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第二十話「死霊の精霊」

 早朝に起床した俺は、今日もアレックスと共に朝の訓練に出掛けた。ハーフェンの周辺で二時間ほど魔物狩りを行い、町を脅かす魔物を徹底的に駆逐した。狩りを終えてからギルドに戻り、報酬を頂いてから宿に戻る。


 イリスやエルフリーデ、フィリアと共に朝食を食べてから、彼女達の警護をアレックスに任せる。今日は死霊の精霊・エルザの元に行かなければならない。事前に購入しておいた食料を持ち、ユニコーンに乗って町を出た。


 ハーフェンの南口を出て森を進む。春の陽気が心地良く、朝から魔物と戦闘を行ったからだろうか、筋肉には若干の疲労を感じ、睡魔が忍び寄って来るのを感じた。昨日も深夜まで訓練を行い、数時間の睡眠を取った後、直ぐに起床して早朝から狩りを行った。睡眠時間は三時間程だろうか。


 体を休ませる時間が圧倒的に不足している。しかし、時間を浪費している場合ではない。精霊達を守れる男にならなければならないからだ。ユニコーンの背中に揺られながら、ゆっくりと森を進むと、ダンジョンの入口にエルザが居た。


 エルザは俺の姿を見るや否や、直ぐにダンジョンの中に駆け込んだ。敵襲だと勘違いしたのだろうか。エルザにしてみれば俺達人間は敵だ。自分の加護を無理やり奪おうとする存在。俺はユニコーンを入り口で待たせると、食料を持ってダンジョンに入った。


 ダンジョン内に入ると魔物の姿は無かった。連日ダンジョンで狩りを行ったからだろうか。しかし、エルザは何処に行ってしまったのだろう。ドラゴニュートの棲家である四階層に降りていなければ良いのだが……。


 食料を入れた鞄を背負い、敵襲に備えて魔剣を抜いた。魔剣に風の魔力を纏わせると、魔剣はまるで羽根の様に軽くなった。やはり俺は風属性と相性が良いのだろうか。作り出した風の魔力はとても心地良く、ダンジョン内の陰湿な魔力を追い払う。


 一階層を降り、二階層をくまなく探してもエルザの姿は無かった。二階層から三階層に降りる階段の前には、二体のリビングアーマーが剣を構えて待ち伏せていた。


「俺はエルザに用があるんだよ。そこを通してくれないかな」


 返事は無いだろうが、一応話しかけてみると、二体のリビングアーマーが襲い掛かってきた。敵が剣を振り上げた瞬間、魔剣に込めた風の魔力を放出し、敵を吹き飛ばした。左手に聖属性の魔力を込め、放出する。


「ホーリー!」


 銀色に輝く球状の魔力が炸裂すると、リビングアーマーは力尽きた。地面には鎧と剣だけが落ちている。リビングアーマーは鎧に人間の怨霊を宿す魔物。鎧が無ければ新たなリビングアーマーは生まれないだろう。後で鎧を回収しておこうか。


 三階層に続く階段を降りると、次々とリビングアーマーが襲い掛かってきた。魔力を使い果たすつもりで、ホーリーの魔法を何度も使用して怨霊を浄化した。三階層の中でも最も薄暗く、禍々しい闇の魔力が蔓延した広間でエルザを発見した。五体のリビングアーマーを横一列に並べ、俺を警戒するようにリビングアーマーの隙間から覗いている。


「あなたも私を殺しに来たの? それとも私の加護を奪いに来たの?」

「どちらでもないよ。俺はエルザと友達になりたくて来たんだ。しばらくここに居ても良いかな?」

「嘘……人間はいつも私を騙して加護を奪う。人間は精霊を道具としか思っていない最低の生き物よ!」

「まぁまぁ、実は食べ物を持ってきたんだけど、一緒に食べないかい? 朝食はまだだろう?」

「人間の食べ物なんか要らないわよ! 直ぐに帰らないと殺すわよ!」


 鞄を降ろし、パンと乾燥肉を皿に置き、葡萄酒とゴブレットを差し出すと、エルザはモーニングスターを振り上げた。瞬間、黒い魔力を纏う鉄球が、地面に並べた食料を吹き飛ばした。葡萄酒の瓶は割れ、中身は俺の鎧にかかり、パンと乾燥肉は部屋の隅に吹き飛んだ。


