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第十八話「三階層の敵」

 強い闇の魔力を感じる部屋に入ると、室内には無数の魔物がうごめいていた。霧の様な黒い体に鎧を纏う魔物。手には錆びついた剣や斧を持っている。敵の数は約二十体。


「リビングアーマーね。魔物に殺害された人間の怨霊が鎧に宿ったもの……」


 フィリアが小さく呟くと、リビングアーマーの群れの中から一人の少女が現れた。身長は百六十センチ程だろうか。長く伸びた紫色の髪に青い三白眼、黒いドレスを身に着けている。手にはモーニングスターだろうか、チェーンの先に鉄球が付いた武器を持っている。


 少女がリビングアーマーに指示を出すと、敵が一斉に襲い掛かってきた。後退しようと退路を確認した瞬間、扉が勢い良く締まり、闇の魔力が扉を覆った。敵を倒さなければダンジョンから出る事は不可能。


 エルフリーデは扉の前で魔法陣を書き始めた。杖を取り出して魔力を床に注ぐと、複雑な模様の魔法陣が現れた。エルフリーデは魔法陣に入ると、リビングアーマーの群れに向けてアイスニードルを連射した。


 アレックスは敵の群れに飛び込み、炎を纏わせた両刃の斧で敵を切り裂いた。実態の無い魔力の体には通じ無いのか、リビングアーマーは不気味な笑みを浮かべると、アレックスの腹部に剣を突き刺した。


 敵の攻撃を受けて倒れるアレックスに対し、リビングアーマーの群れが取り囲んだ。このままではアレックスが殺されてしまう……。その時、イリスが無数の茨を発生させた。茨はリビングアーマーの足に絡みつき、移動を阻害した。フィリアは瞬時に杖を構え、フレイムランスの魔法を唱えた。


 炎の魔力が炸裂すると、空中には巨大な炎の槍が現れた。フィリアの魔法はリビングアーマーを吹き飛ばしたが、魔法によるダメージは無いのか、倒れたリビングアーマーは直ぐに立ち上がった。敵は実態のない闇属性の魔物。怨霊を浄霊させられるのは聖属性の使い手である俺しか居ない。


 黒いドレスを纏う少女は標的を俺に決めたのか、遠距離からモーニングスターでの攻撃を放ってきた。敵の攻撃を魔剣で受け止めると、俺の体は宙を舞った。驚異的な威力だ。少女は倒れる俺に対して何度もモーニングスターでの攻撃を放ち続けた。鉄球の攻撃を間一髪のところで回避すると、執拗に俺を狙う少女に対し、フィリアが鬼のような形相を浮かべ、フレイムランスを放った。


 少女はフィリアの魔法を回避出来ず、背中に炎の槍を受けると、少女の体は遥か彼方まで吹き飛び、ダンジョンの壁に激突する音が室内に劈いた。


 エルフリーデはアレックスの体を引きずって魔法陣の中に入れると、アレックスの傷は徐々に塞がり始めた。イリスとエルフリーデはアレックスを守るように、ソーンバインドとアイスニードルの魔法を連発しているが、リビングアーマーには殆ど効果が無い。


 俺は直ぐに立ち上がり、全ての魔力を放出して聖属性の球を作り上げた。実態の無い敵を消滅させるホーリーの魔法。魔力を込めた球をリビングアーマーの群れに放つと、爆発的な光を放ち、怨霊が消滅した。


 黒い魔力に覆われていた鎧が一斉に崩れ落ちると、退路を塞いでいた魔力が消滅した。勝てたのか……しかし、あの少女は何者なんだ?


