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五月ちゃんの恋物語

作者: あまやすずのり

この物語は前作『また、走る』のスピンオフ的な内容となっております。

この短編のみでも楽しめる内容にしたつもりですが、前作も踏まえた上で読んで頂けると

もっとお楽しみ頂けると思います。

よろしければ前作もよろしくお願いします。

 麗らかな午後の校舎内に響くチャイムの音。

 それと共に各教室の静音はざわつきに変わり、

 せわしなく人の往来が始まる。

 鞄に詰めた成果を家で復習する者、

 友人とこの後の予定を立てる者、

 教科書を雑に机に突っ込み部活へ勤しむ者。

 学生にとって楽しい放課後を迎える。

 そして、私、五十嵐 五月も例に漏れず帰り支度を済ませると

 「五月ー、今日あたり行こうよー」

 右手でマイクを握るポーズを取りながら

 ウィンク一つ、誘うように私に左手を差し出す乙女。、

 さらにその横では少し呆れ気味に見守る眼鏡の女性。

 知り合った当初から変わらぬ二人の友人が私へと近づいていた。

「あーごめん、今日も部活あるから」

「えーまたー」

 ぶーぶーとまるで子豚のような鳴き真似をしながら非難する桜。

 それに対して眼鏡の縁を少し上げ冷静に促す紗英。

「仕方ないわよ、部活やってればこうなるのは当たり前よ」

「えーでも最近特に付き合いわーるーいー」

 ふくれっ面をしながらでもでもー、と未だ抗議を続ける桜を無視し、

 視線で紗英にお詫びを入れる。

 この辺りは日常茶飯事だったため、

 紗英から任せてとのアイコンタクトを受け取り、私は急ぎ鞄を手に走り出す。

「本当にごめんっ!こんどアイスおごるからねっ桜っ!」

「あっ!じゃあじゃあ駅前のパーラー……」

 ここら一体では美味と高価で有名な店名を述べようとしたので

 私の財布がピンチになる前にそそくさと教室を後にするのだった。




「……まっしょうがないね」

「確かに……あんなに楽しそうなの止められないもの」

 諦め気味に述べながら、二人顔を見合わせクスクスと微笑む

「でもさ、本当に五月変わったね」

 どこかしみじみとしかし寂しさも込められた桜の言葉に、

 紗英も同意するように

「そうね……変わりすぎて心配でもあるけど」

 引っかかる物言いに桜がキョトンとするが、

 何事もなかったように紗英は先に歩き出す。

 そして、桜へ顔だけ向けながら魅力的な提案をする。

「桜、今日はカラオケは中止にして私の家くる?」

 言いながら、指で小さく丸を作る仕草。

 それは桜たちだけが理解出来る秘密の暗号

「わっ!頂きます頂きますっ!」

「でも、ちゃんと試験用の勉強もするからね」

 冷静にあしらう紗英からの意地悪な一言に桜はグゥの音も出ず。

 しかし、その誘惑に負けてついて行くしかなかった。




 教室を抜け出した五月は一目散にグラウンドへと続く道を駆ける。

 人々がすれ違う廊下、

 時に先生に見つかりそうになれば歩幅をゆるめ、

 ばれないように素通りし、また駆ける。

 廊下の途中で表れた影に身体を滑らす。

 するりと導かれるように手すりへ腕を流し方向転換、

 その勢いのまま一気に駆け下りる階段はまた格別で、

 ちょっと危ないながらも五月に高揚感を与えてくれる。

「今日は先輩いるかなー♪」

 ここ数日雄一のリハビリで放課後は

 五月1人でマネージャー業務を担当していたが、

 昨晩メールでマネージャー業務について相談をしたところ、

 直接教わる流れになった。

 言葉で伝えるより直接見た方が早いと言ってくれたが、

 正直、雫の手を煩わせる事態は五月にとってあまり好ましくなかった。、

 だが、久々に部活で会えるとなると話は別。

 この所学校内でも顔を合わせる事もほとんど無かったので

 自然と顔がほころぶ。

 下駄箱で履き替える靴のもどかしさすら心地良く感じながら、

 グラウンドの横を駆け抜け部室へ。

 するとドアを開け中へ入ろうとする人影を見つけた五月は、

 その後ろ姿に心が高鳴るのを抑えられなくなる。

 部室へのラストスパート、

 伊達に陸上部のマネージャーをやっていない成果を、

 披露しながらそのままドアへと突入、そして、

「せんぱーい♪」

「うひゃぁぁあっ!」

 今日も部室に意味不明な叫びが木霊するのだった。




「それでここは……こう記録して」

「あーそうでした、思い出しました」

 雫先輩が丁寧に私が忘れていた箇所を修正、

 記録しながら教えてくれる。

 私にとってちょっとした夢の時間。

 でも、それに浮かれて聞き逃してはまた雫先輩に迷惑がかかる。

 そのため、しっかりと内容に集中しながら

 用意した業務ノートに書き込みを加える。

「で、どうかな?昨日のメール内容からするとこんな感じだけど」

「はいっ♪さすが雫先輩分かりやすいです」

 心からの感謝を捧げながら雫先輩へと笑顔を向ける。