「どうせ毒でも入れてあるんでしょう? 人間はいつも私を騙し、加護を奪う。今まで何度騙されたか」

「毒なんて入れる訳ないじゃないか。どうして俺がエルザを騙さなければならないんだい?」

「それなら……そこに落ちている汚らしいパンを食べてみなさい。毒は入っていないんでしょう? どうせあんたも口だけなんだから、食べられる訳ないわよね?」


 パンは部屋に隅に溜まった黒い泥水の中に落ちている。もしかすると、リビングデッドの体から流れた体液かもしれない。こんなパンを食べられる訳が無いだろう。しかし……俺の誠意を見せるためにもここで引く訳にはいかない。


 ドロドロした液体に浸るパンを持ち上げると、強烈な刺激臭を放った。ここで逃げ出す訳にはいかない。一週間以内にエルザを仲間にしなければ、エルザは冒険者ギルドの討伐隊に殺害されるだろう。


 鼻を摘んでパンを口に含んだ。猛烈な吐き気を催したが、何とか耐えながら俺はパンを食べきった。エルザは愕然とした表情を浮かべている。


「これで信じて貰えたかな……? 俺はエルザを傷つけに来た訳じゃないんだよ」


 急に意識が朦朧としてきた、やはりあの泥水は人間が食べて良い物ではなかったのだろう。体が熱を持ち、目が回り始め、立っている事すら難しい。


「今日はそろそろ帰るよ……また会いに来てもいいかな?」

「どうして……? どうして本当に食べたの!?」

「エルザに信じて貰いたかったからだよ。俺は精霊を傷つけるつもりは無いんだ……」


 俺は何度も倒れながら二階層に戻る階段を上がった。体が鉛の様に重く、猛烈な寒気と吐き気が襲ってくる。朦朧とする意識の中、俺はやっとダンジョンの入口に辿り着いた。次の瞬間、俺は意識を失った……。



 目を覚ますと、フィリアが涙を流しながら俺を抱きしめた。ここは宿だろうか……? フィリアが俺を強く抱きしめている。一体どれだけ意識を失っていたのだろう。ダンジョン内で謎の液体を吸収したパンを食べて直ぐに体調を崩した。


「フィリア。俺はもう大丈夫だよ」

「馬鹿……私の契約者なのに……どれだけ心配させるつもりなの?」

「ごめん。だけど俺はこうして生きているじゃないか」

「四日間も意識を失っていたのに、大丈夫な訳ないじゃない!」

「四日だって? それは本当かい?」

「ええ。ダンジョンで何があったの? 今日の夕方までに目を覚まさなかったら、エルザを討伐しに行くところだったわ。アレックスが怒り狂っていたわよ」

「色々あったんだけど、エルザは悪くないんだ。仲間達を呼んでくれるかな?」


 フィリアは部屋を出て仲間達を連れてくると、イリスとエルフリーデは俺の胸に顔を埋めた。アレックスは嬉しそうに涙を流している。


「大丈夫か? ユリウス。何があったんだ?」

「俺は大丈夫だよ。皆、少し話があるんだ」


 俺はグライナーさんと交わしたエルザを仲間にするという約束や、ダンジョン内での出来事を話した。どうやら俺はリビングデッドの体液を含んだパンを食べていたらしく、意識を失った俺はユニコーンにハーフェンまで運ばれたのだとか。それから冒険者ギルドの魔術師が聖属性の魔力を注ぎ続け、闇属性のリビングデッドの体液を消滅させたらしい。


「このまま目を覚まさなかったら、俺はエルザを狩りにいくつもりだったぞ」

「今日意識が戻って良かったよ。四日も眠っていたのか、随分時間を浪費してしまった……」

「これからどうするつもり? またエルザに会いに行くの?」

「そうだね。すぐにでもエルザに会いに行く」

「馬鹿な……エルザがもう一度ユリウスを傷つけたら、その時は俺があの女を葬ろう。しかし、なぜそこまでエルザに入れ込むんだ?」

「一人でダンジョンで暮らしているなんて可哀相じゃないか。俺は精霊の契約者。他の精霊が苦しんでいるのに、見捨てる事は出来ないよ」


 俺は興奮したアレックスをなだめ、皆で食事をしてから、冒険者ギルドに報告に行った。俺に回復魔法を掛けてくれた魔術師に何度もお礼を言ってから、再び市場でエルザのための食料を購入した。


 今回はパンは持って行かないでおこう。市場で葡萄酒と乾燥肉を買うと、俺は再びダンジョンに戻る事にした。フィリアとアレックスも付いてくると言って聞かなかったので、俺達は三人でハーフェンの町を出た……。

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