 冒険者ギルドで頂いたマナポーション飲み、魔力を回復させてからアレックスにヒールの魔法を掛けた。暫く待つとアレックスは意識を取り戻した。敵の攻撃を受けた事が悔しかったのか、近くに落ちている鎧を捻り潰した。


「俺がこんな鎧野郎の攻撃を受けるとは……俺はミノタウロス族の戦士になる男……こんな雑魚に不覚を取るとは!」

「まぁあぁ、勝てたから良いじゃない」


 エルフリーデはアレックスを魔法陣の中に入れて座らせた。リジェネレーションと同様の効果を持つ回復の魔法陣は、アレックスの体に出来た無数の傷を癒やしている。


「ユリウス、怪我はない?」

「ああ。俺は大丈夫だよ。フィリアは?」

「私は平気よ。こんな鎧に負ける訳ないじゃない」

「リビングアーマーよりも、あの少女は一体何者なんだろう」

「多分、死霊の精霊・エルザ。以前契約者から話を聞いた事がある。ダンジョン内で魔物や冒険者を見境なく殺める悪質な精霊」

「精霊なのか。だけど、どうして冒険者を殺すのだろうか」

「加護欲しさに近づく人が多すぎたのでしょう。貴重な加護を持つ精霊を無理やり拘束して加護を奪う冒険者も居るのだから」


 俺は息絶えた少女を担いだ。ここに放置しておけばリビングデッドに喰われるだろう。俺達を襲ってきた敵ではあるが。遺体を放置するのはあまりに残酷だ。


「どうしてそんな女を連れて帰るの? ここに捨てておけば良いじゃない」

「だけど、死んでから体をリビングデッドに喰われるのは可哀相じゃないか。たとえ俺達を襲った敵だったとしても」

「全く、ユリウスは甘すぎるんだから」

「みんな。今日の狩りはこの辺にしておこうか。体力と魔力を消費しすぎた」


 俺はエルザを担いでダンジョンを出た。すると、入り口で待機していたユニコーンが駆け寄ってきた。彼は心配そうに俺とエルザを見つめると、エルザに対して聖属性の魔力を放った。


 ユニコーンがリジェネレーションを唱えたのだろうか。冷え切っていたエルザの体が徐々に温まり始め、胸に耳を当ててみると、心臓の鼓動を感じた。


 エルザが起き上がるとフィリアは杖を構えた。一度死んだ精霊が蘇るとは……。これはユニコーンの力なのだろうか。それとも死霊の精霊の能力なのだろうか。俺の腕に抱かれて目を覚ましたエルザは、フィリアをじっと見つめた。


「杖を仕舞いなさい。もう貴方達と戦うつもりは無いわ」

「その言葉を信じる程、私が馬鹿だと思うの? 魔物と冒険者を襲う精霊……同じ精霊として許せないわね」

「同じ精霊? あなたの様な下級の精霊と一緒にしないでくれるかしら」

「なんですって……?」


 フィリアが杖に魔力を込めると、辺りに火の魔力が流れ始めた。自分の意思で魔法を制御出来ていないのか、フィリアの炎がアレックスに襲いかかった。アレックスは瞬時に斧を構え、垂直斬りを放ってフィリアの炎を切り裂いた。


「フィリア、しっかりしろ!」


 仲間を攻撃してしまった事が悲しかったのか、フィリアは大粒の涙を流しながら走り去った。


「ユニコーン。フィリアを頼むよ」

「……」


 ユニコーンは静かに頷いてフィリアを追いかけた。エルザは満足そうに俺の体を抱きしめている。一体何を考えているのだろうか。フィリアを挑発するのはあまりにも危険すぎる。もし腹を立ててファイアストームを撃てば、たちまち全てを燃やし尽くすだろう。


「エルザ。どうしてダンジョンで冒険者を襲っていたんだい?」

「別に自分から襲った訳じゃないわ。私の加護欲しさに近づく輩を排除しただけ」

「だとしても人間を殺している事に変わりないじゃないか」

「人間がなんなの? そんなに偉いの? 私を拘束して無理やり加護を奪おうとする冒険者が? あなたも愚かな冒険者なのね……さようなら」


 エルザはそう言うと、再びダンジョンの中に潜った。他に行く場所が無いのだろうか。彼女はフィリアよりも過酷な体験をしてきたのだろうか。人間が暮らす町に入れば捕らえられ、加護を奪われる。きっとそんな人生を送っていたのではないだろうか?


