第六話「創造の精霊」
何者かに店を襲撃されたのだろうか。すぐに回復魔法を掛けて店主を助けなければ。体内からありったけの聖属性の魔力を振り絞り、魔法を唱える。
「ヒール!」
傷を直すために魔力を注ぎ続けると、店主の意識が回復した。ゆっくりと起き上がると、俺に倒れ掛かるように抱きついた。
「精霊に店を襲われた……高価な魔石は殆ど奪われてしまった! 俺の財産が……」
店主は崩壊した店を見ながら涙を流した。店内は荒らされており、魔石は殆ど残っていない。精霊が店を襲うなんて……そんな馬鹿な。
「どうか奪われた魔石を取り戻してくれないか……?」
「そうですね……あなたは俺にフィリアの魔石を譲って下さいましたし。俺に出来る事なら協力しますよ」
「本当か!? 犯人は創造の精霊・イリスで間違いないだろう。地属性の強力な精霊だ。奪われた魔石の中にはドラゴンの魔石もある。邪悪な心を持つ者が魔石からドラゴンを召喚すれば、この町を壊滅させる事だって出来る。金庫に入れて厳重に保管しておいたのだが……」
「ドラゴン!? 分かりました。魔石は必ず取り返します」
「ありがとう! そうだ、この魔石を使ってくれ」
店主は懐から小さな魔石を取り出した。魔石には頭部に角が生えた白馬のような生き物が封印されている。ユニコーンだろうか? 俺達は店主から魔石を頂くと、一度宿に戻り、作戦を練る事にした。
「大変な事になってしまったわね。精霊が店を襲うなんて」
「ああ。直ぐに出発して魔石を取り返そう」
「だけど、今日はもう体力も魔力も限界よ。出発は明日の朝にしましょう」
「そうだね……犯人は魔石を盗んで何をするつもりなのだろう……」
「それは分からないけど、創造の精霊が自分の意思で人間を襲う事は無いと思うの」
創造の精霊か……名前から察するに、破壊の精霊であるフィリアとは正反対の性質を持つ精霊に違いない。フィリアは攻撃魔法に特化している精霊だが、創造の精霊はどんな魔法を使用するのだろうか。
「創造の精霊って、どんな精霊なのかな?」
「以前契約者から聞いた話なのだけど、地属性の魔法の使い手で、ゴーレムを作り出す事が出来るらしいの。性格は温厚で、ハーフェンからほど近い廃城に住んでいると聞いた事がある。確かイリスの姉も精霊で、特殊な能力を持つ精霊だって聞いたわ」
「精霊の姉妹? ゴーレム使いの精霊か。一体何のために魔石屋を襲ったのだろう。まずは明日の朝、創造の精霊・イリスが住む廃城に行ってみようか」
「そうね。もしかしたら他の冒険者がもう向かっている可能性もあるけど」
魔石屋の店主、オスカー・ゲーレンさんはあれから冒険者ギルドに駆け込み、奪われた魔石の奪還をクエストとして正式に依頼した。俺は既にユニコーンの魔石を頂いているし、フィリアの魔石も頂いているから、ゲーレンさんからは報酬を貰わずに今回のクエストを遂行する。
しかし、俺にユニコーンの魔石を託してくれたのはなぜだろうか。明日の朝ユニコーンを召喚して移動手段として活躍して貰おう。森の中を徒歩で移動するのは意外と疲れるからな。
「ユリウス。私はお風呂に入るね」
「ああ、お先にどうぞ」
フィリアがお風呂に入っている間に、俺は一階の酒場に下りて彼女のための食事を準備した。チーズがたっぷりと掛かっている芋の料理に狼系の魔物の肉。それからフィリアが葡萄酒を飲みたいと言っていたので、葡萄酒も用意した。
お酒は十五歳で成人を迎えなければ飲めないのだが……フィリアは一体何歳なのだろうか? 魔石の中に居た時間も年齢として計算するなら、俺よりも遥かに年上なのではないだろうか。見た目の年齢は大体十四歳程だろうか? 後で彼女から年齢を聞き出してみよう。
しばらくするとフィリアが浴室から出てきた。白いタオルを巻いて、リラックスした表情を浮かべている。
「ユリウス。着替えを用意してくれる?」
「ああ、わかったよ」
部屋に備え付けてあったローブを渡した。タオル越しでも分かるフィリアの豊かな胸に、俺は釘付けになった。真紅のローブを身に着けている時は体型が分からなかったが、胸は意外と大きいんだな。
「ユリウス、目つきがいやらしいわ」
「おっと、ごめんごめん」
「馬鹿……」
つい彼女の体に見とれてしまった。よく考えてみれば、こんな美少女と一緒に暮らせるなんて夢の様だ。もっとフィリアを大切にしながら生きなければならない。
「食事の用意は出来ているからね。先に食べていてくれよ」
俺はそう伝えると、急いで浴室に入った。やはり俺はフィリアの事が好きなのだろう……。
しばらく湯に浸かりながら、創造の精霊の事を考えた。なぜ廃城で暮らしているのだろう。ハーフェンで人間と共に暮らさないのはなぜだろう。それに、魔石屋を襲った理由も分からない。きっと何か事情があるのだろう。
浴室の扉の奥からフィリアの声が聞こえてきた。
「ユリウス……? 背中、流そうか?」
「え!? なんだって?」
「背中を流してあげるわ。スノウウルフから私を守ってくれたお礼」
フィリアはそう言うと、おもむろに浴室の扉を開けた。まだローブに着替えていなかったのか、タオル姿のまま浴室に入ってきた。一体何を考えているのだろう……恥ずかしすぎて顔を見る事も出来ない。
フィリアが小さなタオルに石鹸を付けて俺の背中を洗ってくれた。これは何か精霊にとって意味がある儀式なのだろうか?
