第十一話「墓地での攻防」
身長は二メートル程だろうか、赤い皮膚に筋骨隆々の肉体。頭には二本の黒い角が生えている。平均レベル35。ミノタウロス。スノウウルフの群れはミノタウロスを取り囲み、口を大きく開いて吹雪を発生させている。ミノタウロスの体は瞬く間に雪に覆われるが、火の魔力を体に纏わせてスノウウルフの攻撃を無効化した。
一体どちらの魔物に加勢するべきなのだろうか。ミノタウロスは両刃の斧で容赦なくスノウウルフを切り刻んでいるが、両足にはスノウウルフが喰らいついている。
下半身から大量の血を流しながら、斧にエンチャントを掛けて魔力を爆発させ、近づくスノウウルフをなんとか遠ざけている。ミノタウロスに加勢するべきだろうか。高度な知能と強靭な肉体を持ち、闇属性の魔物と対立する火属性の魔物。
聖属性の魔法の使い手として、闇属性と対立する魔物が目の前で殺されるのを見過ごす訳にはいかない……それに、上手く行けば獣魔になって貰えるかもしれないからな。
「ユニコーン。ミノタウロスにリジェネレーションを!」
ユニコーンは森の中に隠れると、スノウウルフから見つからない様にリジェネレーションを唱えた。ミノタウロスの体は瞬く間に銀色の魔力で包まれて、体中に出来ていた傷は瞬時に塞がった。ミノタウロスは突然の出来事に狼狽するも、俺を姿を見つけると安堵の笑みを浮かべた。
どうやら俺を敵だとは思っていないらしい。魔剣を抜いて風のエンチャントを掛ける。重い魔剣は羽根の様に軽くなり、俺はミノタウロスに背中を任せて次々とスノウウルフを狩った。
敵の数は五十体程居たが、お互いが背中を守りながら敵を狩り続け、ミノタウロスが怪我をすれば俺かユニコーンが瞬時に回復魔法で傷を癒やした。やぱりパーティーに回復魔法の使い手が二人居るからだろうか、大きな怪我を負う事もなく、スノウウルフの群れを駆逐する事が出来た。
ミノタウロスは疲れ果てた表情を浮かべて地面に倒れた。なぜ墓地でスノウウルフと戦っていたかは分からないが、きっと理由があるのだろう。
「助けてくれてありがとう。俺はミノタウロス族のアレックスだ」
「どういたしまして。俺はハーフェンの冒険者、ユリウス・ファッシュだ。人間の言葉が分かるのかい?」
「ああ。以前学んだ事がある」
「そうか……どうしてこんな場所で狩りをしたいたんだい?」
「己を鍛えるためだ。俺はミノタウロス族の戦士になりたいんだ」
「戦士? 今でも十分強いと思うけど」
「いいや。まだまだだ。戦士になるには最低でもレベル35以上にならなければ」
「レベル35か。実は俺も鍛えるためにここに来たんだ」
「本当か!? ユリウス。良かったら木の陰に隠れているもう一人の仲間を紹介してくれるか?」
「ああ。おいで、ユニコーン」
俺がユニコーンを呼ぶと、ユニコーンはゆっくりとミノタウロスに近づいた。ミノタウロスの臭いを暫く嗅ぐと、彼は俺に対して小さく頭を下げた。彼の事を認めているのだろうか。
「ユニコーンか。随分希少な魔物を仲間にしたんだな」
「ああ。魔石屋の店主から頂いたんだ」
「ハーフェンでは魔物と共に戦う冒険者も居るのか?」
「最近冒険者になったばかりだから、他の冒険者の事はよく分からないけど。多分少ないんじゃないかな」
「そうか……ユリウスのレベルはいくつだ?」
「ちょっと待ってね」
俺は懐からギルドカードを取り出して確認した。レベルは18にまで上昇していた。ギルドカードをアレックスに見せると、彼は驚いた表情を浮かべた。
「支配者の装備……? まさかゴブリンロードを討伐した冒険者というのはユリウスの事だったのか?」
「え? どうしてそれを知っているんだい?」
「ミノタウロスとゴブリンは遥か昔から敵対関係にある。数日前、村を訪れた冒険者がゴブリンロードの死を知らせてくれたんだ」
「ミノタウロスの村があるのかい?」
「ああ。人間の冒険者も多く滞在しているぞ。まぁ、俺達の見た目を恐れて一般の人間は近づきもしないが。俺達はいつでも人間を歓迎している」
「そうなのか……俺もいつかミノタウロスの村に行っても良いかな?」
「それはいいが。次に俺が村に戻るのは戦士になる資格を得てからだ。俺は己を鍛えるために旅をしている」
「現在のレベルを聞いても良いかな?」
「レベルは15だぞ」
レベル15か。俺と殆ど変わらないな。レベルは魔力の強さ数値化したものだ。しかし、レベルは強さを現す数値ではない。レベルが低くても筋力が強く、戦闘力が高い者も居る。