 そう?と少し照れながらも微笑んでくれる雫先輩。

 その光景に私の発作が唐突に発動する。

「わきゃぁぁあっ!」

「はー先輩可愛すぎー♪」

 ちょっと小振りな事を気にしている胸に手をやりながら、

 頬で先輩の顔を蹂躙する。

 高揚した肌はとても心地よく、

 いつにも増して甘美な匂いに欲望はさらに進行しようと、

「もうっ!やめなさいっ!」

「にししっ♪」

 剥がされた腕を支点にクルリと私の身体が反転し、

 先輩との距離が置かれる。

 まったく、といつもの困り顔を見ながら私は再確認していた。

 あの日、あの時、私はこの人に恋焦がれたのだ、と……。


 小さな頃から手がかからないいい子だと言われ続けていた私、

 それにはもちろん理由があった。

 両親の間に子供は私1人、

 そして当人達は私が生まれる前から冷え切っていた。

 共働きで滅多に顔を併せる事が無い二人。

 ある時私が起こした悪戯が原因で壮絶な責任のなすりつけを、

 目の前で展開された。

 それは酷く醜く辛いものだった。

 その経験から私はいい子でいれば喧嘩せずに、

 もしかしたら二人は仲良くしてくれるのではないか。

 子供心に秘めた淡い期待から私は優等生を演じるようになった。

 勉強を頑張り、先生の言うことは守り、近所には笑顔で答える。

 時にそれを妬ましく思う者もいた、虐めの対象にもなった。

 そんな輩達からはあの日親が見せた同じ醜さがちらつき、

 そしていつしか私はそれを酷く嫌うようになった。

 だから全力で排除した。

 時に力ずくで、時に権力で。

 幸い私の声に大人は素直に耳を傾け、力になってくれた。

 しかし、両親は……二人が笑顔で話す姿は一生訪れなかった。

 中学卒業間近に離婚が成立した両親。

 私は二人のどちらにもついて行く気は無く、

 高校への進学時に一人暮らしを始めた。

 ここでも私の行いが功を奏し、

 すんなりと一人暮らしを認めてもらえた。

 そして、始まった高校生活、

 もう演じる理由は無くなったのに、

 しかし私は今までの自分を変える事は出来なかった。

 なぜなら、私は秀才を演じる事で隠した私の醜い部分を、

 晒す事すら嫌になっていたから。

 どういう訳か素を見抜かれた桜と紗英には、

 本当の私を見せる事はできた。

 でもそれ以外の人には、どうしても出すことが出来なかった。

 結果的に優等生を演じ続けた私に一つの事件が起こる。

 体育祭で私はクラスリレーのアンカーを勤めることになった。

 足にも自信はあったので私はみんなの期待に応えようとして、

 そして失敗した。

 バトンを落とすミス、

 そしてそれを取り返そうと焦った私は

 ゴール直前、足を躓き転倒、それは盛大なものだった。

 結果、リレーは最下位に終わり、

 私はクラス全員から冷たい視線を受けた。

 同じクラスであった桜と紗英は私を慰めかばってくれたが、

 それは逆効果でしか無く、

 私の良すぎる外面に反感を持っていた者が、

 ここぞとばかりに声高に、私を罵った。

 転倒する姿を笑いものにする者もいた。

 そう、それはあの日両親が目の前でくり広げた、

 人の醜い部分が際限なくさらけだされた光景だった。

 その様子に私は何も出来ず、

 ただただ俯き言葉の嵐に耐えるように佇む事しか出来なかった。

 そんな時だった、一人の女性が私を強引にその場から連れ出したのは。

「えっ?あのっ!」

「貴方さっき転んで足すりむいてるでしょ、ちょっとこっちきなさい」

 うむを言わさぬ状況で救護テントまで連行され、

 手慣れた手つきで治療までしてくれると

「……私も一緒に謝りに行ってあげるから大丈夫だよ」

 言われた意味が分からなかった、

 そんな状態の私はきっと間抜け顔だったと思う。

 一つ私へと向けた彼女の視線が柔らかくなり、

 そのまま微笑みへと変わる。

「だって、貴方謝り方が分かりませんって顔してたんだもの」

 クスクスと止まらない笑顔に私は驚愕する。

 この人は……なんで……。

 その後、彼女は本当に一緒に謝ってくれた。

 クラスの期待に応えられなかった私の謝罪を一緒に。

 そんな私達に罪悪感を感じたのだろう、

 もう責める者はいなかった。

 そして、私の事をもっと知りたいとみんな言ってくれた。

 初めてだった……他者が私の中身を知りたいと。

 信じられない光景だった、

 クラスメイトが私を迎え入れようとしてくれた。

 その事に嬉しさが募るが驚愕で足が踏み出せない私を、

 最後まで背を押してくれたのは彼女だった。

「大丈夫、今の貴方ならきっと入れるよ」

 とてもとてもきれいで眩しい微笑みに、

 私は初めて胸が高揚する事を覚え、そして


「さつきちゃーん?」

「……んー……ふぁっ!」

 呼びかけに答えるように薄く開かれた私の瞳に愛おしい顔が近づく。

 瞬時にそれが雫先輩だと脳で理解し、

 いつもとは逆の立場になる。

 その光景が新鮮だったのだろう、

