第十五話「精霊と冒険者の宴」
宿の一階部の酒場では、クエストを終えた冒険者達で溢れている。宴は既に始まっているのか、酒場の一番奥のテーブルでフィリアが俺に手を振っている。
テーブルを埋め尽くす程の肉料理と、葡萄酒の入ったゴブレット。アレックスはイスの隣に葡萄酒の樽を置き、彼が葡萄酒を飲み干すとグライナーさんが直ぐに注ぐ。アレックスは相当の大酒飲みなのだろう。冒険者達は唖然として表情を浮かべている。
「ユリウス。先に宴を始めていたわ。今まで何をしていたの?」
「ああ。ちょっと買い物をしていたんだ。俺にも葡萄酒をくれるかな?」
「どうぞ」
俺がフィリアの隣に座ると、彼女は俺のガントレットを見つめた。
「ユリウス。手の怪我、本当にごめんなさい」
「いいんだよ、フィリア。フィリアのお陰でドラゴンを倒せたじゃないか」
「あれはユリウスのウィンドクロスのお陰よ。私の魔法が無くてもきっと倒せた筈」
「そうだろうか。だけど俺はフィリアが居てくれたから心強かったよ」
フィリアから葡萄酒を受け取ると、アレックスが乾杯の音頭をとった。エルフリーデはエールが入ったゴブレットを両手で握ると、氷の魔力を使ってエールを冷やした。氷属性の魔法は飲み物を冷やす事も出来るのだろう。
エルフリーデから加護を頂く事によって、俺の体には氷属性の魔力が流れている。練習をすれば俺も彼女の様に自在に氷を作れる様になるだろう。試しにゴブレットを握って魔力を込めると、葡萄酒が一気に冷たくなった。
「ユリウス。私とイリス、それからフィリアの加護、誰の加護が一番好き?」
「え? 随分答えづらい質問をするんだね……」
「いいから、早く答えて」
エルフリーデはもう酔っているのだろうか、顔を赤らめながら俺の隣に座った。そんなエルフリーデをフィリアは不機嫌そうな表情で見つめている。随分答えづらい質問をされてしまった。ここで回答を誤ればフィリアの機嫌を悪くしてしまうだろう。
「勿論、フィリアの破壊の加護が一番好きだよ。俺の人生初めての加護だし、加護のお陰でウィンドクロスの魔法だって習得出来たし。だけど、エルフリーデの守護の加護も、イリスの創造の加護も本当に素晴らしい力だと思う。俺は人間として生まれたから、特別な力も無いし、他人に加護を与える事も出来ない。だから皆から頂いた加護は大切に使わせて貰うつもりだよ」
俺はフィリアの小さな手を握りながらそう言うと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。正直に言えば、加護に順位を付ける事は出来ない。だが俺はフィリアが一番好きな訳だから、他人から順位を聞かれれば即座にフィリアが一番だと答えるだろう。
「いい回答ね。満足だわ」
「ありがとうフィリア」
「ユリウス、スノウウルフの唐揚げ、食べる?」
「ああ、頂こうかな」
フィリアは機嫌を良くしたのか、俺の皿に次々と料理を盛ってくれた。スノウウルフの唐揚げか。甘いタレで味付けされた唐揚げを齧ると、濃厚な肉汁とタレの風味が口の中に広がった。旨いな……。俺はスノウウルフの唐揚げを食べながら葡萄酒をチビチビと飲んだ。
つい数日前この町に来た筈なのに、もうこんなに多くの仲間が出来た。最高の冒険者になると決意し、行動を始めた瞬間、人生が動き出した。田舎の村では同年代の友達と比較しても、魔法能力は低く、剣の腕も悪かった。
だが俺はある日決意した。村の人達から守られてばかりの生活ではなく、俺が他人を守れる人間になろうと。村の友達は「ユリウス程度の魔法の使い手が、ハーフェンに行っても何の意味も無い」と言っていたが、ハーフェンに来た意味ならもう見つけた。
フィリアと出会い、イリス、エルフリーデ、アレックスとも知り合った。ユニコーンやウィンドゴーレムも手に入れた。やはりこの町に来て正解だった。
アレックスがエルフリーデと席を代わると、彼は俺の皿に大量の料理を盛った。「ユリウス。男なら沢山食べろ!」と言うと、豪快に葡萄酒を飲み干した。そんなアレックスに対し、グライナーさんが色目を使っている。
「アレックス。正直グライナーさんの事、どう思う? 人間の女性とも付き合えるのかい?」
「知り合って間もないが、彼女は魅力的な女性だと思うぞ。勿論、人間でもミノタウロスでも、種族は関係ない。それよりもユリウスは三人の精霊の中で、誰が一番好きなんだ?」
アレックスは俺に耳打ちをすると、俺はこっそりと意中の女性の名前を告げた。アレックスは席を立ち、フィリアの肩に手を置いてウィンクをすると、フィリアは意味も分からずにウィンクを返した。
「今のは一体何だったのかしら? 料理は足りているの?」
「さぁね。ああ、大丈夫だよ。フィリア、俺とアレックスは明日からも早朝に狩りを行う。多分七時には戻って来られると思うから、それまで宿で待っていてくれるかな?」
