その二夜
幽霊の効果音でお馴染みの
ヒュードロドロ‥
あれって
ホントに鳴るんですね。
聞いた事ありますか?
……‥ないですよね普通。
ラップ音の類いでしょう。
といっても、あんなに
しっかりした音じゃなくて
静けさの中で
ようやく聞こえるような
微かな音‥
今思えば、
そういえば聞こえた気がするかな、くらいの感じで
しかも
やる気あんのか
ってくらいに
情けない
……ヒュ‥トン…ヒュ‐
……
ドン、ドロ…ヒュ‐…… ……
‥ドロリ…
……ドロン‥
みたいな。
聞き逃してしまうほどの
自信のない演奏
こちらも怖いけど
あちらもびびってるんでしょうかね。
現れる瞬間に
空気が変わるみたいで、
振動とか、急激な温度変化とか
よくわかりませんが、
鳴るみたいです。
だから
もしかしたら
気がつかないけど
聞いてるのかも。
耳をすまして‥
ほらっ!!
うしろっ!!
見えましたか…(笑)
では、
続きを話しましょう
〃〃〃〃〃〃〃〃
いつの間にか
眠っていた私は、
うつつの闇に覆われたまま
あの音は、
いったい何だったんだろう
夜は明けたのか、
それとも まだ 正体の知れぬ何かに
脅えるのか‥
そんな事を思いながら朝を迎え
安心すると、不気味な音の事など
何かの勘違いだ、位に思いながら
そのうちすっかり忘れて、いつも通りに過ごしていました。
その日は、雨
仲居さんも芸者さんも
離れの座敷に行くのに
雨用の下駄を履き、カンカンと足音をたて、傘をさして、
とても大変そうでした。
それから、暫くして
だいぶ夜も更け、
全ての客間が終演を向かえた筈でした。
なのに、
雨音に混じって、遠めに、か細い声が
聞こえました。
‐こんばんは
遅くなりまして‐
あれ、まだ芸者さん、来るんだ
何かがおかしい‥
と思いながらも、
興味津々の私は‥
すりガラスの上の方が、ほんの少しだけ透明になっているので、
立ち上がって覗いてみました。
雨
見事な柄の
いかにも
高価そうな番傘。
自分の座敷を探しているようでした。
そして隣の離れに向かう様子…
!!!?…私は血の気が下がった思いがしました。
……ずっ……ずっ……
草履を引きずる音?
紛れもない、あの音です、
偶然、偶然!
言い聞かせながらも
もぅ寝ちゃえと
たいして距離もないベッドまで走っていきました。
ベッドの下の隙間から、足をさらわれるような錯覚に陥り、
慌てて飛び乗り、布団をかぶりました。
次の離れの玄関口でしょうか、
‐こんばんは、遅くなりまして‐
また
次の離れ‥
か細い声は
あの音と共に
徐々に近づいて来ました。
私はやっと気づき‥、いや、認めました。
偶然なんかじゃない、………アレは‥
ーーーこの世のモノではない ーーーーー
私は力の限りうずくまり、ぎゅうっと目をつぶりました。
どうしよう、どうしよう助けて、誰か助けて
心の中で叫びました。
そして、
とうとう、
ーーー来たっーーーー
ついさっき覗いていた窓の前を通るのが
わかりました。
危機一髪!
そう思いました。
勝ち誇ったように
ガッツポーズ!
ですが今度は、
玄関まで来ているのが
わかりました。
すりガラスの引き戸を叩く音‥
カシャン、カシャン、
‐こんばんは、遅くなりまして‐
もう一度、またもう一度
嫌、嫌だ
きっと知らん顔してれば行ってしまう、早く行って、早く‐
不気味な音は
私のベッドの横の
すりガラスの
大きな窓の方に近づいて来ました。
私は恐ろしいながらも、
その、それの居場所を確かめる為に、
片目が少し出るほどに
布団をずらしました。
おそるおそる
窓を見ると…
起きていたなら、腰を抜かしていたでしょう、
私の周りでドロドロしたBGMが流れた気がしました。
…立っていました
番傘を持ち、島田髷に簪が揺れていました。
ゆっ、くりと、
端から端へと移動
していました。
ゆっ、くりと
何度か
ピクリとも動けなくなりました。
恐怖で固まってしまったのか、
金縛りというものなのか
その、ガラス越しにぼんやり映る姿は、
丁度、視線の先で
止まりました。
そして‥
段々と‥
上に高くのびていきます。
先ほど 言いましたが
すりガラスの上の方は、透明になっています。
そこから覗くつもりか…
私の恐ろしさは、頂点に達して、心臓は胸の外に飛び出して
激しく鼓動しているかのように
大きく波打っていました。
た す け て
心の中で叫びました。
誰に、助けを求めているのか、
こんなにも恐怖を感じた事はありません。
その時です、
これは、懐かしい、厳しい声、
【何をしているの】
聞こえた、というよりも
頭の中に響いた感じでした。
ーー亡くなった伯母の声
伯母は厳しい人でした。
潔癖で性格もキツイ伯母が、私は苦手でした。
悪いことをしている訳でもないのに
伯母に そぅ聞かれると
ビクッとしたものでした。
違う緊張感が走りました。
同時に
恐怖感が少し薄れました。
伯母が来てくれたんだ
あまりにも無頓着な私を叱っているのか
居場所を違え、彷徨う芸者さんに言っているのか
伯母の言葉を、こんなにも素直に受け入れたのは
初めてかもしれません。
そして、有難いと思ったのも。
ーーーーーーー
どうやら気を失ったようで、
母の、 いい加減に起きなさい というヒステリック気味の声を聞き
ほっとしました。
それから伯母は、何度か私の夢枕にたち、
いろいろな事を 教えてくれたものでした。
十三回忌を迎えた朝に、夢の中の伯母は、
【じゃぁね、行くね、バイバイね】
の言葉を最後に
二度と現れてくれる事はありませんでした。
これが、私の体験談です。
終わります
うつつか幻か、いくつかの体験談のひとつです。
今となっては夢物語のようですが、確かに記憶に残っています。
最後までお読みいただきありがとうございました。