 私が慌てふためきあげた声に、

 雫先輩がいつもの仕返しとばかりにニコニコしながら

「もー五月ちゃんうたた寝しちゃってびっくりしたよー」

「あーすいません……」

 疲れが溜まっていたのだろうか、雫先輩の説明の最中に不甲斐ない。

 私は反省しながらも、昔の記憶を思い出していたせいなのか

 なんだかあの日に一時的に戻ったような気分になり心が潤う。

 しかし、このままなのも癪に感じた私は反撃する。

「でもせんぱーい?時々ここで寝言言いながら寝てますよね?」

「寝言なんて言わないよっ!よだれなら垂ら……すぅぅ……っ!」

 自分が言った事に恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらにらみつけてくる雫先輩。

 私はお決まりのセリフを溢しながら、

 襲われる前にその場から一時撤退するのだった。




「まったく……あの後輩はすぐ私の事虐めて……」

 からかって、スキンシップして、

 そして絶大な好意を抱いてくれる五月ちゃんに私は嬉しくあるが、

 心のどこかであれは本当の五月ちゃんではない気がしていた。

「……本当の五月ちゃん……か……」

 思えばあの告白からかもしれない、

 今まで感じた事ない違和感を五月ちゃんに覚えたのは。


「雫先輩には……ちゃんと話しておかないと、って思いまして」

 雄一が上田先生と新たな病院へ診断に行く日、

 出かける少し前に五月ちゃんに呼び出され向かった校舎裏で、

 五月ちゃんは今までの事を全て語ってくれた。

「安藤先輩が怪我した時正直私チャンスだと思ったんです」

 そう切り出した五月ちゃんは少し苦しそうに見えた。

 それは私の勘違いだったのかもしれない、

 だけど五月ちゃんの心が霧に隠れ、

 そこから抜け出すのを私に求めている、そんな姿に見えてしまった。

「私の恋敵が、一時離脱してくれたって、これで私にも雫先輩へのチャンスが出来

 たって」

 恋敵、その言葉に一瞬不穏なものを感じたが、

 ここはそのまま聞く事にする。

 五月ちゃんの顔にはいつものにししは無く、

 ただ微笑みを絶やさぬまま続ける。

「でも、チャンスなんかじゃなかった、だって私の雫先輩は……安藤先輩の退部で

 決定的に変わっちゃったから……」

 自嘲しながら外していた視線を私に戻ししっかりと見つめられる。

 いつの間にか五月ちゃんの顔から笑みは消えていた。

 そして大切な事を告げようと口を開いた瞬間、躊躇い俯く

「五月ちゃん……?」

 その様子に私が疑問を挟もうとするが、

 びっくりする程の笑顔で五月ちゃんは切り返す。

「原因は最初から分かってたんです、安藤先輩の怪我、雫先輩が責任感じてたの

 を」

 何かを堪えるようにしながら話を続ける。

「だから、上田先生に相談して盗聴までの手引きを考えて、実行したって訳です」

 それはいつもの五月ちゃんの笑顔、

 悪戯が成功した生意気な子供のような、

「そう……だったんだ、でもなんで……」

「そんなの決まってるじゃないですか」

 ゆっくりと、想いを込めるように、私の自慢の後輩は言ってくれた。

「先輩はね、私の憧れで大切な人ですから♪」 


 あの時の私は感謝とその後のプロポーズで気づけなかったけど、

 今思い返せば、

「……本当は違う事言いたかったのかな」

 所々に見えた仕草の違和感、

 それが今でも私の中で小さなくすぶりを与えている。

 五月ちゃんは素直でいい子だと思う、

 今でもそれは変わらない。

 だけど、本当の五月ちゃんは、

 五月ちゃん自身はそう感じてもらうのがもしかしたら……

「やっぱり、先輩後輩の関係って難しい」

 今の私には出せない結論、それを誤魔化すように一人呟き、

 私は残ってる雑務を先に片付けるのだった。




「ヤバイヤバイ、雫先輩一人に任せきりになっちゃう」

 部室を抜け出した私が向かったのは食堂、

 雫先輩を怒らせたお詫びに自販機でジュースなどを、

 そう思いどれにするか悩んでいると、ふと聞き覚えある声が聞こえてきた。

「今日高田先輩来てるってよ」

「おっマジで?やりー」

 コツ、コツ、近づく足音と連動し段々と声が大きくなる、

 瞬間、私は話の内容を理解し咄嗟に身を隠してしまった。

「やっぱ高田先輩だよなー、細かいところまでちゃんと見てくれるし」

「そうそう、五十嵐だとかゆいところまで手がまわらない、とういうか今あいつ一

 杯一杯だろ絶対」

 私が気にしている事を笑いながら話している。

 それは部の同学年で私が個人的に険悪してる二人だった。

 先輩たちから比べるとまだまだだが、

 同学年世代ではエース級の実力者。

 何かと自己顕示欲が強い輩であった。

「しかも高田先輩はあの癒される笑顔、対して五十嵐は……」

「ぶっきらぼうの化身」

 ハハハッ!と誰もいない事を良いことに、

 大声で馬鹿笑いを上げ話が盛り上がっていく。

「本当に五十嵐やめてくれねーかなー」