「勿論よ。だけど、私も一緒じゃなくて良いの?」
「ああ。俺達はフィリアやイリス、エルフリーデよりも遥かに弱い。二人で訓練をしたいんだ」
「そう、わかったわ。部屋から出ないで待っている事にしましょう」
俺が戻るまで部屋から出ないというのは、きっと他人に封印される事を恐れているのだろう。フィリアを守るために、俺が彼女の傍を離れる時はウィンドゴーレムに護衛を頼もう。
「ユリウス。私達を城の外に出してくれてありがとう。正直、もう外で暮らすのは無理だと思っていたんだ」
「そうなのかい? 確か以前は人間の町で暮らしていたんだよね」
「そう。加護欲しさに私達姉妹に近づく人間が多すぎて、私達は城に篭もるようになったの」
「今まで大変だったんだね……だけどこれからは俺が二人を守るよ。勿論フィリアの事も」
「ありがとう、ユリウス」
イリスは嬉しそうに微笑むと、俺の体を抱きしめた。彼女の豊かな胸が俺の腕に触れている。ところで、まだイリスとエルフリーデの年齢を聞いていなかったな。お酒を飲んでいるのだから、十五歳以上に違いないだろうが。イリスは俺よりも幼く見える。
「イリスとエルフリーデって何歳なの?」
「私は十五歳、エルフリーデは十七歳だよ」
「そうか。それじゃ俺達と同じだね。アレックスは何歳?」
「俺は十八だ」
「俺よりも年上だったんだ……」
「ああ、だが気は使わなくていいぞ。敬語も必要ない」
「わかったよ、アレックス」
それから暫く宴を楽しむと、俺達は銘々の部屋に戻った。俺とフィリアは同室で、イリスとエルフリーデ、それからアレックスは追加で部屋を借りた。
「楽しい宴だったね……こんな毎日が続くなら幸せなんだけど」
「そうね。素敵な時間だったわ。新しい仲間も増えて、楽しくなってきたね」
「ああ。だけどフィリアは俺と同じ部屋で良かったのかい?」
「当たり前でしょう? 私は契約者と一緒に居たいの」
彼女は顔を赤らめながら俺を見つめた。改めてフィリアの美しさに胸がときめいた。思えば初めて見た瞬間から、俺はフィリアの事が好きだった。魔石の中で静かに眠るフィリアの姿に一目惚れしていた。こんなに素敵な女性と一緒に居られるのだから、俺は幸せ者だな。
「先にお風呂に入るわ」
フィリアが風呂に入ると、俺は装備を外してからソファに座り込んだ。今日は随分忙しい一日だった。やらなければならない事があまりにも多かった。だが、スノウウルフとの狩りでアレックスと出会えたのは幸運だった。
仲間達が豊かな生活を送れるように、パーティーのリーダーとして率先して魔物を狩り、お金を作らなければならない。明日からも一層気を引き締めて鍛錬を続けよう。
暫くしてフィリアが風呂から上がると、俺も直ぐに風呂に入った。湯に浸かりながら、筋肉をほぐし、体の疲れをとる。魔剣はエンチャント状態の時は重量を感じないが、鞘に仕舞っている状態ではかなり重い。更に体を鍛えてフィリアや仲間達を守れるように強くならなければ……。
風呂から上がると、フィリアがソファでくつろいでいた。部屋に備え付けてあるローブを着ているからだろか、普段のローブよりも彼女の体つきがはっきり分かる。胸の部分が窮屈そうに盛り上がっており、風呂上がりだからか、ローブの隙間から見える肌は火照っている。
「ユリウス。そろそろ休みましょうか」
「ああ、そうだね」
フィリアはベッドから立ち上がると、俺の手を握った。そのまま何も言わずにベッドに横になると、俺のために枕を置いた。
「私は契約者と常に共に居たいの。恥ずかしいからこれ以上言わせないで……」
「隣に寝ても良いの?」
「……」
フィリアから少し離れた場所に横になる。異性と同じベッドに入るなんて初めてだ。緊張しすぎて今日は眠れそうにない。フィリアの事を考えないように目を瞑って横になっていると、フィリアが俺の体を抱きしめた。
俺の背中にはフィリアの豊かな胸が触れる。暖かくて柔らかいな……。いつまでもこうしていたい。
「ユリウス……私の事、守ってね……魔石に閉じ込めないでね……」
フィリアは涙を流しながら俺を抱きしめている。人間に加護を与え、眠っている間に魔石に封印されたと言っていたな。彼女にとって睡眠とは、もしかすると恐怖の時間なのかもしれない。
俺がフィリアと同じ経験をしていれば、また眠っている間に封印されるかもしれないと、契約者を疑うだろう。今まで何度も人間に裏切られてきたんだ。フィリアが安心して暮らせる環境を作らなければならない。
「大丈夫。フィリアは俺が守る」
「本当……?」
「本当だよ。だから今日はもう眠るんだ。誰にも君を封印させない」
「分かった……おやすみ……ユリウス」
フィリアは心地良さそうに目を瞑ると、俺を抱きしめながら眠りに就いた……。