しながら、エルフリーデは廃城での生活をぽつりぽつりと話し始めた。
母親を幼い頃に亡くし、父とイリス、エルフリーデの三人で暮らしていたらしい。以前は人間の村で暮らしていた事もあったが、精霊の加護を欲しさにイリスとエルフリーデに近づく人間が多かったのか、人が寄り付かない廃城を購入し、周囲に結界の魔法陣を書き、外部からの侵入を拒みながら暮らしていたのだとか。
それからしばらくして父親は魔物との戦いで命を落とし、イリスとエルフリーデは二人で暮らしていた。ある日、エルフリーデが人間の町に食料を買いに出た時、魔術師のマティアス・フォレストに封印され、フォレストはイリスに対して魔石屋を襲撃し、ドラゴンの魔石を奪う事を条件に、エルフリーデを開放すると告げたらしい。
「それでイリスがハーフェンの魔石屋を狙ったのか……」
「ええ、だからイリスは何も悪くないの。きっとすぐに開放されるはずだわ」
「うん。それまでは俺と一緒に居よう。勿論君達が望むなら、俺達とハーフェンで暮らすという選択肢もある」
「本当!? ユリウスが守ってくれるなら、久しぶりに人間の町で暮らすのも良いかもしれないわね」
エルフリーデは嬉しそうに微笑むと、俺の手を握った。そんなエルフリーデをフィリアは怒ったような表情で見つめている。仲間が増えてだんだん面白い人生になってきたな。精霊達とハーフェンを守りながら、いつかハーフェンに屋敷を建てるんだ。それが当面の目標だ。
「そろそろハーフェンだね。まずは冒険者ギルドに行こうか」
「わかったわ」
既に日が暮れている夜のハーフェンの町に戻り、ギルドに向かう。ギルドの前でユニコーンを待たせ、フィリア、エルフリーデと共にギルドに入った。
室内に入った瞬間、冒険者達が駆けつけてきた。皆嬉しそうに顔をほころばせ、瞬く間に俺達を囲んだ。
「ドラゴンを討伐したんだってな! ハーフェンの冒険者ギルドからドラゴンの討伐者が誕生したぞ!」
「ゴブリンの支配者を討伐したユリウス達が、またしても快挙を成し遂げた! ハーフェンの魔石屋を襲った犯人を捉え、ドラゴンまでも討ち取ったのだからな!」
既にドラゴン討伐の事実がギルドにまで伝わっていた様だ。仲間を失って悲しむ者も居れば、ドラゴンの討伐者が現れたと喜ぶ者も居る。兎に角、フィリアは偉大な事を成し遂げた。彼女が居たからドラゴンに勝てたんだ。
「これも破壊の精霊・フィリアのお陰ですよ。皆さん、彼女の偉大な魔法に拍手をお願いします!」
冒険者達は熱狂的な拍手をフィリアに送った。彼女は恥ずかしそうに俺の手を握っている。心地良い魔力が俺の体に流れてくる。俺は別に手柄は要らない。居場所の無い精霊が安心して暮らしていける世の中を作りたいと思っている。小さな功績を積み、精霊の地位を上げていく努力が必要だ。
ギルドの職員はドラゴン討伐の報酬を俺に渡そうとしたが、俺は報酬を断った。金銭のためにドラゴンと戦った訳ではないからな。それに俺はもう魔石屋の店主からフィリアとユニコーンを頂いている。今回のクエストを行った事により、エルフリーデとイリスから加護を頂く事も出来たんだ。既に十分過ぎる程の贈り物を頂いている。
「ハーフェンの市長、グレゴリウス・ディーン氏は、ファッシュ様に対してドラゴン討伐、ハーフェンの防衛に対する報酬を支払いたいと申しておりましたが、こちらの報酬も受け取らないのですか?」
「そうですね。今回は報酬は頂きません」
「そんな……ギルドからの報酬とハーフェンから報酬を合わせると、七千ゴールドを超えるのですが、本当によろしいのですか?」
「それでは、ハーフェンからの報酬を亡くなった冒険者の家族に分配して下さい」
「本当によろしいのですか!? ファッシュ様は欲が無いお方なんですね……」
「俺はもう十分過ぎる報酬を頂いていますから」
俺はフィリアを見つめて彼女の手を握った。フィリアは恥ずかしそうに頬を赤らめると、俺の手を強く握った。それから俺はエルフリーデとフィリアを連れて宿に戻った。冒険者達は今日は一階の酒場で宴を開いているのだろうか。一階に降りてお酒と料理を購入すると、俺は彼女達が待つ部屋に戻った……。