「そうだなーそうすりゃ高田先輩が戻るしかなくなるからなー」

 飲み物を買い終えたのか遠ざかる足音、

 二人は未だ談笑を続けながら元来た道へと戻っていった。

「はーほんと、最低」

 私か、あいつらか、それは誰に向けた言葉だったのか。

 咄嗟に出た言葉にイライラしながら、

 それでも雫先輩の顔を思い出すと自然と闇が晴れる。

 先輩のために選んだジュース片手になんて謝ろうかと、

 私も元来た道へと戻っていった。




「五月ちゃん遅いなー」

 チラリと時計に視線を送る、時間にして15分ほどしか経っていない。

 しかしいつもと比べると遅い、かなと感じた。

 速いときには5分後くらいでいつもの笑顔で謝りにくるのだが、

「あっ五月ちゃ…って部長」

 ドアが開いた音に反射的に声を上げる。

 しかし、そこには私が待っていた人影はなく、

 陸上部部長、鈴木がキョトンとした表情で立っていた。

「おっ、高田か久しぶり」

 私の顔をみるなりいつもの穏和な笑顔で近づいてくる。

 陸上部内ではそこそこの実力、

 でもその温厚な性格と人望で部をしっかりとまとめる頼りになる部長。

「どうだ、安藤のリハビリは?経過は順調?」

「はい、おかげさまで、本人はいつも苦しいと呻いてますが」

 リハビリに悶える雄一の顔を思い浮かべるとおかしくなる。

 そんな私の表情で満足したのか結構結構と答えるとふと辺りを見回し、

「ところで五十嵐は来てないのか?」

「あーちょっと今出てましてー」

 流石に本当の事は言えず、明後日の方向を見ながら答えると、

 鈴木部長は暫しその場で思惑し、

「高田、五十嵐のマネージャー業務はどうだ」

 唐突に切り出された話、

 どうだとの問いに疑問を持ちながらも、しかし私は正直に答えた。

「そうですね……まだちょっと頼りない部分もありますけど十分やってくれてると

 思いますよ、先ほども確認しましたけど問題はないと思います」

「そうか……問題無いか……」

 なんとも歯切れ悪い鈴木部長の言葉に心の中で怒りを覚える。

 五月ちゃんの頑張りで今の陸上部は少なくともまわっているのは確かだし、

 私も助かっている。

 それなのに部長はそれは問題だとでも言いたげな表情だった。

「あの、五月ちゃん頑張ってやってます、それなのに問題があるんですか?」

 少々棘のある私の言い方に気づいたのだろう、

 鈴木部長は困った表情で私をなだめるように、

「まぁ、俺もそう思うのだが、一部の部員がな、五十嵐だと役不足だと言ってるや

 つがいてな」

 唸るように腕を組み話を続ける。

「しっかりやってくれてはいるが、量にかまけて質の部分で……細かいところで

 な」

「質って……なに訳の分からない事を」

 その言葉に私は呆れながら答える。

 それと同時に我慢ならない怒りもじわじわとこみ上げてくる。

「まー本当に一部の人間なんだがな、愛想の問題で高田と比べる輩がいてな、気分

 悪くなると……」

 そこまで言った先輩が危険を感じ唐突に私から視線を外す。

 当然だろう、私の顔が身体が高揚していくのが自分でも分かる。

 それと同時に抑えていた怒りが爆発する。

「部長、その輩連れてきて下さいっ!今から私がぁぁあんっ!」

「せんぱーい♪」

 言い終わる前にギュッと後ろから身体を抱きしめられられる。

 いつの間に侵入したのかそこに五月ちゃんがいた。

 私の気にしている胸をこれでもかと揉みしだきながら。

 そんな私達のスキンシップを直視出来ず

 視線を外していた鈴木部長が慌てて

「あー俺そう言えば呼ばれてたんだったー」

 と、あからさまな嘘でその場を抜け出す。

「ちょっ!鈴木ぶちょ……っ!」

 話を切り上げ逃げようとする部長へと声をかけようとするが、

 それは五月ちゃんが抱きつく力を強め止められる。

「雫先輩……私は大丈夫ですから……」

 それはすぐに分かった。

 身体が震えている、

 一瞬私の震えかと錯覚するほどはっきりした想いが伝わってくる。

 それは先ほどの話が聞かれていたことと、

 それに対する五月ちゃんの気持ち。

 だから、私は五月ちゃんを慰めるため身体を反転させようと、

「なーんてね♪」

 瞬間、身体の自由が解き放たれ何の抵抗もなく五月ちゃんへと向き直る。

 そこにはふわりと髪をたなびかせながら後ろへ飛び退く五月ちゃん。

 その顔はいつもの笑顔……とは思えない程影が差していた。




「ってな感じでねー雄一」

「ふーむ、なるほどねー」

 俺の気のない返事にちょっとムッとする様子が伺える。

 家の庭でリハビリ中の俺に雫が一方的なおしゃべり。

 それは診断結果に伴うリハビリメニューをこなす際にお決まりになった光景。

 黙々と毎日こなす俺を少しでも退屈させないため、とは雫談。

 今では完全に雫の愚痴の掃きだめ所となったのは言うまでもない。

 ただ、ここ暫く聞かされる内容に俺も穏やかではないなと思っていた。

 それは約1ヶ月前に起こった出来事。

