第十四話「二階層の魔物」
大広間の扉を開けると、そこはゴブリンの巣になっていた。武器の手入れをする者や、料理をする者。家具を作る者等、様々なゴブリンが暮らす空間の様だ。
「ここなら存分に暴れられるわね」
「くれぐれもファイアストームは使わないように」
「分かっているわ」
大広間に侵入する俺達に対し、ゴブリン達は一斉に武器を構えた。敵の数は四十体以上だろうか。ゴブリンは繁殖力が高いので、巣を潰さなければすぐに数を増やして人間を襲い始める。
アレックスは敵の群れに飛び込むと、炎を纏う両刃の斧で次々とゴブリンを叩き切った。イリスはアレックスに襲いかかるゴブリンに対し、瞬時にソーンバインドの魔法を唱え、移動を阻害している。ゴブリンの下半身には無数の茨が絡みつき、身動きが取れなくなったゴブリンはアレックスの斧で叩き切られる。
フィリアは杖を構えてゴブリンの群れに炎を放った。爆発的な炎が次々とゴブリンの体を包み込み、瞬く間に大広間の敵を燃やし尽くした。火属性の魔法の中でも最も基本的なファイアの魔法だが、高レベルの魔術師が使えば強力な範囲魔法に化ける。
「とてつもない威力だね……フィリア」
「ファイアストームの足元にも及ばないけどね」
「しっかり魔法を制御出来ていたね。流石大精霊だ」
「もう、からかわないで」
「この調子でどんどん狩ろうか」
大広間を抜けると二階層に続く階段を見つけた。フィリアは上機嫌で俺の手を握っている。一度の魔法で誰よりも多くの魔物を狩るとは。俺もフィリアの契約者として、更に強くなる必要がありそうだ。強力な精霊を連れているだけの冒険者にはなりたくないからな。
階段を降りるとスライムの巣になっていた。火属性のファイアスライムが生息している。液体状の体に炎を纏うスライムの上位種だ。二階層には火の魔力が蔓延しており、火属性の魔物でもあるミノタウロスは体に魔力をみなぎらせた。
「ユリウス! どちらが魔物を多く狩れるか勝負だ!」
「ああ! 受けて立つ!」
アレックスは斧に掛けたエンチャントを解除すると、ファイアスライムの群れに切り込んだ。ファイアスライムはアレックスに対して炎を吹きかけるが、アレックスは心地良さそうに笑みを浮かべている。ファイアスライム程度の炎ではアレックスの皮膚を燃やす事は出来ないのだろう。
負けられないな。魔剣にありったけの魔力を込める。借りるぞ……ゴブリンロードの力。
「ウィンドクロス!」
魔剣を振り下ろすと、剣の先からは十字の風の刃が飛び出した。風の刃はファイアスライムをバターの様に切り裂き、一度の攻撃で五体もの敵を仕留めた。アレックスに背中を任せ、襲い掛かるファイアスライムを次々と切り裂いた。そんな俺達の戦いを精霊達は楽しそうに観戦している。
「どうやらユリウスの勝ちみたいね」
魔物を倒し終えると、フィリアが嬉しそうに駆け寄ってきた。やはりウィンドクロスは使い勝手が良い。威力も魔法の攻撃範囲も申し分ない。
それから俺達は二階層に巣食うファイアスライムを狩り尽くし、今日の狩りを終えてギルドに戻る事にした。体力的には余裕があるが、三階層を攻略するには魔力が不足している。一日で一階層と二階層を攻略出来たのだから、三階層の攻略は明日から行えば良い。
それよりも今日は仲間同士の交流を深めるための時間を作りたい。イリスとエルフリーデは姉妹だからか、狩りの最中もお互いの魔力を把握し合いながら、協力して魔物と戦っていた。しかしまだ俺達との連携は十分ではない。
ダンジョンを出るとユニコーンとゴーレムが退屈そうに俺達を待っていた。ユニコーンの頭を撫でながら狩りの成果を報告すると、彼は満足そうに頷いた。
「さて、ハーフェンに戻ろうか。今日は宴にしよう!」
「おう。俺はクエストの報酬で酒を浴びるほど飲むぞ」
「ユリウス。私は美味しい肉料理が食べたいわ」
「ああ。まずはギルドに戻って報酬を頂こうか。それから宿に戻って宴にしよう」
やはり仲間が居ると狩りの効率が良い。ダンジョンを攻略したら、更に高難易度の魔物の討伐クエストを受けよう。それから自分自身の鍛錬の時間を作る必要がありそうだ。レベル50の大精霊に追いつくには、彼女達と同じ時間の狩りでは鍛錬の時間が足りない。
「アレックス。明日も早朝に狩りをしないか?」
「うむ。良いだろう」
朝五時から七時までの二時間、アレックスと共に狩りを行う事に決めた。しばらく森の中を進むとハーフェンの町に到着した。冒険者ギルドに直行すると、受付のグライナーさんが駆け寄ってきた。
「アレックス様! お怪我はありませんか?」
「ああ。俺は大丈夫だ。キャサリン」
「そうですか……アレックス様の帰りをお待ちしておりました」
「俺の事はアレックスで良いぞ。それから敬語も要らない」
グライナーさんはアレックスの体を触りながら心配そうに彼の顔を見上げている。きっと彼女はミノタウロス族が好きなのだろう。男の俺でも見とれる程の筋肉、圧倒的な戦闘センス。全く頼もしい仲間が出来たものだ。