 生まれ故郷を燃やした過去を持つフィリアでさえ、これまで大勢の人間に加護を与えてきた。イリスやエルフリーデもそうだ。精霊というだけで近づいてくる人間があまりにも多かった。人間不信になる気持ちも分かる。


「ユリウス。私は少しだけエルザの気持ちが分かるよ。精霊はいつの時代も捕らえられ、不当に封印される。父上は私達を人間から守るために城を購入した……私達は人間との交流を避けて生きてきた」

「そう。だけど城の中で生きるのは限界だった。食料も無ければ日用品も無い。一ヶ月に一度だけ人間の町に行き、食料や日用品を購入していた。そんな時、私は魔石に封印された。だからといって私は人間を殺したりはしなかったけど」


 エルザは一人でダンジョンで暮らしているのだろうか。人間と共存出来ない精霊も居るだろう。加護の効果が高ければ、冒険者はきっと加護を欲しがるに違いない。精霊を拘束して加護を奪おうとする者も居るのだから……。


「フィリアを迎えに行こうか」


 それから俺達は森の中でフィリアを探し始めた。ユニコーンの魔力を辿って森を進むと、しゃがみ込んで涙を流すフィリアが居た。俺はそんなフィリアを強く抱きしめた。


「ユリウス……私、魔法を制御出来なかった……」

「時間を掛けて練習すれば良いんだよ。フィリアを挑発したエルザがいけないんだ」

「大切な仲間なのに……アレックスに魔法を放ってしまった……」

「大丈夫。アレックスは怪我一つ負っていないよ」


 アレックスはフィリアの肩に手を置くと、柔和な笑みを浮かべた。それからフィリアは何度もアレックスに謝罪をし、俺達はハーフェン戻った。ギルドに戻ると、ダンジョンでの出来事を伝えた。ギルドの職員は当分の間、冒険者のダンジョン立ち入りを禁じた。ダンジョンに入った冒険者がエルザに殺害される可能性があるからだ。


「ファッシュ様。他の精霊と同様に、エルザをお守り頂く事は出来ませんか? このままではダンジョンが魔物で溢れ返ってしまいます。魔物を討伐するために討伐隊を送れば、エルザを殺す事になるでしょう」

「エルザを殺すんですか」

「やむを得ません。ダンジョン内の魔物を放置すれば徐々に勢力を拡大し、ハーフェンを、近隣の町を襲い始めるでしょう。魔物を増やさない、繁殖させないためにも、冒険者にダンジョン内の魔物討伐をお願いしている訳ですから」

「そうですよね。どちらにせよこのまま放置する訳にはいきませんよね」

「選択肢は三つです。ダンジョンからエルザを追い出す。討伐隊を派遣してエルザを討つ。それから、ファッシュ様が自身の精霊としてエルザを味方に付ける」


 ダンジョンからエルザを追い出したとして、エルザは他に行き場があるのだろうか。人間の町で暮らせないからダンジョンに隠れているとしか思えない。冒険者から見つからないように、ダンジョンの中でも最も汚い場所に身を隠す。リビングデッドの腐敗臭が漂う空間に逃げ隠れしなければ生きる事も出来ない。


 討伐隊を出すのは論外だ。どうしてエルザを殺さなければならないんだ。俺がどうにかしてエルザを救おう。精霊の加護を持つ者として、迫害されている精霊を放っておく訳にはいかない。


「俺がエルザを味方にします。討伐隊を出すのはもうしばらく待って貰えませんか?」

「ファッシュ様ならそう言って下さると思いました! それでは一週間だけお待ちします」

「分かりました。一週間以内になんとかします」


 俺に与えられた時間は一週間。一週間でエルザの好戦的な性格を矯正する事は不可能だろう。だが、どうにかして精霊が人間と共に暮らせる環境を作らなければならない。俺達はギルドを後にして宿に向かった。

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