 雫の後輩、五十嵐 五月の部内での悪評を本人が聞いてしまった事。

 当初、雫はその事で五十嵐が心配になり部活動を、

 五十嵐の様子を見たいと申し出た。

 俺はそれを快く了承、正直愚痴を聞かなくて済むことに安堵し、

 送り出したのだが。

「えっと……邪魔だから戻って下さいって言われちゃって……」

 1日も経たずに平穏なリハビリは終わった。

 それからも雫はなにかと後輩を気にしている。

 本人が必要無いと言っても部活に細かく顔を出したり、

 メールで連絡を取り合ったり。

 雫から聞かされる話からすれば相当な力の入れようだ。

 だけど、当の本人は全く変わることなく

 時に雫を頼り、時にからかい、

 それはそれはいつもの接し方を続けているらしく。

「でもやっぱなんか違うんだよねー」

 もう何度も聞いた違うという言葉、

 だけど雫自身その理由が分からないから自然と呟いている。

「ふーむ、なるほどねー」

 当然俺もその理由が分からないから結局気のない返事になる。

「……もう全然ちゃんと聞いてない」

 人聞きの悪い事を言われる。

 当の本人に違いが分からないのに俺にどうしろと、

 そんな言葉を瞬時に飲み込みリハビリに打ち込む。

 そんな俺の姿に大げさにため息をつきながら

 無理難題を持ち込んでくる。

「なんとかならないかなー雄一」

「……つまり五十嵐を元気つけたいって事か?」

 話を聞いた限り五十嵐は何も問題無く業務をこなしている。

 となると五十嵐自身元気そうに働いていても、

 雫にはそれが空元気に見えているのではないか。

 そう思って出した俺の答えに、しかし雫は腕を組み唸る。

 その様子で俺はなんとなく理解した、根本はそこじゃないって事に。

 だが、その根本に近づく方法を俺は既に浮かんでいた。

 分からないならちゃんと話せばいい、俺と雫の時のように。

「なぁ、週末予定空いてたよな」

「え?うん、雄一の検診もないし空いてるけど」

 その答えに俺は満足し、

 まるで悪戯内容を分かつように雫へと提案する。

 その内容に一瞬驚きの声を上げる雫、

 でもすぐにそれは笑顔になり彼女も二つ返事で実行する事になった。




「よーし今日はここまでー、気をつけて帰れよー」

 チャイムの音と共に担任教師が放課後を告げる。

 それと同時に教室内に漂う喧噪と緩やかな流れの中、

 誰にも気づかれないように私は小さくため息をついていた。

 今日はまた一人で部活のマネージャー業務を行う。

 あの一件、部員の悪評を聞いてからみんなとの接し方には気をつけてはいるが。

『正直、辛いなぁ……』

 誰もが持っている醜い部分、それに異常なほどの嫌悪感を抱く私は

 心に蓋をする事でなんとか業務をこなす事が出来ていた。

 しかし、それは精神をすり減らしながらの作業。

 部員と言葉を交わす度、疑心暗鬼にさらされドス黒い闇が私を突く。

 それは徐々に徐々に重荷となり心を砕こうとする。

 外見上はいつも通りの私を演じられていると思う。

 だけど、心はもう頑張ることを否定し始めていた。

『あー……いっそ今日だけでもさぼっちゃえば……』

 ふと、浮かんだ魅力的な提案を瞬時に否定する。

 一度味わえば私はもう頑張れなくなる、

 それは雫先輩を悲しませる行為で……

「おーい、五月ー」

「ダメね、こうなると暫く戻ってきませんがどうします?」

「あはは……そうなんだ」

 俯いている私に飛び込んでくる3人の声、

 人生最大とも言える苦悩は一時遮られる。

 いつもは私の良き理解者として絶大な信頼をしている彼女らだが、

 今日に限っては少しばかり間が悪い。

 ちょっと疎ましく思う友人達の呼びかけにどうしようかと思案し、

『ん?3人?』

 ふと浮かび上がった疑問に顔を上げる。

 そこにはパチクリといつもながら可愛い瞳で瞬きする桜、

 眼鏡越しにため息が盛れてきそうな程呆れている紗英、

 そして、

「雫先輩っ!?」

「うん、五月ちゃん」

 きちゃった、

 まるでそんな声が聞こえてきそうな微笑みで手を軽くあげて立っていた。

「どうしたんですか、雫先輩、何か御用で」

 慌てふためく姿、いつもの逆な立場を見せないためにも、

 瞬時に外面をリセットし冷静に対処する。

 そんな私の姿を見てなのかちょっと悲しそうな表情をしながら、

 雫先輩がこれまた唐突に切り出した。

「五月ちゃん、今週末空いてる?」

「週末……ですか?」

 言われて頭のスケジュール帳を読み込み確認する。

「えっと、部活は……上田先生の出張で無いですし私用もありませんけど」

 この学校では先生もしくは指導者が校内不在時の部活動を固く禁じている。

 今の世の中怪我だけで何かと騒がれるためその対処として決めた事だ。

 そのため、今週末は上田先生と私で作った個別の練習メニューを配り、

 後は自主性に任す形にして部活自体は無いこと、になっている。

 そんな私の返答に満足するかのように、含み笑いを浮かべながら

「そっかそっか、暇してる後輩は助けないとね」