受付の男性にギルドカードを提示し、討伐数の確認をお願いした。どうやらスライムとゴブリンの討伐の報酬は1ゴールドらしい。討伐数が八十体。ダンジョンでの稼ぎは80ゴールドだ。
「報酬を分配しようか」
フィリアとアレックスは報酬を受け取らない代わりに、生活費の全てを俺が負担する。それ以外にも必要な物があれば随時購入する。イリスとエルフリーデには報酬の半分を渡しておいた。手元に残ったのは40ゴールドだ。早朝にスノウウルフを狩っておいて良かった……。
キャサリンさんは退勤時間なのだろうか、荷物を纏めてアレックスと楽しそうに会話をしている。もしかすると彼女はアレックスに好意があるのかもしれない。今日の宴に誘ってみようか。
「グライナーさん。俺達はこれから宴を開くのですが、良かったら一緒にいかがですか?」
「本当ですか! それでは私もご一緒します」
グライナーさんはアレックスの手を握ると嬉しそうにギルドを出た。世の中にはミノタウロス好きの女性も居るんだな。
「ユリウス。グライナーさんはアレックスの事が好きなのかしら?」
「多分ね。この調子ならすぐに付き合うんじゃないかな?」
「そうね。私達も宿に戻りましょうか」
「先に宿で宴を始めてくれるかな? 俺はちょっと買いたい物があるんだ」
「わかったわ」
俺はフィリアにお金を渡すと、彼女はイリスとエルフリーデを連れて宿に向かった。さて、遅くなってしまったがガントレットを買わなければならない。手の平の火傷の痕を隠したいからな。今日の狩りの最中も、フィリアは何度も俺を手を見ていたし……。
ユニコーンとウィンドゴーレムを連れて、武具を扱う店を探す事にした。冒険者ギルドに周辺にはポーションの店や魔石の店等、冒険者向けの道具を取り扱う店が多い。
町を歩いているだけで大勢の冒険者から声を掛けられる。ゴブリンロードやドラゴンの討伐に対する賞賛の言葉だ。だが、俺はいくら褒められても心から喜べない。自分の実力で倒した訳ではないからだ。ゴブリンロードはフィリアはファイアストームで仕留め、ドラゴンはフィリアの魔法とウィンドクロスの混合技で仕留めた。
一流の冒険者になるためには、自分自身の力で魔物を狩らなければならない。強い敵が現れた時、フィリアに頼る様では一流とは言えない。俺は両親に最高の冒険者になると誓ってこの町に来た。
しばらく町を歩いていると、ユニコーンが一軒の店の前で立ち止まった。冒険者向けの武具店だ。俺はウィンドゴーレムとユニコーンを待たせると、すぐに店内に入った。
広い店内には様々な種類の武器や防具が展示されている。武器の種類が豊富で、特に両手剣が多く展示されている。防具は革製の低価格な物から、白金の様な高価な金属を用いて作られた防具まで、様々なアイテムが展示されている。
俺が武器や防具を眺めていると、背の低い店主が近づいてきた。魔装と魔剣をまじまじと見つめると、ハッとした表情を浮かべた。
「もしかして、冒険者のユリウス・ファッシュか? ゴブリンロードとドラゴンの討伐者の?」
「はい。そうです」
「そうかそうか! 俺の店に来てくれるとはな! 支配者の魔装と魔剣、肩まで伸びた銀髪に青い目。情報通りの人物だな」
「どこでそんな情報を手に入れたんですか?」
「町はお前さん達パーティーの話題で持ち切りだぞ! 冒険者ではない一般市民までが魔石屋襲撃事件の全貌を知っているくらいだ」
「そうなんですか!?」
「うむ。俺は武具屋のルーカス・ゲーレンだ。よろしくな」
「どうも、冒険者のユリウス・ファッシュです。実はガントレットを探しているのですが……」
ドラゴンとの戦闘で両手に大きな火傷を負った事をゲーレンさんに話した。フィリアの魔法で火傷をしたという事実は隠しておこう。精霊が人間を傷つけたと、悪い噂が立つ可能性もあるからだ。元々フィリアは生まれ故郷を燃やし尽くしたと悪評のある精霊だ。五年間も買い手が付かず、魔石には誰も見向きもしなかった。
ゴブリンロードやドラゴンの討伐で、町にはフィリアを賞賛する者も多い。彼女の評判は着実が上がりつつある。このまま魔物討伐の功績を積んで、生まれ故郷を燃やした精霊という汚名をすすぐ。彼女の契約者として俺が出来る事は、可能な限り彼女の生活を支える事だ。
「出来れば火属性の魔力に耐えられるガントレットが欲しいのですが」
「うむ。探してみよう」
ゲーレンさんはいかにも高級そうな白金製のガントレットを持ってきた。手に嵌めてみると地属性の魔力を感じた。弱い火属性の魔法なら受け止める力を持つらしい。このガントレットにしようか。イリスから加護を授かった事により、地属性の魔力が体を流れている訳だから、属性的にも相性が良い。
ガントレットの値段は500ゴールドだった。新装備を購入した俺はすぐに宿に戻った。