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第一話「精霊召喚」

 彼女との出会いはまさに衝撃的だった。俺は今日、十五歳の誕生日を迎え、冒険者になるためにこの魔法都市ハーフェンに越してきたのだ。都市の周辺に魔物が巣食うダンジョンが点在する地域で、魔物討伐を生業としてこれからの人生を歩もうと決めたのだ。


 生まれ育った小さな村を、剣とほんの少しのお金だけを持って飛び出した俺は、今日の仕事のあても有る訳もなく、ただ新しく訪れたこの町を歩いて回っていた。その時、俺は一軒の魔石屋を見つけた。店のショーウィンドウには、色とりどりの魔石が展示されており、魔石の中では魔物が静かに眠る様に目覚めの時を待っている。


 魔石の中にはまるで少女の様な美しい生き物が居たのだ。腰まで伸びた艶のある黒髪、赤いドレスを身に纏っている。魔石に値段は表示されていない。値段も付けられない程、高価な魔石なのだろうか。


 しかし、こんなに美しい魔物が存在するのだろうか?  魔物とはスケルトンやスライムの様な、知能も低く、ただ人間を襲うだけの魔物も居れば、人間と共存する神聖な魔物も多い。聖属性のユニコーンやフェニックスなんかがそうだ。人間を癒やす力を持ち、人間と共に悪質な魔物に対抗して生きている。


 聖属性は回復魔法や補助魔法に特化した属性だ。攻撃魔法の種類は少ないが、闇属性の魔物を討ち滅ぼす力を持つ。俺はその聖属性の魔法の使い手だ。魔力を回復させるマナポーションや、体力を回復させるヒールポーションを作る事が出来る。


 俺はどうもこの魔石に一目惚れしてしまったのか、彼女の事を詳しく知るために店に入る事にした。


「すみません。ちょっと教えて頂きたい事があるのですが」


 魔石が所狭しと並べられている店内に入ると、俺はカウンターで退屈そうに本を読んでいる店主に話し掛けた。年齢は三十代後半だろうか、長く伸びた金色の髪を結び、顎に髭を蓄えている。魔術師が着るようなローブを身に着けており、ベルトにはいかにも高級そうな金色の杖を差している。


「どうしたんだい?」

「そこに展示されている女の子の魔石は、一体どんな魔物なのでしょうか? ちょっと気になりまして」

「あれは破壊の精霊・フィリアだよ」

「破壊の精霊……ですか? すみませんが、精霊って魔物と何が違うんですか?」

「ああ、精霊を知らないのか。精霊は生まれながらにして高度な魔法を扱う種族で、人間が習得出来ない特殊な魔法を使用する。しかし、魔力の成長速度が非常に遅い……」

「そうなんですか? 魔力って、魔法を使い続ければ強化出来るんですよね」

「うむ。精霊は人間と契約を結ぶ事により、魔力の成長を促進させる事が出来る」


 精霊か……俺はてっきり魔物かと思ったのだが。世の中には俺が知らない種族の生き物も居るのだな。


「精霊は希少な種族だが、そこに展示している破壊の精霊・フィリアは、癖が強くて買い手がつかないんだ」

「癖が強いとは、何か性格や属性に問題があるのでしょうか?」

「うむ。前の契約者が記した手紙がここにある。『傲慢な性格で、人間を道具の様に扱う。魔法能力は非常に高いが、見境なしに周囲を破壊する凶暴性を持ち合わせている。容姿は人形の様に美しいが、性格は悪魔そのもの。破壊の精霊を召喚すれば、たちまち人生が崩壊するであろう』まったくひどい内容だな……俺はこの手紙の持ち主から、魔石に封印された精霊を受け取ったんだ。五百ゴールド支払うから、どうかこの魔石を引き取ってくれってね」

「それで、買い手はまだ現れなかったんですか?」

「そうだよ。この五年間、誰も破壊の精霊を買おうとする人は居なかった。お客さんが初めてだよ。見た目は綺麗だからお客の目に付く場所に展示していたが……どうだね、この魔石を引き取る気は無いだろうか? 代金は要らないよ」