 雫先輩が一人納得したようにうんうんと頷いている。

 そんな先輩の姿に私はもとより、桜と紗英まで少々呆れていると、

 とんでもない一撃が私の脳天へと突き刺さった。

「よしっ!可愛い後輩のために週末デートしよっか♪」




「……でなんで安藤先輩が私の横にいるんですかね」

「さーてなーどうしてかなー」

 週末、学校の下校途中にある駅前のショッピングモールでのデート。

 雫先輩からそんな提案を受けた瞬間、

 私は今までに感じた事のない高揚感を得ていた。

 現にデートの事が頭から離れず、

 あれ以降自分が何をしたのか記憶が定かではない。

 とりあえず、部活も授業も凡ミスはしてない、

 と思う、が週明けがちょっと怖い。

 さらに昨日は一晩中デート用の衣装をチョイスし、

 布団に入ってもなかなか寝付けなかった。

 それなのに、いざ待ち合わせ場所に向かうと、

 いつもと変わらぬ笑顔で迎えてくれる雫先輩と

 ニヤニヤしながら安藤先輩が立っていた。

 まるで残念でした、とでも言いたそうな笑顔で

「あー本当にこの空気読めない先輩消えてくれませんかねー」

「お前……仮にもいちお先輩だからな、俺」

 安藤先輩に一切視線を向ける事なく話す私をため息混じりに咎める。

 雫先輩がいればこんなやり取りやってる時点で怒られそうなのだが、

 幸いアクセサリー屋に一人で入りなにやら物色している。

 普通ならそれに着いていこうとする私だが、

 そこは安藤先輩に呼び止められる事で防がれ、

 店の前のベンチで二人並んで座っている。

「……それで安藤先輩、私に話があるんでしょ?」

 わざわざ二人きりになる理由など、私はもちろん安藤先輩にもないだろう、

 その事から私は先に話を切り出した。

「ま、そうだな、ちょっとお前とは話ししてみたいと思っててな」

 言いながら、いつの間に用意したのか

 コーヒーショップ独特のテイクアウトカップを取り出し私に差し出す。

「……私コーヒー苦手なんですけど」

「大丈夫だ、キャラメルラテにしてある」

 言われて一口、口の中に濃い甘みが広がり不思議な幸福感に包まれる。

 ふと、視線を上げればまっすぐ前をみながら

 安藤先輩もコーヒーを飲んでいた、そして

「なぁ、お前雫の事どう思ってるんだ」

「それ、今更安藤先輩に言う必要あるんですかね」

 私の返答に小さく呻くように笑う安藤先輩、

 正直その姿はあまり好きではないが今は何も言わずに言葉を待つ。

 行き交う人をただ眺めるように未だ視線はそのままに安藤先輩は続ける。

「俺はさ、雫の事正直好きなのかどうかは、まだ分からない」

 不意打ちに近い言葉に私は怒りがこみ上げてくる。

 この人は私の一番大切な人の一番近くにいながら、

 まだそんな事をいっているのか、と。

 しかし、その後の話に何か、大事な事を言われた気がした。

「でも、雫の笑顔は、守りたいと思った、あの時からな」

 あの時、それは私にはきっと分からない事、だけどなぜだろう

 共感している自分がいた。

 私はその正体を隠すかの如くカップを傾け小さく息を飲む

「五十嵐もそうなんじゃないか?」

「………………」

 雫先輩の笑顔はとても魅力的なのは分かるし、

 それを守りたいと思うのも理解出来る。

 だけど、私は安藤先輩の問いを素直に答える事が出来なかった。

 否、答えてはいけなかった。

「私は……言いましたよ、雫先輩が好きです、ってちゃんと」

 だから、誤魔化すように反論する、悪戯を含みながら。

 これで安藤先輩も血相変えて慌てふためくと、

 それでこの話もきっと終わる、と。

 しかし私は安藤先輩は意外な言葉で私の目論見を崩した。

「そうか、それは何より」

 平然とジッとまっすぐ前を見つめたまま、この人は言った。

 まったく動じることなく、全く不安に駆られることなく。

 その姿に私の拳が震える。

 カップに力がこもり潰しそうになるが、

 なんとか抑えその反動を爆発させる。

「なんでっ!貴方も雫先輩の事好きじゃないんですかっ!」

 カップを持ったままベンチから立ち上がり叫ぶ。

 こみ上げてきた感情を全てぶつけるかの如く安藤先輩をにらみつけながら。

 その様子に周りが何事かと一瞬注目を集めるが、

 安藤先輩は気にすること無くただ静かに私へ告げる。

「言っただろ、俺は雫が好きなのか分からないって」

「それは……でもっ!」

 それは確かに聞いてる、だけど、なぜか気持ちが、私の怒りが収まらない。

 それを見透かすように安藤先輩は続ける。

「なあ、五十嵐、お前何に怒ってるんだ?」

 冷静に、私を諭すように告げられる。

「俺が雫を好きじゃないならお前にとっては都合がいいはずだろ?」

「そう……ですけど……」

 そうだ、私にとってはまたとないチャンスだ、なのになんで……。

 安藤先輩の言葉が頭の中を反芻し、

 同時に自分で自分の事が分からなくなる、

 その迷いが脱力感となりベンチへと自然に腰が落ちていく。