「アレックス、良かったら俺のパーティーに入らないかい?」
「パーティー? 俺も入って良いのか?」
「メンバーは俺、ユニコーン、破壊の精霊・フィリア、守護の精霊・エルフリーデ。それから創造の精霊・イリスも加わる事になると思う」
「随分精霊が多いんだな。よし! それじゃ俺もユリウスのパーティーに入れてくれ。従魔の契約を結ぼう。そうすればユリウスはいつでも俺を召喚する事が出来る」
「ありがとう!」
俺は従魔の契約のための魔法陣を地面に書くと、アレックスは魔法陣の中に入った。魔法陣は強く光り輝くと、従魔の契約が成立した。これで契約者はいつでも自分の従魔を召喚出来る。獣魔を召喚するには、地面に召喚のための魔法陣を書けば良い。
魔法陣はかつて冒険者を目指していた頃、田舎の村で覚えたものだ。俺がアレックスと従魔の契約を結ぶと、ユニコーンは悲しそうに俺を見つめた。
「君も俺の獣魔になってくれるのかい?」
「……」
ユニコーンは嬉しそうに目を輝かせた。それから俺はユニコーンとも従魔の契約を結んだ。朝早くに起きて墓地に来た甲斐があった。しかし、アレックスはハーフェンの町に入れるのだろうか。基本的に人間と敵対していない種族の魔物は町に入る事が出来るが、今のアレックスを町に連れて行けば、魔物の襲撃だと勘違いされるだろう。
彼の服装は、魔物の革から作った服で下半身を隠しているが、上半身は裸。しばらく風呂に入っていないのか、体は土や血で汚れている。行水をしてから服装を整えて、魔物だと判断されない工夫をしなければならないな。
「アレックス、朝食は食べたのかい?」
「いいや、まだだぞ。準備してくれるのか?」
「ああ。朝食はスノウウルフにしようか。ユニコーン、アレックスを近くの川に連れて行ってくれるかな? アレックス、朝食が出来るまで行水でもしてくると良い」
「うむ。それでは行ってくるぞ」
アレックスがユニコーンに飛び乗ると、ユニコーンは軽快に走り出した。俺はスノウウルフの牙を抜いて回収してから、スノウウルフを解体した。食べやすいサイズに切ってから手頃な木の棒に挿してアレックス達の帰りを待つ。
アレックスが戻ってくると、彼はスノウウルフの肉に炎を吹きかけた。口から火を吐く事も出来るらしい。森の中には肉の焼ける香ばしい匂いが立ち込めた。それから俺とアレックスは暫くお互いの事を話しながらスノウウルフの肉を食べた。
「アレックス。これからハーフェンの町に行って新しい防具を買おう。今のままでは町に入る事は難しいだろう」
「うむ……そうだな。俺は金が無いんだ。ユリウスが買ってくれるか?」
「ああ。アレックスは俺の従魔だからな。勿論俺が用意する」
「かたじけない。命を助けて貰っただけではなく、防具まで用意して貰えるとは。この礼は従魔としてユリウスを守りながら返すとしよう」
「ありがとう。さて、ハーフェンに移動しようか」
まずはハーフェン付近まで移動して、町の付近でアレックスとユニコーンを待たせる。今は朝の七時頃だろうか。きっとフィリアはまだ眠っている筈だ。俺は冒険者ギルドに向かってスノウウルフの討伐の報告をする事にした。
冒険者ギルドは朝の七時に開くのか、出勤したばかりの職員達が優雅に紅茶を飲んでいた。カウンターにギルドカードを置き、スノウウルフの牙を渡すと、職員は驚いた表情でギルドカードを見つめた。
「ミノタウロス……? それからユニコーンも獣魔にしているのですか?」
「はい、ミノタウロスとは今朝出会ったんです。出会ってすぐに意気投合しまして、俺の仲間になってもらいました」
「それから……精霊が三体!? 一人の人間に三人もの精霊が加護を与えるとは……! ファッシュ様は将来、必ず偉大な冒険者になります!」
「そんな。買いかぶり過ぎですよ。まだ俺は駆け出しの冒険者ですから、これから訓練を積んで強くなるんです」
「ドラゴンとゴブリンロードの討伐者の言葉とは思えませんね。もう既にハーフェンの町を守るだけの力はお持ちかと思いますよ。町はファッシュ様のパーティーの話題で持ち切りです! 職員一同、ファッシュ様の今後の活躍に期待しております。さて、スノウウルフの討伐、ありがとうございました。こちらが討伐の報酬と、牙の買取代金です」
代金を頂いてから、ギルドに職員にミノタウロスの装備について相談する事にした。