 性格にはかなり問題がある様だが、高度な魔法の使い手である精霊をタダで頂けるのか。これは運が良い。これから冒険者としてこの世界で成り上がるには、強い仲間の力が必要不可欠だからな。


 俺は店主からありがたく魔石を頂いた。手のひらサイズの半透明な魔石の中では、少女が眠る様に目覚めの時を待っている。すぐにこの精霊を召喚してみよう。魔石の中身を召喚するには、魔石に対して魔力を込めれば良い。


 手紙には、『見境なしに周囲を破壊する』と書いてあった。どこか広い場所で召喚を試みた方が良いだろう。今日はこれから正式に冒険者になるために、冒険者ギルドで登録を行おうと思っていたが、精霊を召喚してからでも良いだろう。


 ゴブリンやスライムが巣食う土地に行って、精霊の実力を試してみよう。俺は店主にお礼を行ってからすぐに店を出た。


 小さな魔石を見つめながら、新しく訪れた町を進む。町の南口を出て一時間ほど歩けば、弱い魔物が巣食う廃村がある。まずはそこに行ってみよう。石畳が敷かれた美しい町を進み、訪れたばかりの魔法都市を後にした。



 町を出ると深い森が広がっており、森にはスライムやゴブリンが生息している。人間が暮らす土地を襲う悪質な魔物だが、知能も低く危険性も少ない。


 森を進むと魔物の棲家になっている廃村がある。この廃村はかつて人間が暮らしていた場所で、魔物の襲撃を受けて村人達は逃げ出したのだとか。魔法都市からほど近い事もあり、駆け出しの冒険者はこの廃村で狩りをして戦い方を身につけるらしい。


 朽ち果てた建物が点在する廃村に到着すると、俺は懐から魔石を取り出した。魔石を両手で持ち、自分自身の魔力を注ぐ。魔石からは暖かい火の魔力が流れ、辺りに強烈な光を放つと、次の瞬間、魔石の中に封印されていた少女が飛び出した。


 身長は百四十センチ程。腰まで伸びた黒髪に宝石の様に透き通る紫目。いかにも高級そうな赤いドレスを着ており、頭には銀のサークレットを被っている。


「いつまで触ってるの……?」


 少女は俺をじっと見つめると、おもむろに俺の頬を叩いた。突然魔石から出てきたので、俺は彼女を受け止めてしまったのだ。気に障ったなら謝らなければならないな……。


「ごめん……」

「ここは随分汚い場所ね。あなたの家なの?」

「ああ、ここは廃村だよ。これからこの場所で魔物を狩ろうと思うんだ」

「それで私を召喚したの? 私を最後に封印した男は、私の力に耐えられなくなって、私が寝ている間に封印した……」


 契約者に封印され、魔石の中で永遠の時を過ごすのはどんな気分なのだろうか。想像もしくないな。


「お腹が空いたわ。パンを買ってきて頂戴。それからミルクもお願いね」

「え……?」


 まだ自己紹介すらしていないのに、もう俺の事をこき使おうとしているのか……凄い性格だな。この子のペースに流されないようにしなければ。


「パンとミルクは仕事が終わったら買ってあげるよ。だから俺と一緒に魔物を狩って貰えるかな?」

「どうして私が魔物と戦わなければならないの? 私はあなたの戦いを見ているわ」

「魔物を倒してお金を稼がないと、食費や宿代を払えないだろう? 俺は冒険者になるために、魔法都市ハーフェンに来たんだ」

「ハーフェン……それで、私はどれくらい封印されていたの?」

「五年だって聞いたけど」

「五年……そう。わかったわ、さぁ狩りをして頂戴。私はさっきも言ったけれど、魔物と戦うつもりはないから」

「わかったよ……」


 予想外の反応をされてしまった。手紙の説明では凶暴な精霊と書いてあった気がするが、戦う事はあまり好きでは無いのだろうか。まぁいいか……この廃村に巣食うスライムとゴブリンを狩り、戦利品を集めてハーフェンの冒険者ギルドに持ち込もう。そうすれば適正な価格で買い取って貰えるみたいだからな。