 そんな私を見守りながら安藤先輩はゆっくりと

「……雫は言ってたよ、お前の事すごく素直でいい子だって」

 その言葉にビクリッと心が跳ねる。

「だけど最近お前の事が分からない、とも言ってたよ、なんでだろうな」

 言いながら一口コーヒーをすする安藤先輩、

 そして小さく息を吐きながらまるで独り言を呟くように続ける。

 それは、私へ告白するかのように。

「俺はさ、雫にはいつでもどこでも笑ってて欲しいって思うんだ、だからそのため

 にきついリハビリもやってさ、また走ってあいつを笑顔にしてやろうってさ」

「………………」

 それはきっと安藤先輩が雫先輩へ向けた精一杯のけじめであり、

 誓いなのだろう、微かに覗かれた微笑みがそう告げていた。

 安藤先輩の想いが嫌と言うほど理解出来る。

 だから今は言葉が出ないし、怒りも起こらない。

 ただただ静かに佇む私へ安藤先輩の視線を感じる。

 だがそれすらも反応する事なく無言を貫く私、

 その様子に安藤先輩は何か確信めいた言い方で私を問いただす。

「もう一度聞くぞ、お前も一緒なんじゃないか?」

 スッと今度は心になんの違和感も無く入ってくる。

 それは私の中で決定的な要因になった瞬間だった。

 あぁ、きっとそうなんだろう、だから私は……

 認めたくは無かった、だけど認めてしまった以上私は……




 店から戻った雫先輩へなにやら呟き安藤先輩は帰って行った。

 去り際私の肩を軽く叩き、

「ま、後は頑張れ」

 振り返る事無く去っていく姿は、格好つけすぎであったが。

「よーし、仕方ないから二人でいっぱい遊ぼっか♪」

 安藤先輩が帰って少し落ち込むかな、

 と思ったがまるっきり逆だった。

 いつも以上にパワフルで楽しそうにリードする雫先輩。

 私はそれに併せて笑いながら二人で色々な所をまわった。

 ゲーセンでプリクラを撮ったり、

 屋台のクレープを二人分け合ったり、

 互いに洋服の試着をして賛辞し合ったり。

 それは本当に夢のようなデートで、

 だけど心の奥底では完全に楽しむ事はできなかった。

 それでも時が過ぎるのを速く感じたのはきっと雫先輩だからなのだろう、

 次第に辺りから光りと人々の喧噪が薄くなっていく。

 二人の時間が終わりに近づいた頃、それは先輩から誘われた。

「ちょっとあそこで休憩しよっか」

 先輩が指さす先には小さなベンチ、

 二人並んで座ると目の前には夕陽に照らされた少し寂しげな景色が

 広がっていた。

 そして、今日の余韻に浸るように、

「今日は楽しかったね……」

 雫先輩が静かに語り出す。

「思えば五月ちゃんと二人で遊んだのって初めてだね」

 ニコニコと本当にこちらまで嬉しくなるような笑顔で語ってくれる。

 しかし、私はそれを直視出来なかった。

 それは眩しすぎる笑顔だから。

 でも、この笑顔と一緒にいるため、私はちゃんと切り出す事にした。

「……先輩、聞いてほしい事があるんです」

 私の言葉に何かを感じたのだろう、

 雫先輩は深く座り直しまっすぐ夕焼け空を見上げる。

「前に、先輩に言えなかった事があるんです」

「………………」

 人混みもまだらになったモール内、

 ゆっくり時が流れる中で私は自分の醜い部分をさらけだす。

「私が雫先輩を元気づけるためにやった事、あの話で言って無かった事があるんで

 す」

 私は視線を下げ、自分の足下を見つめる。

 そこにはベンチに座る私と雫先輩の影、

 微動だにしない事になぜか少し安心しながら続ける。

「私がチャンスと思ったあの時、私は酷く醜い人間だったんです」

 声が震える、自分が毛嫌いしていた者にあの時私は成り下がっていた。

 その告白は雫先輩には理解出来ないかもしれない。

 だけど、その事を話さなければ先にいけない。

 だから、ここでちゃんと話さないといけなかった。

「私はある事がきっかけで人の醜い部分に敏感でそれを見せる人達が嫌い……でし

 た」

 私の過去であり、私の険悪する部分。

 それを雫先輩はどう思い受け止めてくれたのかは分からない。

 だけど私の話を静かにその場で聞いてくれた。

「同時に私自身がそれを晒す事も嫌いになり、私は……外面を気にする子になっていました」

 今まで隠していた事、それを打ち明けていく。

 最愛の人へ懺悔するように、後悔をはき出すように。

 雫先輩を信頼していなかった訳ではない、

 だけど私の全てを見せられなかった事を謝罪するように続けた。

「だからあの時、私は雫先輩が大切な人だから、だから助けたって言いましたけど、

 本当は……」

 その先を言おうとした瞬間、

 私の拳に暖かなぬくもりが落ちてきた。

 そっと、優しく私の手を包み込みながら、雫先輩と視線が絡む

「五月ちゃんはね、素直でいい子だよ」

 雫先輩が言ってくれた言葉、だけどそれは私には逆効果だった。

 私は……好きでいい子になった訳じゃない。

 私は……醜いのが嫌いだから、いい子になった。