「ユリウスの背中は私が守るの……今日は私を信じてスノウウルフと戦ってくれてありがとう」
「いや……良いんだよ。俺がもっと強ければ一人で倒せたんだけど。敵の数が多すぎたからね」
「だけど、精霊と共に冒険者になる人なんて初めて見た。私は生まれてからずっと家の中に居たから。人間は私と契約しても、私を他人に奪われないように家に閉じ込めていた。私が逃げ出さないように扉に鍵を付ける契約者も居た……それでも私は居場所があるからそれで良いと思っていた」
フィリアにそんな過去があったのか……俺の想像よりも遥かに辛い経験をして生きてきたんだな。
「だけど、今日外で魔物と戦ってみて、初めて自由を感じた。冒険者として地域を守りながら生きるのって、本当に楽しいと思ったんだ。ユリウス……どうか私の事を魔石に封印しないでね」
「当たり前じゃないか。どうして封印する必要があるんだい?」
フィリアは静かに涙を流した。俺はそんなフィリアを強く抱きしめた。フィリアの豊かな胸が俺の体に触れる。緊張を隠しながら俺はフィリアの頭を撫でた。
「フィリア。そろそろ恥ずかしいから先に出て待っていてくれる?」
「わかったわ……」
破壊の精霊……どうしてこんなに心優しいフィリアを封印する人間が居たのだろう。加護の力を自分だけのものにしたかったのだろう。正直、俺は加護にはあまり興味がない。ただフィリアと居られるならそれでいい。
加護があれば冒険者としてより強くなれるだろう。しかし、加護の力によって得た、まがい物の力は本当の強さではない。地道な努力を繰り返し、魔物を狩り続け、地域に貢献し続ける者こそが偉大な冒険者なのだ。
ただ強いだけではなく、魔物と戦う力を持たない者を守り続ける。それが真の冒険者だと俺は思っている。
俺が風呂から上がると、フィリアはローブに着替えて葡萄酒を飲んでいた。
「どうして子供なのにお酒を飲んでいるかって思ったでしょう?」
「え? そうだけど……フィリアって一体何歳なの?」
「分からない……二百歳以上なのは確かだと思うの。肉体の年齢はユリウスと同じくらい」
「二百歳!? 俺よりも遥かに年上じゃないか!」
「実際に外で暮らした時間はユリウスと殆ど同じくらいだと思うよ」
フィリアは美味しそうに葡萄酒を飲むと、肉を切って俺に差し出してくれた。いつもなら「ユリウス、早く肉を切って頂戴」と言うところなのに……。
「ありがとう」
フィリアが差し出した肉を食べると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。それから俺とフィリアはゆっくりと葡萄酒を飲みながら夜の時間を過ごした。フィリアは葡萄酒の飲みすぎたのだろうか、顔を赤らめて俺に抱きついてきた。彼女の豊かな胸が俺の胸板に当たる。信じられない程柔らかくて暖かいな……これが女性の体なのか。
俺はフィリアをベッドに寝かせると、武器と防具の手入れをしてからソファに横になった。明日は創造の精霊と剣を交える事になるのだろうか……? 出来れば精霊は殺したくない。きっと精霊も何か事情があって魔石屋を襲撃したのだろう。
あれこれ考え事をしながら横になっていると、俺はいつの間にか眠りに落ちていた……。