「俺はユリウス・ファッシュだよ」


 手を差し伸べて挨拶をすると、フィリアは無言で俺の手を握った。そっけない反応とは裏腹に、俺の体にはフィリアの優しい魔力が流れてくる。良い仲間になれそうだ。


「ユリウス。私のためにお金を稼いで、早く美味しいパンを買って頂戴」

「ああ。わかったよ。危ないから俺の後ろから付いてくるんだ」

「ええ……」


 廃村に入ると、一体のゴブリンが槍を構えて襲い掛かってきた。身長は百センチ程。緑色の皮膚に血走った目。ゴブリンが錆びついた槍を振り上げると、俺は瞬時に剣を抜いた。


 剣でゴブリンの攻撃を防ぎ、ゴブリンの腹部に蹴りを放つ。俺の攻撃を喰らったゴブリンは怒り狂って爆発的な咆哮をあげた。


 瞬間、廃村からは数え切れない程のゴブリンの群れとスライムが現れた。待ち伏せをされていたのだろうか。武器を構えたゴブリンの群れが俺達を取り囲んでおり、スライムが廃村の出口を塞いでいる。


 いくら敵が弱くても、これだけの魔物を一度に倒す事は不可能だ……。体から冷や汗が流れ、手に持つ剣は俺の気分を察するように弱い光を放った。これはまずい事になった。俺達はここから生きて帰れるのだろうか。


 剣を握り締め、ゴブリンの群れに特攻した。無数のゴブリンが一斉に攻撃を放ってきたが、俺は次々と敵の攻撃を受け止め、フィリアを守るために戦い続けた。


 その時、廃村の奥から禍々しい魔力を放つゴブリンが現れた。身長は二メートル程だろうか。豪華な装飾がされた銀の鎧に身を包み、ロングソードを構えている。ゴブリンの最上位種、ゴブリンロードだ。熟練の冒険者でもパーティーを組んで挑まなければ倒せない様な、強力な魔力と高度な知能を持つ。


 どうして魔法都市から程近い場所に、これ程までに悪質な魔物が潜んでいるんだ……? 突然のゴブリンロードの出現に狼狽した瞬間、俺の腹部にはゴブリンの槍が突き刺さっていた。


 腹部に焼けるような痛みを感じ、俺の意識は次第に遠ざかった……。きっと俺はここで死ぬのだろう……だが、フィリアだけは助けなければ……。フィリアは怯えた表情で、血を流して倒れる俺を見下ろしている。


「逃げるんだ……フィリア……」

「馬鹿な事言わないで! ユリウスはどうするの!?」

「君だけでも逃げてくれ……生きるんだ! フィリア……」


 ゴブリン達は気味の悪い笑みを浮かべながら俺とフィリアを取り囲んだ。魔力を全て使い、フィリアが逃げるための道を作ろう。


 左手に魔力を集めると、銀色の光り輝く球が浮かんだ。弱い闇属性の魔物はこの光だけでも消滅されられるのだが、ゴブリンやスライムには効果が無い。しかし強い光は敵の視界を奪う。


「ホーリー!」


 魔法を唱えた瞬間、強烈な光が炸裂した。ゴブリンとスライムは俺の光を喰らって狼狽しているようだ。


「フィリア! 早く逃げろ!」


 強く輝く光の中で、フィリアだけが静かに俺に近づいてくる。フィリアはしゃがみ込んで笑みを浮かべると、俺の唇に唇を重ねた。一体何が起こっているんだ? 体内に爆発的な魔力が流れ込んできた。これが精霊の契約……?


「契約成立ね……」


 フィリアは小さく呟くと、両手を頭上高く上げて魔力を放出させた。体を焼く様な強烈な炎が一瞬で廃村を包み込んだ。


「ファイアストーム!」


 フィリアが魔法を唱えた瞬間、廃村には強烈な炎の嵐が発生し、俺とフィリア以外の全ての生命が命を落とした……。

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