 私は……だから私はいい子じゃなくて、本当は……

 結論を出そうとした矢先、しかし雫先輩に遮られる。

「悪戯好きな五月ちゃん、先輩を困らせる五月ちゃん、だけどちゃんと助けてくれ

 る五月ちゃん、それは全部本当の五月ちゃんだよ」

 慈愛に満ちた微笑みで私の全てを受け止めてくれる。

「醜い五月ちゃんだって五月ちゃんなんだよ、それも含めて五月ちゃん」

 初めてだった、両親にすら言われた事のないその言葉で、

 心の霧が霧散する。

 雫先輩の光りが私の醜さを照らし祓うかのように。

「……うん、いい顔になったね」

 言われて気づく、雫先輩は私の事ずっと心配してくれていた事を

 だから今日も誘ってくれて、私がちゃんと話してくれるのを

 待っていたのだと。

 理解すると、自然と私の顔もほころび、それに呼応するように、

「これで私もやっと五月ちゃんの事分かった気がするよー」、

 少し照れながらしかし安心した雫先輩が大げさに言ってくれる。

 本当にこの人には感謝してもしたりないかも、そう思っていると

 視線の端で小さく雫先輩が微笑む姿が映る。

 まるで私の微笑みのように、

「だからね、ちゃんと私からも言うね、そんな五月ちゃんが私はね……」

 それは最初で最後の雫先輩から私への告白、

 ゆっくりと握ってくれた手を自分の胸元に引き寄せながら、

 私が求めた答えを出してくれる。

 私が恋焦がれ、そして失恋した顔で。

「大好きだよ、五月ちゃん」

 あの日、あの時と全く変わらない笑顔がそこにはあった。




 雫先輩と別れ一人で歩く帰り道。

 今までの事を思い浮かべながら私は気持ちを整理していた。

 私は、雫先輩に恋をしていた、

 それは今でも間違えではないと思っている。

 だけど、恋愛感情とはちょっと違った。

 言うなれば、安藤先輩に言われた事が一番近いのかもしれない。

「私は……あの笑顔の横で笑ってたかったんだ……」

 裏表のない眩しいほどに光り輝く笑顔、

 それは外見を偽り続けた私にはないものであり、

 憧れで胸が高鳴ったのだ。

 それを恋と感じた、そんなところなんだろう。

 だから、雫先輩を私の物にしたかった、だけどそれは違った。

 雫先輩と過ごした日々を鑑みればそれが分かる、

 何気ない事でも雫先輩と笑っていた日々はとても楽しく充実していた。

 本当はただただ雫先輩と一緒に笑っていたかった。

 そうすれば、私や他者の嫌な部分など見る事も、

 見る事すら記憶から消し去れる。

 だからその笑顔を取り戻そうと安藤先輩の怪我の時も奔走したし、

 雫先輩を助けようと一人でも頑張っているんだ。

 それを実感出来た事で失った代償もあるけど、

 きっと明日からはまた走れる、そう思っていた矢先だった。

「はい、紗英どうしたの?」

 スマホから聞き慣れた着信音に反応し相手を確認する。

 別れ際に雫先輩からもらったひまわりのストラップが小さく揺れる。

「ん?うん、そうだよ今帰りで……え?どうだったって……」

 首尾を聞かれどう答えようかと悩んでいると不意に視界に入るストラップの文字

『My Best Friends』

 ひまわりと一緒に揺れるタグに私の目に溜まるものを感じた。

 それで私は確信する、あぁ、やっぱり私はあの人の事が……

「あーごめんごめんなんでもない」

 黙りこくった私が気になったのだろう、紗英が先に言葉を紡いでくれた。

 それに答えながら、必死に声だけ演技し、目だけは素直に流させる。

 ふと、前方からランニング姿の青年が向かってくる。

 私は咄嗟に流れている物がばれないように視線を下げる。

「うん、そうなんだ、桜もいるんだ」

 わざとランナーにも聞こえるように少々声を上げすれ違う。

 瞬間巻き上がる風にふわっと雫が宙を舞う。

 だがランナーはそれに気づく様子もなくただ走り去り

「分かった、今から行くね、それじゃあまた後で」

 なんとか会話を終わらせる。

 スマホを持つ手がダラリと垂れる。

 そして目に入ってしまったひまわりに想いが込み上がる。

「えへへ、これ五月ちゃんとおそろいなんだ」

 雫先輩が少し照れながら、楽しそうに対になるしろいひまわりを見せてくれた。

 そしてタグには同じ文字が。

 思い出された光景はとても幸せなことで、

 とてもとても嬉しいことなのに、

 私の胸が痛いほど締め付けられる。

「でも……やっぱり私は……」

 瞬間我慢していた物が決壊し溢れ出す。

 今日だけは、この一時だけ、私は全てをさらけだして

 ただただ静かに泣くことで私の初恋は終わったのだった。

如何でしたでしょうか?

個人的には結構締めの部分が難儀し、ちょっと内容としてどうかな……

と思う部分のあるのですが、楽しんで頂けたのなら幸いです。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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